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恐怖の公爵令嬢

 リッサとベアノンにそれぞれ幾つかの指示を出した後、私は自ら放火犯が捕らえられている小屋へと向かった。

 小屋の扉の前で、一度片手で目を覆い、自分に暗示をかけるようにして心の中で呟く。


 ……ここに入ったら、私は拷問が大好きな残酷な令嬢。慈悲も無い、まっとうな人の心もない、壊れた女の子。


 私がやろうとしている事は、拷問になれていない兵士の代わりに私が数々の残酷な拷問をする事、ではない。放火犯に対して脅しに脅しを重ねて、身体的な傷を負わせずに自白を引き出す事だ。


 ……精神的な傷は負ってしまうかも知れないけれど、一時的な恐怖によるものならまだ大丈夫、よね。


 ベアノンが中の兵士に声を掛けて扉を開ける。中に入るとうちの兵士が一人立っていて、部屋の中央には薄汚れた格好の男が椅子に拘束されていた。

 歳は三十代くらいだろうか、整えられていない身なりもあってしっかりとは分からないが、白に近い黄色の目と髪から平民である事は分かる。

 男はこちらを見て一瞬恐怖の色を見せたが、直ぐに挑発的な目つきになると嘲るように言い放った。


「へへ、なんだ? 兵隊さんよぉ、女でも紹介してくれんのか? でもこいつじゃあ俺にはちょっと色気がたんねぇなぁ」


 あからさまな侮辱の言葉にベアノンが少し重心を落としたのが見え、私は手を上げてそれを制する。ベアノンを含めた兵士達は現時点でこの男に舐められているのだ。折角なのだからこのまま飴を担当出来るようにしていて欲しい。


 ……最初に一瞬怯えたように見えたのはきっと貴族に対する怯えでしょうね。でも私が子供だからと侮った。その方が好都合ね、しっかりと子供として考えてくれた方が、きっとこの脅しは上手くいくもの。


 私は男に対してにんまりと毒のある笑みを作り、リズムを意識しながらゆったりと近付いて、男の頬にそっと指を這わせて口を開く。


「あらぁ、随分と威勢の良い方なのねぇ? ふふっ嬉しいわぁ……でもみんな最初は元気だけれどすぐに壊れちゃうんだもの、今日のは長くもってくれるといいのだけれど……」


 私は何人もの命知らずなならず者を玩具で遊ぶようにして拷問にかけるような外道、という設定だ。倫理観の壊れた人間として私は無邪気に笑って見せる。

 男は私の言葉に怯えたのかさっと表情を青くする、まだそこまで怖がらせるような段階ではないつもりなのだが、予想以上に効いたようだ。ちょっと不可解というか不思議に思ったが、少し離れて笑顔のままに言葉を続ける。


「あらあら……青くなっちゃって可愛らしいわね、でも貴方が悪いのよ。すぐに話してくれなかったんだもの。すぐに話していれば私のおもちゃにならないで済んだのにね」


 つまりは話せば救われる可能性がまだあるという事だ。私が拷問にかける大義名分はあくまで何も話さない相手であり、従順に話す相手に対して私は拷問にかける理由を持たない、相手がしっかりと意味を理解してくれるかは若干不安だが、今は分かっていなくても問題ない。


「お嬢様……その」


 私が役になりきって意地悪そうなクスクス笑いをしているとベアノンから引いたような声が掛かる。流石にやり過ぎだとか大丈夫ですかとか言いたそうな言い方だ。


「ベアノン、黙りなさい」


 せっかく男がこっちの演技に騙されて真っ青な顔をしているのだ、言いたいことはわかるが黙っていて欲しい。あと演技中にそういう反応をされると私だって少しは恥ずかしく感じるのだ。

 そんな風に思っていると、外からうちの兵士が頼んでいた小道具を入れた箱を運んできてくれた。


「ありがとう、そこに置いて頂戴」


 私は男から見えるように、縛り付けられている椅子の斜め前にそれを置いてもらうと、屈みこんで蓋を開けて中身を確認する。中に入っているのはのこぎりやトンカチ、ハサミ、ナイフなどなどの金物、そして今回使う予定の私の手に収まらない程大きな釘だ。

 はっきりいって釘以外は何でも良かったのだが、釘だけ持ってきて貰っても不自然なので他にもそれっぽいものを持ってきて貰ったのだ。

 大きな釘を確認すると、他のものも適当に持ち上げてみたりしながら私はなるべく調子っぱずれな明るく甘い声を作って男に話しかける。


「今日はねぇ、こんなところで新しいおもちゃが手に入るなんて思っていなかったから、いつも使っている道具は持ってきていなかったの。だけど、だけどちゃんと面白そうな道具が見つかって良かったわぁ……こういうのを工夫して使うっていうのも普段と違って楽しいと思うの、ねぇ、貴方はどう思うかしらぁ?」


 そう言いながら手に持ったノコギリと釘を男に見せる。人間に向かって使う、なんていえばどんなグロテスクな事をされるかなんとなく想像つくだろう。ついてもらわなければ困る。目が恐怖の色を湛えたのを確認し、私は満足して次の台詞に移る。


「どうやって使おうかしら……あぁそうね、こんなのもいいかも知れないわ」


 私はその上で、今なんとなく考えて思いついた、というような素振りでそう言う。そして例のマグカップ型ライターで火をカチリと作ると、火ばさみのようなもので釘を持って炙り、男の顔に当たらないようゆっくりと近付ける。目に見えて危険なそれに対して男は流石に恐怖したようで思わずと言った様子で声をあげる。


「や、やめろ!」


 それを聞いて内心私はほっとしたのを隠してクスクスと笑い、男の目にしっかりと映るように椅子のひじ掛けに釘を当てて焼き印を付けた。


 ……ここで怯えないで挑発なんてされたら本当にこの人に当てないといけなかったもの、ちゃんと怯えてくれて本当に良かったわ。


「これであなたに相応しい名前を書くのが楽しみだわぁ、貴方も待ち遠しいかも知れないけれど、もうちょっとだけ待って頂戴ね」


 これはこの先にする事の布石だ。分かりやすすぎるくらいだが、気付かれない事に比べればずっと良い。

 私がちらりと窓を見ると、リッサと目が合った。あちらの準備も終わっているようだ。私はベアノンに目配せをし、男の後ろから目隠しをして貰う。


「な、なんだ!?」


 突然視界を奪われた男は驚いた声を出す。別に不意を突いたつもりはなかったのだが、釘の焼き印がそれだけ衝撃的だったのだろうか、男はベアノンの動きが見えていなかったようだ。


「あらあら、大丈夫よ。まだ怖がらなくていいの、今は布で塞いだだけだもの。私が今から何をするか見えていたらあんまり怖くないでしょう? 知っているかしら、何をされるかが分からない方がとっても怖いものなのよ?」


 これも一種の暗示だ。こうされると恐ろしい、こうなるから恐ろしいと予め告げておくことで恐怖をより呼びやすくするというもの。明らかに怯えてそうなこの男には多少やり過ぎだったかもしれないが、それでもここまでの脅しでは助けを乞う言葉もやっぱり話すという言葉も無い。

 今回の私の役柄上早く話せとは言えないので少しもどかしいが、ここまでくればやり切ってしまう他ない。


 男の視界が遮られ、表情まで演技する必要は無くなった私はいやらしい笑みを一旦消してそっと溜息を吐く。普段はなるべく悪い顔に見えないような笑顔を浮かべているので、こういう悪役的な笑顔が顔に張り付いて欲しくない。

 少し憂鬱な気持ちになっているとリッサが頼んでいたものを入れた箱を持って部屋に入ってきた。頼んでいたものとは、氷柱と雪だ。必要なのは氷柱だが、なるべく解けないように箱に雪を詰めて持ってきて貰ったのだ。

 ありがとうとリッサにアイコンタクトで送ると、リッサは呆れたような目で見てきた

 。

 ……必要な演技なんだから仕方がないじゃない。私の趣味ってわけじゃないもの。演劇は趣味だけれど。


 何はともあれ必要なものは揃った、後は私がどれだけ上手くやるかだけだ。私は再びライターから火を出すと、それを二つに分け、片方を男の後方の壁近くに、もう片方を手元に用意する。

 そして手元に用意した方の火の温度を熱めのお湯程度まで下げると、男の耳にぎりぎり当たらない程度を狙って勢いよく飛ばし、直後に壁際の火を壁にぶつけて焦げる音と匂いを出した。


「ヒッ」

「あら、外しちゃったわ。やっぱり投げるのは駄目ね、壁をあまり焦がしても怒られてしまうもの」


 男は耳元に掠めた火の存在にちゃんと気付いてくれたようで、分かりやすく身体を竦めてガタンと音を立てた。これで熱い火のイメージはしっかりついた筈だ。

 しかし視界を奪われての火は少し脅しが過ぎたようで、男は少し気の毒になる程怯えているのが見て取れた。心なしか震えているようにも見える。


 ……どうしよう、ここでやめるべきなのかしら。なんだか可哀そうになってきたのだけれど……。


 少し悩んでしまったが、ここで止めて吐かなければ結局今度は本当の拷問にかけるしか無くなってくる。それよりは今ここでこの怯える男を脅かし切ってしまった方が可哀そうでは無い、はずだ。そう結論付けた私はまた甘い声色で男に聞こえるよう呟いた。


「あらあら、震えているの? 最初の威勢はどこに行ってしまったのかしら、怖がりは壊れるのも早いから嫌なのだけれど、ちゃんと名前を書くまで耐えられるかしら」


 そう言うと私はガチャガチャと先ほどの箱を適当にかき回して音を鳴らした後、ライターをカチリとつける。そして、布でくるむようにして細くて先が尖っていない氷柱を手に取った。

 私は静かに一度深呼吸をすると、思いっきり勢いをつけて男の腕に氷柱をドンと押し当てる。その瞬間、男は耳を塞ぎたくなるほど大きな絶叫をあげ、ジタバタと身体を捩らせた。いくら捩じらせようともしっかりと重い椅子に固定されている身体は動かない。

 私も内心はびっくりして泣きたい気持ちになりながらも、頑張って狂ったような笑い声を出す。


 男に当てているのは熱い釘ではなく、正真正銘ただ冷たいだけの氷柱だ。刺さってもいないし、当然火傷もしていない。

 しかし人間の感覚は不思議なもので思い込まされてしまうと特に冷たいものと特に熱いものの判別がつかなくなってしまうのだ。

 また、何かが刺さったという感覚も痛みと血が流れる感触があれば誤認してしまう。

 今回は事前にしっかりと動揺させて精神を揺らがせ、さらに一度何をどうするかというのを刷り込んだ上で、視界を奪って手順を踏んだ。


 ぶっつけ本番でどれだけ上手く行くかは不安だったが、どうやらなんとか上手く嵌ってくれたようだ。

 男の叫び声が小さくなったところで私は氷柱をどかした。氷柱という性質上あまり長い時間当てている事も出来ない。すっとと後ろを向くと、事前にお願いした通りにリッサが今入ってきた風を装って私に声を掛ける。


「お嬢様、第二王妃様がお嬢様をお呼びです。今朝の件について至急状況を伺いたい、と」

「もう、仕方がないわね、ここからが楽しいところなのに……」


 リッサの方に向かって本心とは真逆の事を拗ねるように言うと、荒い息で呼吸する男の耳元に猫撫で声で囁いた。


「少しだけ離れるけれど、大丈夫。すぐに戻ってくるわぁ。とぉっても痛かったみたいだけれど、今の痛みなんてすぐに全然痛くないって思えるようにしてあげる、だから安心して頂戴ね」


 私の言葉に男はひっひっと子供が泣くときのように短い呼吸をしながら涙を流した。口元は叫んだ時のよだれと鼻水が垂れているし、目隠しは涙で色が変わって見える。最初の時の挑発的で気丈な様子は見る影もない。


 ……ごめんなさい、やっぱりやり過ぎだったみたいね。


 そう心の中で男に謝りながら、私は部屋から出る。私が外に出た後は残った兵士が男に対して、偶然お嬢様が離れた今がチャンスだ、今話せばなんとか助かる、急いで話せ、というような内容で自白を促すシナリオだ。あれだけ脅かしたのだから、上手く行って欲しいと心底思う。

 出る直前にちらりと見ると、目が合ったベアノンは笑うべきか驚くべきか困っているような顔をしており、もう一人の兵士は明らかに畏怖の目を向けていた。


 ……私だって、好きでここまでやったわけじゃないもの……。



 そしてどうやら私が好きでもないのにここまでやった甲斐は合ったようで、私が小屋に戻ってしばらくすると、ベアノンが男から得た情報を持ってやって来たのだった。

恐怖の公爵令嬢(めっちゃ不本意)。


一週間ぶりの投稿となってしまいましたけれど、五日分くらいの文章量ではあるのでどうか許してください……。

それと20万文字越えました。これからも頑張って書いていきます!

遅れちゃいましたがなるべく早く物語を勧めたいですし……。

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