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初めての魔術


「いやあああぁ!」

「うわぁ!」


 私の叫び声に対して目の前の火達磨から声が返ってきた気がした。

 息をのんで目を見開くと火達磨がそのまま振り向いた。


「あぁ、君がヴァレーリア嬢かな、いやぁ突然大声を上げるもんだからびっくりしたよ。僕はルーペアト、よろしく。」


 あろうことか火達磨がそのまま話し始めたではないか。よくよくみると顔の部分は火から出ているようだ。

 薄暗い地下訓練場の中で燃え盛る男の周りだけが明るい。下から照らされた顔は非常に不気味だ。

 そして火炙りにあっているかのような姿は何故か見ているだけで気分が悪くなるものがある、ヴァレーリアが受けた処刑の一つであり、ヒロインが辿る可能性の一つだからというのもあるだろう。


「あれ? 聞こえてない? 寒くてぼーっとしちゃったのかな、大丈夫?」

「お嬢様」


 肩に手を置かれはっとして後ろを振り向く、リッサは表情が読み難いがこれは心配している顔だ。


「え、えぇ。大丈夫です、ありがとう」


 燃える男の衝撃に放心してしまっていたらしい、原因が現在進行形で燃え続けており混乱は収まり切っていないが、リッサが冷静という事はそこまで騒ぎ立てる状況ではないのだろう。


 一度目を閉じて深呼吸すると冷えた空気のおかげで頭がだいぶすっきりした気がする。改めて燃える男に向き直る。


「それで、貴方がルーペアト先生でよろしいのですよね?」

「ん? あぁ、そうだよ。えぇと、よろしくね、ヴァレーリア嬢」

「それでその、どうしてそんな恰好……状態? をしていらっしゃるのか伺ってもよろしくて?」


 もしかしたら何か深い事情があるのだろうか、この世界の魔法について隅々とまでは知らないが、私が前世でやっていたRPGのように燃え続ける呪いのようなものがあるのかもしれない。


「あぁこれかい? 今日は寒かったからちょっと温まってたんだよ、いやぁこういう時は火の魔術師でよかったって心から思うねぇ、夏は水の魔術師でなかったことを呪いたくなるけどさ」


 そういってのほほんと破顔したルーペアトに私は愕然とした。まさか自ら望んで火炙りになっていたなんて。しかしもしかしたらこれは魔術師の間では常識なのだろうか。


「……私が見ていて落ち着きませんので、訓練中は控えて頂いてもよろしいでしょうか」

「えぇ! 嘘でしょヴァレーリア嬢、こんな寒い中暖も取らずにだなんて凍えちゃうって! 別に公的な場でも無いんだしさ、ね?」


 ショックを受けたような顔で必死にまくし立てるが、私達は寒い中暖も取らずに立っているのだ。ちょっとやそっとで凍えたりしない。

 それに公的な場でも無いんだし、とわざわざ言うからにはマナー違反であることは間違いないようだ。実際その格好で話されても私は集中して聞いていられる自信がない。


 授業に集中できなかった結果魔術実技が遅れ、折角ちょっと慣れてきた剣術に取り組めなくなるのも困る。どう説得したものかと考えていると、すっと前に出たリッサが口を開いた、思わぬ援軍だ。


「ルーペアト様、貴方が旦那様より給金を渡されて授業を行っている以上、そのような格好でお嬢様の前に出るのは大変無礼です。それを直接注意されてなお口答えをするとは何事でしょう。だいたいその話し方もいつになったら直されるのですか、以前から何度伝えたかわかりませんが、そのような態度で公爵家の方に話しかけるのは常識が無いと公言しているようなものですよ。貴方にも分かりやすい言い方をするなら……」

「わ、わかった! ごめん、僕が悪かったから長いお説教はやめてくれ!」


 リッサのお小言攻撃に耐え切れずルーペアトが慌てて体の火を消して、訓練場の寒さにうひぃ! と情けない声を上げた。


 火達磨の時は良く見えなかったが、ルーペアトは想像していたよりも若い男性だった。大体二十代後半くらいだろうか。明るく原色に近い赤色の目と髪で、気が弱そうな顔をしている。猫背気味なので少しわかりにくいが、かなりひょろひょろと背が高い。


「うー……この季節に来るんじゃなかったなぁ……もうちょっと忙しいって言っとけばよかったよ。あーヴァレーリア嬢、早いとこ始めちゃいましょ、こっちの真ん中の方に来てください。その方が安全なんで。」


 情けなく眉を下げながらルーペアトが呼ぶ。どうやら口調に関しての注意は聞かなかったことにするようだ。

 言われた通りリッサと一緒に訓練場の中心まで行くと、訓練場は意外といろんなものがあることが分かった。

 まず松明が多い。訓練場の真ん中あたりだけぽっかりと空いているが、大人の二、三歩くらいの等間隔でかなりたくさん置いてあるように見える。


 そして中心近くには広く浅い掘りがあり、水面に火が揺らめくのを見て、そこに水が貯められている事に気付いた。

 他にたくさん置いてあるものは燃えやすそうな木材だ、キャンプファイヤーのように組んである焚き木、薪、藁。

 それらの付近にも松明の台はあるが、火はついていない。燃え移ったら困るからだろう。



「さて、ヴァレーリア嬢。一通り魔術の前提知識はあると思っているんだけど、それは大丈夫かな」

すっと真面目な雰囲気になったルーペアトに少し驚きながら私は頷く。



 この世界の魔術はゲーム脳の私としては非常に分かりやすいものだった。基本的に人は生まれつき火、水、風、光の4つの適正からどれかを授かって生まれてくる。どれをどれだけ操れるか生み出せるかは親の影響が非常に強い。複数の属性を持たせる事はごくまれらしい。


 厄介かつ分かりやすい事に、目の色と髪の色がそれらに対応しているのだ。

 目の色が操る才能、髪の色が生み出す才能。火は赤、水は青、風は緑、光は黄、それぞれが白に近く薄けれ薄いほど才が無く、黒に近く濃ければ濃いほど才がある。


 ただ、例外として目と髪が黒い者は命の属性を持つ。歴史上数人しか確認できていない希少なパターンだ。ヒロインのアンネマリーがその命の属性を持っている。

 そして私の場合、桜色の髪に血のように赤黒い目という事で、火を生み出す才能がほぼ皆無、操る才能には恵まれている、といわけだ。



「うん、それは良かった。じゃあとりあえず、足元にまるい円があるよね、そこから出ないようにしたまま、こっちの松明の火を取ってみて欲しいんだ」


 足元を見ると確かに大人一人が寝ころべるくらいの直径の円が描いてある、ルーペアトが指さした松明はそこから十歩くらい離れた場所だ。


「もちろん、そこから手を伸ばして松明を掴めって言っているわけじゃない。火だけを操って引き寄せてみて欲しい。魔術はどうしてもそれぞれの感覚によるものだから、具体的にどうすればっていうのは誰にも言えない。だからヴァレーリア嬢がいるそこからどうにかしてそれを掴もうとするのが一番早い方法なんだ」


 まさかの根性論だ。RPGゲームのように呪文を唱えてババっとなるような魔法でないことはわかっていたが、わざわざ吹雪の中来た教師に感覚で掴めと言われるとは思っていなかった。


「……わかりました」


 だがゲームの中のヴァレーリアも炎を操ってヒロインとヒーローを襲っていたのだ、私が出来ない道理はない。

 私は一度深呼吸すると睨むように松明を見た。


 ……遠くにあるものを掴んで引き寄せる、こう、手からシュッとフックをだして、捉えて引っ張るみたいな感じとか?


 まずは何となくやってみようと、一度手を肩の方に持っていきそのままシュッと勢いよく松明の方に向かって腕を振った。

 何となく釣り竿を振っているような感じになったので、そのまま手首のスナップを効かせて引っ張る動作をした。

 その瞬間、手首を動かしたのと同じ速度で松明の火だけがこちらに猛突進してきた。


「ひゃっ!?」

「おっと」


 思わず目を瞑って腕で顔を庇ったが、何もぶつかっては来なかった。恐る恐る目を開けるとにこにこしているルーペアトの手元でふわりと火の玉が浮いている。どうやったのかは分からないが、ルーペアトが突進する火の玉を止めてくれたようだ。

 なるほどこれは確かに教師がいなければ出来ない訓練だと私は納得した。


「いやぁ操る方はきっとすごいんだろうなって思ってはいたけど、まさか一発で成功するとは思わなかったよ、お兄さんなんて……あー、ごめん。それじゃ次の課題に移ろっか」

そういってちょっと気まずそうに頬を掻いたルーペアトは火の玉を元の松明に投げた。


 お兄様は濃い赤の髪をしていたが、少し薄い桃色の目をしていた。おそらくはそうとう苦労もしたのだろう。

 もしも私ではなく、お兄様が私の目を持っていたのなら、あの日魔術を操って切り抜けることも出来たのだろうか。


 ルーペアトから出される課題をこなしながらも、そんな考えが頭の片隅から離れなかった。



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