母さんは母さんである。
「うわぁ~!また負けた~!桜ちゃんこのゲーム強すぎ!」
「フフフ!このゲームだけはまだ翔に負けないよ」
部活が終わり、帰宅して自分の部屋に入ると、居候の桜と弟の翔がゲームで盛り上がっていた。
二人がしているゲームは『銅拳2』と言う、20年以上前に発売された、3D格闘ゲームだ。現在でも銅拳シリーズは発売されており、今はナンバリングも7を数える、世界的人気シリーズのゲームだ。
銅拳シリーズは、綺麗でリアルなグラフィックと、多彩なコンボシステムが売りのゲームだが、二人がしている『銅拳2』は20年以上前に発売されたゲームとあって、流石に今のゲーム環境で慣れた感覚で見てみると、キャラクターのポリゴンがカクカクしていてかなり荒い。
今のゲーム環境に慣れた子供達がするには、映像的にかなりキツイものがある。
「あっ、公平。お帰りなさい」
俺の入室に気づいた桜が、笑顔で声をかけてきた。しかし、俺は桜に返事をせずに、目を細めて桜を見つめた。そんな俺の反応に、桜は怪訝な表情をする。
「何よ。その目は?」
「いや、古いゲームやってんなぁ~と思って。もっと他に新しくて面白いゲームがあるだろ。家には」
「はぁ?」
ヤバイ。どうやら俺は地雷を踏んでしまったようだ。桜の表情が一気に阿修羅へと変貌する。
「他に面白いゲームて何?この銅拳2は日本の格闘ゲームの歴史を語るにおいて、絶対に外せない名作ゲームなの!それくらい、このゲーム発売された当時の衝撃はとてもすさまじく……」
「いや、当時の衝撃て、お前その時生まれてないじゃん」
「それくらいに語り継がれている名作て言う事なの!」
「へいへい、分かりました。俺が悪かったです。ごめんなさい」
話が長くなりそうなので、俺は適当に謝って話を終わらせた。桜はそんな俺の対応に、「なんだか面倒くさそうな態度ね」と言い、頬をリスのように膨らまして不服そうにしていた。
実際オタクの長話ほど面倒くさいものは無い。興味がある話ならまだしも、興味が無いマニアックな話を延々とされるのだから。
桜の『銅拳』好きは、咲太兄ちゃんの影響だろう。『クレパスしんすけ』もそうだか、桜のサブカル知識は、咲太兄ちゃんが触れているものがほとんどである。
故に、その知識には偏りがあり、最近の深夜アニメとかは全然知らず、こういった古いゲームや漫画の知識はそこそこ豊富なのである。
しかし、『銅拳2』が発売された年は、まだ咲太兄ちゃんもギリ生まれていないと思うのだけど……。結局、咲太兄ちゃんも結構偏ってるんだよなぁ。
俺はそんなどうでもいい事を考えつつ、上着とカバンを勉強机の上に置き、部屋から出ていこうとした。
そんな俺を見て、桜が声をかけてくる。
「何処に行くの?」
「喉がかわいたから何か飲んでくる」
桜に返事をした俺は、そのまま部屋を出ていき、一階の台所があるリビングへと向かった。
リビングに到着すると、母さんが台所で晩飯を作っていた。匂いから察するに今日の晩飯はカレーだな。父さんはソファーに座り、雑誌を読んでいた。どうせエロいページでも見ているのだろう。
「あら、おかえり。帰ってたの」
俺に気づいた母さんは声をかけてきて、俺もそれに「ただいま」と返した。そして、台所に置いてある冷蔵庫の扉を開けて、紙パックの牛乳を取り出す。
それを俺はコップ入れずに、直に紙パックに口をつけて、牛乳をゴクゴクと飲んだ。
そんな俺の姿を見て、母さんは嫌な顔をしていた。
「ちょっと汚いじゃない。ちゃんとコップに入れて飲みなさい」
「いいじゃん。この家で牛乳飲むのなんて俺だけなんだし」
「料理に使うときもあるんだよ!」
そんな洒落た料理を作った所なんか見たことねぇよと思いつつも、最終的に武力でこられては敵わないので、俺は「ごめんなさい」と言って謝り、すぐに白旗を上げた。そして、牛乳を冷蔵庫に戻す。
「ところで公平。桜ちゃんはどんな様子?」
鍋の中のカレーをお玉で回しながら、母さんが桜の様子について尋ねてきた。
「ん?別に普通だったよ。今翔とくっそ古いゲームで楽しそうに遊んでいるよ」
「そう……」
俺の返答に、母さんは何処か物憂げな表情をした。
「何?桜はまだ話をしてくれないの?」
「……まぁねぇ……」
ここで言う話とは、何故桜は高校に進学をせずに、家を出で自立したいのかという話だ。それが原因で桜と咲太兄ちゃんは揉めてしまい、現在桜は家に居候をしている。
桜が家に来て3日経つが、桜は未だにに自立する理由を話さないようだ。
桜の姉ちゃんが忙しい時は、よく家に泊まっていたりしていたので、桜が家に居候をしている事には違和感は無い。
しかし、咲太兄ちゃんと仲直りして家に戻るのが自然だと思うし、当然それが皆が望んでいる事だと思う。その為には、揉める原因となった桜が自立したいという理由を聞いて、母さんと父さんが二人の間に入るのがベストなのだと思うのだけど……。
「桜ちゃんも何も話さない訳では無いんだけどね。高校に行く理由が無いだとか、ただ単に早く自立したいだけとか言って……」
「まぁ、理由としては薄いよね。本当に桜がそんな理由でそんな事を言い出すとは思わないし。」
「そうなのよねぇ……」
中学より高校。高校より大学に進学した方が就職が有利になる。就職の選択肢も増える。そんな事は中学生の俺だって簡単に分かる事だし、それだけで高校に行く理由はある。
そんな事が分からない程に桜は馬鹿では無いはずだ。(多分)だから、桜は別の何か理由があって、高校に進学せずに自立すると言っているのだと思うのだけど……。
「公平?あんたに桜ちゃんは何も言ってないのかい?」
「その事に関して何も言われていないなぁ。俺から何も聞いてないのもあるけど」
俺が桜の事についてそう話すと、母さんは手を止めてポカーンとした顔で俺の事を見つめた。
「……何?」
「いや、あんたの事だからお節介を焼くと思っていたのだけど……」
「お節介て……。まぁ、俺だって桜と一緒で、何の力も無い進路に悩む中学生だよ。大人が絡んでいる以上、子供の出る幕はないだろ?ほら、よく言うじゃん。大人の話に子供が首を突っ込むなて。それに、母さん達に話さない話を、桜は俺に話さないよ」
「……ふ~ん。そうかい」
母さんは俺の話を聞き終えると、鍋の方に目を向け、再び鍋に入っているカレーをお玉で混ぜ始めた。そして、大きく「はぁ~」とタメ息を吐き、わざとらしくガッカリとした表情を俺に見せつけてきた。
そんな母さん態度を見て、俺はイラッとしながら「何?」と言い、母さんにその態度の理由を問いただした。
「いやさぁ……母さんはそんなヤワな子にあんたを育てた覚えは無いのになぁと思ってね……。あんた、それっぽい事を言っているけど怖いんだろ?咲ちゃんと桜ちゃんの間に入る事が」
「!?」
母さんの言葉が俺の胸に突き刺さる。母さんの言った事は思いもしなかった事だ。そんな事を考えた事は無い。
本当に俺の出る幕は無く、俺が何かしようとしても桜の為にはならないと、真剣に思っている。それなのに、何故か母さんの言った言葉は、図星を言い当てられたかのように、俺の胸の深い所に重く突き刺さる。
「俺は……俺なりに桜の為を思って行動しているつもりだよ」
「……分かっているよ。あんたは嘘を言っていないし。普通に考えたら子供が出る幕は無い。あんたは正しい。でも……それでも桜ちゃんの為に動かずにはいられない。それがあんたじゃないのかい?桜ちゃんの事に関して遠慮をしているのは、本当に大人に遠慮をしての事かい?」
「俺は……俺は……」
反論をしようとするが、言葉が出てこない。両の手をいつの間にか無意識に握り締められている。
「これが咲ちゃんが関係の無い問題だったら、あんたはあんたなりに動いていたさ。でも、これは咲ちゃんと桜ちゃんの問題だから、あんたは無意識に首を突っ込みたく無かったのさ。そりゃあそうさ……。首を突っ込んで解決をしても、二人の絆をまざまざと見せつけられに行くもんだものね。……片思いをしている立場だったら、そんな想いは誰もしたくはないさ」
「……」
母さんの言葉を、俺は唇を噛みしめて黙って聞くしかなかった。そんな感情を言語化して自覚をした事は無い……しかし、母さんの言葉を聞いて、無意識にそんな事を思っていなかったと言えば否定は出来ない。
どうせ、この問題は遅かれ早かれ解決し、二人の絆はより深まるのだ。お互いがお互いの事を想っているのだから当然だ。
そして、この問題に間に入れば、その光景をまざまざと見せつけられる。それは、俺の恋は実らない事を再認識してしまう残酷な光景だ。
そんな光景を、本当なら見たくなんて無い……。俺は、無意識に体の良い正論を並べて、今回の騒動から逃げていただけなのか?………………いや、違う!
「母さん……そうやって俺を動かして利用しようとしてるでしょ?」
「バレちゃった?てへぺろ!」
母さんはそう言って、舌を出しておどけてみせた。
「それはもう古いんだよ!ババア!!!」……っという暴言は心の中にそっとしまい、深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとした。
「……母さん」
「何?」
「つまり、今母さんの……大人のお墨付きを貰ったって解釈していいの?」
母さんは俺の言葉を聞いてニコリと笑った。
「はい。当然限度と言うものは何事にもありますが、あんたが桜ちゃんの為にする事に関して、誰にも遠慮をする事は無いのよ?大人は勿論、咲ちゃんにもね。あんたと桜ちゃんは家族みたいなもんでしょ?違う?」
母さんはドヤ顔でそう言った。何かムカつく……でも……
「今回は母さんの手のひらで踊ってやるよ」
俺もドヤ顔でそう言った。母さんはそんな俺を見て腹を抱えながら「ハハハハ」と大爆笑をした。
「何格好つけてるのよ!ハハハハハ!」
「……うるせぇ」
母さんの言っている事は多分正しい。無意識に、俺は母さんの言っていた事を思っていたのかもしれない。
しかし、俺はそれを認めない。咲太兄ちゃんと桜の間に入る事を恐れていて、俺が桜の為に行動が出来ないだなんて、意地でも絶対に認めない。
俺はそれを証明する為に、子供の立場で僭越ながら首を突っ込まさせてもらう事にした。




