桑田との昼食。
8月1日
今日も朝から我ら下柚木中学校男子バスケ部は、5日後から開催される関東大会に向けて練習に精を出していた。
しかし、練習をしながらも部員達はソワソワした様子で何処か落ち着きのない様子である。いつもとは違う緊張感が体育館に漂う。
それもそのはず、今日は関東大会の組み合わせ抽選が行われる日なのだ。3回戦を突破して、四回戦である準決勝に駒を進める事が、全国大会の出場権を得れる条件である。つまりは組み合わせ次第で、全国大会に出場出来るかが凄く左右される。
組み合わせが決まればファックスで学校にトーナメント表が送られてくる。皆はいつトーナメント表が送られてくるのかが気になって仕方がないのだ。
「よーし、そこまで!昼休憩にするぞぉ!!」
キャプテンである俺は、大声を出して部員達に休憩の指示を出した。部員達は「ウッス!!」と声を揃えて返事をする。そして皆は散り散りとなり、各々好きな場所に移動をして、持ってきた弁当を食べ始める。
部員達が休憩に入ったのを見て、俺も弁当箱と水筒を持って移動を始めた。移動する先は生徒会室である。友達で生徒会長である桑田が、生徒会の用事で学校に来ているとの事で、昼食を一緒に食べる約束をしている。
副会長である綾香は桜と一緒の夏期講習を受けに行っていて、今日は生徒会室には来ておらず、一人は寂しいと言うことで桑田に誘われたのだ。
生徒会室の前に着いた俺はドアを3回コンコンとノックをし、到着した事を生徒会室の中に居るであろう桑田に告げる。
「ハーイ」
ノックをした後、生徒会室の中から返事が帰ってくる。しかし、俺はその返事に違和感を抱く。返事をした声が桑田のモノでは無く、別の男子生徒の声がしたのだ。しかも、その声には聞き覚えがある。
「はぁ~……嫌な予感がする……」
ため息をつき、重々しく扉を開ける。すると、生徒会室には二人の男子生徒が弁当を用意して椅子に座っていた。
一人は当然桑田である。そして、もう一人は陸上部キャプテンである稲葉であった。嫌な予感は的中した。
8月下旬に行われる全国大会に出場する稲葉は、毎日のように学校で練習をしている。だけど、なんで生徒会室で弁当を食べようとしているんだ?そんなに桑田と仲のいいイメージはないけど?
扉を開けたまま部屋に入らず廊下に立ち止まっている俺は、眉間に皺をよせ、敵対心を込めた疑問の視線を稲葉に向ける。しかし、稲葉はそんな視線を受けてもキラキラとした爽やかな笑顔で俺の到着を歓迎する。
「よー松本!!待ってたよ!一緒にランチしようぜ!」
「あっ、部屋を間違えました」
そう他人行儀に言った俺は、そのまま開けっ放しにしていた扉をパシャ!と勢いよく閉めた。扉の向こうから「なんで!」という稲葉のツッコミが聞こえてくる。
「まつもとぉ、何してるだよ?早く部屋に入りなよ?」
桑田の呼びかけを聞いて、俺は再びため息を「はぁ~」とついて、生徒会室の扉を開けて入室をする。
「何やってるんだよ?」
入室するなり桑田は俺に疑問を投げ掛けてくるが、疑問なのはこっちである。
「いや、なんでコイツがいるんだ?」
俺はジト目で稲葉を見つめながら、桑田に疑問を投げ返した。しかし、質問に答えたのは桑田では無く、ニコニコと上機嫌な様子の稲葉であった。
「俺が松本と弁当を食べたくて、桑田にお願いしたんだよ。迷惑だった?」
「凄い迷惑だけど?」
俺の稲葉に対する返しを見た桑田は、「お前のオブラートは穴が空いているのか?」と呆れた表情でツッコミを入れてくる。
しかし、当の稲葉はそんな冷たい返しをされても「ハハハハハ」と白い歯を見せながら爽やかに笑っていた。そんな稲葉を見て、もう何を言っても仕方がないと観念した俺は、しぶしぶ桑田の向かいの席に座る。
それを見な桑田と稲葉は用意していた弁当箱を開け、追随して俺も弁当箱を開ける。微妙な空気につつまれながら昼食が始まった。
「松本って稲葉と仲悪かったっけ?」
オカズのミートボールを口に運びながら、桑田が俺に質問をしてきた。
「仲悪いというか、コイツといるとロクな事が起きない気がするんだよ」
「オイオイ。それがライバルであり、友にである俺にかける言葉か?」
稲葉は爽やかに笑顔を保ったまま不満を口にした。誰がライバルであり、友なんだよ?稲葉の人柄や能力は認めるが、ライバルだと認めた覚えは無い。
桜の事が好きな稲葉に俺は、体育祭の時からライバル視をされているが、稲葉は稲葉で勝手にヨロシクやってくれと言うのが俺の気持ちである。
「ロクな事が起きてないのは事実だろ?トイレに現れては毎回お前にヒドイ目に合わされているからな……。洗って無い手で触っきたり、手を小便まみれにされたり、臭いウ◯コの臭いを嗅がされたり……」
「お前だって、小便まみれの汚い手で俺に頭皮マッサージをしてきたじゃないか!」
俺と稲葉の口論に、「……二人とも、ご飯の途中だよ?」と桑田からの注意が入る。それに俺と稲葉は頭をペコリと下げ、「スイマセン」と声を揃えて桑田に謝った。
ほろ見ろ。やっぱりコイツがいるとロクな事が無い。桑田に怒られたじゃないか。
怒られてシュンとなった俺と稲葉は、黙々と弁当のオカズを口に運び始める。
「ところでさ、バスケ部の調子はどうなの?全国行けそう?」
暫くの沈黙の後に、空気に耐えられなくなったのか、稲葉が唐突に質問をしてきた。
「調子は悪くないけど、全国に行けるかは組み合わせ次第かな?関東大会には飛び抜けて強い私学のチームが一校あるから、そのチームと同じブロックになれば正直しんどい」
「なんだ、弱気だな?全部蹴散らして優勝するぞくらい言えよ?」
「仕方がないだろ。こっちはお前と違ってチーム競技なんだ。私学の中学には本気でバスケをやる奴が公立校より集まってくる。戦力にハンデはどうしても出来るよ」
「まぁ、そうかもだけどな……。」
稲葉の言いたい事は分かる。そんな意気込みで全国に行けるのか?と精神性を俺は問われといるのだ。俺だって、全チームを倒して優勝をし、胸を張って全国大会に出場をしたい。
しかし、関東大会にはバケモノレベルに強い中学が一校存在する。その中学とは神奈川県代表である『実千中学』だ。8年連続で関東大会優勝。2年連続で全国大会を優勝しており、今年の全国大会でも優勝候補筆頭に上げられている。
しかも、相手チームのエースで三年生の加藤は、なんと一年の頃からレギュラーであり、全国にその名を轟かしている。加藤がレギュラーになってから実千中学は一度も負けていない。
『全国大会に行く一番の方法は、実千中学とは別のブロックになる事』関東でバスケを本気で取り組んでいる中学生の間でよく言われている言葉だ。
今日の練習で部員の皆がソワソワしていたのは、この実千中学と同じブロックにならないかどうか不安だったからだ。そういう俺も、そのソワソワしていた内の一人なのだけど。




