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第106話 動物性タンパク



「総司令殿! 私、ひっじょーにお肉が食べたくなりましたっ。ですので我ら尾噛軍、今から猟をしてきますっ!」


「…は? ちょっ、おい、待てって!」


握り飯2つと、漬け菜をちょびっと一口分。


そんなあまりに質素で侘しい朝食を一瞬で胃袋に収め、ひもじい想いをそのまま怒りの勢いに乗せて、祈は牙狼(がろ)の執務室へ一気に押しかけて、高らかに宣言をした。


毎食この様な有様では、育ち盛りのこの身体。到底耐えられる訳などない。キナ臭い、胡散臭い疑惑どころの話ではなく、これは深刻な栄養問題なのだ。


「って訳で、今夜は絶対肉の祭典! 請うご期待っ、でございますよーっ!」


(はがね)の静止を振り切り、祈はそう宣言するや否や、執務室を後にした。扉も閉めずに全力疾走で。下手に話を聞くモードになれば、絶対に言いくるめられるだろう。その対策は、話を一切聞かない事が一番なのである。


「だからっ、待てって…っち。行っちまいやがった…人の話を聞かねーところ、ホント親父そっくりでやんの…」


ガシガシと頭を掻きむしり、鋼は廊下を疾走する尾噛の娘の後ろ姿を見送った。


彼女の評判は、すでに兵士達の間でも噂となって、この様な辺境と呼ぶに相応しい最前線にも轟いていた。()()垰の娘だ、どれほどの威丈夫なのであろうかと鋼の妄想の翼は大きく広がり羽ばたいた。


だが、実際の目の当たりにした、巷で評判の”黒曜の姫将軍”は、鋼の眼にはあまりにも小さく、そして儚過ぎる様に映った。それこそ鋼がチョイと軽く小突いただけで、簡単に死んでしまうのではいかと思える程に。


斥候達によって砦の周囲での魔物の目撃情報が数々挙がってきているのは勿論真実だ。その対策に本国がよこしたのが件の”姫将軍”率いる尾噛軍であった。斯様なか弱き小娘を、魔物退治によこすとは…鋼の不安は増すばかりであった。


尾噛の名を持って戦場に馳せ参じてきた以上、恐らくは強者である筈であろう。だが、鋼は歴戦の、一兵卒からの叩き上げ脳筋だ。剣技と腕っ節でのし上がってきた彼は、魔術にさほど信用も置いてなければ、小娘如きが戦場にのこのこと来るな。等という立派な思想の持ち主だったのだ。


その為に、赴任初日に祈達尾噛軍へ下された指令が…先日の『おかず確保大作戦』だったのである。


『使えるかどうか解らん連中に喰わせる余裕なんざ、ウチに無ぇ!』


この一件で鋼は、祈に面と向かってそう痛烈に言い放ったも同然なのだ。歴戦の将ならば、これだけでも充分に激高しておかしくはない状況である。


だが、祈はその点に関しては、何ら思う所は無かった。というより、出陣要請をしてきた(おおとり)(しょう)の人徳と言うべきか、『きっと裏に何かがあるに違いない』と疑ってかかっていたが為、鋼もその片棒を担いでいると思い込んでいたのである。


「…流石に意地悪し過ぎたか? あの身のこなしで、あの娘が充分に強いって解っている筈なのに、なぁ…」


鋼の眼から見ても、祈の日常の所作は正に強者のそれで、洗練された技術の粋を身体の芯に叩き込まれた者だけが放つ雰囲気(オーラ)を感じる程だ。その筈なのに、祈の可憐な容姿がそれを徹底的に否定する。その為、鋼は彼女をどう扱って良いか決め倦ねていたのだ。


「ま、肉は欲しいから、放っておくとすっか…」


現在、砦には動物性タンパク質の備蓄があまりに乏しく、肉が欲しくて欲しくて仕方が無いのが実情だ。魚も美味いが、ふと赤身肉をぐいぐいと噛み締めたくなる衝動が、時にはあるのだ。


この辺だと、猪に、穴熊、川獺に鹿、そして馬もいたはずだ。よっぽど処理に失敗しない限りは、どの肉も美味い。


「肉の祭典…ねぇ? 本当なら、有り難い話だ。尾噛の姫将軍のお手並み、拝見しますかね」


狩猟の成果で、軍の指揮の腕と、兵の練度を測るってのも悪く無い。獣を狩るなんぞ、素人には非常に厳しいのだから。鋼は執務室にある長椅子で、昼寝をしながらその成果を待つ事にした。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「おひい様、流石に我らだけで山野の獣を狩るのは厳しいですぜ?」


一馬の心配は尤もだ。現在、尾噛軍を形成するのは見習いを含めた魔術士+精霊使いが25名と、新兵を含む歩兵が250名だ。だが、その中の誰も狩猟の経験が無かったのだ。


「誰も獣を狩るなんて言ってないよ? 私達の狙いは、大鳥(ロック)、及び飛竜(ワイバーン)。しっかり大物ねらわなきゃ、ね?」


「…マジかよ…」


確かに、魔物に分類されてはいたが、大鳥も飛竜も大型動物であり、勿論可食である。それどころか飛竜などは、歳経て成熟した個体の肉は、非常に美味である。とさえ言われている程で、高値で取引される事もあるという。だが、飛竜を仕留める事が出来る程の豪の者は少なく、また運良く良い状態の肉を手に入れる事ができたとしても、それを輸送する際の問題が多々ある。


古賀軍との討伐では、その様な理由で飛竜を持ち帰る事は無かった。討伐が主目的であったが為に、”食用に耐えられる程に痛みのない遺体がほぼ無かった”というのが実際ではあったのだが。


「今回は、食肉目的だから、火の系統及び、土系統は厳禁。当然、縦真っ二つ。なんてのも許さないかんね? 皆、なるべく綺麗に()ってよ」


肉が半端に焼け焦げる火は駄目。土系統は肉を押し潰してしまうので、血抜きが難しくなる為に当然駄目。そして臓腑が破れ内容物が肉に付着する事があれば、その肉は臭いで食べられなくなるので注意。そう言うのである。注文が多すぎる。魔術師達から動揺の声が挙がる。


「…ですが姫様、肝心の大鳥や飛竜は、どうやって見つけるのでしょうか? 影を捜し無闇に歩き回るのであれば、獣を追う方がまだマシかと思いますが」


「うん。そこは大丈夫。目星はもう付けているからね」


事前に武蔵が、周囲の魔物の分布を探査していた。砦の徒歩圏内には、飛竜と大鳥の巣が数カ所あり、小鬼(ゴブリン)と、低級な狼人間(ワーウルフ)の群体もいくつか見つけていた。


今日は、その内の飛竜の巣を狙おうというのである。


「これは実戦だけれど、訓練の意味合いが強い。まず無事に生き残る事、これは大前提。次は、勝ち方に拘ろう。さっきも言ったけれど、火と土の魔法は厳禁。派手で強力な魔法も当然駄目だよ。”美味しいお肉”の確保が、大事なんだからね」


(…祈。お前、なんか半分目的見失ってね?)


(…否定しない。ここ、ご飯美味しくないし量が少ないんだもん…)


育ち盛りの肉体には、この食事環境は非常に辛すぎた。身長が欲しくて欲しくて仕方が無いのに、このままでは身長が伸びる事なく止まってしまう。祈には切実な問題であったのだ。


「それでは、突入! 皆、隊列はしっかり守ってね」


溢れんばかりの食欲を胸に、祈達は飛竜達の巣に一斉に突撃していった。




成果は上々だった。これだけあれば、砦に駐留する全ての猛者達の胃袋を、数回は満足させられる筈である。


荷車と荷馬に、載せられるだけの飛竜を載せる。血抜きと腑抜きはしっかり済ませてある。肉の味こそが最重要なのだから当然の事である。


だが、此処は少なくとも魔物が多数棲む領域だ。血の臭いを嗅ぎ付けた狼人間と小鬼との戦闘は、免れる事はできなかった。


だが、これも祈にとっては想定の内だ。祈の本来の任務は”この地の魔物を駆逐する事”なのだから。


卵も美味いという話を聞き、いくつか持ち出してみた。鶏卵は貴重なタンパク源だが、飛竜の卵はどうであろうか? 祈の興味は、どちらかというとお肉より卵の方にあった。


(つか、この肉や革、素材全部売っ払う事ができたら、億万長者間違い無しなんだがな…おひい様、それに気付いていないのか。世間知らずというか…)


一馬の思いを他所に、祈はうきうきと乗馬の足取りも軽く先頭を闊歩する。宣言通り、上質なおかずを大量に確保し、さらには飛竜の巣をひとつ潰してみせたのだ。


これで砦の連中は、尾噛軍に暫く頭が上がらないだろう。もしかしたら明日の朝食には、握り飯が一個増えてしまうかも知れない。


(思ったより上手くいったし、お肉もいっぱい確保できたし。もう言う事なしだねー)


(魔術士達も、もう慣れたものだったわね。新人の子達も素直に言う事聞いてたし、これからもっと強くなるわよ)


(歩兵の者達も、弓の練度がしっかりと上がってきている様子。幾人かは、飛竜の鱗をも貫く程の強弓の腕をみせた者もおりましたな)


(そりゃ凄い。騎士盾ですら抜けるぞ、それ)


(祈殿の率いるこの部隊、この国でもかなりの強さかと。多少の贔屓目はあるやもだが、拙者が太鼓判を押しても良かろうかと)


(祈、やったな。武蔵さんのお墨付きだぞ)


(うん、ありがとさっしー。素直に嬉しいよ)


(今まで目立った怪我も無く、戦場を生き抜いたお陰でしょうね。彼らのこれからの成長が本当に楽しみだわ)


多少上下はするが、尾噛家で祈に任される戦力は、大体いつもこの位である。


毎回新兵の小隊を数組細かく入れ替えて出陣しているが、その仕上がりに他の部隊長から賞賛される程である。こうして祈は、着々と領主の姫としての生き方を逸脱してきている。その事に誰もが一切の疑問を持つこと無く…


(皆の者、あいや暫く。その先の林の辺りから、何やら視線を感じるのでござるが…)


武蔵の指さす方へ、祈はなるだけ不自然にならない様に、ちらりと視線を向けてみた。当然、武蔵ほどの感知能力が祈に備わっている訳なぞない。その瞳に不穏な影が映る事はなかった。


(視線には、敵意と悪意一切がござらぬ。それだけに逆に違和感というか…何やら”観察されている”。そう表現するが正しいのやも知れませぬが…はて?)


(鳳様の目的ってば、もしかしてそれ、なのかなぁ…?)


(さてな。向こうが何もしてこないんなら、放っておけば良いさ)


(そうね。魔物の討伐、それが最優先。順番は間違えちゃ駄目よ?)


(…そう、かなぁ? 何だろ、何か引っかかる気が…?)



もう一度、祈は林の方へ少しだけ視線を向けた。あの向こうに何があるのか。後ろ髪引かれる妙な戸惑いを覚えつつ、祈は砦までの帰路についたのだった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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