俺は偽りの発破をかける。
「まぁ、つまりはその飛び抜けて強い学校とは別のブロックになれば全国へいける可能性が高いって事だよね?」
弁当をモグモグ食べながら、俺と稲葉のやり取りを黙って聞いていた桑田が口を開く。
「その通りだ。その学校は神奈川の実千中学って言うんだけど、その実千中学を除けば、東京都外の中学でそんなに強くない。正直負ける気がしない。東京大会の決勝で負けた中学も、同じ都県の中学は別ブロックに基本配置される仕組みになっているから、準決勝まで当たる心配は無い」
俺の説明に稲葉は「じゃあ、その強いチームに当たらなきゃ全国に行けるも当然じゃん。」と、キラキラした白い歯を見せながら楽観的な事を言ってくる。
桑田もそれに同調し、「確率で言えば別ブロックになる可能性の方が高いんだし、ナーバスになる事は無いよね」と、これまた稲葉に負けない程にキラキラした白い歯を見せながら、同じく楽観的な言葉を口にする。
しかし、俺はその言葉を素直に有り難くは受け取れない。
「二人とも……あんまりそんな事を言わないでくれないか?」
「?」
二人の発言を否定する俺の言葉に、二人は首を傾げながら不思議そうな顔でお互いに目を合わせあう。確かに二人の言う通りではあるのだけど、二人にはあまりその様な事を口にしてほしくは無かった。
稲葉と桑田は深夜アニメとかを観るタイプでは無い。俺も話題になったアニメを多少観る程度なので、あまり詳しくはないのだが、おそらくはこの二人よりかはアニメ等に代表されるオタクカルチャーに造詣はあると思う。
二人のあのような台詞は、アニメ好きの間ではとある言葉で言い表されている様なパターンの台詞なのである。そのとある言葉とは……そう、『死亡フラグ』である。
……ダダダダダッ!バタン!!
「大変だ!松本!!」
死亡フラグについて頭を巡らしていると、急いで駆けている足音と共に、チームの副キャプテンである齋藤が勢いよく生徒会室の扉を開けて、血相を変えながら姿を表した。
齋藤の額には汗が流れ、肩で呼吸をしており、慌てながらも急いで生徒会室へやってきた事を窺わせる。
大変?何が?……嫌な予感がするな……まさか?俺は恐る恐る齋藤に「……どうしたんだ?」と尋ねる。
「実千中学と同じブロックに抽選された!勝ち進んでいったら三回戦で対決をしてしまう!このままじゃあマズイぞ!」
「……マジッすか」
額には冷や汗が流れ、背中に悪寒が走る。あぁ……フラグの回収早すぎるだろ……
◇◇◇◇◇◇
昼休憩が終わり、予定を変更して男子バスケ部は緊急ミーティングが開かれる事になった。体育館で部員全員を集め円陣を組む。ミーティングの内容は、勿論関東大会の組み合わせについてである。副キャプテンの齋藤から、関東大会の組み合わせが発表される。
「えっ!?マジっすか?」
「ツイてねぇ~……」
「マジで終わった……」
三回戦で実千中学と当たってしまう事を聞いてしまった部員達は動揺してザワツキ始めた。各々が口にする言葉はネガティブなモノが多く、チームの士気が低下していっているのが肌で感じ取れる。
俺の隣に立っている齋藤もそれを感じ、このままではマズイと思ったのだろう。青ざめながら動揺している部員達に渇を入れ始める。
「誰だ!?弱気な事を口にした奴は!俺らは激戦区である東京都の代表だぞ!?俺達も十分に強いはずだ!なのにその態度はなんだ!?恥ずかしくないのか!?」
齋藤の渇に皆は黙り込み、ネガティブな言葉を口にする事は無くなった。しかし、表情は青ざめたまま暗いものであり、チームの士気が高くなったようには見えない。
それに見かねた齋藤が、「キャプテンからも何か言ってやってくれ!」と、皆に対する発破を俺に求めてきた。
しかし、俺は皆に掛ける言葉がすぐに思い付かず、「あ~……」と言いながら、後頭部をカシカシ掻いて目を瞑ってうつむいてしまう。
「松本!!」
俺の態度を見た齋藤は、叱るようにして俺の名前を呼ぶ。しかし、俺がどうして皆に発破をかけられようか?先程まで生徒会室で実千中学に勝つのは厳しいと、稲葉と桑田に説明をしたばかりだ。
皆がこの組み合わせを聞いて落ち込む理由も分かるし、俺だって同じ気持ちだ。正直ツイてない。他のチームとなら絶対に負けないのに……
でも……負けたくない……負けてはいけない。夢を叶える為には負けられないのだ。強豪高校に推薦される為には、全国大会に出場して自分の実力をアピールしないといけないのだ。関東大会3回戦なんかで負ける訳にはいかない。
運の悪さをどんだけ悔やんでも状況が変わる事など無い。NBAまでの道程において、この程度の壁を乗り越えられなくてどうする?それに……俺はこのチームの皆と全国に行きたい!
俺は瞑っていた目を開き、円陣で並んでいる皆の顔を見渡した。そして、大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「皆……全国に行きたくないのか?」
俺の言葉を聞き、皆が一斉に視線をこちらに向ける。それを確認して俺は話を続けた。
「俺は……全国大会に行きたい。お前らと、全国大会に行って夢を叶えたい。全国大会に行きたい奴は正直に手を上げてくれないか?」
少しの間沈黙があったが、しばらくすると一人が手をあげ、また一人、二人とどんどん手を上げていく。そして、瞬く間に部員達の手が上がっていき、部員全員が手を上げてくれた。
全国に行きたい。それは皆の本心だろう。厳しい練習を共にしてきた俺には分かる。だが、皆の表情はまだ冴えないままであった。
現実を見れば、それ程に実千中学との戦力差は絶望的に大きい。勝つ事はまさに奇跡だと言えるだろう。しかし、気持ちで負けていればその奇跡も起こらない。
皆が絶望をしているのは希望を見いだせていないからだ。その希望を提示する事ができれば……
「安心しろ、皆。俺達は必ず全国に行ける」
唐突な俺の言葉に、皆が怪訝な顔をしており、まるで頭上に?マークが浮かんで見える様だった。俺はそんな皆の疑問に答えるように話を更に続けた。
「何故ならば俺がお前達を全国に連れていってやるからだ。俺が実千中学を、エースの加藤もろともにぶちのめしてやる。……だから、皆俺についてきてくれ」
俺はそう言い終えると同時に頭を下げて、部員達にお願いをした。そんな俺を見て部員達は慌て始める。
「松本、頭を上げてくれ!」
「そうですよ!キャプテン!止めてください!」
皆の言葉を聞いて、俺は頭を上げる。いきなり頭を下げられてビックリしたのか、頭を上げて見渡す皆の顔に驚きはあれど、先程の青ざめた冴えない表情は影を潜めていた。
「キャプテンにそこまでやられちゃあ、俺らも頑張るしかねぇな!」
「キャプテン!ついていきます!」
皆の瞳に輝きが戻っていく。皆は俺の言葉に触発されてやる気を取り戻してくれたようだ。
良かった……。一か八かの賭けだったが、なんとか最低限の土俵は作れそうだ。
「よし!それじゃあ練習に戻ろう!時間が惜しい!打倒!実千だ!」
「ウッス!!」
俺の号令により、皆は気合い入れ直して練習に励んでくれた。元々はバスケに熱心な連中だ。実千中学に勝たないといけないという現実に、一時は絶望に陥ってしまったかもしれないが、上手い事導く事が出来れば、前向きに取り組ませるのはそう難しい事では無かったかもしれない。
しかし、皆を導いた当の本人……つまり俺は、皆をそう仕向けたくせに、胸の奥に大きな不安を抱えたままボールを弾ませるのであった。




