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俺の生き甲斐。

「……お義兄ちゃん……頬っぺたの湿布どうしたの?怪我をしたの?」


 優しいさくらは、心配そうな表情をしながら俺を案じてくれた。そう言う桜の頬は、俺に叩かれた後の腫れが引いている様子であった。良かった……。


「なぁに、大丈夫だよ。これくらい。問題ないさ。それより、桜……、もう頬は痛まないか?」


「え……。うん。全然痛くないよ」


「そうか。……桜……すまなかった」


 俺は謝罪と同時に、桜に深く頭を下げた。それを見た桜は慌てた様子で、ブランコから立ち上がって俺の謝罪を止めてくる。


「や、止めてよ、お義兄ちゃん!!私、なんともないから!!」


 桜の制止により、俺は下げていた頭をゆっくり上げた。そして、桜の顔を見た俺は、自分の愚かさを再認識するのであった。

 あぁ…、こんな心配そうな顔をして、俺の事を案じてくれる子が、俺に愛想をつかして家を出るだなんてありえないよな。

 俺はなんて失礼な事を考えていたのだ。健太けんたにぶたれて当然だ。


「なぁ、桜。公平こうへいから家を追い出されたんだってなぁ?」


「……うん」


「女の子をこんな時間に雨の中で……ヒドイ話だな」


「!?……違う……公平は……公平は私の為に!」


 良かった。桜も公平が、俺達の為にあえて嫌な役を演じてくれている事を理解してくれているみたいだ。公平が桜に嫌われる事だけは、絶対にあってはならない。


「そうだな。体育祭の時もだけど、アイツには本当に感謝しないとだな」


「あの……お義兄ちゃん……」


「ん?なんだ?」


「公平から何か聞いた(・・・・・)?」


 桜の質問にある何か(・・)とは、桜が家を出たい理由の事であろう。公平との電話から察するに、公平は桜から理由を聞き出したと思われる。

 しかし、電話でその事については公平に何も聞いていない。


「いや、桜を追い出した事以外は何も聞いてないよ?。電話でそれを聞いて、すぐに桜を探しにきた。」


「……そう」


 そう言うと、桜は顔を下にうつむかせた。俺が桜の家を出たい理由を聞いていない事に対して、桜がどう思っているのかは分からない。

 しかし、桜がどう思っていようが、俺のしなければいけない事に変わりは無い。俺は、桜に自分の気持ちを伝える覚悟(・・)を決める。


「桜。お前が進学をせずに、家を出たい理由をずっと考えていた。色々とな……。お前が、俺の事を嫌いになったのか?とかな」


「それは違う!!」


 下にうつむいていた桜は、顔を勢いよく上げ、全力で否定をしてくれた。それに少し嬉しくなって、俺の口元が少し綻んでしまった。


「ありがとう、桜。……じゃあ、逆なのかなって?俺の為に、桜は家を出ようとしてくれているのかなって……」


「……」


 俺とは逆に、桜は口をギュっと紡いで黙っていた。その反応が、俺の答えが間違いではない事を確信させた。

 やっぱり桜は、俺の為に家を出ようとしてくれているのだ。何故だかは分からないが、恐らくは、安室あむろさんとの仲に気を使っての事だろう。

 しかし、だとしたら桜は思い違いをしている。それは、俺の為に(・・・・)なりえない事なのだから。


「桜が口を紡ぐなら、俺は勝手に俺の気持ちを伝えさせてもらうよ」


「……え?」


 俺は雨に濡れないよう、傘を右手で持ちながら、左手だけで桜を抱きしめた。それにビックリした桜は、右手に持っていた傘を落としてしまう。

 そして……








「出ていかないでくれ、桜……。お前は、俺の生き甲斐(・・・・)なんだ」









 桜の耳元で、俺の本当の気持ち(・・・・・・)を呟いた。


「お義兄ちゃん………」


 高校に進学するのが桜の為だみたいな事を言いつつも、一番の理由は桜と離れてしまうのが、ただ純粋に嫌なだけなんだ。

 新藤しんどうにすら指摘されてしまうような、端から見てもすぐに悟られてしまうくらいの、単純で簡単で、それでいて一番大事な俺の気持ちだ。

 最初から、あれこれを言わずにこれを伝えていれたのならば……。


「今の俺に、桜がいない人生なんて考えられない。アイツ(・・・)が残してくれた桜を守る事が俺の使命だと思う……。でも、それ以上に桜と過ごす日々が愛おしくて仕方がないんだ……。俺の心の穴を埋めてくれたのは、桜の笑顔なんだよ」


「グスッ……お義兄ちゃん……」


 抱きしめているので、桜の顔を見る事は出来ない。しかし、桜は俺の胸に顔を埋めており、その服の部分が少し濡れているのを感じる。

 それにより、桜の目から涙が溢れている事は察しがついた。多分、少しは俺の気持ちが伝わってくれたはずだ。


「桜がいなければ、俺は日々笑えるよう人生を送れていなかったかもしれない……。桜がいずれは家を出て、自分の人生を歩みだす事は理解している。……でも今は……今はまだ俺の側に居てくれ。俺から……俺から生き甲斐(・・・・)を奪わないでくれ……」


「グスッ……う、うわぁぁぁぁん!」


 桜の雨音にも負けない大きな泣き声が、公園中に鳴り響いた。その泣き声は、最愛を姉の亡骸と対面した時の事を彷彿とさせるものであった。

 それくらいに、桜の心に負担をかけてしまっていたのであったのだろう。()として失格だ……。本当に、不出来な()だ……。死んだ嫁にも申し訳がたたない。

 でも……、この子の()として、この子を守らせてくれるチャンスをもう一度ください。また、この子を泣かせてしまう事があるかもしれない。だけど、この子の笑顔を絶えさせる事は絶対にしません。

 だから……もう一度チャンスをください。

 心の中で誰にそう嘆願をしたのかは分からない。嫁になのか、信じていないはずの神様なのか、それとも………。

 降りしきる雨の中、止まらぬ桜の大きな泣き声。俺は桜の泣き声が止むまで黙りこんだまま、ただ桜をじっと抱きしめていた。

 少しでも桜に気持ちを伝えれるように。少しでも桜の気持ちが感じとれるように……。

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