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義妹と手料理③

「ヴぉえ!!ああああああ!」


 口の中にスプーンを入れた瞬間、俺は猛烈にえずいた。口の中にカレーと称する劇物を入れた事により臭いはピークに達しており、それを体内に入れる事を体が拒んでいるのだ。そして味はとにかく塩辛い。カレーの味は多少するが、とにかく塩辛い。ていうか不味い。


「う!!!」


 そして、塩辛さと入れ替わるようにスパイシーな辛さが舌を刺激する。普通の辛さでは無い。舌の上に爆竹を点火されているような 強烈な痛みが襲ってきた。

 俺は耐えきれず、口の中に含んだ劇物を炊事場で吐き出しに行った。


「ヴぉえええええ!」


 吐き出した後、俺は入念に口をゆすぐ。しかし、どんだけ口をゆすいでも舌の強烈な痛みは全くとれない。しかも、目を右にやると鍋一杯に入った劇物がコンロの上に置いてあり、俺は更に強烈にえずいた。


「ヴぉえええええ!」


「お、お義兄ちゃん!?大丈夫??」


「大丈夫じゃないかもしれない…」


 義妹が俺を心配し背中を擦りにきた。しかし、義妹はこの臭いが平気なのだろうか?俺はそんな事を思いながら、恐る恐る義妹に質問をした。


「さ、桜さん?…」


「何?お義兄ちゃん?」


「一体何を入れたらこうなるの?」


「だからお魚さんだって?」


「なんのお魚?」


「え~とね」


 義妹は戸棚に手を伸ばし、缶詰めを一つ取り出した。


「これだよ!」


 それは昔、健太がスウェーデン旅行のお土産でくれた、世界一臭いと言われる「シュールストレミング」という魚の缶詰めであった。その臭いは「う◯こ」の最上級の臭さをはるかに越える。家で食べるには近所迷惑になる為、人気がまったくなく、広いスペースを確保できる夜の公園等で食べるのが基本だ。味は塩辛く珍味と呼べるもので、本場のスウェーデン人ですら賛否が分かれる代物だ。

 臭いと微妙な味の原因はわかった。しかし、塩辛さの後に襲ってきた強烈な辛さの原因はまだ分からない。


「他には何を……何の調味料を入れた?」


「調味料?…う~ん、これかな?」


 そう言って義妹は一つの瓶を俺に見せてきた。それは「デスソース」という、タバスコの数十倍の辛さを誇るソースであった。その威力は一滴舐めるだけで人知を越える辛さであり、次の日の排便時にも肛門に強烈な痛みが襲ってくるという代物だ。当然だが、基本料理に使うものでは無く、パーティーなどで罰ゲームで使うモノである。


「ふ、ふざけるな!よくもこんな劇物を食べさせやがったな!!」


 調味料や材料の中身を聞き、俺は抑えていた怒りが急に火山のように噴出してきた。


「何!?劇物て何よ!可愛い義妹の手料理だよ!?もうそれだけで有り難いモノなんだよ?」


 何?新藤も義妹の手料理を食べたがってたが、義妹て言うだけで手料理がそんな価値のあるモノになるの?こんな料理でも義妹て言うだけで有り難がっていたら、毎日美味しい料理を作ってくれる世のお母さん方に申し訳ないわ。


「お前…味見した?」


 俺はふと疑問に思い、桜に質問をした。


「味見?……え~と、あっ!……エヘっ」


 桜は笑って誤魔化した。


「おい!やっぱり味見してないのか?」


「味見?何それ美味しいの?」


「美味しくする為に味見をするんだよ!!!」


 典型的な料理ベタがする事だが、桜は昔から味見をしない。料理が出来た事の達成感で、ついつい味見を忘れてしまうのである。見た目が完成したら終わり。まさしく学校の工作の感覚である。

 もうこれ以上味見にとやかく言っても仕方がないので、俺はもう一つの疑問を桜にぶつける。


「桜さん?この臭いは大丈夫なの?」


「臭い?」


「あぁ、その缶詰めはシュールストレミングて言ってな、世界一臭い缶詰めなんだぞ。平気なの?」


「あぁ、私今鼻炎(びえん)で臭いが分からないの」


 そう言えば今日の桜の声は少し鼻声気味だった。


「病院には行ってきたのか?」


「うん!鼻炎のお薬もらってきたよ!」


 桜は笑顔でそう答えた。その可愛い笑顔を見ると、俺は怒る気力が失せてきた。そもそも桜は昔から料理が苦手であり、料理を作り始めたのも最近の事である。

 嫁が死んだ後は料理は俺が作っていた。俺は料理は苦手では無いが、仕事をしながら家事をするのはやはりしんどい時がある。桜も手伝ってくれるが、桜は今年受験生だ。あまり家事に手を煩わしたくない為、桜が手伝おうとする前にてきぱきと終わらせるようにしてる。

 だが、ある日桜は何も言わず料理を作り始めた。それは、俺の負担を少しでも減らそうと、桜なりに考えてやってくれている事なのだ。俺が帰ってくる前に料理を作って少しでも楽をさしてあげようと。

 桜のその気持ちは純粋に嬉しかった。


「あ、忘れてた!」


 桜はそう言うと、小さな皿にカレーのような劇物をもりつけ始めた。


「おい!俺はもう食べられないぞ!それ!」


「違うよ!お義兄ちゃんじゃないよ!」


 桜は劇物を棚の上に置いてある小さな仏壇にお供えに行った。


「お姉ちゃん。向日葵ひまわり。私が作ったカレーだよ。仲良く美味しく食べてね?」


「食べられるか!そんなものお供えしないで!天国が一気に地獄になるから!!」


 俺は天国にいるであろう嫁と娘の為に全力で義妹を止めた。俺と嫁の間には娘がいたが、産まれる事は無く流産となった。名前は向日葵(ひまわり)。元気に産まれていたら、嫁や義妹に似た美人になっていたであろう。

 嫁や娘が死んだ事は今でも心に深く傷となっているが、二人が天国で出会って仲良く暮らしていると思うと、少しは救われる。


「じゃあどうしたらいいの?お義兄ちゃんもう食べないんでしょ?食べられないとしても、このカレーをどうにかしないと?」


「う~ん」


 じゃあお前が食べろよというツッコミは我慢した。そうなのだ。まだ鍋一杯分のカレーという名の劇物が残っているのだ。炊事場に流すとしても、全部流して排水溝が詰まっても嫌だし、こんな異臭がするものを大量に捨てたら、捨て方によっては近所迷惑になる。まったく食べずに捨てるというのも、あまりにも食べ物を粗末にしすぎる行為で抵抗がある。


「そうだ!桜!でっかいタッパー何個かあっただろ?それに出来るだけカレーを具をモリモリでいれてくれ。それに何重も袋で密閉して保管。残りはルーだけを排水溝に流して、残りの具は何重にも袋で密閉してゴミの日に捨てよう」


「それはいいけど、タッパーのカレーは最後どうするの?」


 残りのタッパーのカレーは、食べたい人にお裾分けをすればよいのだ。会社に義妹の手料理が食べたいという後輩がいる。後輩とは、時期がきたら義妹の手料理を食べさせる約束をしていた。今、その時期がやってきたのだ。

 今回の義妹劇物手料理事件は、後輩との約束を守るという綺麗な解決方法により幕を閉じた。



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