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第102話 魔王



「…6人の魔王達、ねぇ?」


蒼を退出させた後、祈は望に今回の経緯の全てを話した。


マグナリアにとっての生前最大の敵、大魔王(グラン・バース)について、本人が全てを説明した上での事である。


そもそも”魔王”という概念の存在しないこの世界において、俄には信じ難い話であったのだが、対魔王のエキスパートである勇者達が語る体験談程、真に迫るものはない。その言葉に耳を傾けていく内に、半信半疑であった望も次第に信じざるを得なくなっていた。


「でも、祈はその魔王達を、もう全て倒してしまったのだろう?」


ならばもう問題は全く無いのではないか? そう望は考えていた。


帰還兵や警備の者から犠牲者が出てしまったのは、領主として誠に遺憾である。


だが、もう後顧の憂いが無いのであれば、帰還兵の彼らを、故郷に帰してやるのも吝かではない。彼らにも、帰りを今か今かと、心配そうに待つ家族が居る筈なのだから。


「”魔王の欠片”の中でも、下っ端中の使いっ走り…所謂雑魚は、な。まだ司令塔である親玉が、この領内に居る。絶対に放置はできない」


(その親玉があのクソ親父でしたーって、ここで言っちゃう?)


(正直に言う他は無いかと。黙っていては、後に無用な混乱を招くでしょうしなぁ…)


『先代様がご存命だ。尾噛の里に、無事ご帰還あそばせたぞ!』


その様な衝撃的な報が領内に流れてしまったら、いくら垰が危険な魔王なのだと分かっていても、祈達には一切の手出しが出来なくなる。


それこそ垰が人前で”乱心”してみせない限りは、近付く事すら不可能になってしまうだろう。当代の望によって、祈の家内での地位と扱いが回復はしたが、領主の家の姫なぞは、所詮その程度の存在でしかないのだ。


(そう、だよね…でも、この事を知ったら兄様、悲しむだろうなぁ…)


兄の望は、先代の垰を慕っていた。ある意味崇拝していたと言っても、過言ではない程に。


望にとっての父垰という存在は、正に”武”の体現そのものであった。剣術、戦術の師であり、最大の壁でもあり、目標だったのだ。


その死した筈の垰が、魔王の魂の依り代となって、尾噛領に舞い戻ってきたのだ。その目的は未だ判らないが、魔王とは、世界の災厄である。放置して良い事なぞひとつも無いのだ。


(そこはもう割り切れ。アレは相当に力を付けた危険な個体だ。少しでも気を抜くと、お前でも呆気なく死ぬぞ)


(うん、怖かった。確かに今の私じゃ、勝てるかどうかも判らなかった…)


魔王と眼が合った瞬間に、祈は死を覚悟した。あの個体は、それほどの強者だった。祈に一切の油断が無くとも、負ける可能性が高いだろう。


ならば、生き残る為にも、今の祈にできる事は…正直に全てを伝え、兄に協力を求める事だ。


「兄様、実はその魔王でなんだけど…」



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



世界に降り立って、彼が最初に知覚したものは、恐怖という感情だった。


彼は、他に比類無き、絶対の強者として世界に君臨した。そう神に作られし存在だった。


絶対強者の行動原理は、”恐怖”だった。神に約束されし、比類無き絶対強者である筈の彼は、常に何かに怯えて生きてきたのだ。


それは何故なのか?


彼は他者の手によって滅ぼされる為だけに、世界に立つ事を赦された存在だったからだ。そう宿命付けられた哀れな道化(ピエロ)だったのだ。


彼はその宿命に対し、精一杯の抵抗を試みた。


だが、結局はその甲斐虚しく滅せられてしまったのだ。多分、きっとその筈だ。


見知らぬ世界、見知らぬ土地で、彼は転生し、産声を挙げた。正確には、転生したその魂に寄生した形で、だ。


だが、彼の恐怖は続いた。


それは、彼が滅ぼされし宿命の代償として得た、絶対強者である筈の力の大半を喪失した状態での、転生であったからだ。


矮小な存在と成り果てた彼は、常に消滅の危機と隣り合わせで生きていかなくてはならなかった。


他の存在を取り込んで生き永らえ、時に敗れては勝者を内から乗っ取って地道に素地の力をつけた。


力を取り戻す。


それは常に怯える生に抗う為の、謂わば本能。


眼を凝らし、耳を澄ませ、意識を広げれば知覚できた、彼の欠片。それを集める。それこそが、生きる目的であり、行動原理であり、本能なのだ。




彼は、楽しげに嗤った。


(…もうすぐだ)


そろそろ、また”魔王”を名乗っても良い程度には、力が集まった。


多少の損傷はしていたが、今までに無い(つよ)き肉体を拾えたのも、彼にとって正に僥倖だった。この世界の生物は、総じて弱過ぎた。”魔王”を支える肉の器としては、今までのどれにも不満があったのだ。


この肉体は、かなり具合が良い。彼はこの剛き肉の器に満足していた。肉体の強度だけで言えば、まだまだ不満は多々ある。だが、それは生前の強大無比の肉体と比べての話だ。あれと比べてしまっては、どれも水準を満たせる筈なぞ無い。


他の人間種(サル)共の身体とは違い、マナを行使し易く、更には薄くではあるが、希種である竜の血をも備えている所が、また良い。身体が軽く、そして思いの外頑丈な様だ。魔の力を備えし竜なぞ、この世に災厄をばらまくには、正にうってつけの存在ともいえよう。


魔王復活の雄叫びと、復讐の狼煙を上げる前にと、戯れに作り出した分け御霊達を、容易く処理してみせた強者の存在がすぐ近くにいたのも、また彼には僥倖と言えた。


その者を一目見て、彼は確信した。この肉体の限界値を知るには、手頃で丁度良さそうな戦士(強者)の様だ。


もし万が一に、この剛き竜の肉体が敗れてしまったとしても、それはそれだ。彼は全然構わなかった。


その時は、あの身体を乗っ取ってしまえば良いだけの事だ。この剛き肉体をも越える能力(ちから)を持った肉体という事、その証明となるのだから。


この肉体の記憶が彼に伝えた。あれは、ワシの娘だと。楽しみが更に増した様な気がした。


血を分けた父娘の間で、本気で殺し合う。なんとも素晴らしき余興であろうか。



極上となる甘美な時間を更に美しく彩る為には、どうすれば良いのか…?



彼は、不吉な血の臭いを周囲に漂わせながらも、雑踏へと消えていった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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