咲太兄ちゃんは、もう既に酔っている。
「おっ、帰ったきたのか。『クレパスしんすけ』面白かったか?」
俺が、この状況のせいで胃痛を感じている頃、奥の部屋から咲太兄ちゃんがやってきた。どうやら、健太兄ちゃんと新藤さんも、奥の部屋にいるみたいだ。
「ただいま、お義兄ちゃん。『クレパスしんすけ』凄く楽しかったよ」
そう言う桜の目は、輝きが失われたままで、取り繕った笑顔も変わらずにいた。しかし、咲太兄ちゃんは、それに気付く気配が全く無い。
「そうか、そうか!それは良かったな!俺も『クレパスしんすけ』の映画観たいなぁ~。ブルーレイがレンタルされるまで待てないから、俺も映画館に観に行こうかな?ハハハハハ!」
咲太兄ちゃんは、いつもより少しテンションが高かった。頬は少し赤みを帯びている。そうか、もう奥の部屋で、健太兄ちゃん達と酒を飲んでいるんだな?
それで、桜の微妙な表情の機微に気付いていないんだ。
「お義兄ちゃん、安室さんも来てたんだね?聞いていなかったからビックリしたよ」
氷の笑顔を崩さない桜は、咲太兄ちゃんにそう尋ねるが、それに答えたのは安室さんだった。
「ごめんなさいね、桜さん。桜井さん達が、今日のお食事の話を、会社でしているのを聞いて、私の方からお願いしてお邪魔しているんです。迷惑ですよね?」
安室さんは、少し申し訳なさそうな表情をしている。桜はそれに戸惑った様子で、「め、迷惑だなんてとんでもないです!」と返事をした。
それに、安室さんはホッとした表情を見せ、「昨日のうちに、料理の仕込みをしてたんです。美味しく出来るか分かりませんが、もうすぐ出来上がるので、沢山食べてくださいね?」と、ニコッと笑いながら言った。
桜の、あの戸惑ったような反応は恐らく演技だろう。場の空気を悪くしない為の、取り繕った演技だ。目の輝きは、失われたままである。
桜は、そういう振る舞いをする人だ。体育祭の時もそうだった。まぁ、人間関係を築くに当たって、それが出来る事自体は必要なスキルではあるのだけど。誰しもがそういった事を、多かれ少なかれやっている。しかし、桜の場合は……。
そんなやり取りをしてから、時は20分程過ぎ、安室さんの料理が出来上がったようである。安室さんが料理作っている間、俺は桜の部屋で、『クレパスしんすけ』の原作漫画を読んでいた。
食事がリビングのテーブルに敷き詰められている。唐揚げやら小さいハンバーグやら、色々な料理が置かれているテーブルは、ちょっとしたホテルのバイキングの様だった。
「ほぇ~!!すげぇ~!!」
テーブルの上に置かれている料理の光景を見て、新藤さんがワクワクした様子でそう驚いていた。咲太兄ちゃんと健太兄ちゃんも、感心した様子で料理を見ている。
しかし、桜は「ぐぬぬ」と言わんばかりの表情をしながら、料理を見ている。あぁ、ちょっと悔しいのね?
確かに、この料理の数々は凄い。揚げ物やサラダも、色んな種類がある。前日に仕込んでいたとはいえ、仕事終わりにこんだけの料理を作るのは大変だっただろう。
安室さん、気合い入れてるなぁ……。
「お口に合うか分かりませんが、沢山食べてくださいね?」
安室さんは、そう言って首をかしげながらニコッと笑う。
各々テーブルの椅子に座り、食事を食べる配置に着く。大人の男性達はビールを、安室さんはチューハイを、俺と桜はオレンジジュースの入ったコップを持ち、乾杯をする体勢をとった。
「それでは、カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」×5
咲太兄ちゃんの乾杯の合図と共に、皆が一斉にコップを合わせ、乾杯を行った。宴の始まりである。




