川瀬は遊びたい
「あぁ〜……私も遊びだい〜。ねぇ、桜井ぃ〜。私も皆と海で遊びたいよぉ〜」
バーベキュー準備組として先に別荘へと連れてこられた川瀬がロクに仕事もせず、クーラーBOXにもたれかかりながら愚痴をこぼしていた。
現在、俺と川瀬は庭でバーベキューの準備をし、健太と新藤は追加の買い出しに出かけていた。
「早くお前も手伝えよ。準備が早く終われば俺達も海で遊べるんだから」
「あぁ〜ヤダヤダ。頭の固い大人みたいな事を言っちゃってさぁ〜。桜井は子供心っていうやつを何処かに置いてきちまったのかねぇ〜」
川瀬はそう言うと、クーラーBOXの中からキンキンに冷えた缶ビールを取り出し、フタをプッシュ!っと音をたてて開けるのであった。
「おい、それは大人にならないと飲んではいけない飲み物なんだが?」
「かぁ〜!!ビールうめぇ~!!キンキンに冷えてやがるぜ!!犯罪的だぁ!!」
「話聞けよコラ」
ったく、これだからは元ヤンは……。もう川瀬を相手にするのはムダだと悟った俺は、川瀬の存在を無視して粛々と作業を行うとするのであった。
元々コイツには別荘の鍵を開ける事くらいしか期待してない。戦力として連れてくるなら公平の方が真面目に働いてくれただろう。
コイツはコイツの仕事を果たしてくれた。あとは酒をダラしなく飲むだけの不快なオブジェとして、俺の邪魔だけをしないでくれればいい。
しかし、そんな俺の願いは通じる事はなく、川瀬は無駄に絡んでこようとしてきた。川瀬は酒を片手に俺の背中へといきなり「桜井も飲もうよぉ〜」と言いながらもたれ掛かってくる。
薄い布地に露出度の高い格好をしている川瀬にもたれ掛かかられた俺は、胸の感触がモロに背中に伝わり、ビックリして飛び跳ねてしまう。
「だぁ〜!!何してんだよ!!」
「なんだよ〜。顔を赤くしてさぁ〜。大人ぶってる癖に反応は子供みたいだな。童貞か?」
「んな訳ねぇだろ。お前がはしたなすぎるだけだ馬鹿。あと、俺はこの後皆を迎えにいかなくちゃいけないんだ。酒が飲めるはずがないだろ?馬鹿」
「ハハハハハ。また馬鹿って2回言ったな?」
本当にコイツは……。まぁ、荒れていた中学時代の川瀬より、今の川瀬の方が幾分かマシか。この前の桜の件といい、川瀬がいいやつだと俺は知っている。
関わりが深くなった分、ヤンキー時代の川瀬より、今の川瀬の方が実害はあるけどな……。
「なぁ、川瀬。もう好きにしてくれたらいいけど、夜に供えて酒は少し控えておいてくれよ?」
「ん?どうして?」
俺は川瀬に返事をする事なく、黙ってベランダから別荘の中へ入り、キッチンに置いてある大きな冷蔵庫へと向かった。そして、冷蔵庫の中からとあるワインを取り出し、そのワインを持って川瀬の元へと戻る。
川瀬は俺の手にしているワインを見るないなや、「そのワインって……」と呟いた。どうやら、川瀬はこのワインの事を覚えていたらしい。
「あぁ、あの時のワインだよ。よく覚えていたな」
俺が手に持っているワインは特別高いものではない。酒屋やドン・○ホーテに行けば手軽に手にできるものであった。
だけど、このワインは俺達にとって思い入れの深いワインなのである。このワインは紫苑が二十歳の誕生日を迎えた際に飲んだワインであった。その日の誕生日には俺と川瀬と健太と桜が参加していた。
紫苑と桜の両親が事故で亡くなってから初めて迎えるその誕生日は、大学を辞めて桜を養う紫苑を労うものでもあったが、皆が成人を迎えて初めて酒を酌み交わした日でもあった。
正直、あの時は酒の味なんか全然分からなかったし、(何故か川瀬だけは美味しそうに酒を飲んでたけど)今でもワインをそんなに飲まない俺は、このワインを美味しく飲む事は出来ないだろう。でも、あの時のワインの味は今でも忘れられない。
成人したとはいえ、まだ学生であった俺は自分の事を大人になったという自覚は芽生えていなかった。そして、両親を失くし、一足先に大人にならなくてはいけなかった紫苑に対して引け目を感じていた。
けれど、あの時の夜はそんな引け目を忘れさせてくれるくらいに楽しいものだった。酒を飲んではいたが、童心に戻って楽しんでいたのだ。きっと……紫苑も。
「新藤や川瀬の友達は紫苑の事を知らないけどさ、俺や川瀬、健太に安室さん。俺は今日、子供の頃の紫苑を知ってる奴らと一緒に楽しく酒を飲める事を楽しみにしてるんだぜ。昔話に花をさかせ、それこそあの時の気持ちに戻ってさ」
「桜井……」
大人にだって子供のように楽しみたい時がある。俺だってそうだ。荒んだ子供時代を歩んできた川瀬には、その気持ちが人一倍強いのだろう。
それに、今の川瀬の姿はある意味贖罪なのかもしれない。川瀬はイジメに加担したり、一般的な生徒に暴力を振るうような事はしていなかったとは思う。
それでも、あの時の心を閉ざし、他人に対して強く当たっていた川瀬は誰かの心を傷つけてきたのだろう。だからこそ、今の川瀬はこんなに明るく振る舞っているんだ。
誰にでも心に闇を抱え、閉ざす事はある。紫苑が死んだと聞いた時の川瀬は……
俺の話を聞いて川瀬は納得したのか、「わかったよ」と一言俺に告げると手にしていた缶ビールをクーラーBOXの上に置いて、バーベキューの準備を手伝い始めた。
「おっ、やる気になったか」
「そんかわり、今日の夜はしこたま付き合えよ!桜井!」
川瀬がニカッと笑って言うと、俺も笑みを見せて「おうよ!」と返事をした。
それからしばらくして買い出しを終えた健太と新藤もバーベキューの準備に参加し、そんなに時間をかける事なく作業は終了する事となった。
現在の時刻は午前10時。作業を終えた俺達は皆が遊んでいるビーチへと車を走らせるのであった。
ちなみに新藤はお留守番である。




