私の醜い告白。②
「桜井さんと再開して2ヶ月……、今から丁度一年前の事ですね。浜崎先輩……桜さんのお姉さんがお亡りになりました……。それは、10年近く会っていなかった私ですら、凄く悲しい出来事でした。桜さんや桜井さんの悲しみは、言葉では言い表せない程のものでしょう……。ごめんなさい。こんな話をしてしまって……」
もうすぐ、浜崎先輩の一周忌のお通夜が行われると聞いている。そんな時期に、この話題を出してしまう事は、桜さんの心の傷を再びえぐってしまう行為かもしれない。
しかし、桜さんは凍りついた表情を変える事なく、「いいえ、私が聞いた事ですから」と言い、話の続ける事を暗に促してくる。
私を、生唾をゴクッと飲み込んだ。
「では……話を続けますね。……お葬式が終わり、桜井さんは休む事無く会社に出社されました。私を含め、会社の同僚の方達は、浜崎先輩を亡くした桜井さんに、どう声をかけて良いものか分かりませんでした」
あの時の桜井さんの年齢は、確かまだ誕生日が来ていなかったので23歳だったはずだ。その若さで、奥さんを急に亡くしてしまう人に出会う事は結構珍しい事だと思う。
そんな人にかける言葉を経験則で持っている人なんて、会社の中には誰も居なかった。
それ程に、桜井さんの起きた悲劇は想像に絶するモノだ。しかし……
「……ですが、当の本人は私達の心配を他所に、いつもと変わらない様子で業務に務めていました。落ち込んでいる様子も無く、いつもより明るい様子でもなく……」
本当にいつも通りだった。落ち込んでいる人が、周りに気を使ってわざと明るく振る舞う事はあるだろうが、そんな感じでも無かった。
もともと明るい人だから、そう感じなかっただけかもしれないが、その明るさに無理を感じなかった。それが、逆に無理をしているのではないかと勝手に憶測を呼んでしまい、皆の心配に拍車がかかった。
桜さんも、この私の話しには共感してくれる所があるみたいだ。
「……そうですね。私の前でも義兄は、いつもとあまり変わらない様子でいてくれました。さすがに、少し悲しそうな表情を見せる時もありましたけど。……義兄がそんな振る舞いをしているのは、多分私の為です」
「……はい、桜井さんもそのような事を言ってました」
「お義兄ちゃんが?」
桜さんは怪訝な表情をして私を見る。桜井さんがそんな話しを私にした事について、疑問に感じているのだろう。
当然、桜井さんから私にそんな話をしてくる訳が無い。私から桜井さんに尋ねたのだ。
「いつも通りに振る舞う桜井さんの態度に、私はより心配になってしまいました。そして、失礼だと思いながらも『無理をされていませんか?』と桜井さんにお聞きしました。そしたら……」
『一番悲しいのは妹の桜です。あの子に比べたら、俺の悲しみになんて訳が無いです。それに、俺まで落ち込んでいる態度を取っていたら、桜は誰にも甘える事が出来ません。だから、俺はあいつが死ぬ前と変わらないようにしているんです』
桜井さんは、私の問いにそう答えた。
その言葉を桜さんに伝えると、桜さんは「お義兄ちゃん」と一言ポツリと呟き、少し下を向きながら何かを考えこんでいる様子だった。
桜井さんのその言葉を、私なんかが桜さんに伝えるべきでは無いだろう。しかし、その言葉こそが、私が桜井さんに恋に落ちてしまったキッカケの言葉なのだ。
「その言葉を聞いた私は、そんな桜井さんの人となりにより惹かれました。そして、それと同時に胸の鼓動がどんどん高鳴っている事にも気づきました。憧れのとかそんなのではなく……その時に桜井さんの事が好きになっていた事を自覚したのです」
その想い人の義妹……まだ中学生の女の子に私は何を恥ずかしい事を言っているのだろう……。でも、包み隠さず話す事が、不安にさせてしまった桜さんに対する最大限の誠意だと思うから……。
「それで……、それで安室さんは……、いえ……」
桜さんは、何かを私に聞こうとしている様子だったが、途中で話すのを止めた。そして、目線を下に落とす。
何を私に聞こうとしたかは分からない。しかし、私は桜さんの聞こうとした質問の答えになるかは分からないけど、桜さんの疑問に思っているであろう事を推察して、桜さんに話をする。
「でも……、先程も言った通り、とっくの昔から桜井さんとお付き合いするだなんて無理だって分かっているんです。貴方のお義兄さんは、今でも貴方のお姉さんの事が大好きなんですもの。それに、桜井さんが今一番大切な人は、桜さんなんですよ?」
「……私?」
「はい。桜井さんはよく、貴方と浜崎先輩の話をしてくれるのですけど、その時の桜井さんの楽しそうな顔ってきたら……。正直、妬けてしまいます。きっと、今は貴方の事が大事すぎて、私の事なんてまったく眼中に無いのだと思います」
桜井さんとお近づきになればなる程、私の恋は実らない事を痛感するのだから嫌になる。しかし、大切な人を本当に大切に出来る、そんな桜井さんだから私は好きになったのだ。だから仕方がない。
私の実らない恋ばなも、後は締めの言葉を言うのみだ。その締めの言葉を笑顔で言って、桜さんを安心させる事が、今まで出過ぎた事を言っていた私の愚かさに対する免罪符となるのだ。
「……だから……だから、私は桜井さんにお付き合いする事も、告白をする事も考えてません。ただ、仲良くして頂けるだけで充分なんです」
私は必死に笑顔を作って、この愚かな恋ばなの話を締めた。桜さんに、無用な心労をかけないように……。
私の話を聞き終えた桜さんは、何処か申し訳なさそうな顔をしていた。そして……
「安室さん……ごめんなさい。私の勝手で……こんな話をさせてしまって」
桜さんは頭を下げながら、私に謝罪の弁を述べてきた。肩が少しプルプルと震えている。
私はその姿を見て、慌てて桜さんの謝罪を制止した。
「や、やめてください!桜さん。私の配慮が足りてなかったのです。少し考えたら、今の桜井さんに近づく事が、貴方にとってどれ程の心労か分かるはずなのに……」
二人で一緒に暮らしている唯一の家族である義兄が、自分の姉である奥さんを亡くしてまだ一年も立たないうちに、全く知らない女を家に連れてきたのだ。
桜井さんは私の事を何とも思っていないから、私を
家に連れてこれたのだと思う。しかし、桜さんの視点で考えてみたら、私は桜井さんを狙う間女みたいなモノなんだろう。
しっかりはしているが、彼女はまだ中学生の女の子だ。本当は辛かったであろう、彼女のこの一年の心境を考えてみたら、やはり私の……いや、あの場に居た大人達全員の配慮が足りていなかったのだ。
この後の私達は、とりとめの無いどうでもいい話をする事に終始した。暗くなった雰囲気を、少しでも明るくするように気を使いながら。
その時の会話内容は、後に全くに覚えていない程にどうでもいい内容のモノだったが、とにかく必死に喋ってはいた事は覚えている。
彼女が望んだ事とはいえ、私の言葉に、彼女を傷つけてしまう表現が含まれていたと思う。その傷を必死に埋めるように……私は必死に明るく喋りかけていた。
彼女も、そんな私との会話に笑顔を見せてはいてくれた。しかし、彼女の心の傷が癒える事は無いのだと思う。
だけど、せめて安心だけはしてほしい。私が話した通り、悲しいけど私と桜井さんが男女の関係になるだなんてあり得ないのだから。
その事だけは……しっかりと桜さんに伝わっていてほしい。貴方のお義兄さんは、貴方の事を一番に考えて頑張っているんだよ?
ふと窓の外に目を向けると、雨が激しさを増していた。痛々しく鳴り響く雨音が、私の体を震わせる。うっとおしいこの雨が、早く止んで欲しいと願うはするが、この雨がしばらく止まない事を私達は知っている。
雨雲に隠されている空に想いを馳せるが、その想いは空には届かない。
私達はこの激しい雨を億劫に思いながらも、これ以上喫茶店にドリンク一杯で長居をする事は出来ないと判断し、帰宅を決意した。
外に出た私達は、傘をさして雨を防ぐが、横雨が私達を襲い、足下から私達を濡らしてくる。帰宅する為に歩を進めるが、進める度に足下が濡れていき、足取りはどんどんと重くなっていった。




