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公平の夢。

 公平こうへいと並んで歩き、松本家とコンビニへ続いていく夜道を歩いていく。月明かりと街灯、民家の光に照らされていて夜でもはっきりと公平の姿を確認する事が出来る。

 公平とは滅多にこうして並んで歩く事は無い。よく会ってはいるが、こうして歩くのはいつ以来の事だろうか?

 それにより、普段では感じていなかった違和感が脳裏に芽生えていた。


「なぁ、公平?」


「何?咲太さくた兄ちゃん?」


「……お前、俺の身長抜いた?」


「……っえ?」


 俺の脳裏に芽生えていた違和感の正体とは、目線の高さであった。わずかではあるが、公平の目線が俺より上にあるように感じる。以前には無かった事だ。

 身長はほとんど変わりはないと元々認識をしていたが、とうとう追い越されてしまったかもしれない。


「そうかもしれないね。春の身体測定では174センチくらいだったけど、そこから伸びてるかも」


「俺の身長が174センチだからな。じゃあ、やっぱり抜かれているんだな」


 昔から周りの子達よりは背が高く、いつか俺より身長が高くなるとは思ってはいた。しかし、まさか中学生の間に抜かされるとはなぁ……


「まだまだ身長も伸びるだろうし、このまま伸びたら2メートルくらいまでいくかもな」


「んなアホな。身長が195くらいある健太けんた兄ちゃんだって、中学卒業してた時は余裕で180センチを越えてたんでしょ?そんなに伸びないよ」


「いやいや、分からんよ。俺より全然身長が低かった友達が、高校生の間に俺より身長が高くなっていた事もあるからな。何処まで伸びるか楽しみだ」


「まぁ、身長がもっと伸びてくれたら嬉しいけどね」


 公平が必死に頑張っているバスケットボールとは、身長が高ければ高い程有利なスポーツだ。世界最高峰のバスケットリーグであるNBAでは、身長が190センチあっても背が低い部類に入ってしまう。

 バスケットボールをしている者にとって、身長とは喉から手がでる程にほしい武器なのだ。スキルとは違い、努力ではどうしようもできないのだから。

 しかし、趣味でバスケをする人間にはそれが決して必要なものとは言えない。スキルをある程度身につける事が出来たのであれば、趣味のバスケならば楽しみながらプレイをする事が出来る。

 バスケの為に身長を欲するという事は、楽しむ為ではなく高み(・・)を目指しているという事だ。


「公平……お前プロになりたいのか?」


 公平は俺の質問に目を丸くして一緒ビックリした様子を見せた。そして、俺から目線を反らして少しうつむき、照れくさそうにしながら「そうだよ」と答えてくれた。

 やはりそうか……。公平はバスケットボールでご飯を食べて行けるようになりないから、頑張ってバスケットボールに打ち込んでいたんだ。


「そうか……。確かに、日本にバスケの正式なプロリーグが出来て15年くらい経つ。組織の形が変わったりもしたが、認知も広がって会場には沢山の観客が入っている。1億円プレーヤーも誕生した。日本のバスケも、そんな夢を追えるに値する環境になってきたもんなぁ」


「いや……そうじゃなくて……」


「ん?」


「えっと……」


 公平は少し口をモゴモゴしながら、何かを言い淀んでいる様子である。そうじゃない?何がそうじゃないのだ?さっき公平はプロを目指している事を肯定してくれたはずだ。ならば、俺は否定をされるような的外れな事は言っていないはずだ。

 そんな疑問を抱きながら公平を見つめていると、公平は頬と耳を赤くし、先程よりも更に照れくさそうにしながら、俺の疑問に対する答えを口にしてくれた。


「俺……アメリカに行きたいんだ……」


「ア、アメリカ!?」


 公平から発せられた言葉を聞き、俺は声が裏返る程にビックリする。


「アメリカって……NBAに行きたいって事?」


 コクリと頷き静かに肯定をする公平。ここまで恥ずかしそうにしている公平は初めて見る。いや、公平の夢を聞いたのは初めてだから、当然の事かもしれない。


「……初めて聞いたな」


「初めて話すからね」


 公平はおそらく、初めて家族以外の人間に自分の夢を語っているのだろう。秘めていた夢を他人に話す。つまりは決意を自分の中で固めたという事だ。

 公平は、本気でアメリカに行きたいと思っているのだ。しかし、それは「日本でプロになる」という目標と比べても、厳しく遥か高みにあるものである。生半可なものでは無い。

 今までその舞台にたった日本人は三人しかいない。しかも、その内の二人はNBAに定着をする事は出来ていない。外国人と比べて身長と身体能力にハンデを持っている日本人がその舞台で活躍をするのは至難の技だ。

 それは、当然公平も百も承知な事である訳で……


「正直……自分でも無謀だと思っている。でも、挑戦したいんだ」


 照れくさそうにしながらも、公平の目に迷いは見えない。俺も中学までにバスケットボールを真剣に打ち込んでいた人間だ。中学のレベルでは上位クラスの実力はあったと思うし、バスケを辞めた事を後悔する事もある。

 しかし、俺は公平のような真っ直ぐな瞳でバスケをした事があるだろうか?公平のように純粋にバスケをした事があっただろうか?

 そう言えば、いつもはさくらの事ばかり話して、公平が自身の話をしているの所をあまり見た事が無い。自分自身の事には結構無頓着な奴だ。

 公平が桜の事ばかり俺に話してくれるのは、桜の事をとても大切に思ってくれているからだ。そんな公平が、俺に夢を語ってくれていると言う事は……


「なぁ、公平」


「……何?」


「厳しい道だとは思うけど、お前ならきっと出来るよ。だから、頑張れよ!」


 そう言って俺は公平の背中をバシッ!と思いっきり叩いた。公平は「痛いよ!」と文句を言いつつ、その表情は笑顔であった。

 何処か安心したようにも見える。俺に夢を語り、否定される事が怖かったのだろう。NBAに行きたい等と周りに言えば、無謀だと馬鹿にする奴もいるだろう。しかし、俺は公平の夢を決して笑わない。


「だから、俺は全国大会に行かないといけないんだ……。全国大会に出て、強豪高校からスカウトされて、優秀な成績を高校バスケで納める。そして、アメリカの大学で推薦を貰って入学し、活躍してNBAに行くんだ」


 公平は前を向き、今後の展望を語ってくれた。しっかりと、思うだけではなく夢の道筋を考えているようだ。しかし、アメリカの大学に行くにはただバスケを頑張ればいい訳では無い。


「じゃあ、しっかりと勉強もしないとな」


「ヴッ……」


 アメリカの大学は、日本の大学と違って学業が疎かであれば推薦を貰っても入学が出来ない。仮に入学出来たとしても、最低限の成績を納めないと試合に出させてくれないのだ。当然、英語能力は必須である。

 公平は学校の成績があまり良くはないと聞いている。日本でプロを目指すならそれでもいいかもしれないが、アメリカの大学を経由してNBAに行きたいならそうは行かない。

 しかし、公平も俺に言われずともそんな事くらいは分かっている。俺の指摘にドキッとした反応を見せはしたが、「アイ・ウイル・ドゥ・マイ・ベスト・ウイズ・スターティング」と、カタコトの英語で俺に返事をしてくれた。


「ハハハ。『私は勉強を頑張ります』か」


 今の英語がネイティブな人に通用するかどうかはとモカく、しっかりと勉強も頑張ろうとしているのだろう。

 そうこう話をしながら歩いているうちに、松本家の近くにあるコンビニに到着をした。


「公平、一緒にコンビニ寄っていけよ。アイス買ってやるから」


「じゃあかけるの分もお願いね。俺だけアイス食べてたら、アイツ拗ねるから」


「ハハハハハ。リョーカイ」


 この後公平は、自分と弟である翔君のアイスを選び、アイスを受けとって自宅へと帰っていった。ちなみに選んだアイスは当然ハーゲンダ○ツであり、俺はアイスだけで1300円以上このコンビニで使う事になったのである。

 ちくしょう……、絶対NBAに行って、豪華なディナーを俺に奢れよな、コノヤローめ。

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