表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/134

義妹と実家。②

 和室に到着すると、父さんは座布団の上で、和装に胡座でテーブルの前に座っていた。父さんは厳格な性格である。曲がった事が大嫌いで、感情が表情に出にくい。家にいる際はサ◯エさん一家の家長のように、いつも和装で過ごしている。

 そんな父さんだが、なんだかその格好に似つかわしく無いモノを両手で持っている。


「父さん……また新しいタブレット(・・・・・・・・)買ったの?」


「あぁ、咲太さくたか。おはよう。これは折り畳めるタイプのタブレットでな、中々文字も読みやすくて便利なんだ。これで新聞を読めばゴミも減るし、俺みたいな古いタイプの人間には必需品だな」


 なんだか父さんはアンバランスな事を言い出した。見た目はただの頑固一徹親父なのだが、何故だか機械の事にはめっぽう強く、タブレットやスマホの最新機種が出たら絶対買い変える。家もアレ◯サ(・・・・)を導入しており、まさしく最先端のハイテク親父である。

 なのに趣味は盆栽と書道。特技は古武道というよく分からない父親だ。


「おじさん!おはようございます!」


「うむ、おはよう。元気ないい挨拶だ」


 さくらと父さんは挨拶を交わしあう。父さんは礼儀には厳しい。特に、挨拶が出来ない人は許せないタイプの人で、桜の元気一杯な挨拶に上機嫌のようだ。表情はまったく変わってはいないけど。

 しかし、俺にはどうやら不満があるようで……。


「それに比べて……、咲太、お前は親と久しぶりに会ったというのに挨拶の一つも出来ないのか?一体お前はいくつなんだ?桜を教育する立場だろ?」


「あっ」


 父さんの不自然な姿に気をとられ、俺は父さんに挨拶をする事を忘れてしまっていた。

 確かに父さんの言うとおりかもしれないが、ツッコミ所を用意している父さんも悪い。なんだかこのまま普通に謝って挨拶をするのもしゃくなので、俺は少しふざけて挨拶をしてやる事にした。


「ハロー!ファーザー!」


 俺の幼稚な英語の挨拶に、父さんは眉間にシワをよせて「ムッ」とした表情をする。そして、俺の目をじっと睨んでくる。ピリッとした緊張感が和室の部屋に漂ってきた。

 あちゃ~、少しふざけすぎたかなぁ?ここはちゃんと謝った方がいいかな?

 しかし、父さんが次に発する言葉は意外なものであった。


「うむ。ちゃんと挨拶が出来るじゃないか。出来るなら最初からそうしなさい」


 俺は父さんの意外で間の抜けた発言にガクッとなった。それを見て桜は大爆笑をしている。

 何?こんな挨拶でいいの?まかり通るの?俺はそんな意味を込めて父さんに疑問の視線を送った。


「うむ?なんだ?何かおかしいか?お前はちゃんと挨拶をしたじゃないか?『ハロー、ファザー』は『おはよう、お父さん』という意味だろ?世界中に通じるいい挨拶じゃないか?」


 古風で礼儀に煩い頑固親父は、最先端のグローバリズム親父だった。なんなのこの親父?頭のネジが何本か取れているんじゃねえの?どこで思想のバランスをとってんだ?


「ん?咲太?汗をかいているじゃないか。もう6月で暑くなってきたからな。今空調の温度を下げてやろう。アレ◯サ、空調の温度を一度下げて」


『かしこましまりました。おまかせください』


 最新AI機器(アレ◯サ)が部屋の温度を父さんの命令で下げだした。もう嫌だ、こんな変な父親。

 しかし、そうは言っていられない。今日はこの変な父親に用があって、わざわざ実家へ帰ってきたのだ。こんな父親だが、日本式の冠婚葬祭礼儀作法にはしっかりと詳しい。

 今日は父さんに法事(・・)についての段取りや、対応の仕方について教えをこいに来たのである。


「桜。もう八重やえの所に行っていいぞ?父さんと大事な話があるから」


 俺がそう言うと、桜は「うん。わかったよ。おじさん、失礼します」と言いながら父さんに頭を下げ、この部屋から出ていった。俺は、その桜が出ていった扉の方をじっと見つめる。

 桜にはこの場にあまり居てほしく無かった。法事とは、俺の嫁の法事、つまりは桜の姉の法事の事である。嫁が死んで一年、今回俺達は初めて嫁の法事を行う事になる。

 なので、桜もこの場に居て話を聞いていてもよいが、桜にはなるべく当日まで法事の話を耳に入れたくなかったのである。

 嫁の死は桜も既に受け入れて、前向きに生きてくれているとは思う。しかし、それと心の傷が癒えているかは別問題だ。そう言う俺の心の傷も癒えてはいない。

 嫁の初めての法事は、俺達の癒えない傷口に塩を盛り込まれているような、正直あんまり行いたくない行事である。嫁が死んだ悲しみをワザワザ思い返しにいくようなものだ。

 しかし、だからと言って行わない訳にはいかない。死者の冥福を祈るのは残された人間の責務だ。それは桜も同じである。だから……せめて当日以外は、法事の事はあまり考えずに心穏やかにいてほしい。

 そんな事を思いながら桜が出ていった扉の方を見つめる俺であったが、父さんが「咲太」と俺の名前を呼んだので、あまり見たくないが父さんの方に顔をやる。

 すると、父さんはあんまり表情の変化は無いが、どこか神妙な面持ちをしていた。そして、意外な言葉を口にする。


「咲太。お前は本当によくやってるよ」


「!?」


 父さんの予想外の言葉に俺はビックリした。だか、すぐに平静な態度を装い、「何だよいきなり?」と父さんに疑問を投げ掛けた。それに父さんは答える。


「咲太……。お前は今年で25歳になる。それはもう立派に大人の年齢だ。人生に泣き声を言っても世間はそれをもう許してくれない。それにしてもだ……お前が背負っているモノは25歳にしては重すぎる」


「……」


 俺は父さんの発言を黙って聞く。父さんの言っている俺の背負っているモノとは、初めて出来た子供の流産と、嫁の死、あとは桜の事だろう。


「俺が25歳の時にお前の状況だったら……いや、今の俺でも、お前のように皆の前で気丈に振る舞えるか分からん。俺なんて、所詮普段どんだけ偉そうに物事を語っていても、頭の硬い古い人間なだけだからな……」


「いや、あんた程柔軟に新しいモノを取り入れる人間はそうそういないよ。シリアスなシーンでツッコミを入れさすのは辞めてくれる?」


 父さんは俺のツッコミに首を傾げて「ん?」と、どういう事だと言わんばかりの表情を一瞬したが、ツッコミを無視されて話を続けた。


「お前……嫁さんが死んだ後泣いてないだろ?あの泣き虫のお前が」


「……」


 父さんの言うとおり、嫁が死んでから俺は泣いていない。いや、泣かないようにしている。そう決意したんだ。

 それは、死んだ嫁がどんな悲しい事、辛い事があっても一斉泣かずに(・・・・・・)、いつも笑顔で妹の桜を守っていたからだ。

 だから、今度は嫁の変わりに俺が泣かず(・・・・・)に桜を守っていくのだ。


「だから…お前は凄いと思うよ。泣いたら桜を守れないと思っているのだろう?そうだ。お前は桜を守る為に決して人前で涙を流してはいけない」


 父さんの言うとおりだ。俺はもう絶対に泣かない。しかし、父さんは「でも……」と言って、少し間を作った。そして口をゆっくりと開き始める。


「…でも、親の前では泣いてもいいんだぞ?」


「!?」


 父さんの言葉に少し涙腺が緩みそうになる。親はいつまでたっても親だ。確かに、どんだけ変な父親でも、俺は精神的にこの父親の庇護下ひごかに一生いるのだろう。

 泣いてはいけないという使命がある俺にとって、唯一泣いていい場所があるなら、それは両親の前だけなのかもしれない。

 しかし、じゃあ桜は?桜には両親も、守ってくれていた最愛の姉もいない。そんな桜を守っていく俺が、実の両親に甘えて涙を流してよいものなのか?いや、それだけは絶対に違う。

 やはり、この凄く変だけど愛情を持って俺に接してくれているこの父親に甘えてはいけないのだ。そんな奴に桜を守る権利なんて無い。

 緩んだ涙腺を、俺はグッと力を入れて締め直した。


「ありがとう父さん。でも、俺は大丈夫だよ?」


 俺は笑みを作って父さんにそう言った。それに父さんは、いつもは中々上げない口角を上げ、俺に笑みを返してくれた。


「そうか。しかし、親に甘えない事と、一人で何でも抱えてしまう事は、また別の話だからな?一人で抱え込みすぎるといずれパンクするぞ?」


「わかっているよ、それは」


 そう、それは桜が体育祭で陥ってしまった事である。一人で抱え込みすぎてしまう事は、逆に周りを心配させてしまう。

 俺には……まぁ、こんな変な父親と、昔は自慢できるほどに綺麗だった優しい母親。俺の親友の健太けんたに、桜の頼れる幼馴染みの公平こうへい綾香あやかちゃん。八重だっている。

 嫁の死は悲劇でも、周りにはしっかりと俺達は恵まれている。だから、俺達二人はどんな困難でも乗り越えていけるはずだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ