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第108話 ファーストコンタクト失敗

108…所謂煩悩の数です。

話とは一切関係ない訳ですが。



全身を満たす生命力(プラーナ)という燃料に、意思の火をくべる。


身体の内から熱く沸き立つ力を流し込む事で、黒曜石の如き漆黒の輝きを放つ異形の鎧が起動し、秘められた力を完全に呼び起こす。


祈は地を蹴った。足鎧がその意思に応え、一気に加速を付ける。少女は、今や一筋の光の矢と化していた。


(なんとなくコツが掴めてきた気がする。もう少し出力を上げてみようか)


生命力の燃焼を更に強く意識してみる。黒曜の鎧は必要とされ使役される喜びに震え、もう一段上の加速をつけた。


祈が林の中に飛び込むと、視線の主はすぐ目の前にいた。


「あ…な…?」


その者は祈の突飛な行動に、認識が全く付いていかなかった様だ。隠れる事も逃げる事もできず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。


金色の瞳の中は、縦に開かれた光彩と瞳孔があり、白い毛並みに覆われた尻尾が。半ば開かれた口には鋭く尖った大きな犬歯が覗き、人類種と全く異なる位置に耳があった。目の前の娘は、猫系の獣人なのだろうか。この国ではとても珍しい。


「こんにちわ。あなた、ずっと私の事見てたでしょ? それで、何か用があるのかな」


そもそも目標に逃げる暇を与えず捕捉する腹積もりでの急加速だったのだ。ここで笑顔を見せた所で、獣人の娘には何の感銘も与えられないだろう。


だが、これは祈には威圧の意味が多分に含まれていた。視線に、充分に殺気を込めてみせたのだ。相手に敵意が無かったとはいえ、監視されていると自覚してしまって居心地が悪くなったのだから、祈としては当然の仕打ちである。


「ひぃっ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


等の獣人の娘さんは、今にも失神しそうなまでに怯えきっていた。


それはそうだろう。気付かれる筈の無い安全な距離から観察していた対象が、まさかこちらに気付いていただけでなく、逃げる間も無く一気に距離を詰めて詰問してきたのだから。一瞬のうちに言い逃れもできなければ、逃げる事なぞできない状況に追い込まれてしまっていたのだ。


しかも、常識では考えられない程の神速で。自身との力量差をこれでもかという程に思い知らされては、もう逆らう気すら起ころう筈も無い。


(祈、ファーストコンタクトから大間違いだ。この娘、完全に怯えちまってら。もうまともに質問すらできねぇぞ、どーすんだよこれ)


(南無。拙者たまに祈殿が分からなく成り申す。まだ修行が足らぬか…)


守護霊の二人は、祈の行動に呆れ果てていた。視線には敵意が含まれていなかったのだから、もう少しやりようがあったのではないか? 彼らでも止める間も無くの、一瞬の行動であったのだ。


(だって、私悪い事した覚えが全然無いのに、ずっと視られているって居心地悪かったしさ…)


最初はまだ良かった。だが、視線を再び感じた時、祈は妙にムカっ腹が立った。何故、この様な事をするのか? 何でそれが自分なのか? それを追求せずにはいられなくなってしまっていたのだ。


(だからって、なぁ…?)


(でござる)


(あああああ、皆、本当ごめんなさい。ちゃんと毒の有無を勉強するから、もう許して…)


その中なのに約一名、未だトラウマから復帰できず。俊明と武蔵は、盛大に溜息を吐いた。




獣人の娘は(すすぎ)琥珀(こはく)と名乗った。


だが、娘は祈に名前を告げたのみで、何故ずっと視ていたのかも、どこから来たのかも全く教えてはくれなかった。


その筋の人間なら確実に骨抜きにできる祈の会心の天使の微笑みも、紋菜(もんな)から貰ったとっておきの飴ちゃんでも、固く閉ざされた琥珀の心を開く事はできなかった。


(埒があかん。ほら、やっぱりお前がファーストコンタクト失敗し(ミスっ)たからよ…)


(うるさいなぁ。これでもかなり自重したんだよ? 本当ならもっと怖がらせるつもりだったんだから)


(…やはり、マグナリア殿の悪い影響が出ているのでは?)


(あああああああ。イザベラ、これ以上あたしを虐めないで…)


(…こいつ、そろそろ黙らせるか?)


(…俊明殿の判断に、お任せいたす…)


「琥珀さん? こうしてても時間の無駄だから、もういいよ。私達は晩ご飯のおかずを探さなきゃなんないし、これでさようならね。ああ、そうそう。もう私を見張らないで欲しいなぁ。鬱陶しいから」


もう一度ファーストコンタクトでみせた殺気混じりの獰猛な笑みを琥珀に向けた。半分は八つ当たりであったが、琥珀の目的がはっきりしない以上、祈は愛想を振りまく意味が微塵も見いだせなかったのだ。


「…ふえ?」


彼女の返事を待つ事もなく、祈は跳躍し木々の間を飛ぶ様に視界から消えてしまった。辺りが薄暗くなってしまった林の中に、白い毛並みの獣人が一人、ぽつんと取り残される。


琥珀は頭を抱えた。監視対象である祈に発見されただけでも問題なのに、彼女に顔と名まで知られてしまったのだ。この次第を長にどう報告したものか。正直に言ってしまえば、恐らくは罰を免れる事はできないだろう。かといって虚偽の報告をすれば、バレた時は更に酷い罰が待つ事になる。


(あれれ? 詰んじゃった、わたし??)


思い悩んだところで、事態は一切好転などはしない。相手がこちらより一枚も二枚も上手だったのだ。そう思ってここは諦めてしまうしかないだろう。琥珀は戻る事にした。仲間の待つ拠点へ。


そんな琥珀の姿を、祈は木の上から見ていた。幻術を用いて、この場から早々に立ち去った様に見せかけていたのだ。


(…まさか、こんな簡単に諦めてくれるとは思わなかったなぁ)


(あの御仁、きっと根が真面目なのでござろう。それに比べ、祈殿は…)


(…なに、さっしー? それって、まるで私が捻くれてる様に聞こえるんだけど?)


(まぁ、うん…)


(酷い、とっしーまでっ?!)


相手を疑ってかからない限り、この様な小細工は思い付かないだろうし、労さないのではないのか? それを俊明はあえて口には出す事はなかった。


視線の正体が妙にひっかかる。気になる。そう祈は言っていたのだ。その直感を信じてみるのも悪い選択ではないだろう。ただ、手段に少し疑問を感じずにはいられなかったが。


祈は、木の精霊達に琥珀の追跡と道案内をお願いした。基本的に精霊とは、意思の疎通ができる者の言葉通りに、一切の疑念を持つ事なくそれらを全て実行する。琥珀がこの林に棲む存在であるならば、何が災いするか分からない。用心するに越した事はない筈だ。


気配を断ったまま、祈は精霊達の先導に付いて木々の間を跳ぶ。枝葉が微かに揺れはするが、傍目からは風に靡いている様にしか見えなかった。祈の体捌きがすでに達人の域を凌駕し、仙人の領域に踏み込んだ証拠でもある。


「…速いな、彼女。獣人でもここまで速度を出せる奴ぁなかなかいないと思っていたんだが」


「かの御仁の技量、かなりのものでしょうな。恐らくではござるが、砦の兵でも彼女の域にいる者は、両の指で足りる程度かと」


夕刻に差し迫った林の中は、すでに夜の帳が降りし闇の支配する領域であった。僅かな光すらも木々に遮られてしまい、夜目が無い者には真っ暗でほぼ何も見えない状況だ。その中を、琥珀は一切の躊躇無く疾走(はし)っていた。それは彼女の確かな技量と、自信の表れでもあろうか。


「こりゃ、ますますファーストコンタクトミスったのが尾を引きそうだぞ、祈?」


「もう、本当にうるさいなー。だから、反省してるってば」


とはいえ、あの様に遠目からただ監視されているだけでは、こちらから何らかのリアクションを起こさなくては何も変わらなかったのは事実の筈だ。だからこそ祈は強引な手段に訴えてみた訳だが、それが裏目になったのだとずっと言われ続けては、祈は当然ながら面白くはない。だったらどうすれば良かったんだよ、と反発したくもなってしまうのだ。


「あの仁、琥珀と申しましたか。拙者、猫系の獣人をこの世界で見たのは、あの蔵での出来事以来でござるが、ここら辺りでは珍しいので?」


「そうだね…『獣人』に分類される種は、この辺りではそんなにいないって聞いたな。あの琥珀さんとは完全に別の種になるけれど、牙狼(がろ)様はその少ない一つになるのかな…そういえば、虎? 猫? 系の獣人種は、帝国内では聞いた事ないな…?」


牙狼鋼と鉄の兄弟は、この辺りの出身だと聞いた事があった。ここは、帝国にとって防衛の最前線。言い換えれば辺境の地だ。そこから四天王の地位まで登り詰めたのだから、牙狼鋼という英傑は、生粋の戦人(いくさびと)なのだろう。


「ふむ。もしかして、あの娘が何も明かさなかったのは、その辺りが関係しているの…か? 情報少なすぎて判らんな」


「だから、こうやって追跡してるんじゃないか。問題がありそうなら、私達で何とかしなきゃね。砦に何かあってからじゃ遅いんだし」


「それはどうでござろうか? 個人的な感想を言わせて貰えば、かの仁の事なぞ放っておいて、おかず探索を続ける方が拙者建設的では無かろうかと存ずるが…」


「そうね。あたしもムサシの意見に賛成ね。今回は初手で完全に失敗したと思うし、時間を置く方が良いのではなくて?」


「「「あ、復活した(でござ)」」」


トラウマを克服していなさそうだが、マグナリアの意識は現実世界に戻ってきた様だ。ここまでの間、全員が彼女の事を半分忘れていたともいうが。




木の精霊達が琥珀を見失ったと祈に告げた。精霊達は目で対象を認識していない。発せられる生命力や、魔力の波動で個人の識別や認識を行うのだ。


その精霊達がここで見失ったと言う事は、まず考えられるのは琥珀が死んでしまった場合や…


「多分ここら辺に、何らかの結界があるのでしょうね」


「だな。上手く隠している様だが…祈?」


「うん。境界が視えるよ。かなり規模の大きな術式っぽい…この先に一部族の集落があっても、全然おかしくない位に」


こちら側とあちら側の境界線を敷く幾重もの結界術だけではなく、認識阻害とこの先の道を無意識に避ける暗示術が周囲にかかっている様だ。強力なものではないだけに、逆に気付き難い巧妙なものである。


「じゃ、皆いくよ?」


祈は躊躇無く、結界に踏み込む。


微かな抵抗を足先に感じたが、祈は構わずそのまま一歩を踏み出した。その先に何があるのか?


それは全く判らなかったが、誰かが私の背中を押してくれている。そんな妙な確信が、祈の中にはあった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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