桜の為に出来る事。
「ハハハハハハ!何それ?おっかしー!!」
桜が家出した次の日の昼休み、桜はクラスメイト達と明るく談笑をしていた。昨日の落ち込み様とは打って変わって、学校では登校した時から元気な様子だった。
「公平……。桜、笑っているね……」
一緒にに遠巻きに桜の様子を見ていた綾香が、椅子に座っている俺に、桜の現状を伝えてきた。俺はそれに「そうだな」と返す。
確かに、桜は明るく笑っている。いつもより元気なくらいだ。しかし、そんな時の桜の方が危うい事を、俺と綾香は知っている。
桜は何かを悩んでいる時こそ、周りに悟られないよう、皆の前では明るく振る舞う傾向にある。体育祭のリレーのアンカーが決まった時もそうだった。
さすがに、事が起きた昨日の1日は、落ち込んだ様子を隠せていなかったが、今日は朝からあんな様子だ。
「桜……、大丈夫かな?」
綾香は心配そうに桜の事を案じる発言をするが、俺は「さぁな」と一言素っ気なく返す。
「公平、なんだか冷たいね?」
「そうか?まぁ、心配していない事も無いけど、正直今回の件に関しては、俺達がどうこう出来る問題ではないだろ」
「そうだけど……」
体育祭の時は、学校内の出来事であった故に、俺達も関与できる部分があった。しかし、『高校に進学しないで家を出る』等という今回の話しに、いくら家族のような関係と言えども、結局は他所の子である俺達に出来る事は無い。
それに、その話しにもし関与が出来たとしても、結局は桜が高校に進学しない事には反対の立場になるだろう。ちゃんとした理由が無い限りは。しかし、桜はその理由を話そうとはしない。
「まぁ、今回ばかりは話が重すぎる。中卒でいきなり家を出て自立するなんて、簡単な話しじゃないだろ。仮に桜が進学せずに、自立する事を応援したとしても、その時に俺らはまだ高校生だ。桜が困った時に助ける力なんて持っていない。だから、簡単に今の桜を応援する事も出来ないし、咲太兄ちゃんが桜と話し合うしかないだろう」
そう言うと、俺は椅子から立ち上がり、教室から出ていこうとした。
「何処にいくの?」
「便所だよ?ついてくるか?」
「もう!馬鹿」
そんな冗談をやり取りしつつ、教室を出ていった俺はトイレへと向かう。俺は近場のトイレには向かわず、少し遠くにある、あまり利用されていないトイレにあえて向かった。
そして、トイレに到着した俺は、すぐさま個室トイレの中に入り、ズボンを下ろして便座へと座った。すると、右隣の個室トイレでも、誰かが入ってきて便座へと座る物音がしてきた。
俺は、非常識な行動ではあるが、その右隣の個室に向かって声をかけた。
「稲葉だろ?」
俺の問いかけに、右隣の個室トイレから「えっ?よく分かったな」と返事が返ってきた。
「まぁ、お前が声をかけやすいように、わざとここのトイレにきたからな。どうせ桜の事を聞きにきたんだろ?」
「さすが松本だな。その通りだ」
稲葉は体育祭の時に、桜が実はリレーのアンカーをしたくないと言う事を見抜いた人間だ。今回の桜の違和感に気づいている可能性が高い。
毎回桜の事でトイレにいきなり現れて、あれこれ聞かれるからな。今回もどうせ何処かのタイミングで聞かれるだろうと思い、あえて人気のないトイレに稲葉を呼び寄せたのだ。
しかし、いつもとは違い、今回稲葉に話せる事はあんまり無いけどな。
「なぁ、また浜崎は何かの悩みをかかえているのか?」
「まぁな。でも、今回はそれについて、お前に話す事は何もない。桜にも直接聞くなよ?」
「どうして?」
「家庭の事情てやつだからだよ」
これが恋愛云々にまつわる話なら、稲葉に話すのもやぶさかでは無いが、今回の話は桜の進路や家族に関する話だ。
最悪、本人が稲葉に話すのは仕方がない事だけれど、俺が勝手に話せる話ではないだろう。
「そうか、それなら仕方がないな」
「聞き分けがいいじゃないか?」
「わきまえているだけさ。深い話しに踏み込めるような
関係には、残念だけど至れてはいないからな。まぁ、今はね」
「今はね……か」
いずれはそういう関係になるってか。自信満々だな。まぁ、桜の事をそっとしておいてくれるなら何でもいい。
それを伝えたくて、稲葉をトイレに誘き寄せたのだ。もうこのトイレには用が無い。
便意の無かった俺は、便をする事なくズボンを上げて、個室トイレから立ち去ろうとした。
しかし、個室トイレを出て立ち去ろうとする俺を、稲葉が個室トイレに入ったまま「待てよ」と言って、ひき止めてきた。
「なんだよ?」
個室トイレに入って姿が見えない稲葉にそう問いかける。
「松本。お前は浜崎の為に動かないのか?」
「俺が?……」
「あぁ」
確かに、桜の為に出来る事はしてやりたい気持ちはある。だけど……
「今回の件は、俺も見守るしか事しか出来ないよ」
これは家庭の問題……。桜と咲太兄ちゃんの問題だ。稲葉の出る幕は無いが、俺の出る幕も無い。
しかし、稲葉はそんな俺の返答に不満なのか、つまんなさそうな声で「ふ~ん」と言って返してきた。
俺はそんな稲葉の反応に、少しイラッとした。
「なんだよ?」
「いや、この前『好きな女性に対する尽くし方は、人それぞれ色々ある』とか豪語していたからさ。松本の尽くし方が見れると思って期待していたんだが」
確かに、稲葉とトイレで口論みたいになった際に、そんな事を言った記憶がある。その言葉に嘘偽りは無く、例え桜と結ばれる事は無くとも、桜の幸せを願い、俺なりに桜に尽くす所存ではある。
しかし、俺は所詮は無力な子供だ。現実的には出来る事に限りはある。
「まぁ、そう言う俺も今は何も出来ないけどな。でも、浜崎と松本の関係なら、してあげられる事は少しはあるんじゃないの?」
稲葉はそう言うと、「ふん!」と突然力をいれるような声を出し、そして「ビチャビチャビチャ」と、なんだか汚くて嫌な音が聞こえてきた。
そして、例の臭いがトイレに漂ってきた。その臭いは中々の激臭で、俺はその臭いを嗅ぐまいと、強く鼻を右手で摘まんだ。
「稲葉……お前……やったな……」
「ここはトイレだ。トイレで便をして何が悪い?」
「それはそうだが……、一体何を食べたらこんな臭いなるんだ?」
稲葉は俺と違って、しっかりとトイレに用があったようだ。俺は激臭に耐えかね、手を素早く洗ってトイレゆ後にした。
あんな激臭を漂わすウ◯コをして、女子にモテている意味がわからん。あのすさまじい臭いを、稲葉の事をカッコいいとか抜かしてやがる女子達におみまいしてやりたい。




