第1話 それでは、また来世
初投稿でした。
「やあ、おかえりマグナリア」
その日。
一人の英雄が役目を終え天に還った。
多くの魔神を滅ぼし、そのままでは滅亡するであろう人類を救い、勇者達を勝利へと導いた偉大なる大賢者。
多くの犠牲を払いはしたが、それでも希望ある未来を勝ち取った人々の感謝の声を聞く事も無く…
戦いの後、そっと世界から消えた英雄。
光だけの空間に、人々から神と崇められる存在が、その英雄を出迎えた。
英雄の魂は神を前にして、だだかすかに光を明滅させただけであった。
「ごめんね、ずっと辛い戦いをさせてしまって。でも、君のお陰でこの大地を失わずに済んだよ。きっとこの世界は先に進めるはずだ」
「それは絶対に無いね。悪いが、この世界を救ったのは俺が2度、マグナリアを含めると今回で3度目だ……アンタさ、ホントにこの世界を管理する気あンのか?」
英雄の魂から二つの存在が別れた。生前、英雄を導き守ってきた『魂の兄弟』と言うべき分霊。守護霊達だ。
その内の一つの分霊が、神を糾弾する。
「う……まさか君たち含む10人の転生勇者だけに留まらず、人類が勇者をあんなに沢山転移召喚するなんて、これっぽっちも思わなかったからさぁ……」
天界。この空間に距離という概念は無い。
それでも神は、糾弾する分霊の強烈な圧から逃げた。
「で、その人類はまともな戦闘経験の無い、ギフトを付与したただの一般人に毛が生えた程度の奴らを即席勇者に仕立て上げた挙げ句、何の策も無いまま無駄に戦場にばらまいたせいで、多くの魔族共が神格を得る一歩手前まで成長する結果になったんだが?」
戦力の逐次投入なぞ、愚策の最たるもの。
ましてやその戦力の大半が初陣では、戦術を語る以前の問題で話にもならない。なる訳がない。
「い、一応、私は預言者達に警告したんだけど。そ、そそそれにギフトはかなり強力なのを、授けたし」
弁解しても無駄なんだろうなと思いつつ、神は言い訳をする。
それに私は召喚法を授けただけで、まさか15万人もの大量召喚をして事態を悪化させたのは人類だし、あんまり悪く無いと思うんだけどと、かすかに英雄が聞き取れる小声で呟く。
「阿呆。”ギフト持ち”を大量ゲットしたから、多くの魔族共が魔神に化けたんだろうが。敵の主力が草を刈り取るが如き作業で行える楽ちんな雑魚。その癖、経験値はたっぷり貰えるボーナスステージ…なんて、そんなのあったら俺だって金払ってでもやりたいわ!」
神の恩寵。ギフトを受けし者は、奇跡に等しい技能や能力を発揮できる。
勇者と呼ばれる存在が、人類の希望たる所以はそこにある。
ただし、その奇跡の力を持つ者を倒せるならば…全てではないにしろ多くの力を吸収できるのだ。
力を得た魂は霊格が上がり、より上位の存在になる。
受肉している魂は、例えどこまでも力を吸収できたとしても、肉の器の限界までで能力成長は止まる。
だが魔族の肉体の限界値は、竜種に代表される幻想種に次ぐ程高い存在なのである。
「魔神なんてデタラメな存在を、万単位で異常発生させやがって…更には大量の強制異世界召喚ときた。他の神から苦情殺到だったろ? 俺たちや他の転生チート共が集まってたから、今回何とか間に合ったが……もうちょっとで主神はお前ごとこの世界を剪定する気だったんだぞ?」
多くの世界を束ねる主神の存在を出されてしまうと、神は何も言えなくなる。
人々から神と崇められる存在とはいえ、結局はこの世界限定のしがない一管理者でしかないのだから。
「そういえば、事が済んだのに拙者ら以外、誰一人戻っておらぬ様だが?」
英雄の魂から別れたもう一つの分霊が神に問う。
「ああ、律儀に戻ってきてくれたのは君たちだけだよ。他の人達は、多分そのまま残りの生を謳歌するんじゃないかな。あとは食っちゃ寝生活が保障される訳だし?」
「ンな訳あるかよ。ここの人間共の性格の悪さは、本当にピカイチだからな。もう安全だとわかったら、奴ら絶対寝首かくに決まってる」
きっと肉体があったら、こいつは絶対鼻を鳴らしてふんぞり返ってるんだろうなぁ。と、英雄は自身の魂の兄弟を見た。
「俊明殿。流石にそれは穿ちすぎではござらんか?」
「いーや武蔵さん、コレは俺の経験則に基づく結論だよ。一回目は一応ベッドの上だが、辺境に追いやられての孤独死。二回目は魔王倒した後、即仲間に一服盛られてそのままお陀仏だったからな。特に信じてた仲間に裏切られるのって、マジでキツいんだぜ?」
「それは、俊明殿の日頃の行いが悪かっt……いやいや、なんでもござらん」
本当ならマグナリアがこの世界に降りるのを意地でも止める気だったんだぞ、と俊明と呼ばれる分霊は言う。
だから全てが終わった後、誰とも会うこと無く天界へ帰ろうと分霊が言ったのか。
此処に来て漸く。英雄は膝を打つ思いだった。
「ごめんねぇ、本当にごめんねぇ。それなのに3回もウチの世界救ってくれてありがとうねぇ……」
「謝罪は要らねぇンだよ。ただし、もう二度とこの世界とは一切関わらないからな! もしまた呼びやがったら、絶対テメーを全力で封印してそのまま帰ってやる」
「俊明殿……」
神を前に次は絶対に弓引くぞ、と豪語する俊明を武蔵は諫める事ができなかった。
今となっては別人格であるが、元々は一つの魂であり、同格の分御霊と成った現在、その想いは嫌でも伝わるのだから、これは仕方の無い事だろう。
そして英雄は、こいつならやりかねんし、やれちゃうんだろうなーと呆れ半分諦め半分で口を挟む事は無かった。
「ホントごめんね。あ、この後はどうなんだい? あれだけ神位に近い存在を倒しまくったんだから、魂の成長限界に達しているだろうし、上位次元への昇華を果たすはずなんだけど。それとも、またどこかの世界を救う戦いへ行くとか?」
「いや、来世の事は何も聞いてないな。もし上位次元行きだとしたら、マグナリアの守護霊やってた俺らは末席でも神になってしまうんだが…武蔵さん、何か聞いてる?」
「拙者は何も。ここで聞けるとばかり。マグナリア殿は?」
英雄が否と答える前に英雄の魂が目映く輝き、英雄は新たな分御霊となった。
「昇華ではなく、魂から溢れた力と人格が別れたか。この次元の他の世界へ行け……って事だねぇ?」
「マジかー、俺もう生きるのに飽きたんだが。ヒキコモり生活に戻りてぇ~」
「マグナリア殿もとうとうこちら側でござるな。できれば来世でまで、血生臭い思いなぞさせたくは無かったのでござるが」
なってしまったなら仕方ない。と、分御霊となった英雄は言う。
英雄の人格が分御霊となり、まっさらな魂は輪廻の輪に乗る為に天界を後にする。
3つの分御霊は、来世へ向かう魂の守護を誓い、後を追う。
「ほんと、難儀な話だネ。散々戦いの場へ君たちを誘った私が言えた立場じゃないんだけど、また他の世界でも戦う事になるのか」
来世では……
ただ平穏な生活を……
その生の大半を戦いにのみ費やした英雄は。
ただ、それだけを望むのだった。
誤字脱字あったらごめんなさい。