vs 桜 ③
「……私が家を出たい理由…………。オバサンにも言っているけど、大した理由じゃないよ。……ただ、早く自立がしたいだけ……」
賭けの報酬により、俺は桜が家を出たい本当の理由を、桜に質問していた。しばらく黙り込んでいた桜だが、ようやく口を開いてくれた。
しかし、口から出てきた言葉は、今までの母さん達に説明していたモノであり、その説明が、本当に桜が家を出たい理由では無いことは、桜と親しい人ならばすぐに分かるものであった。
「桜。その話を母さんにしている事は知っているよ。それを前提でこの質問をしているんだ。その理由が、誰も桜が家を出たい本当の理由だとは思っていない。本当にそう思ってたとしても、一番の理由ではないはずだ」
「公平……」
俺の名前を呟き、瞳を潤わせなざら困惑した表情で、桜は俺を見つめている。普段の桜なら、俺が質問をしても、いつものように喧嘩腰で突っぱねていたのかもしれない。
しかし、たかがお菓子ではあるが、俺から賭けの報酬を桜は手にしている。自分が報酬を得ていて、相手に報酬を渡さない事への罪悪感から、突っぱねる事が出来ないのであろう。
もしくは、ここまで回りくどい事をして聞いた事によって、俺の桜を心配している気持ちが伝わっているのか……。
いや、それは無いな。桜の事を俺はハメたのだ。こんな最低な聞き方なんてあったもんじゃない。俺の事をポジティブな感情で捉えてくれているはずが無い。
なんにせよ、俺の話を否定しない様子から見るに、桜の図星はつけているはずだ。そして、困惑している様子から察するに、本当の理由を話すか話さないかを悩んでくれている可能性がある。話さすつもりがなければ、俺の話を否定して突っぱねているはずだ。
今のチャンスを逃せば、桜はしばらく本当の理由を話してくれないかもしれない。踏み込むならば、今しか無い。
「桜が家を出たい理由が、本当に納得できるような理由なら……いや、納得が出来なくても、本当に桜が自分の事を考えて決めた決断なら、咲太兄ちゃんは桜の事を応援してくれると思うよ」
咲太兄ちゃんなら、最初は反対をしたとしても、自分で決めた道を歩むと決めた桜の事をサポートしてくれるはずだ。そして、それは……
「うちの母さんや父さんも……俺だってそうだ。高校を進学するかしないかは、人生の決断において一大事だ。そういった人生も一つの立派な選択肢としてあるとは思うけど、進学せずに仕事をして自立する事の大変さを想像出来ない桜ではないだろ?ただ自立がしたいという理由だけで、普段から勉強もしっかりしている桜が進学をしたくないだなんて、やっぱり何処かおかしいと思ってしまうんだ」
当然、高校には行ってほしいというのが周りの願いだ。しかし、それだけが人生では無い。俺達が桜に欲しているのは、桜の本当に言葉なのだ。
「体育祭の時に思いしっただろう?お前が本心を隠して無理に笑えば笑う程、周りは余計心配になるんだ。お前の気持ちを100%理解する事は出来ないけど、本心かどうかくらいは察する事は出来る。今のお前の顔を見ると……余計にな……」
桜の今でも泣き出しそうな顔に、桜の心が揺れている事が分かる。そして、本当の気持ちを隠している事の辛さも…………。
桜が本心を隠す時は、必ず周りの誰かを配慮しての事だ。体育祭の時だって、クラスの和を乱さない為に、嫌だったリレーのアンカーを引き受けたのだ。
「桜だって……、本当は、本当の事を言いたいはずだ。俺は、いつだってお前の味方でいるつもりだ。本心を言ってくれたら、咲太兄ちゃんとの間に入って説得も手伝ってやる。だから……、言ってくれ!」
俺は桜の瞳をまっすぐに見つめ、出来る限りの想いを桜にぶつける。桜も、潤んだ瞳をそらさずに俺を見ていてくれた。
当初はここまでするつもりは無かった。稲葉にも言ったように、他人の俺がでしゃばる問題では無い。でも……本当は俺だって桜の為に出きる事は何でもしたいんだ。
しかし、俺の力なんて微力も微力だ。俺が介入をすれば、余計に話が拗れるかもしれない。
母さんは、俺が咲太兄ちゃんと桜の間に入るのが怖いだと言っていたが、それ以上に、俺が動く事によって桜の不利益になる事が怖かったのだ。
所詮、俺なんて親の庇護の元で生きている子供なのだから……。
でも、ここまで来たらもう後には引けない。だから桜、俺の事を頼ってくれ。
お互いに見つめ合い、沈黙が流れる。しばらくすると、桜は生唾をゴクッと飲み込み、唇に力を入れる。そして……
「私が居ると…………お義兄ちゃんはずっと私に縛られてしまう……」
桜がようやく本心を言ってくれた。しかし、本心を言った桜の顔は、やっと本当の事を口出来たという解放感のある顔では無く、悲痛な顔をしていた。
「咲太兄ちゃんが?」
「この前、八重や……安室さんが言ってたの……。私がいる限り、お義兄ちゃんは誰とも付き合ったりはしないって………」
確かにそうだろう。咲太兄ちゃんはそういう人だ。当然、今でも桜の姉ちゃんの事を愛しているし、その妹の桜の事を今は一番に考えている。
しかし、それは桜の望む事だったんじゃ?現に、咲太兄ちゃんに近づく安室さんに対して嫌悪感を抱いていたはずだ。
「そうかもしれないが、それは桜にとって悪い事では無いだろ?咲太兄ちゃんかま誰かとお付き合いしてほしいのか?」
「嫌だよ…………。でも……、もし私が大学を卒業するまであの家にいるとしたら、その時お義兄ちゃんは32歳だよ?浪人をするかもだし、大学院にまで進むかもしれない。そしたらお義兄ちゃんはいつまで私の面倒を見るの?それまでお義兄ちゃんは私に縛られ、お酒のお付き合いも断り続け、素敵な女性がいたとしても、自分の気持ちに蓋をし続けるの?」
「……咲太兄ちゃんなら……そうするかもな」
咲太兄ちゃんが桜の姉ちゃん以外の人を好きになるかは疑問だが、仮に素敵に思える女性が出来たとしても、桜の言うとおりその女性とどうこうなろうとはしないだろう。
少なくとも……桜と一緒にいる間は…………
「最初は……お義兄ちゃんに近づいてくる安室さんが嫌いで嫌いで仕方が無かった……。でも、安室さんが嫌いな理由はそれだけで、実際お話しをしてみると……安室さんは優しくて綺麗で……とても素敵な女性だったんだ………。でも、私はそんな人を『ハンター安室』だとか言って、陰口を言って笑っていたんだ……。そんな最低な私の為に、お義兄ちゃんはあんな素敵な女性とお付き合いが出来たとしても、我慢をしなければいけないの?そんなの……嫌だよ……」
悲痛な顔の桜から発せられる言葉は、本心だと微塵も疑わせる事もない、桜らしい言葉であった。
桜は周りの為に本心を隠す。当然、大事な人であればあるほど尚更に……。桜にとって一番大事な人は、当然咲太兄ちゃんだ……。俺にとっては悲しい事実なのだけど。
当然、今の話で咲太兄ちゃんや周りが納得するはずが無い。故に、そんな話を言えるはずが無いのだろう。
話から察するに、家を出ると決断したのも最近の話なのだろう。だから、取り繕った理由も浅はかなものになっていたのだ。
本当に、桜は馬鹿だなぁ……。いや、勉強は全然桜の方が出きるのだけど。
桜には申し訳ないが、そんな理由では桜の自立を応援する事は出来ない。しかし、この桜の問題を簡単に解決する方法はある。
「……よし!桜!」
「……何?」
「この家から今すぐ出ていけ」
「……へ?」
俺は笑顔で桜にそう告げると、テーブルの上に置いてあった桜のスマホと財布を取り、桜の鞄の中に詰め込んだ。
「ちょ、ちょっと何をしてるの?公平!!」
そして、戸惑う桜の襟をつかみ、桜を部屋から強制的に引っ張り出した。




