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第111話 その後始末的な話7

1並びの日に間に合いませんでした…残念



報告書に一通り目を通した(おおとり)(しょう)は、ゆっくりと息を吐いた。


「全てが思惑通りに行く訳もない…か。そろそろ、潮時かな」


草達の集めた情報を元に、彼なりに蛮族の再侵攻の時期を予測してみたのだが、どうやら当てが外れたらしい。


砦周辺の魔物討伐を口実に、尾噛の魔術士部隊と、それを指揮する”黒曜の姫将軍”を配置してみたのだが、本命が来ないのならば致し方が無い。尾噛軍の活躍により、砦周囲の魔物の数が激減しているのか発見報告もほぼ無くなったという。口実の方が無くなりつつある今、これ以上の足止めもできまい。


「尾噛のあの姫将軍ほど、魔術士を効率的に指揮できる者もいないんだけれどなぁ…やはり指揮官にも、魔術を学ばせた方が良いのかな?」


各属性の魔術、その特性を熟知しているからこそ、集団戦で効率良く指揮ができるのは道理だろう。


魔術士は特殊な人種だ。魔術を修める為には、努力以前に資質がなくては不可能なのだ。そして、その資質ある者を見いだせたとしても、育成には膨大な時間と金がかかる。それこそ数を集めるなぞ、困難を極める。


現在、帝国支配下の魔術士は60名程しかいない。対する尾噛は25名で、指揮官である祈も含めれば総勢26名にもなる。しかもそれぞれが、1種以上の属性の中級魔法を扱えるという一流の魔術士達なのだ。一地方領主が持つ戦力としては、あまりにも過剰過ぎる。


「いっその事、祈クンを招聘して、ウチのボンクラ魔術士共を鍛えてもらうってのも、考えた方が良いかもね…」


彼女が尾噛の魔術士部隊を掌握してからの半年で、数、質共々一気に驚異的な戦力増強が成されたと聞く。愛娘達の(そのウチの一人のは、もう報告書に目を通す気すら起きないのだが)定期報告書には、その様子が詳細に書き綴られていた。


資質ある者の選別は、姫が一瞥しただけですぐ終わる。集められた者の初級魔術習得までの期間が兎に角早い。その後各個人の得意属性を見極め、中級魔術習得までを徹底的に叩き込む。促成する手順があまりにも効率的だった。この事からも、尾噛家の魔術士育成の手順がしっかりと確立しているのは間違い無い。


このまま順調にいけば、恐らく5年後くらいには、国内最大最強の魔術士部隊ができあがる事だろう。味方である内は歓迎できるが、(いず)れ、帝国内部での不和の火種にもなり得るという恐怖が、常に付き纏う事にもなる。国を管理する職に就く者には、それは看過できない事態でもある。


「でもそれを牽制する道理が、帝国にはない。当然だよね。領主達の努力の結晶なんだから…」


戦力の増強は、各領主達にとって死活問題と言えるものだ。帝国の法で禁じているとはいえ、いざこざの解決に戦力を背景に強引に推し進め様とする輩は、必ず出て来るのだ。当然、それに備えて、自衛の戦力を整えねばならない。


尾噛家に長年嫌がらせを続けてきていた牛田家は、猛が継ぐ時に同盟を結んだ。猛は恐らく尾噛を裏切らないだろうと翔は覧ている。


北の牛田に備えの戦力を割く必要が無くなったとはいえ、東側には、小田切家がある。領土的野心を隠そうとしない小田切は、尾噛にとって安心できない相手でもある。


「目の上のたんこぶでもあった牛頭が以前程の勢力無くなったからって、小田切の若頭は活き活きとして…望クンも大変だ」


小田切家は東を海に、南北を帝国直轄領に囲まれている以上、勢力を伸ばそうとしたら、西側の、尾噛家の治める地にちょっかいをかける他に手はない。帝国領にちょっかいを出そうものなら、四方からタコ殴りに遭うのは確実だからだ。


その様な事情がある為、尾噛に帝国より強くなってもらっちゃ困るから魔術士育成をやめてとも言えないのだ。


「うん。やっぱり祈クンをちょっとの間、帝国に貸してもらうかなぁ…ボク、今度こそ望クンに殺されるかも知れないけど…」


当主望が妹の祈を溺愛しているのだという報告は、度々挙がってくる。最前線でもある砦への出兵の命にも、かなり渋っていたと翔は聞いている。


そのまま帝都へ招聘の勅書を送りつけたら、その返事に邪竜の太刀を大上段に構えた望本人が駈けてくる…そんな笑えない未来図も充分にあり得るだろう。


愛茉(えま)様が、”砦に祈クンを送れば良いことがある”と仰っていらしたが…あれは結局、何だったのかなぁ…?」


その結局が、そろそろ帝都に到着する事を、この時翔はまだ知らなかった。


最前線から大量に持ち込まれた飛竜(ワイバーン)の牙、爪、骨、革、鱗によって、干上がりかけていた帝国の財布が潤うという事を…



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「左右、障壁を展開する。正面の小鬼(ゴブリン)、後背の犬面人(コボルト)達に、戦力を集中せよっ!」


魔物を捌いた際の血の臭いに誘われたのか、大量の小鬼や犬面人が尾噛軍を囲う様に現れた。


大型の魔物は美味い。


その事を、自身の舌と胃袋で学習した尾噛軍は、本当に強かった。


「てめぇらごときにくれてやる肉は、一欠片もねぇんだよおぉぉぉぉ!!」


いくら周囲を囲まれてしまおうが、祈の作り出した障壁によって、正面からの突進しかできない状況を作り出してしまえば、小鬼や犬面人という小物なぞ尾噛軍の敵ではなかった。


矢を放ち、槍を(しご)き、刀を突き出す。兵士の動作の一つ毎に、魔物の命が一つ消えた。


この所、魔術士部隊に派手で美味しい所を掻っ攫われている歩兵部隊ではあるが、連日の討伐活動によってその戦力は一線級になっていた。


「側面、船斗(せんと)さん、一馬さんお願い」


「「承知っ」」


船斗は相棒の水の精霊(アプサラス)に命じ、側面の障壁を認識できず、何度も突進を試みる犬面人の集団に大量の氷の塊を落とした。(つぶて)というには、あまりにも大きな氷の塊は、犬面人達の身体に、いくつもの大きな穴を穿った。


一馬は魔術士部隊と連携し、同じく障壁に阻まれて攻め倦ねている小鬼達の中心に、幾本もの炎の柱を打ち立てた。炎に灼かれた小鬼は、一瞬で死ねただけ幸せであったかも知れない。熱に追いやられた小鬼達は、我先にと逃げ惑い、押し合い、倒された者は、味方達に踏みつけられ絶命した。


戦闘と呼ぶにはあまりに一方的な殺戮劇は、そう長くは続く事はなかった。戦力の大半を喪った両種族は、武器を放り投げ散り散りに逃げ出したのだ。


「巣を見つけ出して灼かなきゃ、駄目かなぁ…」


「難しい所ですね。あいつらを完全に駆逐するってのは無理ですわ」


『小鬼を1匹でも見つけたら、近くに30匹いると思え』


魔物駆除の先達が遺した古き言葉だ。これは、彼らの経験則に基づいた結論である。


「ですが、ここで少しでも奴らの数を減らさねば、何れ砦にも被害が及ぶ可能性は、確かにあります。奴ら、増える速度が本当に異常ですので」


「だねー。琥珀(こはく)さん、お願いして良いかな?」


「はいっ、行ってきますっ!」


祈のお願いに、琥珀は喜色満面に笑みを浮かべすぐさま駈けだした。小鬼達の巣はすぐにでも見つかる事だろう。


「おひい様、面白い娘を拾ってきましたね。あれは本当に()()


「ですね。あの娘の技量ならば、我らも安心して姫様をお任せできましょう」


「うん。二人がそう言うなら、きっと間違い無いよね」


琥珀の実力は、祈は充分に知るものなのだが、一馬と船斗も彼女の所作、立ち振る舞いから、ある程度の推察が出来ている様だった。


二人にその気が全く無くとも、やはり男なのである。姫の付き人としては、やはり同姓の琥珀の方を重用すべきであろう事は間違いない。


「みんなーっ! それまでに、魔猪の解体は済ませちゃってよねー?」


「…しかし、すっかり意地汚くなりましたな、我ら…」


「一度でもオカズ無しの侘しさを味わっちまったら、なぁ…?」


沢庵一欠片のみで、どんぶり飯三杯を腹に詰め込む作業は、本当に辛かった…あの時のひもじさ、情けなさを思い出す度に、尾噛軍の誰もが腹の虫から抗議の声が挙がる様になっていたのだ。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「そろそろ補給線は戻りそうか?」


執務室で、砦の司令官である牙狼(がろ)(はがね)は、嫌々ながらも事務処理をこなしていた。


「…正直、まだ芳しくありませんね。こちらからの”お土産”が本国に届けば、多分…といった所でしょうか?」


その弟であり右腕でもある、”食の軍師”こと(くろがね)が、つまらなそうに鋼の決済した書類に不備が無いかの確認をしていた。


「しっかし、牛頭の野郎がさんざ引っ張りやがった足の影響が、ここまで長引くたぁなぁ…流石に最前線で自給自足生活を強いられるなんて、一体誰が予想したよ?」


砦の裏側には、今では広大な水田と畑が広がっている。いつか停まるかもしれないか細い補給線に頼らない様にと、鉄が推し進めた事業だ。今では兵士達が交代で農作業に能っていた。


「尾噛のお姫様には、我ら頭が上がりません。魔物を退治していただけただけでなく、我らに食事と富をもたらして下さったのですからね」


「だなぁ。あの嬢ちゃんのお陰で、このところたらふくご馳走が食えて皆満足している。一時期、空腹による反乱に、日々怯えていたのが嘘の様だぜ」


「そこで、問題がひとつありましてね?」


「うん? なんだ、問題って?」


「…いや、飛竜の美味さを知ってしまったが(ゆえ)に、兵の一部が”あの味をもう一度”と、残った飛竜の巣に突入しかけまして…」


「あちゃー、そりゃ不味いな。無謀なんてもんじゃねぇぞ…」


飛竜は本来、討伐には相当な被害を覚悟せねばならない大型魔物の一つだ。


それを被害を出す事なく、安定して大量に狩ってくるなどという非常識は、異常者達(アブノーマル)の集まりである尾噛軍だからこそできる事であって、ただの人の軍である防衛隊には不可能なのだ。


「しゃーない。嬢ちゃんに頭下げるか…」


「それが懸命かと…」


今回の問題の責任は、滅多にない貴重な美食に、ついテンションにまかせて羽目を外してしまった鋼にも一端がある。


あの”肉の祭典”は兵の士気の向上に大いに役に立ったのだが、無駄に兵士達の舌を肥えさせてしまったという罪の側面もあるのだ。


定期的にあれを行うには、兵の練度と強さが決定的に足りないのが現状であろう。


「ですが、”もう一度あれを口にしたくば、お前等もっと強くなれ”と言う方法もありますね」


「そこであいつらが諦めるか、頑張るかは、奴らの食い意地にかかってるってか…なんだかなぁ、それよぉ」



所詮、人間は腹が減らなきゃ本気を出さないものだ。その一方で、腹が減っては戦はできぬ、ともいう。


「ある程度は兵を飢えさせておくのも、必要なのか…ねぇ?」


考えた所で、その状況になってみなきゃ判らない。


だが、できればひもじさで鳴る腹を抱えたまま戦いを続けたくはないなぁ。そう思う鋼であった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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