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義妹と手作りクッキー。

 体育祭を終えた次の日の朝、本日は日曜日である。俺と桜は朝早くから台所にいる。そう、台所に……


「さぁ!お義兄ちゃん!始めましょう!」


「はい……始めますか……」


 桜は元気いっぱいの表情をしており、対する俺は青ざめた表情をしている。

 俺と桜が何故台所にいるかというと、それは昨日の桜のお願いに関係している。俺は昨日体育祭の時に、「クッキーを作りたいから協力してほしい」と桜にお願いされたのだ。

 今回の体育祭で色々な人に心配をかけたから、手作りクッキーをプレゼントしてお礼をしたいそうだ……。そう、桜の手作りクッキー(・・・・・・・・・)を……

 

「よ~し、頑張るぞぉ~!!」


 張り切っている桜に申し訳ないが、桜の料理は殺人級に下手だ。正直最初から上手くいくとは思えない。

 桜もそれを理解しているから俺に協力を求めたのだろう。だけど、俺もお菓子作りまではさすがにした事がない。料理とお菓子作りは似て否なるものだとも聞いた事がある。

 とりあえず昨日のうちにネット検索で調べて、材料や道具は集めはしたモノの、何処まで力になれるだろうか…。

 まぁ、他の人の口に入る前に毒味役は必要だろう……頑張れ!俺の消化器官達!!


「ところで、どんなクッキーを作るんだ?」


「え~とね……」


 昨日必要な道具は俺が揃えたが、レシピを見て材料を集めたのは桜である。「レシピに書いてあるモノ以外は買うな」と約束した為、とんでもない材料は買ってはいないだろうが、どんなクッキーのレシピを調べたのかは謎である。

 桜はポケットからスマホを取り出し、昨日調べたであろうレシピが乗っているサイトを俺に見せきた。


「何々……ココアとバニラの市松模様クッキー……」


「どう!凄くオシャレな感じがしていいでしょう!!」


「桜。悪い事は言わない。ココアとバニラのクッキーを別々に作ろう」


「えっ!なんで!?」


 驚きながら疑問の表情を見せる桜。あまりキツイ事は言いたくないが、今回のクッキーが他人に配るクッキーなら尚更だ。他所様には迷惑をかけてはいけない。

 ここは義兄として心を鬼にしよう。


「いきなり素人の初めてのクッキー作りに、そんな複雑そうなモノをチョイスするなんて絶対ダメでしょ?普通のクッキーにしなさい。特に君の場合は」


「うっ!?」


 俺の言葉が胸に刺さったのか、桜は少したじろいでいる様子だった。しかし、桜は直ぐ様スマホを操作しはじめ、俺にスマホの画面を再度見せてきた。


「で、てもお義兄ちゃん!このサイトでは定番で簡単に作れるて書いてあるよ!ほら、動画もあるけど、普通のクッキーを作るよりそんなにやる事が多いて感じでもないよ!!」


 確かに、動画の内容を見る限りでは、普通にクッキーを作れるならそんなに難かしそうな作り方ではなかった。普通にクッキーを作れるならね。

 その普通にクッキーをまず作れるかが問題なのだが……


「お義兄ちゃん……」


「うっ……」


 少し涙目で訴えかけてくる義妹の表情に、今度は俺が少したじろいでしまう。

 まぁ、レシピ以外の材料は用意していないしなぁ。桜の料理が下手な理由は、知識が無いのに好奇心でとんでもない具材や調味料を混ぜてしまう事にある。あと、味見をしない。

 間違った材料が存在しない限りでは、俺が見守っていたらそんなにヒドイ味になる事もないだろう。

 それに、俺は桜が俺以外の人の為に料理を作りたいと思えば、桜に料理を教えようとは考えている。今回はお菓子作りで料理とは違うが、まぁ、似たようなものだろう。


「わかったよ。まぁ、何回失敗してもいいように、材料を沢山買って朝早くから作るんだもんな。こうなったら最高の手作りクッキーを作ってやろうぜ!」


 俺は笑顔でグッドポーズを作り、桜の願いを聞き入れた。それに桜は凄く嬉しかったのか、暗い表情から一気に満開のヒマワリのような笑顔に変化した。


「ありがとう!お義兄ちゃん!!」


 うんうん。桜の笑顔はいつ見ても可愛いなぁ。お義兄ちゃん、お願いをきいて大正解だよ!恐悦至極だよ!

 そんなこんなで、俺と桜はクッキーを作り始めた。とは言っても、直接作業をするのは桜だけである。俺はレシピを見ながら作り方かま間違っていないかの確認と、桜に助言を行うだけである。

 これが体育祭の事で心配をかけた人へプレゼントするクッキーであるなら、俺がクッキー作りに手を出すのは不粋というモノだろう。俺はあくまで補助に徹する。

 ボウルに色々なモノを入れて、かき混ぜていく桜の表情は真剣そのものであった。

 しかし、時は2時間を過ぎ……


「う~ん」


 二時間かけてクッキーが完成したが、俺と桜は微妙な表情を浮かべていた。そのクッキーはヒビ割れがおきていた。黒と白の市松模様のバランスも悪い。クッキーを持ってみると、クッキーはボロボロ崩れていく。

 俺はそのクッキーを口の中に入れてみた。


「まぁ、味は手作りクッキーだし、こんなもんだとは思うんだけど……」


「でも……これじゃあ市松模様のクッキーにした意味がないよ……」


 桜の言うとおりである。見た目も楽しんでほしくて市松模様のクッキーを作ったのだ。味がなんとか及第点だとしても、ひび割れが起きて持ったら崩れてしまうようなクッキーなんて失敗以外の何物でもないだろう。

 しかし、俺が監視していたとは言え最初に作ったクッキーとしては上出来だと思う。……まぁ、桜にしてはだけど。

 一回目で失敗したとはいえ、壊滅的に失敗したわけではないんだ。光明が見えていない訳ではない。


「お義兄ちゃん…もう一回チャレンジしてもいい?」


「そうだな。こうなる失敗の原因を調べて再チャレンジしてみるか」


「クッキー作り 失敗 原因」で検索をして調べてみた。ひび割れに関しては、生地が上手いこと混ざっていなかったり、バターが固かったり、生地を冷やしが甘かったりする事が原因らしい。

 市松模様のバランスが悪いのは、生地の材料の配分や混ざりかたがバニラ部分とココア部分で違うから、焼き上がっ時の出来上がり方が違うのかもしれない。しかし、これに関してはあくまで予測である。ネット検索をしてもよく分からなかった。

 俺と桜は以上の事を踏まえて再度クッキー作りに挑戦してみた。

 混ざりが甘くならならないよう、しっかりとボウルの中の生地をしっかり混ぜる桜。そして更に二時間半後……


「出来た!!……だけど……」


 出来上がりを見た桜の表情はまたもや微妙なものであった。ひび割れはないし、市松模様のバランスも悪くないが、なんかネットリしている感じなのである。あと形もゴツゴツしている。

 口の中に入れてもクッキーのサクサク感はなく、思っていた食感では無い。まぁ、これでも味は食べられない事はないんだけどなぁ……

 このクッキーを見つめる桜の表情は、納得がいっていないという意思を感じさせる。

 朝早くからクッキーを作っていたが、時間はもう正午を過ぎていた。休憩をはさんだり、調べ直したりする時間を含めれば、次にクッキーが出来上がる頃には夕方近くになるだろう。

 晩飯の準備とかもあるし、次に作るクッキーがラストチャンスだ。桜が納得いこうがいかまいが、それはばかりは仕方がない。その事は桜に言わねば。


「桜……次に作るクッキーだけどなぁ……」


「うん。わかっている。次で最後にする」


 桜は俺が言いたい事は既に理解していたらしい。まぁ、別に今日絶対完成させないといけない訳でもあるまい。一度引き受けた依頼だ。桜が納得しなければ次の休みの日でも付き合うさ。

 しかし、桜には次の休み日に作るという考えは毛頭無いみたいで……


「絶対…、絶対に次で完成させるわ……」


「桜……」


 そう言う桜の瞳に決意を感じとれる。桜は早く皆にクッキーを渡したいのだろう。それほどに今回の体育祭で関わった人達に感謝をしているのだ。

 言葉だけで感謝を伝えるのでは足りない。このクッキーは桜なりの誠意の形なんだ。だから、中途半端な出来は許されない。

 いつもは甘えた上手で可愛い義妹なんだが、こういったところは本当に愚直で不器用な奴だ。それほどに桜は情に深い女の子なのである。

 そういったところは死んだ俺の嫁を彷彿とさせる。死んだ嫁も情に深い人間だった。その意思はしっかりと妹の桜に受け継がれているようだ。

 俺はその事が嬉しく思え、桜の事を微笑ましい表情を作って眺めていた。それに気づいた桜は少し「ん?」と言いながら首をかしげ、不思議そうな表情をしていた。

 おっと、いけない。桜は今必死にクッキー作りをしているんだ。俺一人その姿を見て嬉しい気持ちになっている場合じゃない。


「桜!絶対上手いことクッキーを完成させような!!」


「……うん!!」


 暗かった桜の表情に、再び輝きが帰ってくる。このクッキー作りは只のクッキー作りでは無い。このクッキーをちゃんと完成させる事で桜は人として一つ成長をするはずな。

 だって、他人の為に苦手な事をこんなに悩み真剣に取り組んでいるんだ。たかがクッキー作りとはいえ、そんな経験が桜の為にならないはずが無い。それを導いてあげるのが義兄の務めっしょ!

 俺と桜は再びレシピを見直し、失敗の原因も調べ直して紙に写し、整理をした。そして、さっきより慎重にクッキー作りを行う。

 失敗は許されないこのクッキー作り。お菓子作りとは思えない緊張感がキッチンに漂う。……そして、


「出来た!!」


 時間はもう午後4時前になっていた。クッキー作りを始めてから相当な時間がたっている。しかし、そうして出来た今回のクッキーを見た桜の反応は、先ほどまでと明らかに違っていた。


「お義兄ちゃん!見て見て!ホラ!」


「あぁ、これは文句のつけようが無い。綺麗なクッキーだ」


 先程まで、思い詰めた表情で真剣にクッキー作りをしていた桜は一変し、本当に無邪気な笑顔ではしゃいでいた。それ程に今回のクッキーの見た目は素晴らしい。そして、肝心の味の方は……


「……旨い!!」


 本当に旨い!手作りクッキーの域は出てはいないが、先程までのクッキーよりも明らかに美味しい。これを思春期男子達が女子に貰ったとなれば、男子達は凄く嬉しくて浮かれまくるだろう。

 これならば他人にあげても恥ずかしくはない。

 桜も食べてみて納得の出来だったんだろう。先程のクッキーとは違って、一つ二つと口の中にクッキーを入れていく。

 いや、それプレゼント用のクッキーだからあんま食べすぎるなよ?


「ありがとう!お義兄ちゃん!これで……これで……」


 礼を言った桜は言葉に詰まっていた。桜の「これで」という言葉に何がこめられているかは分からない。また何か思い詰めているのなら、やはり相談してほしいのだが……

 悩みを一人で抱え込んでしまう性格はすぐに変わるモノでも無いだろう。それは、桜の優しさ故の性格なのだから。何もそれは全否定をするモノでは無い。

 人生の中では一人で我慢をし、問題を対処をしなければならない場面だってある。だけど、時には悩みを相談出来る人間がいないと、いずれ壊れてしまう…。

 まぁ、これから桜がこの家を出るまで、二人で過ごして行くのだ。まだまだそれまで時間があるだろう。

 ゆっくりと、ゆっくりとその事を理解してくれて、そういった関係を築けていけばいいのだ。何も焦る事は無いのだ。

 そんな事を考えているウチに、桜はせっせとクッキーを袋分けしていた。その中には一つに、明らかにクッキーの量が多い袋があった。


「桜?一つやたらに量が多い袋があるけど、それは誰にあげるんだ?」


「エヘヘ!それはナイショ!」


 おどけて舌を出しながら、桜は俺の質問に答えた。

 えっ?何?好きな人でも出来たの!?好きな人にその量の多いクッキーをあげちゃうの!!お、お義兄ちゃんは許さないんだからね!ま、まだ男子とお付き合いなんて認めないんだから!

 俺の頭の中の頑固オヤジがプンプン怒っていると、桜は袋詰めを終えてエプロンを外し、クッキーを複数持って玄関の方へと向かった。

 早速クッキーを誰かに渡しにいくのだろう。桜はウキウキとした様子だった。俺は桜を玄関まで見送りにいく。


「じゃあ、いってきま~す!!」


「おう!気をつけてな!」


 桜は上機嫌でドアノブに手をかけ、玄関の扉を開こうとした。しかし、扉を半分程開けたところで制止して、しばらくして扉を閉め直した。


「桜?」


 そして振り返り、神妙な面持ちで桜は口を開き始める。


「お義兄ちゃん……。心配をかけてごめんね…。前から私が少しオカシイて気付いてくれてたんだよね…。本当にごめんなさい。そしてありがとう……」


「桜……」


 桜は少し泣きそうな顔をしてうつむいていた。俺に心配をかけてしまうという事は、桜にとってはそれ程に心が痛む行為であるのだろう。つまり、桜にとって俺は凄く大切な人間にカテゴライズされているのだ。

 その事実だけで俺は報われた気持ちになる。俺はこんな素敵な女の子のお義兄ちゃんに…、いや、お兄ちゃんになれたのだ。

 嫁と産まれる前の娘を亡くした事は、俺の人生に置いては悲劇としか言いようがない出来事だ。今でも辛い気持ちになる。しかし、そんな嫁が死して与えてくれた桜を守る(・・・・)という役目は、俺の人生に希望を与えてくれた。本当に出来た嫁だよ……。

 他人ひとは俺の事を可哀想だとか、悲惨だとか思うのかもしれない。しかし、こうして桜と一緒に過ごす日々は幸せ以外の何物でも無い。

 礼を言わないといけないのは桜では無い。俺の方なんだ。

 俺はうつむく桜の頭をポンポンと叩いて、その後頭をくしゃっと撫でてやった。それに桜は「痛いよ」と言いながら顔を上げてこちらを見る。

 そして、俺は出来る限り穏やかな表情を作って桜の事を見て、優しい声色でゆっくりと桜に話しかける。


「桜……、俺はお前に心配をかけられる事が今の生き甲斐なんだぜ?俺に生き甲斐をくれてありがとうな」


「…お義兄ちゃん……」


 桜の頬に、涙が一滴流れ落ちる。


 ……はい!決まりましたぁぁ!いやーー!!決まったね!名セリフが決まりましたよ!こりゃあ芥川さんもお手上げの名ゼリフっすわ!そしてアカデミー賞ばりの名演技!思わず桜も涙をポロリっすよ!憎いね!俺!

 内心自分に酔いしれてしまう俺だった。まぁ、桜の心がこれで少し軽くなってたらいいじゃん?少しは見逃してくれよ?神様。

 桜は涙を拭き取り、満面の笑みを作り直した。


「お義兄ちゃん……ありがとう!本当にお義兄ちゃんの()になれて良かった!!」


「桜……」


 くぅー!!桜も泣かせる事を言ってくれるじゃない!少し涙腺ヤバイよ俺?でも、もう泣かないて決めてるから、俺は泣かないよ!?

 いやぁ~、君もアカデミー賞女優なのかい?義兄妹で男女主演アカデミー賞は総ナメだぜ!

 しかし、心の中で浮かれて調子に乗っている俺に、桜はとんでもない事を言い出してくる……


「今回のクッキーは、お義兄ちゃんに協力してもらって出来たクッキーだから、お義兄ちゃんへのお礼のクッキーとしてはふさわしくないと思うの……」


 ん?桜さん?


「だから……今度は私が一人でクッキーとは違うお菓子作りに挑戦して、それをお義兄ちゃんにプレゼントするね!」


 そう言う桜の瞳に一点の曇りは無かった。

 いやいや!そのクッキーは俺の監視下の元にあったから出来たクッキーなんだよ!?お前一人で作ったらとんでもないモノを入れちゃうじゃん!?

 しかも、せっかくクッキーが上手く出来たのに、新しいお菓子に挑戦するて何でなの?頭おかしいの?


「桜さん……それは一旦話しあってから……」


「それじゃあ!お義兄ちゃん!いってきまーす!!」


「桜さぁん!?お待ちになって!?」


 俺の声は桜に届く事は無く、桜はクッキーを渡しに誰かの元へと勢いよく向かっていった。

 いや、そんな名目で渡されるお菓子を拒む事は出来ないじゃん……一体俺の消化器官達になんの罪があるって言うんだよぉ……そんな殺生なぁ……

 神様……さっき調子に乗っていた事は謝ります。だから、だからこの迷える子羊をお救い下さい……。

 しかし、そんな俺の声は神様に届かないのは知っている。神様だって忙しいのだ。取り敢えず俺は、ネット検索で「消化器官 薬」と調べて、来るべき日に向かって備えるのであった。

 まぁ……取り敢えず桜が元気になって良かった!(涙)

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