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俺は主人公にはなれない……だけど、

 入場行進が終わり、各自所定の配置についた。本日最後の競技で、三年生の順位だけでは無く紅白戦の勝敗がこの競技で決まる為、全生徒が注目して見ている。

 第一走者達がスタートラインにつく。俺達にとって中学生最後の体育祭だ。皆真剣な顔つきでスタートの体勢をとっていた。ある人物を除いては……


 ブルブルブル「…よ、四位以上にな、ならないと……こ、殺される……ブツブツ……」


 西川にしかわは何かに怯えているかのように震えて、ブツブツと何かを呟いていた。あぁ~……あのやり取りは逆効果だったか?

 スタートの号令をかける教師がスタートライン付近に立った。いよいよレースが始まる。


『位置について……よーい!……』 バン!


 スタートを告げる銃声が鳴り響き、各自一斉にスタートを切った。そして、信じられない光景がグラウンドで繰り広げられている。


「ひいー!死にたくないぃぃ!!!」


 なんと、西川はスタートダッシュに成功し、一位に躍り出ていたのである。なんだ、やれば出来るんじゃん西川!今度は優しくしてあげよう。

 西川は最終コーナーを周り終える頃には二位に転落していたが、西川にしては凄く大健闘だ。そのまま第二走者の河村かわむらにバトンを渡す。


「な、なんとか生き延びたぁー!!!」


 西川は涙ながらにそう叫んでいた。そんな西川を見て、稲葉いなばは俺の顔じ~と何かを言いたそうに見てきた。いや、確かに含みを持たせた事をアイツに言ったが、さすがに何もする気は無いぞ!?そんな顔で見るのは辞めてくれ!

 第二走者の河村は順位を一つ落として三位になるが、一位とはそんなに離されていない。肝心の四組は、一つ下の順位の四位だ。

 四組より先にアンカーにバトンを渡せば、後は稲葉がなんとかしてくれる。四組のアンカーの小橋こばし以外に敵はいないのだから。

 好ましいレースの展開に少し安心する。しかし、その安心もつかの間、アクシデントが一組に起きる。


「あっ!!」


 俺は思わず叫んでしまう。河村と第三者走者の藤原ふじわらがバトンパスを行おうとするが、スムーズにバトンを渡す事ができず、バトンをお手玉してしまった。

 幸いバトンを落とす事は無く、すぐに藤原は体勢を立て直して走り始めるが、その間に四組に抜かされてしまった。

 四組の選手とは5、6メートル程離されてしまい、レース状況は一変してしまう。

 距離を離されてしまえば、稲葉も四組のアンカーである小橋に勝てるか分からないと言っていた。俺が四組との距離を詰めて稲葉にバトンを渡さないと、俺達一組に勝利はない。

 しかし、俺と争う事になる四組の第四走者は、200メートルと400メートルで都大会に出ている実力者の松岡まつおかだ。距離を詰める事が俺に出来るのか?

 こうしてウダウダ考えている間にも、うちのクラスの藤原と、四組の選手との距離は、少しだが開いているような気がする。

 くそ!考えても仕方がない。足が砕けて使い物にならなくていい!それくらい全力で走りきるだけだ!

 集中だ……集中…少しでも速く走る事だけを考えろ……

 四組のバトンが松岡に渡される。少し遅れて藤原もやってきた。


「松本!すまん!」


 藤原は四組の選手に抜かされてしまった事を謝罪しながら、俺にバトンを繋いだ。

 しかし、そんな藤原の謝罪はどうでもいい。少しでも速く……速く稲葉にバトンを渡さなければ。

 足の指に力が入り、靴越しに大地を踏みしめている感覚が、脳にダイレクトに届く。まるで全神経の感覚が研ぎ澄まされているようだ。バスケの試合をしている時でも、こんな感覚は滅多に無い……

 松岡と俺は、一位と二位を走っていた選手をすぐに抜き去り、トップに躍り出た。

 いける……いけるぞ!

 トップを走る松岡が振り返り、俺との距離を確認して驚いた表情をしていた。少しずつではあるが、確実に俺と松岡の距離は縮まっていた。

 いける!いける!いけるっ!抜いてやる!学年優勝をしてやる!桜の……桜の為にも!!

 俺と松岡コーナーを曲がりきり、最後のストレートに入る。バトンの中継地点では稲葉が真剣な表情をして俺からバトンを受けるのを待っている。


「松本ぉっ!!」


 稲葉が俺の名前を叫ぶ。

 しかし、あと数メートルでバトンを渡せるという所で、左足のふくらはぎに電気が流れるような痛みが襲ってきた。


「痛っつ!!」


 くそ!足を吊ったか!でも、あと少しだ!堪えろ!堪えるんだ!


「稲葉ぁ!!」


 俺は稲葉の名前を叫びながらバトンを繋いだ。そしてそのまま倒れこむ。

 結局、松岡を抜くことは出来なかったが、確実に差を詰めれた。俺は、俺の仕事を完遂する事が出来た……

 倒れこんで左足のふくらはぎを抑えたまま、動けない俺を見て、体育教師が慌てて俺の方へと駆けつけてくる。しかし、観客はそんな俺を見向きもしない。


 ワァー!!!


 稲葉と小橋のデッドヒートに、観客達は大いに盛り上がっていた。そりゃあそうだ。二人は紛れもなく、200メートルの全国トップクラスの選手だ。

 このレベルの戦いは、中学の体育祭でお目にかかる事なんて普通は出来ない。そりゃあ、観客も大喜びに決まっている。

 俺はレースの邪魔にならないよう、トラックの内側に運ばれ、先生から治療を受ける。

 稲葉と小橋はレースの半分くらいのところでほぼ並びかけていた。しかし、小橋にも意地がある。小橋も必死の走りで、なかなか稲葉に先をいかせなかった。

 そんな白熱の展開に、更に観客は盛り上がる。

 あぁ、稲葉…お前はやっぱり凄いしカッコいいよ。それに、本当にいい奴だ。俺みたいに卑屈な奴じゃ、どう足掻いたってお前には勝てない。正直悔しいよ……

 ……でも、そんなお前が今は味方で良かったとも思うよ。


「いけぇー!!稲葉ぁー!!」


 稲葉に向けて、俺は大きな声を出して応援をした。そんな俺の声が届いた訳ではないだろうが、その瞬間に稲葉はとうとう小橋を抜いた。


 ワァァァー!!


 観客も更に盛り上がり、所々拍手も聞こえてくる。

 コーナーを曲がりきり、最後のストレートに入った。その頃には二人の間に大差では無いが、明確に差が目に見えて分かった。

 そして、観客の大歓声の中、稲葉はバトンを持っている右手を高らかに上げながらゴールテープを切った。

 俺達一組の勝利であると同時に、学年優勝が決定した瞬間であった。


「はぁ……、良かったぁ……」


 安堵のため息がもれる。本当に良かった……これで…これで桜の気も少しは楽になってくれたらいいのだけど…。


「松本!!大丈夫か!?」


 つい先程、俺達のクラスに勝利をもたらしてくれた英雄が、心配そうな顔をして、座り込んでいる俺の元へと駆けつけてくれた。

 あぁ稲葉。お前は本当にいい奴すぎるよ……


「大丈夫だ。少し足を吊っただけだ」


 俺は平気な顔をして立ち上がってみせた。足はまだ少し痛むが、立って歩けない程では無い。そんな俺の姿を見て安心したのか、ホッとした表情を見せる。


「松本…お前は本当に凄い奴だな…。さすがは俺のライバルだ」


 それはこっちのセリフだ。嫌味かバカヤロー……っと言ってやりたいところだが、稲葉は本当にそう思ってくれているのだろう。そう言う稲葉の目に一点の曇りも無い。以前、稲葉に「お前の恋は実る事は無いよ」と言った事がある。それは、桜には俺らとは別に好きな人(・・・・・・)がいるからだ。本人にまだ自覚は無い(・・・・・・・)けど……

 しかし、それは桜にとっても障害多き恋だ(・・・・・・)。桜の恋も叶わぬ恋なのかもしれない。そんな時、稲葉なら……稲葉なら桜の事を任せられる。

 今は、稲葉の事をそんな風に思えるようになった。本当に悔しいけど……


「肩を貸そうか?」


「いや、自分で歩けるよ」


 稲葉の申し出を、俺は素っ気なく拒否する。いくら稲葉には勝てないと認めても、俺にだって意地がある。桜が見てるかもしれない場所で助けは受けられない。

 俺は足を少し引きずりながら、退場門へと退場していった。

 俺達リレーメンバーが退場門から出ると、クラスの皆が出迎えてくれていた。

 しかし、皆の目的は、本日のヒーローの稲葉であろう。早々に皆は稲葉の方へと群がっていった。


「稲葉君、凄くカッコよかったよ!!」


「さすが稲葉だぜ!これで人見先生からジュースは頂きだぜ!」


 稲葉に対しての賛辞が鳴りやまない。それはそうだ。俺がどんだけ苦労をして、足を痛めながら稲葉に勝利の望みを繋いだとしても、そんな事は関係ない。

 稲葉がいないと、このレースは何があっても勝ててはいない。俺がどんだけ頑張っても、最大の功労者は稲葉だ。

 クラスの賛辞は稲葉に向けられて当然だ。俺の事なんか、皆どうでもいいだろうよ……。


公平こうへい!!」


「グァッ!!」


 俺が卑屈に物思いにふけっていると、誰かが俺の名前を呼びながら、俺の背中に飛び乗ってきた。その声は、よく聞き慣れた声である。姿を確認しなくても、誰だか間違える事は無い。

 念の為、背中に飛び乗ってきた奴を確認すると、それはやはり桜だった。


「なんだよ、いきなり!離れろよ!」


「エヘヘ」


 足が痛い!足が痛い!早く降りて!ってか、胸当たってるから!

 そんな俺の願いは通じず、桜は一向に降りる様子は無い。桜はより密着してきて、俺の耳に口を近づけてきた。えっ?何?近いんですけど!?

 そして、桜は俺の耳元でボソッと呟いた……




        「公平……ありがとう……」




「!?」


 俺は予想外の一言に全身が固まった。ありがとう?なんで?何がありがとうなの?

 俺は固まった首をなんとか桜の方に向け、桜の顔を見た。すると、桜のは白い歯を見せ、ニコッと無邪気で愛らしい笑顔を俺に見せてくれた。


「……何で?」


「?公平は私の為に必死で頑張って走ってくれたんでしょ?それくらい分かるわよ(・・・・・・・・・・)。何年一緒にいると思ってるの?」


 桜の言葉に俺は動揺し、背中に乗っていた桜を振り下ろしてしまった。そのまま桜は尻餅をついて地面に転落する。


「いったぁぁい!何するのよ!」


「……すまん。トイレに行ってくる」


「えっ?ちょ、ちょっと公平!?」


 俺はそのまま桜の方を振り向かず、桜に顔を見られないよう、足を引きずりながらトイレへと向かう。

 多分、俺は凄く顔が赤くなっている。そして、多分泣きそうな顔をしていると思う……

 桜の言うとおり、俺は桜の為に全力で走った。しかし、それは本当に桜の為になるか分からなかったし、その気持ちを桜に伝えるつもりもなかった。所詮は、俺の自己満足だと思っていた……。

 でも、伝わっていた…桜は俺の事をしっかりと見ていてくれた。皆、稲葉ばかりに注目する中……しっかりと俺の事を……。

 その事実だけで、俺は何故か報われた気持ちになっていた。なんてチョロい奴なんだ。本当に自分に嫌気がさす。


 この世界が、桜の恋にまつわる物語で出来ているのならば、俺はその物語の主人公にはなれない。それは何があっても覆るものではないだろう。

 けど……だけど…、好きな人の為に尽くして、勝手に報われた気分になるくらいはいいよな?

 俺は……この世界で誰よりも桜を愛しているのだから、それくらいは見逃してくれよ。神様……。


 空は夕焼け色になりはじめ、熱を帯びたグラウンドにも冷たい空気が漂いだしてきた。色々な想いが錯綜した体育祭も、終わりの時を迎えようとしていた……。


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