私は走る理由を貰う。
体育祭の競技状況は、各学年の男女別クラス対抗リレーが一年生から始まろうとしていた。二年生の男女別クラス対抗リレーが終われば私達三年生の出番だ。
お義兄ちゃんと離れ、クラスのテントについた私は綾香と公平を探すが、二人の姿は見えない。一体何処にいったのだろう?健太お兄ちゃん達のいる場所を見ても、二人がいる様子は無い。
まぁ、綾香は体育祭の運営の事で離れているのだろう。忙しい綾香とは、お昼休憩の時間くらいしか一緒にいられていない。
公平は……まぁトイレにでも行っているのかな?。二人には、話さないと行けない事がある。
私は二人を探しにクラスのテントから離れる。
「浜崎さん」
綾香と公平を探しにトラック周りの観客席をうろうろしている私を呼ぶ声がする。その声の方を見てみると、同じくリレーに走る椎名さんがいた。椎名さんの周りには他のリレーメンバーがいる。西野さん、持田さん、倖田さんの三人だ。
皆揃って一体どうしたんだろ?作戦会議か何かでもするのかな?
「浜崎さん。ちょっと校舎裏までいいかな?話があるの」
アレ?私シメられるのかな?スケバン椎名さんかな?椎名さんはそんな子ではないけど。しかし、私は校舎裏から戻ってきたばかりなんだけどなぁ。
椎名さんは真剣な表情をしており、私は断る事が出来なかった。椎名さん達に付いていって私は校舎裏に向かう。
「ごめんなさい!」
「えっ!?」
校舎裏に着くなり椎名さんは私に頭を下げて謝ってきた。椎名さんに頭を下げて謝られるような事をされた覚えは無い。私は意味が分からず動揺した。
「ちょっ、椎名さん止めてよ!一体どうしたの?」
椎名さんは下げた頭を上げて口を開き始める。
「……リレーのアンカーの事なんだけど…西城さんから聞いたんだ。本当はアンカーをしたく無いんだよね?」
「!?」
そうか……綾香が言ってくれたのか…。でも、これは私の望まない展開。もうリレーメンバーは変えられないが、走る順番くらいは変えられるだろう……
恐らく、アンカーを変わってくれるという話を椎名さんはしてくる。しかし、それは同情されて、私の嫌な事を椎名さん達に押し付ける形になってしまう…
「本当は、陸上部の私か西野がアンカーを務めるべきはずなのに……。貴方の方が足が速いの知っているから、あの時私達は立候補をせずに、タイム順でリレーのアンカーが決まるようにしてたの…。アンカーになりたくない貴方に押し付けるような事になって…本当にごめんなさい」
「ごめんなさい!」
椎名さんの再び頭を下げ謝罪をし、続けて西野さんも頭を下げて謝罪してくる。本当に辞めてほしい。この二人は何も悪くない。タイム順でアンカーを決めるなんて、うちのクラスだけでは無く他のクラスでも行われる事だ。
そうなるようにあえて立候補しなかったとしても、別に陸上部だからといって立候補しないといけない義務なんて無い。
ましてや彼女達は私がリレーのアンカーになりたくない事を知らなかった。そんな彼女達に一体なんの罪があるのだろうか?
「浜崎さん……」
椎名さんは再び下げた頭を上げて、私の名前を呼ぶ。あぁ、アンカーの交代を打診してくるんだろうなぁ…。
椎名さんだって、あの時に立候補しなかったという事は、リレーのアンカーをしたく無いという事だ…それを押し付けてしまうのは嫌だ。
「浜崎さん。それでも貴方に私達のアンカーをお願いしたいの!」
「!?」
椎名さんの口から出た言葉は意外な言葉であった。てっきりリレーのアンカーを交代すると思った私は拍子抜けした。
え?いや、今になって交代されるより、アンカーをこのままする方が気が楽だけど……
椎名さんは私の右手を両手でギュっと握りしめ、話を続ける。
「悔しいけど、私は貴方より足が速くない…長い距離を走るアンカーは一番足の速い貴方が走るのが、やっぱり一番最適だと思うの……私は、このリレーに勝ちたいの!」
椎名さんの私を見つめる眼差しが熱い。私とは違い、このリレーに真剣に勝ちたがっているのが目にうかがえる。陸上部で公式戦に出るような子が、なんで体育祭のレースなんかにそんな拘るの?
私は椎名さんの熱量に少し困惑する。困惑した私に椎名さんは気づいたのか、私の手を話して少し照れたようにほっぺを赤くして、それでも話を続けた。
「私は…同じ陸上部のユキや倉木に勝った事が無い。タイムを競うレースでは、奇跡が起きて勝てる事は滅多に無い……私は、一度でいいから…どんなレースでもいいからあの二人に勝ってみたい」
椎名さんの顔が悔しいそうな表情に変わっていく。恐らく、私にアンカーを託す行為は椎名さんにとって不本意なのだろう。それでも、最善の勝つ方法がそれなのだ。椎名さんは、それほどあの二人に勝ちたいのだ。
「まぁ、私はリレーのアンカーなんて誰でもいいんだけどね。でも、学年優勝のジュースは欲しいしね。男子は稲葉君と松本以外は頼りないし、ここは私達女子がめんどくさいけど頑張るしかないでしょ?」
「せやで!浜崎さん!うち達が頑張らな学年優勝は無理や!それに、もし負けたとしても文句を言われるいわれは無いで?うちのクラスを代表して走ってくれる浜崎さんに文句を言う奴がいたら、うちがソイツをいてこましたる!」
クールな口調の持田さんと、関西弁が特徴の倖田さんが、椎名の話に続けて私に発奮を促してくる。
持田さんはクールなイメージだったけど、意外に学年優勝のジュースが欲しいんだね。倖田さんはそこまでしなくていいよ?暴力はダメ!
「……浜崎さん。浜崎さんが一人で抱え込む事はないんだよ?リレーはチーム競技だから……。負けてもそれは私達皆の責任……。浜崎さんが一人でが抱え込む事はないよ……」
物静かで内気な西野さんが、うつむきながらボソボソと私に話す。
私は一体何を一人ウジウジと考えこんでいたんだろう?リレーで負けたらクラスの皆は私にガッカリする、恥ずかしい等と……
お義兄ちゃんがさっき言っていた。クラスの皆が皆、そういう風に思うわけでは無いと。お義兄ちゃんの言う通りだ。
私は、大切なクラスメート達を信用しなさすぎだ。
「皆……ありがとうね!私、頑張るよ!絶対リレーで勝って、学年優勝しようね!」
「…浜崎さん」
私は出来る限りの笑顔で皆の励ましに応えた。その私の姿を見て、椎名さんはホッとした顔をしながら私の名前を呟やいだ。
椎名さんは私がアンカーになった事に対して、本当に責任を感じていたのだろう。そんな事を思わせてしまって、本当に申し訳ない。
この責任はリレーを全力で走りきる事で果たすとしよう。でもその前に、私にはやらないといけない事がある。
私はリレーのメンバー達の元から離れ、体育祭の運営委員が働いているテントの方へと向かう。綾香に会いにいく為だ。
運営委員のテントに着いた。運営委員の人達はせわしなく働いていた。大会の終わりに向けて動いているのだろう。その中から私は綾香を探す。
「……いた」
綾香は体育祭で使った備品の整理をしていたようだ。大きくて赤いコーンを両手でかかえている綾香の姿はとても可愛い。私はそんな綾香に声をかけにいく。
「綾香!」
「……桜……」
私の呼び掛けに気づいた綾香は、少し気まずそうな反応をした。恐らく、私のアンカーの悩みを椎名さん達に裏で言った事を気にしているのだろう。
綾香は申し訳無さそうな顔をして、持っていた大きなコーンを地面に置く。申し訳ないのはこちらの方なのにな……。
リレーのアンカーの悩みを、私から綾香に言った事は無い。綾香の方から気づいてくれたのだ。だから、私は綾香の前ではなるべく気丈に振る舞い、心配をかけないようにしていた。
しかし、そんな私の心理も近くにいた綾香にはお見通しだったのだろう。お義兄ちゃんの言葉を借りれば、恐らく私のそんな態度は綾香を傷つけていたのだ。
綾香はそんな私を見かねて裏で動いてくれたのだ。そんな積極的に行動に出れる子では無いのに……私の為に…
しかし、今その事について綾香に謝る事は、私のするべき事では無い。私がしないといけない事は……
「綾香……、綾香はクラスのリレーで私達が勝って、学年優勝したい?」
私の質問に、綾香はビクッと反応した後に、斜め下にうつむきながら少し考えこむ。そして、私の顔を見て少し歯切れの悪い口調で答える。
「私は別に…、優勝出来るにこした事はないけど、優勝はそんなに……」
「そっか……」
そりゃあそうだ。優勝に拘る子も結構いるみたいだけど、綾香はそこに拘るような子では無い。争いを好まず、皆が幸せに過ごす事を願う子だ。私のした質問は、綾香の近くにいる人間がする質問としては馬鹿な質問だ。しかし、私がそんな自分の馬鹿さに嫌気をさしていると、綾香は更に言葉を続けて話してくれた。
「でも……桜がリレーを一位でゴールして、桜が笑顔でレースを終えたら、私は嬉しいかな?」
綾香はニコッと笑ってそう言ってくれた。綾香……ありがとう。本当にありがとう。
そう言ってくれた綾香に報いる為に、私がやらないといけない事は一つだ。
「ありがとう!綾香!見ててね!私がクラスに優勝をもたらして上げるわ!」
私は右腕で力こぶをつくり、綾香にもう大丈夫だよと全力でアピールした。
お義兄ちゃんに…椎名さん達に…綾香に…私は皆に走る理由を貰った。私はもうリレーで走る事に迷いは無い。
「桜ぁ……」
綾香はそんな私の姿を見て安心したのか、目に涙を浮かべていた。綾香…本当に心配をかけてごめんね。
私は目に涙を浮かべる綾香に抱きついた。
「綾香……本当にごめんね。ありがとう」
「グスッ……桜ぁ……」
綾香は堪えていた涙が、まるで堰が外れていたかのように流れていた。私の頬にも涙がつたう。
体育祭のリレーなど、他の人にとってはそんな大したモノでは無いのであろう。私一人が重く考えていただけだ。だけど、私にとってこのリレーは特別な意味を持つものになった。




