稲葉と松本。②
体育祭の競技もどんどん進行していき、午前中の競技も残すところあと一つとなっていた。その競技とはクラブ対抗騎馬戦である。
体育祭の得点とは関係が無い、言わばエキシビションマッチの様なモノである。スポーツ系のクラブは勿論、文科系のクラブも参加するお祭り競技であり、各クラブ最大二組がエントリーが出来る。
お祭り競技とは言え、スポーツ系のクラブにとっては部のメンツがかかっており、毎年プライドとプライドがぶつかり合う激しい競技となっている。
そのクラブ対抗騎馬戦に、陸上部の稲葉とバスケ部の公平が参加していた。
騎馬戦に参加する生徒達は、グラウンドで闘いの始まりを告げる号令が出るまで待機をしていた。
「やぁ、松本!恋のライバルとして君には絶対負けないよ!」
「あっ、そう」
稲葉と公平は隣同士で待機をしている。桜に好意を抱いている稲葉は、同じく桜に好意を抱いている公平に、騎馬戦での宣戦布告を行っていた。しかし、とうの公平は素っ気なく返事を返す。
「ってか、お前いつから桜の事が好きになったんだよ」
「え?中学一年の頃。ってか、入学してすぐ好きになった。一目惚れに近い感じかな?」
「マジかよ……」
公平のストレートな質問に、稲葉もフルスイングで応える。その潔さに流石の公平も動揺の色を隠せなかった。まさか、そんな前から桜の事が好きだったとは、公平は予想していなかった。
「まぁ、浜崎さんはいつも一緒にいる松本と付き合ってると思ってたからな。内心諦めてはいたんだ。しかし、一緒のクラスになってどうやら松本と付き合っていない事がわかったし、今からはガンガンアピールさせてもらうよ」
「はぁ~、まぁ頑張ってくれよ」
「なんだ?いいのか?」
「いいも悪いもお前の自由だろ。お前の言う通り、俺は桜とそういう関係では無い。たた、俺の片思いなだけだ。止める権利なんて何処にもないだろ?」
「そうか……」
稲葉は公平の事を認めている。桜の事に関しても、公平に負けるのであれば仕方が無いとさえ思っている。そんな公平の張り合いの無い態度に、稲葉は少しガッカリとしていた。
『それでは皆さん!騎馬を作ってください!』
放送委員のアナウンスが、待機している生徒に騎馬を作るよう指示を出した。いよいよ部のプライドをかけた試合が始まる。
「とりあえず松本!この騎馬戦お前に負けないからな!」
「はいはい」
稲葉と公平は、お互いの部活仲間達の元へと向かい、騎馬を作り始めた。稲葉と公平は騎手を務めている。
『それでは!始め!』 ドーン!!
体育教師が叩く太鼓の音を合図に、騎馬戦が始まった。四方八方騎馬が入り乱れるド迫力のバトルロワイヤルに、観ている観客から大きな歓声が出ていた。
「とりゃー!!」
稲葉の騎馬は積極的に他の騎馬のハチマキを奪取していた。稲葉の騎馬は当然陸上部である為、スピードでは他の騎馬を圧倒している。それに加えて騎手の稲葉の運動神経により、さながら中国三国時代の猛将呂布の様に、一騎当千無双状態であった。
「省エネ、省エネ」
一方の公平は、隅の方で気配を消しており、極力敵とは戦わない戦法をとっていた。今回の優勝条件は、奪取したハチマキの数を競うのでは無く、最後まで生き残った騎馬になる事が優勝条件である。公平は最後の戦いにまで体力を温存する作戦に出た。
そして時は流れ、最終的に稲葉と公平の騎馬が生き残った。稲葉が奪取したハチマキは10個。公平はたったの一個であった。
「さぁ松本!最終決戦だ!逃げまわっていたようだけど、もう逃げられないぞ!」
「ふん」
稲葉と公平の騎馬は一定の距離を保ち、睨み合っていた。
ジリジリと距離を近づけていく両者。その間合いの詰め方には緊張感が漂っており、先程まで盛り上がっていた観客も静まりかえっていた。
「そちらから行かないなら、此方からいくぞ!」
稲葉の騎馬はスピードを生かし、ぐるッと公平の騎馬を回るようにして公平の騎馬の背後をとった。
「何!」
「もらったぁ!!」
背後をとった稲葉は、公平のハチマキを獲りにかかる。しかし、騎馬の方向転換は間に合わなかったが、公平は上手くバランスをとって背後を振り向き、右手をポケットに入れてあるモノを取り出した。
「甘い!」
バシャッ!
「うわ!!め、目がぁ!!」
なんと公平はポケットから砂を取り出し、それを稲葉の顔にめがけて投げたのだ。稲葉は目に砂が入り、混乱していた。
このダーティープレイを観ていた観客は呆気にとられており、ブーイングがチラホラと聞こえてきた。
「ひ、卑怯だぞ!」
「勝てばよかろうだよ!」
公平は稲葉との勝負にやる気の無い素振りをみせていたが、それは相手を油断させる為の演技であった。
桜の事が好きな稲葉の事を何とも思っていない訳が無い。恋のライバル宣言をされて、公平にとってもそんな奴に負けるのというのは癪に障る事であった。
しかし、敵を騙すにはまず味方から。仲間にもこの戦法を教えていなかった公平は、騎馬になっていた味方からドン引きされていた。
「公平……お前……」
「うるせえ!もらったぁ!!」
公平は稲葉のハチマキを獲ろうと手を伸ばす。しかし、次の瞬間信じられない光景が繰り広げられた。
「くらえぇ!!」
パシャ!
「うわ!め、目がぁ!!」
なんと稲葉も砂を隠し持っており、それを公平の顔面に投げつけたのであった。目をやられて悶絶する公平。それまでの一連のやり取りを観て、観客達は大爆笑をしていた。
「ハッハッハッ!奇襲とは、絶対やりそうに無い奴がやることによって、最大限効果が発揮されるのだ!油断したな!松本!」
「にゃろぉ……」
稲葉は砂でやられた目を瞑ったまま、爽やかに高笑いをしていた。普段なら稲葉はこんな汚い手を使うような人間では無い。しかし、稲葉にとって公平は汚い手をつかってでも負けたく無い相手なのである。
だが、今回の戦法は味方の騎馬に教えておらず、騎馬になった味方もドン引きしていた。
「この勝負もらったぁ!!」
「やらせるかよ!」
稲葉と公平はお互いの手を掴み合い、プロレスさながらの壮絶な力比べへと発展する。この時の観客のボルテージは最高潮に達していた。
しかし、あまり見えない目にバランスの悪い騎馬上での力比べ。二人の体はどんどん横へと傾いていった。そして、ほぼ地面と水平になるまで二人の体は傾むいていき、支えきれなくなった陸上部とバスケ部騎馬はバランスを崩して崩壊していった。
「ぐぁわぁ!」
「ぎゃす!」
騎馬が崩壊して、稲葉と公平は変な叫び声を出した。あまり目が見えていなかった二人は、騎馬がなんで崩れたかはよ良くわかっていなかった。
ドーン!! 『それまで!競技終了です!』
競技の終了を告げる太鼓の音とアナウンスが流れる。
『陸上部とバスケ部は凶器攻撃を行った為、失格!反則負けとします!よって、今回の騎馬戦は優勝チームは無しです!皆様、お疲れ様でした!』
「ワハハハハハハ」
アナウンスが言った裁定に、観客席から爆笑が起きる。騎馬戦で砂を忍ばせて攻撃に使うなど、前代未聞である。稲葉と公平はこの後教師達にしこたま怒られる事になる。
「よぉ、稲葉」
「なんだい松本?」
二人は目の痛みが引いており、バッチリと目が見えている状態になっていた。
「お前があんな事をするなんて思っても見なかったよ。でもいいのか?学校の人気者がそんな事をしてたら、皆のイメージ崩れるぞ?」
「君から先にやっておいてよく言うよ。それになんのイメージだい?あれしきの事で崩れるイメージなんか俺はいらないよ」
稲葉は爽やかな笑顔を作って公平の質問に答えた。稲葉は人気者になろうとして人気者になった訳では無い。自然体に生きていたら人気者になっていたのだ。取り繕うような事を稲葉は決してしない。いや、する必要が無いのだ。
公平は稲葉の度量の大きさに、「こいつには何をしても敵わないかもしれない」と思った。
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