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第110話 肉の祭典ッッッ!



茜色に染まる砦の中は、今や異様な熱気に包まれていた。


半裸になった男達が広場にひしめき合って火を囲い、その時を今か今かと待ち望んでいたのだ。


「ぃよぉーしっ! テメェら、準備は良いか?」


牙狼(がろ)(はがね)の良く通る声が、辺り一帯に響く。


「「「「いやああああああああああああああああっ!」」」」


半裸の男達は司令官の声に、それぞれ自身が出せる最大の歓声で応えた。


男達の右手には菜箸が。左手には小皿がしっかりと握られていた。そして足下には、どぶろくがタップリと入った瓢箪が。戦闘準備はすでに完了していたのだ。


「っしゃー! はみ出るまで喰うぞぉぉっ! 全員で、尾噛の嬢ちゃん達に感謝してっ…ゴチになりやすっ!」


「「「「「ゴチになりやすっ!!」」」」」


鋼の音頭に、に半裸の男達は声を揃えて唱和し、一斉に祈に向かって頭を下げた。


「…お、おう……みんな、美味しく食べて…ね?」


ぐるりと周囲の野郎共全員が半裸。更には炭火によって、赤々と熱せられた金網が並べられた輻射熱。ただでさえ熱く、男臭暑苦ムサ…で辛いのに、これまた体育会系の思わず耳を塞ぎたくなる重低音の大唱和と来た。このノリに全く付いていけず、祈は半裸の野郎共の勢いに若干ヒきながらも、何とか返事を絞り出した。


(うへぇ、なんかすっごく食欲失せたんだけどー! この責任、誰がとってくれるのかなー? かなーっ?!)


五感の内の視覚、聴覚、嗅覚、触覚の4つまでを男一色で染められては、残る味覚がちゃんと機能するかはかなり疑わしい。兎に角半裸で、視界いっぱいギッチリとひしめいた野郎共…というだけでも、充分過ぎる精神的ダメージを負っている現状。食欲が失せるのも道理なのだ。


『こちとら数え13の乙女だぞ、てめぇらちったぁ恥じらいくらい持ちやがれ、何考えてやがる馬鹿野郎っ!』


…そう叫びたくて叫びたくて仕方が無い。だが、そう叫んでみた所で、何かが変わる訳もないだろう事だけは、しっかりと理解できた。何故ならこの集団の中では、女は祈一人だけなのだから。


更に残念な事に、彼らから祈は女性として思われてはいないし、扱われてもいなかった。”黒曜の姫将軍”などと囃し立てられてはいても、砦の野郎共にとって、祈は所詮ちんちくりんのお子様でしかなかったのだ。


祈の盛大な溜息をかき消すかの様に、半裸の野郎共は程良く熟成された飛竜(ワイバーン)の肉を思い思いに焼けた網の上に乗せ、自分の好みの焼き加減になるのを酒を呑みながら待っていた。辺りは肉の焼ける香ばしい匂いと、したたり落ちた脂によって、煙がもうもうと上がっていた。


「今日は飛竜で、明日は大鳥(ロック)ぅ。そして明後日魔猪(まちょ)ときたぁ~♪ 素晴らしき、肉欲の日々っ!」


「肉肉酒肉酒野菜、肉野菜肉ぅぅ!!」


「手羽先って、ホントうめぇよな」


砦の広場は、肉の祭典が開かれていた。


欠食児童、尾噛祈が日々待ち焦がれた、その祭典なのだ。


この砦は帝国最前線の、国境防衛の要である。当然、当直の為に、この祭典に参加できなかった残念で可哀想な者達が多数いた。


そんな貧乏くじを引いた彼らに、せめてお裾分けを持っていく事くらいは許されるだろう。男臭さに酔って食欲が完全に失せてしまった祈は、その者達の為に豪勢な肉串の準備を始めた。


「もぐもぐもぐもぐ。美味しいね、お姫様っ!」


白と黒の縞模様の豪奢な毛並みに覆われた太く長い尻尾に、人類種とは全く異なる位置にある獣耳。金色の瞳の中は、縦に開かれた光彩と瞳孔が。(すすぎ)琥珀(こはく)は、飛竜の肉を口いっぱいに頬張り、すっかりご満悦の様子だ。そんな彼女が、いつの間にか祈の隣に立っていた。


「…何で、貴女がここにいるのさ、琥珀さん?」


いつの間にやら自然体で野郎共の輪に溶け込んでいた琥珀の姿に、何の違和感も覚えなかった祈は、少しだけ自分が嫌になった。もしこれが悪意を持って砦に侵入した工作員だったら、まんまと目的を達成されてしまうのだぞと。


「もぐもぐ。うん、”尾噛祈の関係者です”って門の人に言ったら、どうぞどうぞって。誰も引き止めませんでしたよ。んぐんぐ…むしろ、大歓迎?」


「…あいつらぁ…」


門番達には、肉串無しだな。祈はそう決めた。そんな言葉だけで何の裏を取らずに、簡単に部外者を通してしまうとは。


そもそも尾噛の関係者だと名乗っただけで、この辺りでも珍しい筈の獣人を、何の疑問を持たず通してしまうとは何事かっ! 尾噛はまるで異常者達(アブノーマル)をいっぱい抱えるびっくり箱かよって言いたくなるなった。


「はぁ、もう…で? 私に何か用ですか?」


門番達の怠慢は、後で美味しく焼けた肉串を目の前でブラつかせながら追求するとして、祈は現状から整理する事にした。閉ざされた集落の人間が、何故、砦の中に入ってきたのか? である。


「うん。長の指示でね、”お時間のあるときで構いませんから、村までお越し下さい”ってお願いしに。もぐもぐもぐ…夜まで待ってようと思っていたんですけど、すごく美味しそうな匂いがしてきたから…つい。えへ…」


「つまりは、食欲に負けた、と?」


「えっとぉ…えへへへへ…」


琥珀は笑って誤魔化した。確かに、肉の焼ける香ばしい匂いはたまらない。そこにタレが付いていたら、もう言う事はないだろう。更に空腹ならば、その匂いだけでもどんぶりのおかわりは軽くイける程だ。


…だからといって、任務を放り出してまで侵入してくる奴があるか。琥珀のあまりにあまりな軽い行動に、祈は唐突に目眩を覚えた。()()が、集落一の手練れだと長は言っていたが、本当かどうかかなり疑わしくなってきた。


「はいはい、それでは、当直の人達のお裾分けを用意したら行きますよ。ああ、そうそう…今回の件、しっかり長にチクっときますからね?」


「ふえぇぇぇぇぇぇ、それは、それだけはご勘弁願います。ほんっと、この通りでございます。許してくんなせ」


琥珀はすぐさま祈にすがりつき、懇願してきた。だがよく見ると彼女の口元は、大量の肉を咀嚼する行為を一切やめてはいなかった。必死な口調の割に、どこまで本気なのかさっぱり分からない。この辺が”手練れ”と謂われる所以なのだろうか? 祈は雪琥珀という人物像が、未だ全然掴めていなかった。


(まぁ、もういいや。そこまで長い付き合いにならないだろうし…)


どうせ、魔物退治の任を終えればすぐにでも尾噛領に戻るのだし、良く分からない人の事を一々気にするのも馬鹿らしい。そういう意味では、祈は冷淡なのかも知れない。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



琥珀の案内で、祈は集落に入った。幾重もの結界を抜ける際に僅かに覚える抵抗感は、正直不快であったが、これを我慢せねば集落に入る事ができない。


長からの招待を断る事も、祈はほんの少しだけ考えた。だが、結界を強引にぬけ集落に押し入った引け目がこちらにはある以上、無碍にもできない。その判断で、こうして付いてきたのだ。


「お姫様、本当に、凄いですね。わたし、全力で、走ったんですよぉ? ほんのちょっぴり、ですけれど、置いていってやろうって、思って…」


琥珀の息は上がっていた。声を出すのも苦しいのか、途切れ途切れになりながらも何とか言葉を発する。そんな状態であった。


「うん? もし、貴女を見失ったらそのまま帰ってたし。そんなのどうでもいい」


対する祈は平然としていた。琥珀に案内するつもりがないのは、何となく察しが付いていた。先導する人間にあるまじき速度の、全力疾走だったからだ。もし置いて行かれた時は、そのまま帰ってしまえばいいか…本気で疾走(はし)る琥珀の後ろ姿に、祈の気分は逆に楽になった。


木の精霊達にお願いすれば、結界の境界線までたどり着く事は訳も無い。だがそれでは以前と同じ轍を踏む事になる。案内人にその気が無いのなら、いつでもそれを理由に離脱してしまえば良い。そう思ったのだ。


「…お姫様、なんか凄く冷たくありませんかぁ?」


「うん。まだ貴女から謝罪の言葉を貰ってないし…私から優しくする理由なんか、当然ある訳無いでしょ?」


確かに態と驚かせて脅したけれど、それは監視されていたという事実に、不快感を表明する為だった。その後は意地悪し過ぎた反省から、なるだけ友好的に接したつもりだったのだが、当の琥珀からは徹底的な沈黙をもって応えられたのだ。そうなっては、祈は正直どうでも良くなるのも仕方の無い事だろう。


「ううっ。お姫様って、結構根に持つタイプ…?」


「わりとね。でも、それ本人に訊いちゃうかなー?」


琥珀側にだって事情があるのは、祈だって百も承知だ。集落の長が危険視したからこその、監視役だったのだから。だが、長に目通りした後にでも言葉を交わす程度は出来た筈だ。なのに、琥珀は現れなかった。


何で琥珀に対してここまで冷淡であったのか。祈自身、それが良く分からなかったが、漸く得心できた気がする。


(ああそうか。私、拗ねてたんだ…あの後、琥珀さんが来るのを、きっと心のどこかで期待してた)


「うん。琥珀さん、案内お願い。用事、はやく済ませちゃおう?」


明日も砦で肉の祭典”大鳥祭り(ロックフェス)”がある予定だから、今度は琥珀さんを正式に招待しよう。尾噛の関係者として…その時に、もう一度驚かせた事を謝ろう。そこまでは根に持っても良いよね? 今は、心の中でだけ、祈は頭を下げた。




長の用事とやらに、祈は困惑しか無かった。四聖獣であり、精霊神の一柱でもある白虎が、祈の前に現れたからだ。


(態々のご足労すまぬ。わたしがあなたを呼んだの)


何故(なにゆえ)に、私を?」


祈は今まで朱雀と玄武の二柱に会って言葉を交わしたが、まさか閉ざされた集落に、もう一柱が棲んでいるとは思ってもみなかったし、さらにはその精霊神が祈との面会を希望するなどとは…それこそ、存外もいいとこだ。


(純粋に、興味があって…と言ってしまうと、あなたは怒るかね?)


「ちょっぴり。でも、それだけでは無いのでしょう?」


全てを見通すかの様な、澄んだ金色の瞳にじっと見据えられて、少しだけ居心地の悪さを祈は感じた。


(ふむ、なるほど。魔王の欠片程度なら、労せず浄化ができるか。性根も真っ直ぐで結構な事で…)


「はぁ……どうも?」


一人頷く白虎の様子に、困惑の度合いだけが深くなる。居心地の悪さは、今や最高潮に達しようしていた。正直に言えば、今すぐにでも帰りたい。


(実はね、あなたにお願いがあるの。琥珀、こちらへ来なさい)


音も無く廊下側の襖が開き、そこには琥珀が三つ指を着いて平服していた。


(もう紹介しなくても大丈夫よね? この娘の名は琥珀。わたしの孫娘。我が血を受けし、純粋なる戦士です)


朱雀と同様、白虎もまたこの世界に血族の種をもうけた一柱だという。


この世界の住人は、生命力(プラーナ)が弱い。精霊や上位存在と契約し使役する為には、必要不可欠なものが決定的に足りないのだ。その為精霊神はこの世界の住人と交わる事で、その類い希なる血と力を分け与えた。世界の住人が少しでも強くなる様に。


白虎は、偶然発見した特異門(ゲート)を隠し守るため、集落を守護する住人達に、血の加護と祝福を与えたのだという。その直系の娘が、そこで平服している琥珀なのだ。


(この娘を、貴女の手元に置いてあげて欲しいの。閉ざされた集落の様な狭い世間だけでなく、この大きな世界を、知ってもらうために)


「お姫様、わたしの事お嫌いかも知れませんが…お願いします。わたしに、外の世界を教えて下さいっ」


額を木の床に擦りつけたまま、琥珀は懇願した。集落の入り口でのやりとりで、祈に良い印象をもたれていない事が判った。拒絶されるかもしれない。琥珀は震えながら、祈の返事を待った。


小刻みに震える琥珀の姿に、祈は意地悪し過ぎたと深く反省した。今日の琥珀にしてみせた態度は、ほぼ八つ当たりでしかないのだから。


「うん。琥珀さん、一緒に行こ? でもね、お外は危険でいっぱいだから、二人で、もっと、もっと強くならなきゃね」


せめて、私と同じくらいに疾走れなきゃ、本当に大変なんだからね? 照れ隠しにそう付け足し、祈は琥珀に向けて手をさしのべた。


「はい。はい…どこまでも、お伴しますっ、我が君」


祈の手を取り、琥珀は喜びに瞳を潤ませた。


一生付いていく。その覚悟を持って、琥珀はさしのべられた主君の手を取ったのだ。祈はそこまで深くは考えていないだろう。そんな事は分かっている。これは厭くまでも、自分で決めた覚悟なのだから。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



(で、お前さん、態々孫娘を預ける為だけに、祈を呼んだってのか?)


(ええ、そう。可愛い子には旅をさせろって古来より謂われるだろ?)


(お前さんも変わってんな。随分とこの世界に染まってねぇか?)


(そりゃあの。我が腹を痛めて産んだ子達だ、可愛いに決まっておろう…そういえば、主様のお護りする竜の娘、あれも可愛いかったな。わたしもこの世界では、あんな時代があったのだぞ?)


(えぇ~?)


(…主様、久しぶりに()ろうか? チョイとなまっておろう)


(勘弁してくれ。俺、今は守護霊な(現役引退して)んだよ)


(あの娘の力が、きっと役に立つ日が来る。我が真名を与えし娘が、竜の娘の道標となろうさ…)


(できれば、祈には平穏な日々をおくって欲しいんだがなぁ…)


(それはきっと無理な相談だな。だからこそ、わたしの孫娘を竜の娘にくれてやったのだから)


(そっかー、そっかー…)



後退著しく薄く寂しくなった額を何度も撫でながら、俊明は嘆息した。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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