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義妹と同僚達。③

「終電の事もあるし、そろそろ帰るか」


 健太も時計を見て時間を確認し、新藤に帰宅を提案した。


「い~やぁ~だぁ~!!まだまだ飲みたりなぁ~い」


 新藤はかなり泥酔をしており、大人とは思えない駄々のこねかたで帰宅を拒否した。健太からは、新藤は酒が弱い方ではないと聞いていたが、この泥酔っぷりはなかなかのモノである。

 いつもより気分良くお酒を飲んでいる時は、酔いも回りやすいものである。新藤にとって今日の飲み会はそれほど楽しかったのだろう。

 新藤は駄々をこねるのを止めず、健太の左足にしがみついていた。


「帰りたくない~。今日は泊まるの~!!」


「馬鹿!!咲太だけ住んでるならともかく、桜ちゃんもいるんだぞ!そんな家にこんな糞酔っぱらいを置いていけるか!迷惑だ!」


 ガシッ!!


「グア!!」


 健太がしがみつかれていない右足で、新藤を思いっきり蹴りあげた。

 新藤の足枷から解放された健太は、そのままテーブルの上に置いてある食べた後の皿をまとめて洗い場に持っていき、皿洗いを始めた。


「健太お兄ちゃん。いいよ、置いといて。私がやっておくから」


 桜が健太に皿洗いを止めるよう促すが、健太は皿洗いを止める素振りはみせず、優しい笑顔で桜の方を向く。


「いやいや、これぐらいやって帰るよ。ごめんね、騒がしくして」


 桜は「そんな事ないよ」と言いながら首を横に振り、そのまま健太と一緒に食器の片付けを始めた。健太が洗った食器を、桜は乾いたタオルで乾拭きをし、食器を棚に直す。その作業を二人は談笑をしながら行っており、その光景は仲の良い兄妹のようであった。

 そんな光景に少し俺は嫉妬をしてしまったのであろうか、少しムッとした表情をしながらビールの残りを口に含み、二人を眺めていた。

 妹よ、そいつはお前の兄では無い。お前の兄は俺だ!浮気は許さんぞ!浮気は!

 そんな事を思っていたら、俺の足元をうつ伏せの体勢で、俺より恨めしそうに二人を眺めている奴がいた。


「ぐぬぬぬ!健太先輩も桜ちゃんの事を!」


 新藤は桜と親しくしている健太に、憎悪の感情を向ける。本当にこいつは本気でそんな事を思っているのだろうか?だとしたら今後こいつは桜に会わせれないし、家にも招待できないな。俺は密かに決意した。



 健太も、桜の事は俺と同じく、大事な妹のように思っている節がある。それは、幼馴染みの妹だからという理由では無く…


「おい、健太」


「ん?なんだ?」


「後の片付けは俺がやっておくからさ、仏壇に手を合わしにいきなよ。終電もうすぐなんだろ?」


 俺はコップの中に残ってたビールを飲み干し、そのコップを持ったまま洗い場へと向かった。


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうか」


 健太は洗っている途中の皿を俺に手渡し、仏壇の方へと向かった。仏壇の前に立った健太はしばらく仏壇を眺めていた。仏壇の中には嫁の写真が飾ってあり、その写真を眺めているのだろうか?俺の位置から健太の姿は背中になっており健太の表情は確認が出来ないが、背中をみるだけでどんな表情をしているかわかるくらい、その背中は悲哀に満ちていた。

 しばらくして健太はやっと線香に火をやり、仏壇に手を合わした。そして「久しぶり」とボソリと呟き、またしばらく長い時間仏壇に手を合わせていた。


「長いっすね」


「あぁ……」


 新藤の適当な呟きに、おれはボソリと深く相づちをうつ。健太にとって嫁との会話はいくら時間があっても足りないくらい、話したい事が山程あるはずだ。当然、本来ならこんな形では無く…。

 今健太が手を合わしている女性は、俺が今まで唯一愛した女性であるが、健太にとっても唯一愛した女性である。俺達は無二の親友であるが、同時に同じ女性を愛した恋敵でもあったのだ。まぁ、別に何かそれで健太と争ったりした訳ではないが。

 俺と健太の違いは、その恋が実ったか実らなかったかの違いなだけで、嫁に対する気持ちの強さは、決して俺に引けをとるものではないだろう。

 そんな最愛の女性が一番大切にしていたのが、妹の桜である。健太にとっては、最愛の女性の忘れ形見のような存在の桜は、俺と一緒で今一番大切にしないといけない大切な妹(・・・・)なのである。

 そんな健太の事を考えると、俺はふと怖くなってしまう。本当は健太は俺の事を恨んでいるのではないかと…。俺は、健太に託された健太の最愛の女性を幸せにする事が出来なかったのだ…。桜にもそうだが、健太に対して俺は罪の意識を感じている。しかし、その事を健太に俺は言えずにいる…健太の優しさに甘えて…言ってしまえば、健太との関係が崩れてしまう事を怖れて…


「…さぁ、帰るか!」


 健太は手を合わすの止め、振り返りながら帰宅を宣言をした。その顔は悲しみを一切見せず、凄く朗らかな笑顔であった。

 帰宅の準備を終え、健太と新藤は玄関まで移動したが、新藤はまだ帰りたくないと駄々をこねていた。


「いぃ~やぁ~だぁ~!!」


 帰ろうとする健太の腰にしがみつき、新藤が大声で叫んでいる。近所迷惑だから本当に止めてほしい。絶対こいつとはもう酒を飲まん。


「あっ、忘れてた!」


 大の大人が帰りたくないと、駄々をこねている姿を笑って見てた中学生の桜が、思い出したかのようにキッチンへと走って向かった。そして、しばらくしてチャックつきの手さげカバンを持って玄関に戻ってきた。


「はい!新藤さん!お土産です!」


「…グスッ…お土産?」


「はい!」


 桜は泣きべそをかいている新藤に、手さげカバンを渡し、笑顔で手さげカバンの中身を少しぶりっ子をしながら説明しはじめた。


「何個かタッパーにカレーをつめていれてます!2日前に作ったんだけど、作りすぎちゃって…。2日間寝かしてあるから美味しくなってると思います!明日の朝に温め直して食べてください!」


 よくそんな説明をしれっとできるなおい…。当然そのカレーは2日前、我が家を地獄と化した妹劇物カレー(・・・・・・)である。義妹の手料理を食べたかった新藤に、その劇物を譲渡する事を提案したのは俺なのだが、笑顔でしれっとぶりっ子で劇物を手渡せる義妹に、俺は恐怖の感情を抱いた。

 義妹から劇物を手渡された新藤はいきなり背筋をピンと伸ばし、紳士的な対応を見せはじめた。


「ありがとう、桜さん。桜さんが私の為に作ってくれたカレー、是非ありがたく頂くよ」


 お前の為に作ったなんて一言も言っていない。


「私、料理得意ではないので、お口に合わないかもしれないけど…」


「ハッハッハッ、桜さんの作るカレーが口に合わないはずがないよ」


 桜の料理の腕を知っている健太が笑いを堪えながら二人のやり取りを見ている。健太も昔桜の被害にあった事があるからなぁ…。しかし、今回のカレーは過去のモノとは比べ物にならない程の……。


「じゃあ、桜さん!ありがとう!アディオス!!」


 新藤は右手の指2本をデコに当ててポーズをとりながら、別れの挨拶をした。何?そのキザな金持ちボンボンキャラは?

 二人は玄関を後にし、新藤はスキップをしながら、健太はまだ笑い腹を押さえて堪えながら、上機嫌で帰っていった。その二人の姿が見えなくなるまで、俺達はマンションの玄関口で見送っていた。


「なぁ桜?」


「なぁに?お義兄ちゃん?」


「俺が提案しといてこんな事言うのもアレなんだけど、本当にあのカレーを新藤にあげて良かったのかな?」


 俺は少し罪悪感を感じながら桜に問いかけたが、桜は元気一杯笑顔で返答してきた。


「大丈夫だよ!!お義兄ちゃん!!カレー寝かせれば寝かせるほど美味しくなるんだよ?明日で三日目!!あのカレーでもきっと美味しくなっているよ!!だからお義兄ちゃんは新藤さんにあのカレーをあげる事を提案したんでしょ?」


「…あ、あぁ…」


 桜は純粋無垢な顔で俺に逆質問をしてきた。何と、俺の義妹さんはあのカレーが本当に数日寝かしたら美味しくなると思って、新藤にあのカレーを手渡したのだ。

 もうあんなカレーと呼べる代物では無い劇物を何日寝かそうが美味しくなるはずは無いのだが……料理を知らないだけなのか……、天然なのか……、馬鹿なのか……。

 俺は桜の汚れを知らぬピュアな瞳の前に、質問の否定をする事が出来なかった。


 2日後の月曜日、新藤は体調不良の為に会社を休んだ。すまん新藤!許せ!




読んで頂きありがとうございます。

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