父さんは父さんである。
「桜に謝って仲直りするまで、お兄ちゃんとは口を聞かないから!」
実家に帰るなり、玄関で俺を待っていた八重がそう宣言して、そのまま三階にある自分の部屋へと戻っていった。
「あらら、嫌われたものねぇ」
その光景を見ていた母さんが、あたかも他人事のように微笑を浮かべながら感想を述べていた。いやいや、貴方の息子と娘のいざこざなんですけど?もう少し何か言う事があるでしょ?
「父さんは?」
「和室であんたを待ってるわよ」
桜が家を出てから3日が経った。今は仕事が終わった後で、父さんに現状を報告と相談をしに実家へと帰ってきた。桜は今も公平の家でお世話になっている。
公平の報告によると、桜はそれなりに元気にやっているそうだ。しかし、公平の両親が『高校に進学しないで家を出る」理由をそれとなく聞いてみてくれるそうだが、その話題になると口をつぐんでしまうらしい。
叩いてしまった事に関しては謝るとしても、桜の進学の話に関してはどうしたらいいのか俺には分からない。それに対するアドバイスを、父さんに求めにやって来たのである。
「ちょっと、咲太」
和室に向かう俺を、母さんが引き留めてくる。
「何?」
「早く桜ちゃんと仲直りしないと、母さんも口を聞かないからね」
「ヴッ!」
母さんは満面の笑みでそう言った。なになに!?めっちゃ怖いんですけど。他人事では無く、お母様は八重の味方だったんですね。
俺は母さんの視線から逃げるようにして、父さんが居る和室へと向かった。
「よう、咲太。よく来たな」
俺が部屋に入るなり、父さんは座卓を前に、座布団の上に座りながら俺に声をかけてきた。俺もそれに「ただいま、父さん」と返事の挨拶をする。
俺は父さんが座っている場所から、座卓を隔てて向かいの場所に座った。
「ふぅ~。今日は雨でジメジメするな。アレ◯サ、部屋の空調を冷房から除湿に変更して」
『かしこまりました』
父さんの指示で、アレ◯サが部屋の空調設定を変更した。
「いや、俺が来る前から雨降ってたんだから、来る前に変更出来てたじゃん。絶対俺にアレ◯サを使うの見せびらかしたいだけだろ」
俺の指摘に、父さんは「ん?」と言って、言ってる意味がわかりませんとでも言いたそうな表情をしている。
なんかイラッてするな。親じゃなければぶん殴りたいくらいだ。
「ところで、桜の様子はどうなんだ?」
父さんがいきなり真面目な表情をして、話の本題に入った。俺はそれに少し戸惑いつつ、「公平から聞いた話し」だと前置きをして、桜の現状を父さんに報告した。
「そうか……。まぁ、元気にしてるなら取り敢えずは安心だな」
「それはそうなんだけど……。この後どうすればいいか分からないんだ。高校に進学しないとか言い出すなんて、夢にも思っていなかったし」
「こうなる以前に、進学の話しとか少しもしなかったのか?」
「嫁とはした事があったみたいだけど……、嫁が死んでからそこを気にする余裕は無かったいうか、桜が悲しまず、笑って過ごしてもらえる事ばかり気にかけていた。そもそも、進学を心配するような学力ではないし……」
いや、それは言い訳だ。桜を守るという事は、桜の将来の道筋を立てて上げる事も大切な事のはずだ。俺は、それをただ怠っていただけなのだ。あんな言い訳をしてしまって恥ずかしくなる。
しかし、父さんはそんな俺を責める事はしない。
「そうだな……。お前もこの一年大変だったからな」
「でも……それは言い訳だよ」
「そうかもしれない。しかし、お前が大変だったのは事実だ。咲太が至らない部分は、桜に関わると決めた周りの大人が補うべきだったんだ」
「父さん……」
「法事の会食の時……いや、その前のすき焼きを食べた時にでも、俺は桜と進学について話せる機会があった。お前に任せきって、何もしなかった俺にも責任はある。だから、あまり今回の件で深く落ち込みすぎるなよ?」
父さんは俺の父さんだ。桜の心配もしてくれているが、それ以上に俺の心配をしてくれているのだろう。それはありがたい事ではあるが、やはり今は俺の事より桜の事だ。
今は俺の事なんてどうでもいい。
「父さん、俺はどうしたらいいんだろう?何が桜にとって一番いい事なのか……」
このまま桜の言うとおり、進学せずに自立を認めるのか、強く説得して高校に行かせるのか、どちらの選択が正しいのかが分からない。
当然、進学した方が苦労も少なく、桜の将来を考えたらその方がいいと思うのだが、桜の意思をねじ曲げて高校に行かせるのも、それはそれで桜の心に深い影を落としてしまうかもしれない。
一体、桜の為には何が正解なんだ?そんな思いを込めて父さんに質問をしたが、父さんから返ってきた言葉は、質問の意図には一見そぐわないようなモノであった。
「咲太……。お前はどうしたいんだ?」
「俺?俺の話し?」
「あぁ、そうだ」
どういう事だ?俺は桜の事に対して父さんに質問をしたのだ。俺がどうしたいとか、そんな話は今はどうでもいいはずだ。
父さんは俺の顔を見て、何を考えているのかを察したのか、俺の疑問に思っている事を答えてくれるかのように、話を続けた。
「咲太……。桜の事だけを考えるなら、それは桜の言うとおりにしてあげる事だ。苦労をするだろうが、進学が全てでは無い。進学をしなくても、お前がサポートしてあげる事はあるはずだ」
「……そうだね」
父さんの言うとおり、高校に進学をしなければ人生が詰んでしまうなんて事は無い。進学をしなくても、一人前の社会人になれるし、それをサポートしてあげるのも桜を守るという事なのだろう。
「でも、咲太は桜にどうなってほしいんだ?お前は桜の親代わりだ。そして、唯一の家族なんだ。親は子供に、自分が思う理想の道筋を提示出来る権利がある。子供の将来について自分の要望を唯一言っていい存在なんだ。当然、最後の選択は子供に委ねられるがな。」
「………俺の……要望……」
「咲太。お前は桜にちゃんと自分の気持ちを伝えたのか?桜にどうあってほしいのか。上っ面の言葉では無く、お前の本心をだ」
俺の本心?新藤にこの前言われた通り、桜と一緒に過ごしたいという気持ちもある。
しかし、桜にはせめて高校くらいはいってほしい。しないでいい苦労はしなくてもいい。それは間違いなく俺の本心だ。上っ面の言葉なんかじゃない。
父さんは、俺の本心が別ににあるとでも言うのか?
プルルルル、プルルルル
父さんの言葉に思慮を巡らしていると、ポケットに入れていたスマホが鳴り始めた。誰かから着信がきたようである。
ポケットからスマホを取り出し、画面を確認すると、健太からの着信であった。
俺は父さんに目で合図を送り、部屋を出て廊下で健太からの着信をとった。




