私と八重。②
策に溺れた私を見て、八重は「ハハハハハ」と目に涙を浮かべる程に大爆笑をしている。
「あぁ~面白い。桜面白いよ!」
「もう、笑いすぎだよ八重!ヒドイよ!」
「ハハハ、ごめんごめん。でも多分お兄ちゃんは大丈夫だよ」
「どうして?」
八重は笑いを押さえる為、少し深呼吸をしてから大丈夫な理由を説明してくれた。
「お兄ちゃんは桜のお姉さんの事が本当に好きだったからだよ。安室さんがどんな人かは知らないけど、あのお兄ちゃんがそう簡単に別の女性になびくとは思えないなぁ。少なくとも、桜と一緒に住んでいる間はね」
「…………」
確かに八重の言うとおりだ。お義兄ちゃんは本当にお姉ちゃんの事が大好きだった。それは二人を見ていて胸が苦しくなる程に痛感している。
そんなお姉ちゃんの妹だからこそ、お義兄ちゃんは私の事を本当の妹のように大切にしていてくれるのだ。冷静に考えたら、そんなお義兄ちゃんが私と過ごしている間に、別の女性と付き合うなんて考えにくい。
少しお義兄ちゃんの事を信用しなさ過ぎたみたい。安室さんの事を必要以上に意識しすぎるのは辞めよう。
しかし、さすがは実の妹の八重だ。お義兄ちゃんの本質をよく理解しているなぁ。私も見習わないと!
しかし、私がそんな事を考えながら、八重に尊敬の眼差しを送っていると、八重の口から辛辣な言葉が飛び出した。
「まぁ、あんな糞兄貴なんて、桜のお姉さんに一途ていう事しか良い所が無いんだから、そんなの当たり前なんだけどね」
「そんな事ないよ!?」
八重はお義兄ちゃんの本質を理解しているけど、その上で特にお義兄ちゃんに対する評価は高くなかった。寧ろ低い。
あまりお義兄ちゃんを良いように八重が言う事は無い。私からしたらステキなお義兄ちゃんなのだけど、実の妹の八重にはそう言う風に見えないらしい。
視点が変われば景色が違うと言うけど、八重の視点からのお義兄ちゃんはどんな感じなんだろう?
私は疑問に思い、八重に聞いてみる事にした。
「ねぇ八重?」
「ん?なぁに?」
「普段、八重の前ではお義兄ちゃんてどんな感じなの?」
「私の前では?」
八重は私の質問に目を瞑り、腕組みをしながら「う~ん」と言って考え込んでいた。しばらくして考えがまとまったのか、目を見開き穏やかな笑顔で私を見つめる。その姿は聖母様のようだった。
そして八重はまとまった考えを口に出す……。
「お兄ちゃんは基本うちでは裸族だよ!私の前でも!」
「え!?……それって常に?」
「うん、常に。ハハハ、キモいよね!!」
……えっ?裸族?……丸出し?チ◯丸出しなの?でも、私の前ではそんな格好した事ないよ!?どんだけラフな格好しても、シャツに短パンは履いているよ!?
「あ、裸族て言ってもさすがにパンツは履いていたよ。自分の部屋では知らないけど」
「そっかぁ、良かったぁ。パンツは履いているのかぁ。…………良かったなのかな?」
多分良くない。年頃の妹の前でデフォルトでパンツ一丁なんて絶対よろしく無い。最悪自分の部屋の中ではいいとしても、家族の共有スペースでパンツ一丁はよろしく無い。
しかし、礼儀に厳しいおじさんはそれを許しているのかな?怒りそうなものだけど?
「ねぇ、八重?」
「はいはい?」
「おじさんはそれについてお義兄ちゃんに何も言わなかったの?」
「う~ん。……『それを怒ったらアフリカの裸族の人も駄目なのか?と言う話しになる。裸で過ごすという文化を尊重しての事ならお父さんは何も言わない。ただ、法には触れるからそれで外には出るなよ』……だってさ」
「Oh……グローバリズム……」
あぁ……この家は駄目だ。だって、一家の家長がそれなんだもん。
私が呆れた顔でポカーンとしていると、八重は意地悪そうな笑顔で私の顔をじっと見ていた。
「まぁ、全部嘘だけどね!」
「おいコラ」
まぁ、よく考えたらそりゃそうなんだけどね。でも、あのおじさんとその息子だからあり得るかもというか……。
しかし、良かったぁ。お義兄ちゃんが本当に裸族だったら、私との生活で服を着ている事は我慢をしてたという事になる。
家に帰ったら、「お義兄ちゃん。我慢しないで服を脱いでいいよ?」と言おうか悩んでしまった。
私は頬を膨らまして少し眉間にシワをよせ、八重に抗議の視線を送った。それに八重は微笑しながら「ごめん、ごめん」と謝ってくる。
しかし、八重にはまだお義兄ちゃんの言いたい事があるようで……。
「まぁ、でもキモいのは本当だよ?よく泣くし」
「よく泣く?」
「うん。私が小学生の時なんか、一緒にプリ◯ュアを観て泣いてたんだから!本当にキモい!もう何にでも泣く!凄い泣き虫!ドラマが最終回だったら絶対泣く!」
そう、お兄ちゃんを昔からよく知る人は皆そう言う。家族は勿論、お姉ちゃんや健太お兄ちゃんも。しかし、私にはお兄ちゃんがそんなに泣き虫だという印象が無い。
私はお義兄ちゃんが泣いた所を二回見たことがある。一回は、お姉ちゃんに連れられていった、中学最後のバスケの試合で負けた時。もう一回は、お姉ちゃんとの間に出来た娘の向日葵が流産した時だ。
どちらも泣いてしかるべき出来事で、それで泣き虫認定をしてしまうのはどうかと思う。お姉ちゃんが死んだ時でも泣いていないのに。少なくとも私の前では。
「お義兄ちゃんが泣き虫かぁ……信じられないなぁ」
「裸族は信じていたのに?」
「まぁ、八重のお兄ちゃんだからね!」
「ハハハ、どういう事かな?」
お義兄ちゃんは私の前だから泣かないようにしているのかもしれない。しかし、実の妹の八重の前では泣いてしまう。
お義兄ちゃんは私を本当の妹のように大切に思ってくれているが、実の妹とはまた違うみたいだ。
それは私にとって嬉しい事か、寂しい事かは判断に迷う所ではあるけど、少なくとも感謝するべき事であるには違いない。愛情の質は違うが、愛情の量は八重と変わらず私に与えてくれているはずだ。
八重だって、お義兄ちゃんに憎まれ口ばっかり言って、私にもお義兄ちゃんの事を良いように言わないが、それでも本当はお義兄ちゃんの事が好きなんだと思う。だって、なんだかんだでお兄ちゃんの話をする八重の顔は嬉しそうなんだもの。
私はそれを確認する為に、八重に今日最後の質問をする。
「ねぇ、八重?」
「はいはい、なんでしょう?」
「お義兄ちゃんの事は好き?嫌い?」
「う~ん……嫌いでは無いかな?」
八重はニコッとハニカミながらそう答えてくれた。
それって好きだと言っているようなモノだよ?八重の返答に私は微笑ましく思い、心はポカポカした。




