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松本家の食卓。

 母さんとの会話から30分程経ち、夕食の為皆が食卓へと集まった。食卓にはカレーライスとサラダが並べられており、部活が終わって空腹状態の俺には、凄く眩しいくらいに輝いて見える光景であった。

 空腹という脳内スパイスが効いた状態の中、口に運ばれるカレーライスの最初の一口を想像しただけでヨダレが垂れてくる。

 皆揃って「いただきます。」と手を合わせて言った後、俺は掻き込むようにしてカレーを一皿平らげた。そして、母さんに「おかわり」と言って、母さんに空になったカレー皿を差し出す。

 母さんは「あいよ」と言ってカレー皿を受け取り、カレーのおかわりを用意してくれた。カレーのおかわりを持ってきてもらった俺は、再びカレーを掻き込むようにして食べ始める。

 すると、食べ始めると同時くらいに、右隣の席から何やら視線を感じた。視線に目を向けると、さくらが目を丸くして俺の方を見ていた。


「ふぇ~、凄いね。公平こうへいってそんなにカレーが好きだったっけ?」


 どうやら桜は俺の食べっぷりに驚いていたらしい。確かに、普段はこんなにがっついて食べる事はあまり無い。


「まぁ、好きっていうか、カレーが嫌いな奴なんてそうそういないだろ?誰だってある程度は美味しく簡単に出きるしな」


「あぁ?」


「イテっ!!」


 向かいの席で俺のカレー評を聞いた母さんが、不機嫌な顔をしながら俺のすねを蹴ってきた。―誰だってある程度は―という文言がどうやら気にいらなかったらしい。

 何だよ。たまに失敗したとんでもない料理を出すときあるじゃん。それを俺達に食わせる時あるじゃん。だから、誰でも作れるカレーの安心感は半端ないんだって。

 しかし、それを言うと更に機嫌を損ねられてしまう。明日からの晩飯を作らないとか言われても困るので、ここは太鼓持ちに撤するとしよう。


「か、母さんのカレーは、誰だって美味しく作れるカレーの中でも絶品だけどな!ありがとう!母さん!」


「あらぁ~、やだよ~。この子ったら!」


 母さんは俺のわざとらしいおべっかで、上機嫌になってくれたようだ。しかし、母さんの隣から、水を指すような一言が飛んできた。


「ガハハハハハ!母ちゃんのカレーは絶品て、市販のルーをそのまま使った只のカレーじゃねえか!誰が作っても一緒よう!ガハハハハハ!」


「あぁ?」


「ギャア!!」


 父さんが余計な一言を言った瞬間、母さんの腰の入った右ストレートが父さんの頬に炸裂した。がたいのいい父さんが宙をまってぶっ飛ぶ。


「父ちゃん。明日から自分でご飯用意してね」


 母さんはニコッと笑ってそう父さんに告げる。


「か、母ちゃん。そんな殺生な!ほんの冗談なんです!お許しくだせい!」


 父さんは頭上に手を合わせ、土下座をしながら母さんに謝っていた。普段は俺達に威張っている父さんだが、この家におけるパワーバランスは、母さんの方が上だ。

 実際はがたいのいい父さんの方が力は強いし、いざ殴りあいとかになれば当然父さんが勝つだろう。それは、既に母さんの身長を軽く追い抜いている俺にも言える事だ。

 しかし、精神性で母さんに勝てるつもりはない。いざ、母さんと戦おうとすると、恐らく足がすくんでしまうのだ。

 それ程に、俺と父さんの脳内には、母さんより序列は下だという事を犬のようにすり込まれている。この家は母さんの天下なのだ。

 力が無くても実権を握ってしまう母さん……というか女性の胆力に、俺達たいていの男は敵わないのだと思う。だから、男は力があっても女性に強く出れない。

 桜はこの光景を「ハハハハ」と笑って見ているが、俺とかけるは青ざめてこの光景を見ていた。だって、目の前の惨劇は、将来俺達に起こりえる惨劇なのだから……。


「次は私がカレーを作ってあげるね?先月カレーを初めて作ったんだけど、中々上手く出来たんだ」


 桜が俺の方を向いて、唐突にとんでもない事を言い出した。


「イエ、トンデモナイ。エンリョシマス」


「なんでカタコト!?」


 当然の拒絶だ。桜の料理の腕前を知っている奴なら、桜の料理の進んで食べようとする事は絶対にしない。本人は自覚が無いみたいだが、桜の料理の腕前はハルマゲドン級に壊滅的だ。

 カレーは上手く出来たとかのたまいていたが、事の真相は咲太さくた兄ちゃんから聞いている。殺人レベルのカレーを作ったとかなんとか……。

 そんな微笑ましい?やり取りをしつつ、時間があっという間に過ぎていき、皆はカレーを食べ終え、賑やかな夕食は終わりを向かえた。

 母さんと桜が空になった食器を台所に持っていき、食器洗いを始める。


「桜ちゃん!その片付けが終わったらまた『銅拳2』やろうよ!今度は負けないよ!」


「いいわよ。もう少し待ってね」


 母さんと食器を洗っている桜に、翔が意気揚々と桜にリベンジを申し込んでいた。桜もその申し込みを受諾する。

 しかし、その決闘が本日中に行われる事は無い。それは、俺の妨害によって……。

 俺はウキウキと桜の食器洗いが終えるのを待っている翔に「なぁ、翔。」と声をかけた。それに翔は俺の方を向き、「何?お兄ちゃん?」と返事をする。


「ベッドの下に隠してある返却された赤点のテストだけど、もう母さんに見せたのか?」


「ゲッ!……お兄ちゃん……それは……」


 俺の唐突な暴露に、翔の顔がみるみる青ざめていく。

 翔はよく赤点のテストを母さんにバレないよう部屋の何処かに隠す習性がある。それが見つかっては、母さんに怒られるのが松本家のよくある風景だ。


「なんだい。それは?」


 母さんが笑顔で翔を問い詰める。こういう時は逆に笑顔で問い詰められる方が怖い。

 しかし、この一連のやり取りは予定調和(・・・・)のようなものであり、母さんにはあらかじめテストの事は夕食の前(・・・・)に伝えている。俺がこの事を暴露するタイミング(・・・・・)も。

 つまり、母さんが翔の事を問い詰めているのは演技(・・)なのだ。いや、これから本当に翔は母さんからのガチ説教を受けるのだけど……。当然、翔にはこの事は伝えていない。

 母さんの笑顔の問い詰めに、翔は「あの……その……」とか言いながらモジモジしている。母さんはそんな翔に容赦をしない。


「いいから、早くその答案用紙を持ってきなさい?修羅が母さんの笑顔を覆い隠す前にね?」


「……はい」


 笑顔の母さんの背後に金剛力士が見えたような気がした。

 そんな母さんの迫力に、翔は観念したようだ。トボトボとした足取りで自分の部屋に答案用紙を取りにいった。


「桜ちゃん、ありがとうね。お手伝いはもう大丈夫よ」


「は、はい。分かりました」


 桜は苦笑いで返事をしていた。母さんの言葉の裏には、「今から翔を説教するから、台所から出ていってね」という意味が隠れている。

 さすがに桜も気まずさを感じているのだろう。


「桜。部屋に戻ろうぜ」


「う、うん」


 俺は桜に声をかけ、桜をリビングから連れ出して部屋に戻ろうとした。

 その部屋に戻る途中の階段で、赤点の答案用紙を数枚手に握りしめた翔とすれ違う。翔の表情に生気は感じられず、まるで処刑台に向かう罪人のように暗い雰囲気を醸し出していた。

 心ここにあらずなのか、すれ違う俺達に翔は見向きもしない。


 部屋に戻った俺は二段ベッドの下の段の上に座り、桜は床に置いてある大きなモフモフのクッションの上に座った。

 母さんに暴露をしたのは俺だが、母さんの迫力には俺も何故か緊張をしており、自分のプライベート空間(共同使用)に戻った事により人心地ついた気分だ。


「なんであんな事言ったの?翔が可哀想」


 リラックスモードの俺に、桜が翔のテストを暴露した件について、少し強張った表情をして問い詰めてきた。理由は桜と二人っきり(・・・・・・・)なる為に(邪魔者)を排除したかったのが一番の理由だが、この事に関して翔に対して罪悪感は全くもって無い。


「あいつも来年中学生だ。部活とかも入るつもりもねぇみたいだし、今みたいに勉強をせずにゲームばっかしてたら駄目だろ。プロゲーマーになりたい訳でも無いみたいだし……」


 翔は単刀直入にいうと馬鹿だ。テストだって、わざわざ隠すくらいなら家の外で処分をすれば、家族にはバレずにすむのに……まぁ、どっちにしろ通知表を見せた時に成績の悪さはバレてしまうのだけど。


「公平だって、テストの成績はあまり良くないじゃない」


「さすがに俺は赤点までは取ってない。(たまに取るけど)それに、俺は高校も大学もバスケで推薦を狙ってる。そっちの道(・・・・)に進むつもりもない翔とは状況が違う」


「そうかもなのだけど……」


 事実、俺には高校の推薦の話が何校か来ている。入学できるかは夏の大会次第ではあるが、強豪と呼ばれる高校からの推薦もある。

 推薦入学が出来なくても、高望みをしなければ普通に高校に進学できるくらいの学力はあるつもりだ。

 しかし、小学生の段階で赤点しか取れない翔は、意識を少しでも変えないと高校進学も危うくなるかもしれない。

 俺の本来の目的(・・・・・)はともかく、俺の行動は翔の事を想っての行動でもあるつもりだ。


「まぁ、怒られるくらいで意識が変わるなら、もうとっくに変わってるかもだけどな」


「……ハハハ。まぁ、翔も分かる時がくるよ。きっと」


 桜の顔に笑顔が戻る。どうやら少しは納得してくれたようだ。理解が早くて助かる。翔の事について議論をしている暇なんて無いのだ。


「なぁ、桜」


「何?」


「翔の変わりと言ったらなんだが、俺と『銅拳2』で勝負しないか?」


「……へ?」


 俺のいきなりの勝負の申し込みに、桜はキョトンとした顔をしていた。

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