咲太兄ちゃんは落ち込んでいる。
プルルルル、プルルルル
桜が風呂に入った後に俺もシャワーを浴びて、二階にある自分の部屋へと戻っていった。
部屋に戻るとスマホが鳴っており、画面を確認すると咲太兄ちゃんからの着信であった。
俺は通話ボタンを押して、電話に出る。
「もしもし。」
『もしもし、公平。今から着替えを持って桜を迎えにいくけど、いいか?』
「うん。大丈夫だよ」
『で…その……、桜の様子はどんな感じ?』
「今は父さんと母さんと一緒にリビングにいて、話をしているよ。結構雨で濡れてたけど、今の所体調とかは問題なさそうだよ。まぁ、元気は無いけどね」
『そうか……。本当にすまないな。取り敢えず、今から向かうよ』
「わかった」
咲太兄ちゃんとの通話を終了し、俺は一階のリビングにいる桜の元へと向かった。
リビングに着くと、桜と父さんと母さんが、テーブルの椅子に座って話をしていた。父さんと母さんは優しい笑顔で桜に話しかけているが、桜の方はまだ元気が無さそうだ。
桜は着替えが無い為、俺のTシャツと半ズボンを変わりに着ている。母さんが貸したのだろう。
身長が170センチを越える俺の服は、桜が着るには凄く大きい。オーバーサイズの服を着ているその姿は、彼氏の家に急遽泊まって、服を借りている女の子のような、何処か色気を感じる姿であった。
下着はどうしているのかな?母さんの下着でも借りているのかな?まぁ、今はそんな事はどうでもいい。桜に早く要件を伝えよう。
「桜」
「……何?公平?」
「今から咲太兄ちゃんが着替えを持って迎えに来るぞ」
「……お義兄ちゃんが……。公平……、ごめん。今はお義兄ちゃんに会いたくない」
桜はそう言うと、下を向いて黙り込んでしまった。まぁ、こうなる事は予想の範囲内ではあるが、この事を咲太兄ちゃんに伝えるのは気が重いな。
「桜ちゃん。取り敢えず、数日うちに泊まっていきなさい。しばらく心を落ち着かせてから、咲ちゃんと一度話をしよう。」
父さんの提案に、桜はコクンと頷いて了承をした。
ピンポーン
しばらくして、玄関のチャイムが家に鳴り響いた。恐らく、咲太兄ちゃんがやってきたのだろう。
父さんが「俺が行くよ」と言って、椅子から立ち上がった。俺も父さんについていき、玄関の方へと向かう。
玄関に着き、扉を開けると、玄関前で咲太兄ちゃんが佇んでいた。
「よぉ、咲ちゃん。よく来たね」
「すいません。お父さん。ご迷惑をお掛けします」
そう言って咲太兄ちゃんは、父さんに頭を深々と下げた。父さんは「いいよ、いいよ。頭を上げて、咲ちゃん」と言って、笑顔で咲太兄ちゃんの謝罪を止めていた。
咲太兄ちゃんは、大きなボストンバッグと、桜がいつも学校に持っていってる鞄を持っていた。
あぁ、咲太兄ちゃんは、桜が帰らない事は予想していたんだな。
「そんでよ……、咲ちゃん。言いづれぇんだが、桜ちゃんは今、咲ちゃんに会いたく無いって言っているんだよ……」
父さんの言葉は予想していたのだろうが、咲太兄ちゃんは辛そうな顔をしている。咲太兄ちゃんはいつもより低い声で、「そうですか……」と返事をした。
「桜ちゃんとうちの母ちゃんから話は大体聞いたよ」
「はい……、桜を叩いてしまいました……。本当に、俺は最低な事をしてしまいました」
「なぁに、親だって人間だ。ましてや、咲ちゃんは親変わりだし、まだまだ若い。いつも冷静で完璧なんざいられねぇよ。俺なんか、しょっちゅう公平の頭を叩いて叱っていたぜ?最近はあんまりしないけどな」
そう言って、父さんは「ガハハハハ」と馬鹿笑いをした。俺を叩いて怒った時は、咲太兄ちゃんを見習って、少しは心を痛めてくれ。
「もし公平が、『高校に行かずに家を出る』とか抜かしやがったら、すぐにひっぱたいて大説教を俺ならしているよ。普通なら、そんな話を子供からいきなり聞かされて、誰しもが冷静にはいられないだろう。子供の話をちゃんと聞こうとしただけ、咲ちゃんは立派だよ」
「そうでしょうか……」
父さんの言うとおりだ。母さんから話は聞いたが、法事の会食で桜は『高校に進学せずに、自立して家を出る』と言ったらしい。一旦家に戻って、話し合いの末に桜は頬を叩かれたらしいが、正直仕方がない部分もあると思う。
ちゃんとした理由を説明せず、そんな事を言い出した桜が悪い。叩いた事は良くない事だが、それを攻める気にはなれない。
「桜ちゃんも、咲ちゃんに『ヒドイ事を言った』と反省はしている。まぁ、高校に進学しない理由については話してくれないけどな」
「お父さんにも話してくれませんか……」
「まぁ、今は頭を冷やす時間がいるんだと思うよ。お互いにな。一旦桜ちゃんはうちに任せてくれ。咲ちゃんもあんま深く考えすぎずにな」
「ありがとうございます」
父さんに礼を言った後、咲太兄ちゃんはボストンバッグと桜の鞄を差し出した。
「すいません。図々しいんですが、こうなる事を踏まえて、数日分の着替えと制服、スマホと財布に桜の学校の鞄を持って来ました。桜に渡しておいて頂けますか?」
「ハハハハハ。準備がいいな!」
そう言うと父さんは、俺に「ホレ」と言って鞄を二つとも渡してきた。いや、一つくらい
自分で持てよ。
「すいません。それでは失礼します。公平も、迷惑をかけてすまないな。桜の事をよろしく頼む」
「うん。任せておいてよ」
咲太兄ちゃんは、俺達に深く一礼をして帰っていった。咲太兄ちゃんの帰っていく後ろ姿は、何処か哀愁が漂っている様に見えた。それ程に、咲太兄ちゃんは落ち込んでいるのだろう。
それは、桜を叩いてしまった事に対してなのか。それとも、桜が進学をせずに家を出ていくと言った事に対してなのか。それとも、その両方なのか……
「なぁ、父ちゃん」
「なんだ?公平?」
「父ちゃんも俺を殴った後、咲太兄ちゃんみたいに落ち込んでくれないかな?」
「ハハハハハ!」
父ちゃんは大笑いした後に、「バカ野郎」と言って俺の頭にげんこつを食らわした。俺は頭を抑え、その場でうずくまって痛みに悶絶する。
「さぁ、飯にするぞ!飯だ!」
そう言って父さんには上機嫌な様子で、リビングへと戻っていった。ちくしょう…、本当に咲太兄ちゃんを見習ってほしい……。
痛みがなんとか引いた俺は、リビングへ戻って桜に咲太兄ちゃんから預かった鞄を渡した。
「ほれ。咲太兄ちゃんから預かった鞄だ。着替え以外にも、スマホや財布、制服もあるらしいぞ」
「……うん」
椅子に座っている桜に鞄を渡し、桜は着替える為にリビングから出ていこうとした。しかし、扉を開けようとドアノブに手をかけるが、ドアノブから手を離して振り向き、俺の方を見てきた。一体なんなんだろう?
「公平……。迷惑かけてごめんね。……服と下着も貸してくれてありがとう」
「何、気にすんなよ。…………へっ?下着?」
「それじゃあ」
桜はそう言って、リビングから出ていった。下着?へっ?母ちゃんの借りてたんじゃないの?へっ?えっ?俺の下着を履いてたの?へっ?パパ、パンツを?
俺は桜に着替えを貸した、台所で食事の用意をしている母ちゃんを睨み付けた。
すると、母ちゃんはニヤニヤした下世話な表情をして、俺を見ていた。
「好きな子に自分のパンツを履かれて嬉しいでしょ?良かったわねぇ~。こうへぇ~」
「それで喜んでたら只のド変態だろぉぉがぁぁぁ!!!!!!」
そう叫んで、俺はその場でしゃがみこみ、今度は恥ずかさのあまりに悶絶していた。
本当にもういや……この親達……。俺も出ていこうかな?