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公平と新藤。

「桜井先輩!只今戻りましたっ!」


 時計の針は夕方の4時を指している。海で遊んでいた皆を引き連れて、新藤が敬礼ポーズをしながら元気よく帰還報告をしてきた。玄関先で出迎えていた俺も、「うむ」と言いながら敬礼ポーズを返す。

 俺の身を案じてくれていたのだろう。俺と新藤のしょうもないミニコントを見ていた健太が、「元気そうじゃねえか」と声をかけてくれた。


「おう!完全復活だぜ!」


 俺はそう言って、力こぶを作りながら復活をアピールした。すると、「じゃあ今夜も朝まで酒に付き合えるな」という、悪魔の囁きが俺の耳へと届いてきた。

 当然、囁いてきた悪魔とは川瀬の事だ。


「ふざけんな。明日の昼にはここを出発するんだ。車を運転しなきゃならんのに、あんなサバトに付き合えるかよ」


「なんだよ、サバトて?」


 今日も夜通し酒を飲むつもりかコイツは。朝まで飲んでてほとんど眠っていないはずなのに、一体コイツはいつ寝るつもりなんだ?

 まさか、ここにいる間は寝ずにいるつもりか?遊びに人生かけすぎだろ。死ぬぞ?

 俺は川瀬に呆れた気持ちで視線を向けていると、川瀬の向こう側でスマホの画面に夢中になっている二人の娘を見つけた。その二人とは、実の妹と義理の妹の妹コンビである。

 おかしい。実の妹の方はともかく、義理の妹の方がスマホに夢中にで俺に声を掛けないなんて。一体何をそんなに夢中になっているんだ?

 そんな妹の行動に少し寂しさを覚えていると、新藤がヘラヘラとした声で「先輩!先輩!」と声をかけてきた。俺は「何?」と返事をする。


「今日この後、海の方で花火大会があるみたいなんスよ!屋台も沢山あるみたいなんで、晩飯早くすまして行きましょうよ!」


 新藤の目はキラキラと輝かし、ワクワクしている様子だ。


「花火大会?へぇ~、そんなのあったんだ。たまたまこの日程でここに来たけど、それはラッキーだな」


「でしょ!?ねぇ、行きましょうよ!」


「……そうだな。折角だし行くか」


 俺がそう伝えると、新藤は「ヤッター!!」といいながら両手を上げて喜んだ。川瀬と川瀬の友達も、中学生達と一緒になって喜んでいる。

 しかし、そんな子供みたいな大人達すらもはしゃいでいる中、桜と八重はそんな空気を意に介さず、未だにスマホに夢中になっている様子だ。

 

「ねぇねぇ、綾香ちゃん?」


「なんですか?お兄さん?」


「うちの妹二人はさっきから何してんの?スマホに夢中でさっきから微動だにしないんだけど?」


「え〜と、なんだかスマホのゲームにハマったみたいで…」


「ソシャゲに?」


「はい。『男女比99:1、逆ハーレムで天下を獲れ!トキメキスケバン物語』っていうゲームみたいなんですけど、八重が桜に進めて、今あんな状態です」


 なんちゅうタイトルだ。ガラゲー時代にゲームアプリが乱立していた頃のネーミングセンスだな。そんな変なゲームをうちの大事な妹に勧めんなよ。あっ、勧めたのもうちの妹なのか。

 うちの妹は本当にどうしようもねえな。


「……まぁ、いいか。取り敢えず、飯の準備でもするか。新藤、手伝えよ」


「ウッス!」


 新藤の元気な返事と同時に俺はキッチンへと向かう為、きびすを返した。すると、それを制止するかのように「待って!」という男の子の声が耳へと届いてきた。

 声が聞こえてきた方へ目を向けると、制止してきた声の主は公平であった。公平は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。その姿は何か思い積みている様にも見える。

 俺は「どうしたんだ?」と公平に問いかけた。


「いや、あの……。少し新藤さんにお願いがあって……」


 新藤は右人差し指で自分を指しながら「俺に?」と少し驚いた表情をしながら、公平に聞き返していた。


「はい……。海から帰ってきたばかりでお疲れの所申し訳ないんですけど、俺と1on1をしてくれませんか?」


「1on1?バスケでって事?」

 

 バスケ以外に何があるんだよ?


「そうです」


 公平のいきなりの申し出に、新藤は先程のはしゃいでいた時とはうってかわって、ポカーンとした様子であった。

 しかし、すぐにポカーンした顔は真剣な表情へと変わる。そして、新藤は数秒の沈黙の後に、俺に伺いを立てるようにコチラへと顔を向けた。


「飯の準備の事は気にしなくていいよ。手は足りてるから」


 俺が新藤へそう告げると、新藤は笑みを浮かべて公平の方へ顔を戻した。そして、体を回してストレッチをしながら、「じゃあ、一丁やりますか!」と、快く公平の申し出を受け入れた。


「あ、ありがとうございます!」


 公平は礼を言うとともに新藤へ深々と頭を下げた。バスケットボールプレイヤーとして、公平なりに新藤の事をリスペクトしているのであろう。


「公平君。言っとくけど、手加減をする気はないからね」


「はい!それでお願いします!」


 手加減をしない。つまり、全力を出すという事は相手を認めているという事だ。新藤も公平に対して敬意を払っている証拠だ。

 ……まぁ、新藤は敬意云々関係なく、全力プレイしか出来ない可能性も否めないが。

 

 今回、桜が公平をここへ誘った理由は、敗戦の傷を癒やす、もしくはそれを忘れてリフレッシュをしてほしかったからだろう。桜は公平があの大会にどれだけの情熱を注いでいたか一番知っている。

 けど、結局忘れる事なんて出来ないんだ。目を背けても何も変わらない。傷ついても前を向かないと行けない。公平はそんな道を歩もうとしているのだ。

 誰だって負けたら悔しいし、落ち込む時もある。その想いが真剣であればあるほどに。でも、何処かで吹っ切れないといけない。

 公平が新藤との1on1に何を見い出そうとしているのか、俺は正確に理解する事は出来ない。だけど、公平は何がしら前へ進みたいんと思う。

 戦士に休息は必要だ。しかし、心の傷は前を向くことでしか癒やす事はできないんだ。公平はそれを理解している。 


 桜、公平は大丈夫だよ。

 公平はドロップアウトした俺なんかと違って強い男だ。真剣にバスケで食っていく道を歩もうとする限り、今後も落ち込んだりする事はいくらでもあるだろう。

 でも、きっとその都度課題を見つけて自分で立ち直っていくはずさ。



 だから桜、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。



 俺は、いつの間にスマホ画面から目を離し、公平を見つめている義妹に向かって、心の中で密かにそう呟くのであった。

 

 


 

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