桜は待ってくれている。
公平との電話を終え、俺は桜が公平によって家を追い出された事を知った。
時間は夜の9時を過ぎ、外は雨が降っている。公平としては良かれと思って荒療治に出たのだろうけど、女の子一人をこの時間に追い出すなんて……。
いや、時間も考えての事なのか?この時間なら、仮に俺が残業で仕事が遅くなっていたとしても、流石に家に帰っては来ているであろう時間だ。
俺がすぐに桜を探しにいけるよう、配慮をしてくれたのかもしれない。
「あのぉ~……追い出されたって桜さんの事ですか?」
隣にいた安室さんが、電話の内容を恐る恐る尋ねてきた。俺は苦笑をしながら「そうみたいで……。」と答えると、安室さんはビックリしながら、「え!こんな事してる場合じゃないですか!」と大声を出して詰めよってきた。
詰め寄る安室さんに、俺は体を仰け反らせる。近いです!安室さん!
「この家に帰ってくるんですか!?」
「それが分からないみたいで……」
「じゃあ早く探しにいかないと!私も探します!」
先程まで綺麗な顔で涙を流していた安室さんだが、一転心配そうな表情をして慌てている様子であった。
本当にいい人だなぁ。中学時代、一緒に嫁と生徒会役員をしていたとのことだけど、出来ればその時から交流を持てれたらなとも思う。
でも、今は……。
「ごめんなさい、安室さん。今は……今は俺一人で桜を探させてほしいんだ。俺が……俺が桜を見つけないといけないだ」
「桜井さん…………」
今は俺一人で桜を見付けないといけないのだ。いや、桜がこの家を飛び出した時もそうだったのかもしれない。
あの時は、川瀬が協力してくれて、公平が桜を見付けてくれた。あの時、俺が桜を見付けれて、桜に俺の気持ちを伝える事が出来たのならば……
いや、たらればの話を今考えても仕方がない。過去を変えられない事の苦しみは、もう既に嫌と言う程に痛感している。俺と桜は……
だから、俺は明日の為に、今やらないといけない事をただするのみだ。
「分かりました……。桜井さん!必ず桜さんを見付けてあげてくださいね!」
「ありがとう、安室さん」
肩の高さで両手で握り拳を作り、力強い笑顔で発破をかけてくれた安室さん。そんな安室さんに背中を押された俺は、桜を探しに家を飛び出すようにして出ていった。
まずは、俺達が住んでいるマンションから、公平の家まで道を探し始めた。公平の家は歩いて数分の距離だ。ルートのパターンも3通りくらいしかない。
その3通りのパターンを走って往復するが、桜の姿は見当たらなかった。行き違いになり、家に桜が帰っていないか確認をしにいくが、桜はいなかった。どうやら桜は家に帰ろとしていないようだ。
「はぁ~」
ふとタメ息が漏れる。家に帰ってきれくれている展開が 一番楽だったのだけど……いや、それは安直すぎるな。そんな簡単に事が運ぶなら、こんな拗れた事にはなっていない。
公平の家を追い出された桜が、次に誰かを頼ろうとするならば、それは綾香ちゃんのはずだ。しかし、綾香ちゃんの家に行っているのであれば、もう綾香ちゃんの家にいるはずだ……
それならば、綾香ちゃんか、もしくは綾香ちゃんの両親が俺に連絡をくれているはずだ。俺の実家に行ってたとしてもそれは同じだ。
つまりは桜はまだ外にいる可能性が高い。さすがに時間が時間なので、何処かの家にいてくれたら安心なんだけど。15歳の女の子がこの雨の中、夜遅くにさ迷っている状況はあまり好ましくない。
「そう言えば……昔もこんな事があったな……」
6年前、桜は家出をした事があった。それは、桜の両親が亡くなったばかりで、嫁と二人で暮らしていたときの話だ。
桜を育てるために、嫁は大学を辞め、嫁の仕事が遅くなる時は、桜は俺か公平か綾香ちゃんの家に預けられている事が頻繁にあった。
その時の桜は、両親が亡くなったばかりとあって、今と違って凄く暗く、いつも寂しそうな顔をしていた。
その時の家出をした桜を、俺は嫁と一緒に探しており、桜を見付けたのは俺であった。
「確かあの時は……」
あの時は、公平の家の近くの公園に桜はいた。つまりは家の近所であり、あまりにも近くにいたので、その時はそれが逆に盲点になって探すのに苦労をした。
当時の桜は小学3年生である。よくよく考えたら、そんな女の子が行動できる範囲なんて限られているものだ。しかし、今の桜は中学三年生だ。行動範囲も広くなっている。時間が立つにつれて遠くにいってしまうかもしれない。
早く探さないと……
「…………ん?……公平の家の近くの公園?」
そう言えば……、この前桜を見つけてくれたのは公平のはず……。でも、あの時の公平は、バスケの試合があったから、桜が家を飛び出した事は伝えていなかったはずだ。
公平の両親が公平に伝えた可能性はあるが、たまたま桜を見付けていたの可能性が高い。つまり……公平は試合からの帰り道で見付けたのか?……その帰り道には……あの公園が……。
俺はポケットからスマートファンを取り出し、発信履歴から公平の電話番号が載っている画面を開いた。
しかし…………
「いや、それは駄目だ」
俺は確認をする為に、公平に電話をかけようとしたが、電話をかける事を思いとどまった。公平にはもう十分にお膳立てをしてもらっている。これ以上、公平の力を借りてしまう事は只の甘えだ。
桜がもし、俺の事を無意識にでも待っていてくれるのであれば、あの公園にいてくれているはすだ。桜が、少しでも俺に見つけてもらいたいという気持ちがあるのならば……
確証は無い。仮に公園に居たとしても、俺の事を待ってくれているという証明になんて全くならない。しかし、そんな気がするのだ。桜は、俺をあの公園で待ってくれていると。
俺は急いで公園の家の近くの公園へと向かった。6年前の……あの日桜を見付けた公園に……。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
俺は全力で走って向かった。濡れた路面に時折足がもつれ、転びそうになりながらも全力で走った。
もし桜がいなかったらどうする?つまりは、俺の事なんてこれっぽちも待ってくれている気持ちなんて無かったのか?そんな迷いを打ち消すように、俺は全力で走った。
公園はすぐ近くだ。あっという間に公園が見えてきた。そして、見えてきた公園のブランコに、傘をさして座っているであろう人影があった。
近づくにつれ、その人影の輪郭がはっきりとし、その姿を明確に見えるようになってきた。そのブランコに座っている人とは桜であった。
桜は、やはりこの公園に居てくれたのである。
「桜ぁ!!!」
「!?…………お、お義兄ちゃん……」
「はぁはぁ、良かったぁ……居てくれて……」
俺の大声での呼び掛けに、ビックリした様子を見せる桜。3日ぶりの対面である。たった3日しか会っていないだけなのに、何故か凄く久しぶりに会ったような気がする。
久しぶりにあった桜は、今にも泣き出しそうな顔をしている。何処か俺に怯えているようにも見える……。
そうだよな、怖いよな…。だって、桜の事を叩いてしまってから会ってないもんな……。こんな暴力的な義兄、怯えられて当然だ。
でも……、今はそれでも桜に、俺の本当の気持ちを伝えるんだ。だから桜、お前の本当の気持ちを俺に教えてくれ。




