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嫁の法事。

 6月も中旬に入り、関東は梅雨真っ盛りである。今日も雨が降っており、ジメジメとした過ごしにくい気候である。

 去年のあの日(・・・)もこんな天気だったなぁ……。

 今日は、予定していた俺の嫁の法事が行われる日だ。法事は俺の部屋で行われる。

 普段、台所の棚の上に置いてある小さな仏壇は、俺の部屋に移した。そして、ベッドは一時的にばらし、桜の部屋に置いて、皆が座れるスペースを朝早くから作った。

 健太けんたと父さんが、朝早くから俺の家に来て手伝ってくれたので、作業はスムーズに進んだ。

 現在、時計の針は午前10時を指しており、お坊さんが10時30分には到着して、法事が始まる予定だ。俺とさくら、父さんと母さん、八重やえに健太、そして、公平こうへいの両親と、綾香ちゃんとその両親が、俺の家に集まっている。公平は、今日はバスケの試合があるので

 参加していない。

 あと一人(・・)来たら、今日の法事に参加するメンバーが、全員集合である。


 ―ピンポーン―


「はぁ~い」


 部屋に玄関のチャイムが鳴り響いた。それを聞いて、桜が返事をしながら、玄関の方へと向かう。恐らく、最後の一人の参加者がやって来たのだ。


「よぉー!桜ちゃん!久しぶり~!元気にしてた?」


「うん!久しぶり!元気にしてたよ!明日香ちゃんも元気にしてた?」


「おー!!見ての通り元気!元気!」


 玄関で訪問者と桜が、俺の部屋に聞こえるくらいの元気な挨拶を交わし、会話をしていた。その声を聞いて、俺はその訪問者が、予想していた訪問者である事を知る。

 今日の法事に参加する、その訪問者とは、俺の嫁の親友であった、川瀬かわせ 明日香あすかである。


 コン、コン、コン


 部屋の扉が三回ノックされ、俺はそれに「どうぞ」と返事をする。


「お邪魔しま~す」


 川瀬はそう言って、軽く頭を下げながら部屋に入ってきた。部屋にいる皆は、一斉に頭を下げて川瀬に挨拶をする。

 それを見た川瀬は、今度は深く頭を下げて、皆に挨拶をした。そして、頭を上げると、俺と健太の方を向いて、大きな声で喋り始める。


「よー!桜井さくらい田原たはら!久しぶりだな!お前らなんか老けたな?」


 いきなり失礼な事を言い出してきやがった。確かに、川瀬に比べたら、俺達は老けたというより落ち着いている。

 川瀬は服装こそ喪服なので、派手な服装ではないが、首から上はド派手である。キツメの整った顔立ちを、更にキツい印象にさせるかのような濃い化粧に、派手な金髪。髪型はポニーテールで、結んでいる後ろ髪はウェーブがかかっている。眉も染めている。

 そんな奴と比べたら、サラリーマンの俺達は落ち着いて見えるに決まっている。断じて老けている訳ではない。

 川瀬を古い言葉で表すなら、ぶっちゃけ元ヤン(・・・)である。中学時代は素行が悪く、後に親友となるのだが、生徒会長をしていた俺の嫁とは対立関係にあった。

 現在は、母親が経営しているスナックで働いているらしい。


「老けたんじゃなくて、大人になったの。お前も少しは落ち着けよ」


 俺は川瀬の失礼な発言に、ムスっとした顔をして反論した。隣にいる健太は、少し呆れた顔をして川瀬を見ている。


「うるせぇなぁ。私だって、これでも少しは落ち着いてきてるんだよ。周りからは『大人しくなったね』と、よく言われるんだから」


 そう言いながら、川瀬は空いている座布団へと正座して座った。どうせ、その周りの人達も、一般の人からしたら、落ち着いていないん人達なんだろ?そんなの当てになるか。


「はい、明日香ちゃん。お茶です」


 桜は座布団へ座った川瀬の前に、緑茶を入れた小さな茶碗を置く。川瀬はそんな桜を見て、先程俺達に向けていた表情とは違った優しい笑顔になっていた。


「ありがとうな、桜ちゃん。いやぁ、会うたびに美人になっていくなぁ~」


「いやぁん、照れるわぁ。お世辞がうまいんだから」


 川瀬の褒め言葉に、桜はわざとらしくおどけて、照れたフリをした。しかし、川瀬はそんな冗談には付き合わず、真剣なトーンで話を続けた。


「いや、本当だよ。姉ちゃんにそっくりの美人さんだ。本当に…そっくりだ」


「……お姉ちゃんに?」


 そう言う川瀬の表情は、何処か哀愁を漂わせている。桜の顔に、死んだ嫁の面影を感じているのだろう。

 一緒に住んでいる俺も、ふとした桜の仕草に、死んだ嫁とダブって見えてしまう時がある。久しぶりに会った川瀬は、よりダブって見えているのだろう。


「桜ちゃんの姉ちゃんは、昔ムカつくくらいモテていたからな。桜ちゃんも学校でモテるだろ?」


「それがね、全然なの!そんな話とか一切ないの!学校の男子は見る目がないの!」


 今のやり取りを聞いて、俺と健太と綾香ちゃん、それに八重と公平の両親は、皆同じ事を思っているだろう。「公平!なんて不憫な子!!」……と。


 ピンポーン


 公平を皆が哀れんでいる時、また、玄関のチャイムが部屋に鳴り響く。予定の時間より少し早いが、お坊さんが来てくれたのだろう。

 今度は桜ではなく、俺が出迎える事にした。腰を上げて玄関に向かい、扉を開けると予想通り、お坊さんが扉の前に立っていた。

 お坊さんは、俺の姿を確認すると同時に挨拶をする。


「おはようございます。咲太さくた君。お久しぶりですね」


「お久しぶりです。この雨の中、わざわざお越し頂いてありがとうございます。どうぞ、中へお上がりください」


「ハッハッハッ、咲太君。そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。それでは、お邪魔します」


 今日、法事に来て頂いたお坊さんさんは、近所にある、開光寺かいこうじというお寺の住職である。うちの家族は、昔から住職にお世話になっており、俺の子供時代の事も、よく知っている。

 よく健太とお寺に遊びにいって、悪さして怒られたものである。

 俺は、法事が行われる部屋の扉を開けて、住職を部屋へと誘導した。住職は一礼をし、「失礼します。本日はよろしくお願いします。」と言って、部屋の中へと入っていく。皆も、住職に頭を下げて礼をした。

 住職は仏壇の前に置いてある座布団に座り、少し皆と会話をする。しばらくして、時間が予定の10時30分となり、俺はあらたまって皆に挨拶をした。いよいよ、嫁の法事の始まりである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつもお話楽しみにしています。今回は一見淡々と一場面が描かれているようなのに、奥さんの友人の存在で咲太の悲しみがよく伝わってきます。次回も楽しみにしています。
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