桜はプンスカ怒っている。
7月27日 東京都中学男子バスケットボール大会最終日
猛暑日が続き、外は炎天下だが、大会会場のコートは冷房が効いてる。その為、俺達は快適な環境で試合に打ち込む事ができる。
しかし、白熱の試合が繰り広げられているコートの熱気は外にも負けない程に凄く、汗は止めどなく溢れていく。
我々下柚木中学は、都大会の決勝にまで駒を進めていた。準決勝進出が関東大会出場条件なので、最悪この試合に負けたとしても、全国大会出場への望みは消えない。
だが、この試合はただの消化試合では無いのだ。関東大会は『責任抽選』という、ある程度コントロール化におかれた抽選方式をとられる。
都と県の優勝者はシード権が与えられ、優勝者チームはなるべく別ブロックの組み合わせに配置をされる。つまり、勝ち進みやすいよう優遇されるのだ。
関東大会に出場が決まっているからと言って、この試合は手を抜けられない。この試合に勝つことは、全国大会な出場する為の近道なのだ。しかし……
ビーー!!
試合の終了を告げるブザーがなる。試合結果は65対60で、俺達下柚木中学は負けてしまった。都大会準優勝である。
対戦相手の海星学園は全国常連の強豪校であったが、決して勝てない相手では無かった。しかし、試合終盤に連携ミスを重ねてしまい、リードをしていたが逆転負けをしてしまうという、チームとしての詰めの甘さが出てしまった。
関東大会には更なる強豪校がいる。それまでに連携を修正をしないと……
「公平、この後反省会を兼ねてファミレスにいかね?」
帰りの電車の中、つり革を持ちながら右隣に立っている、チーム副キャプテンの斎藤が提案をしてきた。斎藤の顔は真剣そのもので、俺と同じく危機感を抱いているのだろう。
組み合わせの結果によっては、全国大会出場はかなり危うくなってしまう。ミーティングをして、チームの意識向上を斎藤は図りたいのだろう。
しかし、斎藤の誘いを受ける事は出来ない。
「すまん、斎藤。この後予定があるんだ」
「予定?」
「あぁ……。優勝すると信じて祝勝会を開こうとしている奴がいてな。もう準備をしちまってるみたいで……」
斎藤は俺の話を聞いて、「浜崎か?」と誰が祝勝会を開こうとしているのかを予想してきた。俺はそれに首を縦に振って頷き肯定をした。
「それじゃあ仕方がないな。嫁さんの機嫌をそこねる訳にはいかない」
「……嫁じゃねえよ。でも、関東大会に向けて、チームで話し合いたいと俺も思っている。明日か明後日の練習終わりにでも予定を組んでくれないか?」
「リョーカイ、キャプテン」
斎藤は敬礼ポーズをとって了承をしてくれた。斎藤が理解のある副キャプテンで助かる。意見がぶつかり、チームの雰囲気が悪くなっても、いつも斎藤がチームをまとめて立て直してくれる。
俺が出来ない事を補ってくれる良い副キャプテンだ。斎藤がいなければ、このチームはここまで勝ち進めなかっただろう。俺も頑張らなくては……
負けてしまい、少し気落ちをしていた俺であったが、気持ちを改めて前向きに頑張ろうと決意をする。しかし、その上向いた気持ちに水を差す奴がいるわけで……
「聞いたわよ。何負けてるのよ?祝勝会の準備をしてるって言ったでしょ?祝・勝・会・の!!」
桜の強烈な言葉が胸に突き刺さる。電車を降り、家に帰ってシャワーを浴びてから、俺は祝勝会を準備してくれている桜の家へと向かった。
桜の住むマンションの部屋の前へと到着し、呼び鈴を鳴らす。すると、桜が俺を出迎えてくれたのだが、桜は扉を開けて俺の姿を確認すると、眉にシワを寄せてそんな厳しい一言を放ってきた。
何コイツ?慰めるって言葉知らないの?
「あのなぁ、俺だって落ち込んでいるだから、少しは優しい言葉をかけるとかしてくれよ?」
俺がタメ息交じりでそう言うと、桜はプンスカ鼻息をたてて怒りだし、更に厳しい言葉を俺に投げ掛けてきた。
「何府抜けた事を言ってるのよ!全国大会に出場する為には、関東大会を勝ち進まなきゃいけないんでしょ?じゃあ、こんな所で負けている場合じゃないじゃない?気合いを入れなさい!気合いを!」
「はぁ……おっしゃる通りで……」
まぁ、桜は桜なりに、俺に気合いを入れようと発破をかけてくれているのだろう。そう捉えて、有りがたく桜の言葉を頂戴しておこう。
「……まぁ、取り敢えず入りなさいよ」
プンスカ桜の案内のもと、俺はリビングへと足を運んだ。テーブルには豪華な料理が散りばめられている。
テーブルの椅子には綾香が座っていて、咲太兄ちゃんは台所に立って料理をしている。
「おう、公平。残念だったな。でも、関東大会出場おめでとう。もうすぐ料理も出来上がるから、座って待っててな」
「公平、お疲れ様。次は優勝目指しで頑張ろう!」
咲太兄ちゃんと綾香は桜と違って、俺を見るなり労いの言葉をかけてくれた。
「悪いね。祝勝会の準備をしてくれてるのに、負けてしまって」
「なに、準優勝だって祝われるに値する立派な成績だ。胸を張れよ。それに、全国大会出場への望みは繋げたんだ。まずは良しだろ」
咲太兄ちゃんの言葉に、少し胸が軽くなる。咲太兄ちゃんも、中学時代はバスケ部でキャプテンだった人だ。もうすぐで全国大会出場という所までいけたらしい。
だから、俺のプレッシャーを理解してくれているのだろう。桜の厳しい発破もそうだが、咲太兄ちゃんの気遣いも凄くありがたいものだ。
「ありがとう。咲太兄ちゃん、綾香」
俺は二人に少し頭をペコリと下げて感謝をする。二人は笑顔で俺の感謝を受け止めてくれた。
「ちなみにさ……咲太兄ちゃん?」
「なんだ?」
俺は咲太兄ちゃんにとある確認をしようとした。この家でご飯を頂くときには、必ずやっておかないといけない確認である。それは自分の身を守る為であり、更に言えば胃袋を守る為の確認である。
綾香が安心しきたった表情でテーブルに座っている事から、そのような心配はしなくても良いとは思う。だが、念には念を入れないといけない。もしもの事があったのならば、取り返しのつかない事になるのだから……。
「……この料理って、全部咲太兄ちゃんが作ってくれたの?」
俺はおそるおそる咲太兄ちゃんに質問をした。桜は俺の発言を聞いて「ピクッ」と反応をし、訝しげな視線を俺に向けてくる。
しかし、咲太兄ちゃんはそんな桜の反応はお構いなしに、冷静な態度かつ真剣な表情で俺の質問に答えてくれた。
「あぁ、そうだ。少しも桜に手をつけさせていない。安心して、心置きなく沢山食べていってくれ」
「ありがとう、咲太兄ちゃん。それを聞いて安心してよ。沢山頂くね」
良かったぁ。これで安心して食事を楽しむ事が出来る。比較的治安の良く平和な日本に住んでいても、常に安全確保の意識は持っていないといけない。
しかし、そんな俺達のやり取りを見て、「二人とも、どういう事かな?」と、冷ややかな氷の笑顔で桜が俺達を問い詰めてきた。当然、目は笑っていない。これはかなり怒っていらっしゃる。近年希に見る大噴火が起こるかもしれない。
俺の頭の中で緊急警報のアラートが鳴り始めた。安全を確保したつもりだったが、一気にこの部屋が危険地帯へと化してしまった。
ヤバイ、早く謝らないと。おそらく、咲太兄ちゃんの頭の中にも緊急警報アラートが鳴っていたのだろう。俺と咲太兄ちゃんは声を揃えて「ごめんなさい」と深く頭を下げて謝罪をする。
それを見ていた綾香はクスクスと口を手で抑えながら笑っている。笑っていないで桜の怒りを鎮めるのを手伝ってくれませんかね?
その後、なんとか桜の怒りを鎮めるの事に成功して、勝つ事が出来なかったが祝勝会を無事開始する事が出来た。咲太兄ちゃんはビール、俺達中学生組はジュースが入ったグラスを片手に持って乾杯をした。




