安室さんはいつも通りに接してくれている。
―次の日―
「別荘?」
「あぁ」
昼休み、会社の休憩室にて。俺は川瀬から別荘に誘われた件について健太と話をしていた。川瀬は健太等、友達を誘ってくれとの事を言っていて、その旨を健太に伝える。
向かいの席に座っている健太は、「あぁ、いいよ。どうせ予定いれてないし」と、快く了承をしてくれた。
「良かったぁ。助かるよ」
川瀬も友達を連れてくると言っていた。旅行を気軽に誘えるのは健太くらいだし、健太に断れたら大人の男は俺だけになる可能性が高かった。
いや、子供を含めても男は俺だけになっていたかもしれない。それは何となくだけど気まずいというか、肩身が狭い気持ちになってしまう。
「新藤も誘おうと思うんだけど、新藤くるかな?」
「アイツは絶対にくるだろ?海にBBQに豪華別荘。見た目は大人、頭脳は子供のアイツがこないはずがない」
健太の新藤に対する酷い言い草に、俺は苦笑をしながらも「そうだな」と言って同意をした。
まぁ、頭脳は一応大人並みにはあるとは思うけど。頭脳というか、思想が子供なのだ。もしかしたら川瀬と気があうかもな。
これで最低限、男メンツは三人集まった。BBQとか色々するのであれば、男手がいるに越したことはない。
「あとは……」
「あとは?」
「……あと一人誘いたい人がいるのだけど……誘っていいのかどうか少し悩んでてな……」
「安室さんの事か?」
俺は健太にこくりと頷いて肯定をした。健太の言うとおり、俺が誘うかどうか悩んでいる人とは安室さんの事である。
桜が家出をしていた時に、安室さんは俺に好意を抱いてくれている事を知ってしまった。
「なんで?別に誘えばいいじゃん?」
「いや、誘う事によってまた傷つけてしまうんじゃないかな?っと思ってさ……」
安室さんの好意に対して「ケジメ」をつけると、安室さんに約束をしたが、あの日以来その事について安室さんと話をしていない。
特に気まずい雰囲気がある訳ではない。今でも普通に仲良く話をしているつもりだ。しかし、遊びに誘うとなると話は別だ。俺は安室さんの好意に気づかず、安易に安室さんを誘う事で、安室さんと桜の二人を傷つけてしまったのだ。
安室さんとはこれからも、良好な関係を築いていきたい。しかし、約束の「ケジメ」もつけないまま、また安易に誘ってしまって安室さんと桜を傷つけてしまうのではないのだろうか?と、俺は悩んでいるのだ。
「誘えばいいんじゃない?安室さんも喜ぶと思うよ?」
「でもなぁ……」
「誘ってやれよ。多分だけど、安室さんがお前に望む関係とは、そういう事に遠慮をされる事では無いと思うけど?たとえ、フラれる事が分かっていてもな」
「健太……」
俺がつける「ケジメ」とは、安室さんの気持ちを受け入れる事はないと告げる事である。望まぬ形であったとはいえ、それが好意を伝えてくれた彼女に出来る精一杯の誠意だと思う。
その事をうやむやにして、無かった事にして、目をそむけて、ヘラヘラしながら彼女にいつも通りの態度で接する事など俺には出来ない。しかし、それをどうやって告げればいいのかが全然分からないのである。
だって、普段の会話の流れで「あなたとは付き合えません」だなんて言える雰囲気にはならないし、そもそも正式に付き合ってくださいと告白をされた訳でもない。
つまり、安室さんにどうやってケジメをつければいいのか悩んでいるというのが、俺の現状なのだ。振ってしまう予定の人に対して軽々と旅行を誘える程、俺は無神経な人間では無いのだ。
「安室さんの事を、また傷つける事にはならないかな?桜だって……」
「いや、桜ちゃんの事を考えたら誘うべきだろ?桜ちゃんに言われたんだろ?安室さんの事で遠慮をしたら家を出ていくって」
「そうだった……」
―『安室さんは綺麗で本当に素敵な人……もし、私がいる事で遠慮をしているなら……それは絶対辞めてね……。そうなったら…私、本当に出ていくから……』―
桜と話しあった日に、桜が俺に言った言葉だ。桜は安室さんがいい人だと理解してくれている。安室さんを誘わなくなったら、桜が自分の家出の一件せいだと、逆に傷つくかもしれない。
あぁ~駄目だ!人間関係って本当にめんどくさい!!いや、俺が浅はかだったのが悪いんだけどね!!
思考がまとまらなくなった俺は、「あぁ~」と言いながら口を開いて上を向き、嘆くようにして頭を抱えた。
そんな俺の姿を見て健太は、「悩め悩め。咲太は今まで恋愛に失敗した事無いからな。人の気持ちを知るいい機会だ」と言って、手元に置いてあった缶コーヒーに口をつける。
「どういう事だよ?」
「どういう事も何もそのままの意味だよ。お前、失恋した事ないだろ?」
「まぁ、そりゃあ……」
当然だ。俺の初恋の女性は、死んだ嫁である紫苑なのだから。つまり、俺の初恋は成就したのだ。
それ以外の女性に恋した事がないのだから、失恋をした事が無くて当然なのだ。
「だから、お前は失恋をする人の気持ちなんて分からないんだよ。こればっかりは体験をしてみない事には分からないもんだから、仕方がない事だけどな。」
「体験……か……」
幼馴染みである健太も、俺の嫁である紫苑に恋をしていた。俺が紫苑と付き合ってから、健太は数人彼女を作った事があるが、その全てはすぐに別れていた。
おそらく、健太はずっと紫苑の事が好きだったのだ。だから、紫苑の事を忘れようと女性と付き合うが、長くは続かない。
故に、健太は失恋をする側の気持ちを理解しているのだ。少なくとも、俺なんかよりは。
「恋愛なんて、恋してしまった方の負けなんだ。傷つく事が分かっていても、それ以上に好きな人の近くにいるのが嬉しく思ってしまうのだから……。安室さんだって、多分そうだよ。安室さんが今一番嫌な事は、お前に避けられる事だ」
「…………」
俺は本当に浅はかな人間だ。安室さんは普段と変わらずに俺と接してくれている。つまり、俺との関係を望んでくれようとしているのだ。
それを、俺は自分のケジメだとかの都合で、実質安室さんを遠ざけようとしていたのだ。本当に俺ってやつは……
「健太」
「ん?」
「ありがとな。今日の仕事終わりにでも安室さんを誘ってみるよ」
「そうか」
健太は穏やかな笑みを浮かべ、再び缶コーヒーを口に運んだ。
人と人が分かりかう事は難しく、深く接すれば傷つけ合ってしまう悲しい生き物だ。それをハリネズミのジレンマだとか言うらしい。某超有名アニメの女性博士が言っていた有名な台詞だ。
故に、人は人を拒絶をする事もあるのだろう。傷つくのも、傷つけてしまうのも嫌だから……。でも、安室さんは桜の事を真剣に心配をしてくれた、とても素敵ないい人だ。
都合がいい事なのかもしれないが、これからも今まで通りに安室さんとは仲良くしていきたい。安室さんも、それを望んでくれているのであれば……




