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稲葉と松本。

 さくら公平こうへいが喧嘩をした次の日、桜と公平の二人は会話らしい会話をする事が無かった。しかし、クラスでの二人の席の配置が前後ろである為、会話はする事が無くても頻繁に二人はすれ違っている。その度に二人は険悪な雰囲気を醸し出していた。

 喧嘩をしても翌日には自然と仲直りをしているのが常であった為、こういった光景は中々珍しい。二人の幼馴染みである綾香あやかも、心配でオロオロとしていた。


「……ね、ねぇ桜?ま、まだ仲直りをしないの?……」


 二人の険悪な態度に見かねた綾香は、公平がトイレで教室を出たタイミングで桜に尋ねた。その尋ね方は、腫れ物を触るが如く恐る恐る聞いており、それ程に桜の威圧感は凄いモノであった。


「知らないよ!だってアイツ朝からあんな感じの態度なんだもん!俺はまだ怒ってますよ!?みたいな雰囲気を出しながら!」


 実際、桜の方は普通に仲直りが出来ると思い、気まずいながらも公平に話しかけようとはしていた。しかし、桜が挨拶をしても、そっけない返事や態度を公平はしており、仲直りをする意思を、公平の方が全く見せなかったのである。

 どちらかと言えば、いつも喧嘩をして折れる方は公平の方である為、その公平がそんな感じであれば、仲直りをする術は桜には無い。


「でも……二人が喧嘩してるの私嫌だよ…。確かに公平君もいつもと違って凄く意地をはっている感じだけど……」


「取り敢えず、もうこうなったら私から謝らないから!そもそも、今回の喧嘩もアイツからふっかけて来たみたいなもんなんだから!」


 桜は腕を組み、口を空気で膨らませながらプンプンしていた。その怒り方は少し可愛いと綾香は思った。


 一方、その頃公平はトイレで用を足そうとしていた。便器の前に立ち、スボンのチャックを開け、用を足す準備が完了する。そしていざ事に移そうとしたその瞬間、公平の隣の便器で誰かが用を足そうといきなり現れた。


「よう松本まつもと浜崎はまさきとの喧嘩はまだ終わりそうにないの?」


 公平の隣に現れた人物は稲葉いなば 良太りょうたであった。稲葉は現れるや否や、公平に桜との喧嘩の状況について笑顔で尋ねてきた。そして、二人は一斉に用を足し始める。

 公平は、稲葉の質問には答えず、逆に質問を稲葉に投げ掛ける。


「何?なんで喧嘩している事を知ってるんだ?」


 稲葉は笑顔ではあるが、少し気まずそうに顔を引きつけながら答えた。


「いや、二人を見てたら普通にわかるっていうか……それもあるけど実は昨日二人が校舎裏で喧嘩をしている場面を見ちゃったんだよねぇ」


「ふ~ん」


 公平は稲葉の返答にそっけなく返事をした。そして用を足し終え、便器を後にして手洗い場へと向かった。


「待てよ!」


 公平が手洗い場に行く様子を見て、稲葉も慌てて自分の自分をしまい、公平の後をついていく様に手洗い場へと向かった。


「なんだよ?ストーカー」


「うっ!」


 公平は、手を洗いながら稲葉に強烈な皮肉をお見舞いする。稲葉は少したじろいで、後ずさりをしながら上体を引いた。しかし、稲葉はすぐさま体勢を整えて弁明を開始した。


「いや、違うって!たまたま遭遇したんだって。昨日の昼休み、朝練を無断で休んだ罰で部室の掃除をやらされてたんだよ!それで部室の中に置きっぱなしになってたコーンを体育倉庫に直しいこうとしたら、たまたま君らの喧嘩も目撃したんだよ!ほら、部室とあそこの校舎裏近いだろ!?」


「ふ~ん」


 公平はまたそっけない返事をした。そして手を洗い終え、カラフルな色をしたハンカチを、ズボンの後ろポケットから取り出し、濡れた手を拭いた。


「すぐ立ち去ろうとしたんだけど、なんか喧嘩の原因は俺っぽいじゃん?それで喧嘩話を最後まで聞いてしまって……。いや、本当に悪かった。ごめん」


 稲葉は、公平に軽く頭を下げて謝罪した。


「なんで謝ってるの?」


 公平には稲葉が謝罪をしている意味が分からなかった。

 喧嘩を目撃してしまった事に関して言えば、誰かが通るかもしれない場所で喧嘩をした公平達に否がある。喧嘩の原因になった事に対してなら、それは公平にとってお門違いな謝罪であった。

 稲葉と桜が一緒に登校した事について、公平は稲葉に対して怒りの感情はないし、それが喧嘩の原因だと公平は認識していない。


「いやぁ~。まぁ俺が浜崎と一緒に登校した事が気に食わなかったのかなと思って。多分、松本って浜崎の事を好きでしょ?」


 稲葉は公平に対して凄い豪速球を投げつける。普通は、もう少しオブラートに包んで話すような内容だし、普段の稲葉のコミュ力であるならば、もっと上手く遠回しな表現で話す事は出来たはずである。しかし、稲葉はあえてストレートに話してみた。稲葉にとっても、この喧嘩に対して何かしら思うところがあるのである。

 だが、公平は稲葉の豪速球に対して動揺する姿は見えない。


「あぁ、俺は桜の事が好きだよ?お前と桜が一緒に登校した事についてはどうでもいい」


 稲葉の豪速球に、公平はフルスイングで答える。公平が恥ずかし気もなく、あまりにも淡々と「好きです」宣言をした為、逆に稲葉が少し照れ臭くなり動揺していた。


「す、少しは照れるなりしろよ!余りにも素直に答えるからこっちが恥ずかしくなるじゃないか!」


「何でお前が恥ずかしくなるんだよ?……まぁ、別に隠しているつもりは無いからな。お前も桜の事が好きなんだろ?」


「おう!!」


「お前も即答じゃん。……なんか照れるじゃねえか」


 稲葉のカウンターに少し照れてしまう公平であった。しかし、すぐに平静を取り戻し、公平は手洗い場を後にしてトイレから出ようとした。だが、稲葉は「待てよ!」と言いながら公平の左手を自分の右手で掴み、公平がトイレから出るのを制止した。


「まだ話は終わってはいない!」


 公平を引き留める稲葉の顔は、先程までの飄々とした笑顔とは一変し、左右の眉を引き付けながら真剣な表情をしていた。公平を見つめる稲葉の瞳には力強さがある。しかし、当の公平はそんな稲葉の表情よりも、稲葉の右手が気になって仕方がなかった。


「……おい、稲葉……お前その手洗ってないだろ……」


 公平はゲンナリした表情で言った。稲葉はそう言われて自分の右手に目をやり、「ハッ」とした表情をして公平の左手を離した。


「いや~!悪い悪い!」


 稲葉は少し困った笑顔で謝罪をする。公平は少しムスッとしながら、再度手洗い場で手を洗い始め、稲葉も隣で手を洗い始めた。手を洗う間は二人とも黙って手を洗い、しばらくして、二人は同時に手を洗い終えた。

 二人はハンカチを取り出し、濡れた手をハンカチで拭いていると、稲葉の方から沈黙を破り、先程の話の続きを再び真剣な表情でしはじめた。


「俺と浜崎が一緒に登校するのがどうでもいいなら、どうして浜崎に対して怒っていたんだ?あの時、浜崎に俺と一緒に登校していた理由を松本は聞いていたじゃないか?」


 稲葉の質問に、公平は少し考え込むように少し上をむいて沈黙する。……そして、しばらくして口を開け始める。


「お前さ、なんで部活サボってまで桜と一緒に登校したの?」


「それは、浜崎のプライバシーに関わる部分もあるから答えれない。浜崎も答えて無かったしな」


「どうせリレーのアンカーの事かなんかだろ?」


「!?」


 公平の発言に、稲葉はビックリした表情をみせた。


「浜崎が本当はリレーのアンカーをしたくない事を、松本は知っていたのか。本人から聞いていたのか?」


 稲葉の質問に公平は薄ら笑いを浮かべ、何処か少し悲しげな表情をした。


「はっ、アイツがそんな悩み事を俺に言うかよ。……でも、アイツを見てたらなんとなく分かるんだよ。お前だってそうなんだろ?」


「……あぁ、そうだな」


 現に稲葉も、桜からリレーの話を聞いた訳では無い。稲葉は桜の事が好きな故に、人一倍桜の事を見ている。それは公平も同じである。

 よく見ているが故に、ちょっした仕草や声のトーンの変化で違和感を感じ取れる。当然、それだけで100%相手の気持ちや悩みを理解する事は出来ない。人は信頼しあい、言葉を交わす事で相手の気持ちを理解する事が出来る。いや、理解に近づく事が出来る。だからこそ、公平は桜に対して憤りを感じている。


「アイツは俺にそんな悩みや困っている事を話さないからな……。綾香には話したみたいだし、お前にも聞かれたからだろうけど、話したんだろうしな……。……俺はそれがムカつくんだよ」


「じゃあ、俺みたいに本人に直接聞けばいいじゃないか。あんな遠回しに一緒に登校をした理由を聞くのでは無く」


「アイツから俺に言ってこないのに、そんなストレートに聞けないよ。俺は……アイツから俺に言ってほしいんだ……」


 だから、公平は桜に稲葉と一緒に登校する理由を聞いたのだ。悩みの確信を自分から直接聞きだすのでは無く、遠回しな質問をして、自分から悩みを言ってくれるのをあくまで促しているだけ。

そんなやり方に意味が無い事は、公平にも分かっている。結局は、直接聞いているのと変わりはない。しかし、自分から悩みを決して話してくれる事が無い桜に対しての、公平なりの精一杯の抵抗であった。

 それでも桜は、公平に自分の悩みを話す事は無かった。桜にとって公平は、自分の悩みを打ち明けられる存在では無い。頼りにしてくれている存在では無い。

 それは、物心がついた時からの幼馴染みとして、その人を愛する者として、ひどく傷つく事であった。


「まぁ、俺はそんな事で好きな人にあんな態度をとってしまう、ケツの穴の小さな奴さ。自分でも嫌になるよ……」


「いや……、気持ちはわからんでもないさ」


 自嘲気味に話す公平に、稲葉は優しい口調で返す。公平と稲葉の立場は違う。稲葉は桜に直接悩みの事を聞けたのは、それはまだ稲葉と桜の仲が深くないからだ。稲葉はそれを聞くことで仲を深めようと、自分をアピールしていたのである。しかし、公平のように既に親密な関係であるはずなのに、自分から悩みを相談してくれる素振りすら見せてくれなければ、逆にその事を聞く事に躊躇してしまう。

 聡い稲葉は、公平の立場で考え、公平の気持ちを理解した。


「松本、俺達はライバル(・・・・)だな!」


 稲葉はちゃんと洗った手を差し出して、笑顔で公平に握手を求めた。しかし、公平はその握手に応じることはなく、「ハッ」と少し鼻で笑って、からかうような表情を見せた。


「稲葉。残念だけどお前の恋は実る事は無いよ」


 公平の挑発に、稲葉は嫌な顔を見せず応戦する。


「言うねえ~。つまりは、お前が浜崎と付き合うって事か?確かに、お前の方が今はリードしてるかもしれんが、此方だって負けないよ?」


「………………ちげぇよ」


 公平は稲葉の応戦の言葉を、すこし間をおいて否定した。そして黄昏た表情をして、少し上を向いてしばらく少しまた間を置いた。


「……俺の恋も実らないんだよ……」


「??」


 公平の黄昏ながら言った言葉に、稲葉は怪訝な表情を浮かべた。公平の言った言葉に理解が追いつかなかったのだ。しばらくお互い沈黙し、稲葉はその沈黙を打ち破る為に口を開けようとするが、


「松本、それって……」


キーンコーンカーンコーン。


 稲葉の話を遮るように、休み時間の終わりを告げるチャイムがトイレに鳴り響く。二人は「ヤベッ」と口を揃えて言い、ダッシュで教室の方へと向かった。次の授業は怖くて厳しい事で有名な、大山先生の社会の授業である。大山先生が教室に入って来る時に席に着席していないと、かなり怒られるのである。

 二人の焦りながら走っている足音が廊下中に響きわたっていた。




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