義妹の体育祭は終わっていく。
体育祭の得点を争う競技が終わり、最後の種目である男子の組み立て体操が行われていた。色々あった俺の義妹である桜の体育祭は、もう終わりへと近づいていた。
この母校で行われている組み立て体操の光景は、俺と健太にノスタルジーを感じさせる。新藤にも母校では無いが、何か感じるモノがあるのだろう。いつもとは違った真剣な眼差しでこの光景を観ている。
安室さんは「凄い、凄い」と言いながら生徒達に拍手を送り、この組み立て体操を楽しんでいる。
しかし、時代の流れか、安全性の問題で組み立て体操を行わない学校が増えているみたいだ。
どうやらこの中学校でも、来年からは組み立て体操をやらないようになるかもしれないらしい。
俺が子供で下級生だった頃は、上級生達が高々と作り上げる人間ピラミッドに感動して憧れ、早く組み立て体操が出来る学年になりたいとか思っていたが、その人間ピラミッドが問題らしい。
まだ組み立て体操をやっている学校でも、人間ピラミッドの高さは俺達の時代より低くなっているそうだ。
そんな時代の流れに寂しさを感じるが、子供達に怪我をさせない事が何よりなのは確かな事であろう。
そう考えたら、今この光景を見ている俺は、凄く貴重なモノを見られているのかもしれない。今、組み立て体操を行っている生徒達にはいい思いでになればいいなぁ。
しかし、この組み立て体操を行っている生徒達の中に、公平の姿は見えなかった。
先程のリレー競技で足を吊った公平は、念のため組み立て体操を欠場し、今は保健室で手当てをしてもらっているみたいだ。
桜の為に頑張ってくれたんだ……公平には少し申し訳ない気持ちになるなぁ…。だが、公平は好きな人の為に全力を尽くし、尚且つ結果も出したんだ。
組み立て体操には出れなかったけど、公平にもこの体育祭はいい思い出となればいいんだがなぁ…。
「お義兄ちゃん!」
公平の事について考えていたら、その公平のお姫様である桜が俺の事を呼びながらやってきた。
ん?桜は公平と一緒に付き添いで保健室に行ったはずだ?なんでここにくるんだ?
俺は怪訝な表情を浮かべながら桜を見つめると、桜は「ん?」と言いながら首をかしげてこちらを見る。
「桜、お前公平のところにいなくていいのか?公平は見た感じ、まだ保健室から帰ってないみたいだけど?」
見渡す限り公平はまだグラウンドには帰ってきていない。公平は桜の為に全力で走って怪我をしたんだ。せめて保健室にいる時くらいまでは一緒にいてあげてほしいモノだけど……
しかし、桜に俺の表情の意図が伝わらなかったのか、桜は悪びれる様子もなく、笑顔でとんでもない事を言い出した。
「大丈夫だよ!お義兄ちゃん!今、公平には別の女の子がついてあげてるんだ。だから私は公平の近くにいなくても大丈夫なんだよ!」
「マジかお前……」
桜姫よ…さすがのお義兄ちゃんも引いちゃったよ。公平よ…本当にアイツは報われない奴だなぁ…。
公平は凄くいい奴だ。桜の学年では稲葉君とかいう子が持て囃されているらしいけど、公平も負けないくらいのいい男だと思う。
何より桜の事を本当に大事に思ってくれている。お義兄ちゃん的には、公平みたいな奴と桜は家庭を築いてほしいんだけどなぁ……
そんな事を思っていると、桜は笑顔で何故、公平の元から離れたのかを説明してきた。
「今ね、公平に付き添ってあげている女の子なんだけどね、女子バスケ部のキャプテンをしている持田さんて言うんだ。その持田さんは公平の事が好きみたいなんだ!」
「え!?そうなの?」
マジか公平。お前モテるのな。でも不憫な奴……
「うん、なんかさっき公平がトイレ行ってる時に相談されてね!公平の事で協力してほしいって!」
桜…それお前、牽制されているだけだぞ…。多分、その持田さんて子は、公平が桜の事が好きていう事に気づいちゃったんだろうなぁ…
桜はドンドン声の調子を上げながら話を続けた。
「それでね!トイレから帰ってきた公平が、先生から保健室に行けッていわれててね、それで私が持田さんを誘って公平の付き添いをしたんだ!そしてすぐ私は帰ってきて二人っきりの状況を作ってあげたの!」
桜はそう言いながら「えっへん」と胸を張る。
いやぁ~それはありがた迷惑だと思うけどなぁ……公平からしたらお前が残れよて話しだし…。
本当に不憫な奴……うちの義妹のせいだけど。
しかし、次第に桜は張った胸を元に戻し、少し寂しげな表情をする。そして、静かに口を開き始めた。
「本当に……本当に公平はいい奴なの。公平と綾香はもう家族みたいに思っている…。だから、二人には幸せになってほしいの。持田さんだって私の為に心配をしてくれるいい人。公平も、そんないい人と幸せになってくれたらなぁ……」
「桜……」
桜の目線は組み立て体操が行われているグラウンドの方へと向けられているが、どこか遠くを見ているような、そんな目をしていた。
桜は桜なりに、公平の事を想っているのだ。それは公平の桜への想いとは違う種類のモノなのかもしれないが…
お互いがお互いの事を大事に想っていても、人はお互いの気持ちを100%は解りえない。人はすれ違いを繰り返す生き物だ。
だからこそ人は自分の気持ちを相手に言葉で伝え、少しでもお互いを理解しあおうと努力する。
今回の体育祭で、桜もその事に気付いてくれたらいいのだけどなぁ…。そりゃあ、ずっと近くにいれば、ふとした仕草や表情で分かる事はある。しかし、言葉にされないとすれ違ってしまうばかりだ。
「ねぇ、お義兄ちゃん……」
「ん?どうした?」
遠くを見つめていた桜が、俺の方を見て尋ねてきた。一体なんなんだろう?
「あのね?お願いがあるんだけど……」
そう言って、桜は続けて俺へのお願いの内容を口に出してきた。
しかし、その内容はとんでもないモノであった。いや、世間一般的にはそんなとんでもない内容でもないんだけどね……いや…でもしかし…。
俺が「ん~」と腕組みをしながら悩む。しかし、桜はチワワのように瞳を少しうるわしながら首をかしげ、わざとらしく儚げな表情でこちらを見てくる。
無言だが、言外に「お願い」と圧をかけてきているようだ。いや、そんな目で見てくるな!可愛すぎて絆されてしまうだろ!
「お義兄ちゃん……」
「うっ!……わたったよ……」
「やったぁ!!」
更に拍車をかける義妹の可愛さの圧に、俺はとうとう折れてしまった。義妹のお願いをきく事にしたのである。
明日は日曜日だから時間はあるし……まぁ、なんとかなるだろう……はぁ…大丈夫かな?俺の胃袋?
グラウンドの方に目を戻すと、丁度人間ピラミッドが完成していた。俺の中学校の頃と比べれば小さいものだが、その変わり複数作られているピラミッドの光景は、なかなか壮観だ。観客から拍車送られている。
そして、ピラミッドは徐々に解体されていき、この体育祭を三年生達は立派に締めくくった。
夕焼け色に染まっていこうとする空。日が落ちていくと共に体育祭も終わっていく。
人は子供である時間の方が少ない。この綺麗な夕焼け空が見れる時間が日の中で少ないように。子供の時が過ぎ、大人になれば綺麗事ばかりではいられないようになる。雷雲蠢く空のような、激しくも厳しい現実と戦っていかなければいけない。
だから……せめて子供たちにはこの体育祭が、この夕焼け空のように綺麗な思い出として残っていくモノになる事を願う。
そんな事を思いながら、俺は桜に別れを告げ、健太達と共に学校を後にするのであった。




