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第101話 魔王達



『…時は来た。”我”を、集めよ』


6つの分け御霊達は一つの目的の為、一斉に動き出した。


”我”は、”我”に命令する者の存在の、一切を赦さない。


だが、”我”に命令する者も、また”我”だ。


それもこれも”我”という存在が、数え切れない程に分裂し、それぞれが『大魔王』を名乗るのも烏滸(おこ)がましい、矮小の存在となってしまったせいだ。


あの世界で、”我”が生き残る為には、致し方なかった。”我”を滅ぼしに来た矮小なる人間(ゴミ)共の精神の隙間に、常に保険として”我”の一部を、分割して擦り込んだ。


”我”が勝つに決まっているのだが、その時は、新鮮な人間(ブタ)の肉と共に、もう一度喰らうだけだ。


万が一にも、”我”が敗るる事があれば、保険が生きてくるであろう。憎きその者の魂を、内側からゆっくりと咀嚼し、”我”はまた復活するのだ。


備えてはいたが、その万が一が訪れる日が来ようとは思ってもみなかった。”我”という存在が、勇者とその共の者達の魂の中に、千々に散らばってしまったのだ。


そうして気が付けば、見知らぬ世界に放り込まれていた。


散らばった”我”らは、互いに引き合い、同化し、何れは元の姿に戻るだろう。それこそが、本能なのだから。この島に訪れた目的も、その本能に従っての事だ。


すでに場所は解っている。”我”らは、そこに向かうのみだ。


6つの分け御霊で競争だ。先に”我”の欠片を大量に手にした者こそが、真の”我”となるのだ。その暁には、”我ら”に命令した”我”をも取り込んでやる。



外に出ると目の前に人間(虫けら)の兵が複数、我に立ちはだかった。人間(カス)の分際で、目障りだ。


だが、騒がれるのも面倒だ。一気に肉の器ごと魂を喰らってやった。”我”の血肉になる事を、光栄に思え。


周りに眼を向けると、他の”我”が目的の場所へ向けて駆ける姿が見えた。急がねば。今の”我”と他の”我”は、ほぼ同じ力の様だ。今この場で争っても、互いが消耗するだけの不毛でしかない。


だから、競争なのだ。


先に、より大きな”我”になる。その競争なのだ。


人間(サル)共の兵よ、邪魔だ。退け。死にたくなければ、道を空けよ。退かねば、”魔王”の一部になるだけぞ。


借り物の器に、魔の力を込めて加速する。


人間(チリ)共如き、”我”らの速度には絶対に付いてこれまい。


早く、力を取り戻さねば。この飢えと渇きを、満たさねば。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「まさか、奴らが街から離れていくとはな。その線は全く想定してなかった」


「だねー。私もてっきり、宿舎から街に向けて暴れ回るんじゃないかとばっかり…」


捕捉していた”容疑者”達が一斉に動いたとの草達からの報告を受け、祈はすぐさま離れを飛び出した。


元々工作員が紛れているという疑惑の元に、帰還兵達がこうして一カ所に集められたのだ。当然彼らには帝国と尾噛双方からの監視の眼がある。


だが、魔王達はその様な監視兵の存在なぞ、全く歯牙にも掛けていなかった。


草達はそこで信じられない光景を目の当たりにする。”容疑者”達は、立ちはだかる監視兵達を、一瞬で全て丸呑みにしたというのだ。


「完全に肉体を造り替えられちまったって証拠だな」


「然り。そして、その様な化け物が6体も、野に放たれたという訳にござる」


「ああ、嫌だ嫌だ。大魔王(グラン・バース)が良く使った手よ、それ。他の生物に魂の一部を植え込んで乗っ取って、自分の趣味全開に肉体を造り替えてから手駒にしてたのよ。あいつ、外道過ぎたせいで、まともな部下いなかったし」


「うへぇ。何か気持ち悪いね…」


寄生されたら最後。魂は浸食され、肉体は根本から造り替えられる。その様子を少し想像しただけで、胃液がぐっと込み上げてくる様な不快感を覚えて、祈は舌を出し渋面を作った。そんな死に方だけは本当に勘弁願いたい。そう呟いて。


「…しかし、これは速い。到底人の出せる速度ではござらぬ」


祈達が追いかける6つの気配は、瘴気を強めながら南へ向け疾走していた。その速度は、早馬の全力疾走をも越えるものになっていた。


「とっしーの作ってくれた鎧のお陰で、全然疲れていないけど…これ無かったら、絶対に逃げられてるなぁ」


黒曜石の輝きを放つ鎧は、特別製である。装着者自身の生命力(プラーナ)を燃焼する事で、能力の全てを底上げしてくれる。お陰で祈は、魔王達に逃げられる事も無く、徐々に相対距離を詰めてきていた。


「…この様な特殊な装備に頼っておっては、絶対に修行にならんと、拙者思うのでござるが…」


「はいはい。嫉妬しないの。これでイノリちゃんの安全が買えるのだから、有効活用しなきゃ嘘よ。それに、前にも言ったでしょ? 道具を使いこなすのも、実力の内よ」


「そろそろ奴らが見えてくる筈だ。集中しろ」


「…うん」


祈は走りながらも懐から呪符を取りだし、精神を研ぎ澄まし集中を高めた。いつでも(しゅ)を放てる様に、いつでも敵からの攻撃に備える様に。



魔王達は、高速で迫って来る存在を感知し、嘲った。


「また”我”らに挑む愚か者が来たぞ。本当に人間(ゴミ)共はどこまでも度し難い」


ここまで来る道のりの間に、魔王達は様々な生物を胃に収め、同化してきた。ほんの僅かではあるが、その力が上がっていたのだ。元に比べればいかに矮小であっても、自身が見下す人間(ゴミ)共なんぞに遅れを取る事は絶対に無い。溢れんばかりの自信があった。


「どれ、”我”がひと呑みで喰ろうてきてやるわ。手出し無用ぞ、我の血肉としてやる」


いかに矮小な人間(ゴミ)であろうと、積極的に取り込んでやる。この場にいるどの”我”よりも、強くならねば。そうすれば一番弱い”我”を喰う事も、恐らくは可能だろう。後は弱い”我”から順に喰らっていけば良い。もう他の”我”かの命令を聞く必要も無くなる筈だ。


他の存在を喰らい、成長する。その事に一番積極的になっている個体が動いた。


こちらに向かってくる速度から考えても、今まで喰らってきたどの生物より強いだろう事は明白だ。ここで一気に差を付けてやる。魔王はそう考えた。


その考えは、一部で正しかった。


だが、残りの間違いに気づいた時には、もう遅かった。


「馬鹿が。一人で来るなんて、各個撃破の良い的じゃないか」


今まで喰らってきたどの生物よりも強い…その通りである。少なくとも、魔王達の速度に追いつく存在なのだから。ただそれが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


魔王は断末魔を上げる暇も無く、一瞬で消滅させられた。自身らがゴミと蔑む、矮小なる存在によって。


人間(ゴミ)を喰らいに向かった”我”の反応が消えた。この事実は、魔王達の心に、静かなる恐怖という感情を植え込むには、充分過ぎる程の効果をもたらした。


「ぬうっ、今の”我”らでは不味いっ! 一斉に向かうぞっ!!」


魔王全員が踵を返した。矮小なる人間(ブタ)共には、絶対に分からせなくてはならない。魔王に刃向かう者の末路を。


「我が召喚の声に応じ、出でよ! 東海青竜王敖広(ごうこう)っ、南海紅竜王敖欽(ごうきん)っ、西海白竜王敖潤(ごうじゅん)っ、北海黒竜王敖順(ごうじゅん)っ!」


祈は四海竜王を喚び、残る5人の魔王達に対抗したのだ。


東海青竜王の放った雷により、魔王は細胞の一片まで悉く焼き尽くされた。


南海紅竜王の放った炎により、魔王は一瞬で全てが蒸発した。


西海白竜王の放った音により、魔王は散り散りに原子の粒と化した。


北海黒竜王の放った水により、魔王はその身を石ころ程度の大きさにまで圧縮された。


瞬く間に、魔王達がこの世から消えた。残るは一人だ。それを知覚してしまった魔王は、恐怖で足が竦み、完全に動けなくなっていた。


目の前に佇む小娘が、ただただ恐ろしかった。


魔王の身をも脅かす竜なぞ、聞いた事がなかった。だが、目の前の小娘は、その様な強力な竜を4体も喚びだして見せたのだ。


あれを従えているということは、少なくとも目の前の小娘は、あの竜共のどれよりも強いという事だ。動ける筈が、ない。


「お前等の目的が何なのか、全く知らないけれど、消えて。お前等は存在自体、この世界に不要だ」


祈は両手に持った小刀達に、聖属性の魔法をありったけのマナを込めて流した。この小刀は、刃に魔法を乗せる特性を持っていたのだ。その為、魔法が一切使えない武蔵を主とは認めなかったのである。


「あ…た、たすけ…」


「魔王が、命乞いをするなっ!」


祈は二刀を縦横無尽に振るった。聖なる刃によって細々とした肉片と化した魔王は、聖なる炎に灼かれそのまま消滅した。



「これで、解決かな?」


「だと良いのでござるが。どうにも、あっけなさ過ぎるというか…」


「武蔵さん、それフラグだから。ホント、やめてくれよ」


薄く寂しい額をピシャピシャと叩き、俊明は嘆いた。これで、まだ終わらないフラグが建っちまったじゃねーかと。




宿舎に戻った祈を出迎えたのは、草の部隊長になっていた蒼だった。


「祈、戻ってきたか。心配したんやぞ」


「うん、ごめんね蒼ちゃん。それで…」


「ああ、10人や。報告に偽りが無かとやったら、もう…」


敵国との内通”容疑者”が監視兵達を丸呑みしたという、信じられない報告が真実であるならば、10名の犠牲者は、行方不明のまま処理する他はない。この様な与太話を上に上げても無意味だからだ。


「そうか…そうだよね…」


「こればっかりは、仕方無(しょんな)かね。一応、望様にだけは、報告通りば伝えとくけん」


「ああ、だったら私も一緒に言うよ。それなら少しは…」


真実味が増すだろうから。そう続けるつもりだった祈の口が止まった。


祈の目の前を、真っ黒な人影が横切ったのだ。


霊界の眼を通して視た、その姿は漆黒と表現するのも生ぬるい程の、黒。


そして現実の眼を通して見た、その姿は…死した筈の父、垰そのものの姿だったのだ。



祈の視線を察し、垰の顔をした男がこちらを向き、ニヤリと嗤う。


その不吉な眼光に、祈の前身が総毛立った。今までの人生の中で感じたどの悪意よりも、それは遙かに粘質で、今までの人生の中で感じたどの殺意よりも、それは遙かに冷酷だった。


心臓は早鐘を打つが如く激しく早くなり、呼吸が難しい程苦しくなった。悪意、殺気でこの様な状態になった事は、今まで無い。


「? 祈、顔青かよ、どげんしたと?」


「えっ? あ、ああ…」


怪訝な声の蒼の呼び掛けによって、祈は正気に戻った。あのままであったら、祈は倒れていたかも知れない。


「…何でも、ない…よ?」


いつの間にか、垰の姿は消えていた。


(まさか、あれが魔王だというの…? さっきまで殺りあっていた、あんな雑魚とは、質が全然違うじゃないか…)




今の自分の実力で、勝てるかどうか分からない。あれは、一目見ただけでそう思える程の、恐ろしいまでの強者だったのだ。


誤字脱字があったらごめんなさい。

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