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第113話 賊



「待てっ!」


祈が到着した時には、無残な骸は3つに増えていた。


(遅かったか…)


犠牲者が増えてしまった事に、祈は後悔した。いつも通りのフル装備ならば、もっと早く現場に着いていた筈だ。帝都が近いからと油断したのは不味かった。


「なんだぁ、テメぇ?」


賊の頭目らしい男が、祈を値踏みする様に何度も視線を上下に這わせた。この様な血生臭い場に似つかわしくない小娘の闖入に賊達は毒気を抜かれてしまったのか、周囲に満ちた殺気が少しだけ薄れる。


今にも爆発してしまいそうな怒りをどうにか抑え込み、祈は馬を下りて状況を把握すべく周囲を見渡した。


駕籠の周りに骸が3つ。恐らくは駕籠の中の人物の護衛だろうか? その3つ共にハリネズミが如く、無数の矢を撃ち込まれて絶命していた。


骸達の足下を見ると地面固定術(アース・バインド)だろう、地面に足がしっかりと固着されていた。避ける事も、逃げる事も適わず、死するその時まで延々と矢を撃ち込まれたのだろうか。どの骸も痛みに歪んだ苦悶の表情を浮かべていた。


状況から察するに、少なくとも賊の中に魔術士が居る。


駕籠の引き手の二人と護衛役だろう一人は、複数の矢傷を負ってはいたが命に別状は無さそうに見えた。


駕籠にも幾つか矢が刺さっている為、中にいるであろう人物が無事なのか、見た目だけでは判断がつかない。


「なんとも惨い…お前ら、これはどういう事か? ただの物取りならば、ここまでやる必要はないいだろうが?」


本音を言えば、この様な無残な仕打ちを平気で行う下郎共を今すぐにでも皆殺しにしてやりたい。だが、それでは目の前の賊共とやることが何ら変わらないとギリギリの所で祈は思い留まった。


「あん? テメぇは関係ねぇだろ、すっ込んでろ!」


「…確かに、この人達と直接の関係は無い。だけれど立場上、帝都の近くでこの様な狼藉があった事を、私は見逃す訳にはいかないんだ。正直に事情を話すのであれば、それでよし。あくまで私に舐めた態度を取るならば、容赦はしないよ?」


尾噛は武門を持って鳴る家系である。その一族に連なる者が、この様な惨状を見て見ぬ振りなぞできる訳もない。祈の正体を知らぬ賊達は、小娘の戯言だと嘲笑で応えた。


「ぎゃはははははっ! ちんちくりんの小娘如きに何ができるってんだっ! 俺達”山嵐組”に刃向かう奴ぁ、女子供だろうが容赦しねぇぜぇ?」


「若頭ぁ、その娘、なりは小さいけど結構べっぴんさんだぁ。高く売れそうですぜぇ、チビでぺったんこですが」


「はぁはぁはぁ、う、ううううう売る前に、あ、ああああ味見くらい、い、いいいい良いッスよね? ねっ? ねっ? ねっ?」  


「おめぇ、いい加減その幼女趣味改めろよ…ドン引きだぞ」


「でもその娘ならアリじゃないかって、俺っちも思うんですがねぇ? かなりの上物ですぜ?」


獲らぬ狸の何とやら。自称山嵐組の面々は、すでに祈を捕らえた後の相談を始めていた。本人を目の前にして。


”ちんちくりん””小さい””チビ””ぺったんこ””幼女”…幾つものNGワードを吐き出した賊共に容赦を与えてやる理由が、祈には一切見当たらなくなってしまった。


今すぐにでもこの世に生まれた事を、徹底的に後悔させてやりたくなる。


「もう良いや。ご託は良いからさっさとかかってこい。小娘相手に、その臭い口を開くしか能が無いのか? この下郎どもが」


聞くに堪えない下劣な言葉の数々に、祈の我慢は限界を迎えつつあった。


ここまで陰惨な殺し方をしてみせたのには何かしら深い恨みがあったのではと考えたのだが、もう彼らの言い分を聞く気も失せてしまった。ならば、ここからは戦しかない。


「調子こいうてんじゃねーぞ糞餓鬼がぁ! おいっ」


若頭と呼ばれている男が、後ろに控えていた黒衣の男に合図を送ると、すぐさま黒衣の男が何やらぶつぶつと何事かを呟き始めた。呪文の詠唱だろう。だが詠唱が完了する事なく、黒衣の男は途中で首を振って諦めてしまった。


「無駄だよ。この場のマナは完全に私の支配下にある。そんなのにも気付かないとは、士官できない程度のカスだったか…」


祈は無詠唱で黒衣の男に睡眠術(スリープ)をかけた。この場のマナの支配権を完全に抑えてはいるが、この先はどうなるか分からない。まず危険な相手を潰すに限る。


男は抵抗する事もなく、あっけなく深い眠りについた。


「くっ、テメー魔術士だったのか。囲えっ、これ以上女に魔法を使わせんな!」


周囲を囲い、呪文を唱えさせる暇を与えずに一気に畳み掛ける。対魔術士戦においてこれは常套手段だ。若頭の作戦は何ら間違ってはいない。


彼の誤算は、その判断が遅過ぎた事と、目の前の相手が”尾噛祈”という少女だと知らなかった事だ。


自称山嵐組の男達の技量では、祈に一筋の傷を付けるどころか、指一本も触れる事すらできなかった。


正面から突進した男は、両腕を肘の先から失った。


側面から襲いかかった男達は、足を払われて顔面をぶつけ合った後に、延髄を刀の柄で強かに打ち据えられた。


背面から飛びかかった男は、鳩尾を蹴り抜かれて、仲間を巻き込んで盛大に吹き飛んだ。


「もう一度、言ってやろうか? 正直に事情を話すらなばそれでよし。厭くまでも舐めた態度を取り続けるなら、ここから本当に容赦はしないよ?」


自称山嵐組の男達は、一瞬の出来事に我が目を疑った。ちんちくりんの魔術士である筈の幼女が、魔術を行使する事も無く、素手のみで力自慢の屈強な男達を一瞬で打ち据えてみせたのだ。


「今ならそこの人の腕、くっつけてあげても良いよ? ほら、返事っ」


「う、ううう、うるせーっ! ガキが生意気言うんじゃねぇ! おらっ、近づけねーなら矢だっ! 射ろ!!」


若頭の命令に従い、残りの男達が一斉に矢を番え祈目掛け射かけた。地面固定術の援護は無いが、この距離ならばほぼ当たる筈だ。売り物にならなくなるのは残念だが、命あっての物種だ。ここは殺すしかない。若頭の判断は正しいと誰もが思った。


「バカが…味方も巻き込むつもりか」


祈は溜息を吐きながら、一斉に飛んでくる矢を掴んでは全てを投げ返した。武蔵が何度も見せた技だ。射者の眉間に寸分違わず投げ返す事は祈にはまだできないが、確実に射者の元へ矢を返す事はできる。次々に男達は、祈の手で投げ返された矢に射抜かれた。


自称山嵐組の男達は、小娘と侮っていた小さな存在が、実は化け物だったのだと思い知らされた。とんでもない相手にイキったのだという後悔の念と、彼女が本気になってしまったらすぐにでも殺されるという恐怖に身を竦ませた。


男達は、少しずつ後ずさる。目の前の化け物から逃げなければ、死が待つのみだと本能が告げる。弱者を虐げる悦びを知る者ほど、絶対強者を目の前にした途端、自身の信条を簡単にねじ曲げる。今がまさにその時だった。


「逃がす訳なんかないだろ?」


痛みに悶えて地面に這いつくばる者も、逃げようと後ずさる者達も、山嵐組を自称する下郎共全てを地面固定術で縛った。抵抗されても面倒だと、祈は男達の全身を呪縛(しば)った。動かせるのは首から上のみである。


「お姫さまー! すみません、遅くなりました…」


息を弾ませながら、虎獣人の(すすぎ)琥珀(こはく)が到着する。


目の前の幼女は、とんでもない化け物だった。ならば、今来たこの獣人は? 一度恐怖に囚われてしまったら最後、全ての事象に怯える羽目になる。男達の恐怖は、更に増したのだ。


「琥珀さん、大丈夫だよ。()()()()()()()()()()()


(”まだ終わってない”…それは、これから俺達を拷問するのだということか?)


彼らが今までしてきた業…経験が、想像の翼を力強く羽ばたかせる皮肉となった。琥珀が姿を現した事がきっかけとなって、彼らの中に少しずつ溜まっていた恐怖心が、決壊域を超えてしまったのだ。 


「…助けて、頼む」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…助けて、たすけて…」


涙と鼻水と涎と尿を垂らし、みっともなくも必死に命乞いを始める男達に、祈は心底うんざりしてしまった。自分達は散々殺しを愉しんだだろうに、いざ自分にその番が回ってきた途端にこれか。もう少し痛めつけて分からせてやろうかと一瞬考えたが、この様な下らない連中に本気になるのもバカらしくなってきた。


祈は男達の顔を一瞥した。若頭と呼ばれる男以外、恐怖に引き攣らせた奴らばかりだ。正気を保っているのかもあやしい。これでは会話も無理だろう。祈は若頭に歩み寄り、目を合わせ問うた。


「…はぁ、ならさっさと言え。どうしてこんな事を?」


「俺達は悪い事なんかしちゃいねぇっ! 悪いのはそこの奴らだっ! これは報復だっ!」


若頭の目は未だ生きていた。目の前に迫る死の恐怖よりも、怒りと復讐の念の方が遙かに上回っているだろう事は、瞳に宿る光を見て良く理解できた。それほどまでに雄弁に物語っていたのだ。


「…へぇ? それはどういう事かな」


「ウチのお嬢を、そこの駕籠ン中にいる馬鹿野郎が、散々弄んだ挙げ句捨てやがったんだ。天下の山嵐組の名に泥を塗りやがった以上、殺すしかねぇっ!」


だから、今すぐ縛を解け! 今や絶体絶命の状況にもかかわらず、若頭は今にも噛み付かんばかりの勢いで祈に迫った。その気迫に、祈は今までの怒りが急激に萎んでいくのを自覚した。彼にも譲れないものがあるのだと理解してしまったからだ。


「この駕籠の中…ですかぁ? ちょっと失礼しまぁす…うおっ…」


駕籠の中を覗いた琥珀は、驚きのあまり妙齢の少女が発するにはかなり問題のある声を挙げる。


「お、おおおおおお姫さまぁ、ちょっと、ちょっとこっちに…」


「うん? どうしたの…って…うおっ…」


中を検めた祈も琥珀と同様に、思わず乙女にあるまじき動揺の声を挙げてしまった。それほどの衝撃の事実が、そこにはあった。



駕籠の中でガタガタと震え蹲る人物が…紅の翼を背にした…帝の血を受けし者。皇族だったからだ。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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