【閑話ー山賊エモリー視点ー】レーヴェレンツの悪魔
残酷表現が苦手な方はこちらを飛ばし、先に次のお話を読まれる事をおススメします。
……ちくしょう、どうしてこんな目に合わなくちゃあならねぇんだ……。
俺はみっともなくも椅子に縛られ、身動き一つできないままに心の中で悪態を吐いた。
◇
数日前、ふらっと俺達の寝床にやってきた怪しい男に、ケルツェ山の麓にある木に火を点けてくるよう頼まれた。普段は山で獣を狩ったり、馬鹿な旅人を襲って暮らしている俺達だ。
大金を積まれたからってはいそうですかとやるのは気が進まなかったが、向こうが武装している上に顔を隠しているとなればいきなり襲う事も出来やしない。
髪をフードで隠し、顔を仮面で隠しているとなれば相手は魔術を使うお貴族サマの可能性が高い。俺達が何人いても魔術を使う相手には敵わない。苦々しい思いをしながら話を聞くしかなかった。
男が言うには指定された日にただ火を盛大に燃やして騒ぎを起こすだけでいいらしい。
それだけでプスト銀貨四枚をくれるんだと。胡散臭い話だとは思ったが、手付金だといってプスト銀貨一枚を俺に放ってきたのだから信じる価値はあるだろう。
プスト銀貨なんてそこいらの商人じゃあそうそう持っていない代物だ、その眩さに思わず俺も口がにんまりと開いた。
……火で盛大に騒ぎを起こすだけでプスト銀貨があと四枚、悪くねぇ話じゃあねぇか。
周りの連れ達を見ると、誰しもがその金額の大きさを聞いて酒に酔ったようなツラになっていた。それだけあれば本物の美味い酒もたんまり買えるだろう。
そして実行の日、火を点けるまではとても簡単だった。連れ達と共にケルツェ山まで来た俺達は、貴重な盗んだ油を撒いて、そこに持ってきた火を近づける。これで終わりだ。油を伝って燃える火を見ていると戻った後に待っている金が頭に浮かび、何に使おうかと妄想が止まらない。
「おいエモリー、なんかおかしくねぇか?」
「あ?」
声を掛けられて火を見ると、火は油の上で燃えているなにもおかしいことは……いや、おかしい。油の上で燃えているだけだ。
目の前には枯草や落ち葉もたくさんあるにも関わらず、まるで火が燃え広がっていない。眉を顰めた俺は油が入った袋を持った奴に言って油を足させるが、こんどは油に燃え移りもしない。
最初は確かに油が燃えたのだ、油が悪いわけでは無い筈だ。気味が悪いと思いながらもなんとかして火を灯そうと全員が躍起になる。
……ちくしょう、火が燃えねぇと金が手に入らねぇだろうが!
皆がどうにかしようとあちらこちらに火を灯そうとするが、まるで駄目だ。どうなってやがると怒鳴る奴が出始め、そろそろ殴り合いに発展しそうな時、突然火が俺達に襲い掛かるかのように大きく上に膨れ上がった。
「なんだ!」
「うわああぁ! 助けてくれ!」
思わず俺も後ろに飛ぶと俺達に襲い掛かるかと思った炎はそのまま俺達を閉じ込めるようにして巨大な柵になった。
周りを見ると連れ達は全員顔が真っ青だ、そういう俺もきっと絶望的な顔をしているだろう。こんな事が出来るのは貴族の魔術師だけだ、俺達はハメられたんだ。
俺達に金を渡した男がこの魔術師なのかもしくはグルだったのかは分からないが、俺達はこんな恐ろしい事が出来る魔術師に喧嘩を売ってしまったらしい。
しかし、このまま蒸し焼きにされるのかと諦めかけた頃、火の一部が開いて俺達は捕らえられた。やってきた兵士はなんとレーヴェレンツ家直属の兵士と、王家に仕えている騎士だ。
俺はレーヴェレンツ家の兵士に連れられて縛られたまま小屋へと連れて来られた。どうやら他の連れ達も別の小屋に入れられているらしい。
……レーヴェレンツ家つったら民衆に優しいだとかって昔から言われている大貴族サマだ、もしかすっと助かるかもしれねぇな。さっき見た所じゃあ人数もそう多くねぇ、下手な事を言わないで隙を見て逃げ出して帰りゃあ俺のプスト銀貨が待ってっかんな。つかそもそも殺しても構わねぇってつもりならさっきの炎で殺してんだろ。
僅かな希望を見つけた俺はにやけそうになるのをかみ殺す。そして俺が思った通り、レーヴェレンツの兵士からの尋問はぬるいものだった。少し大きな声で詰め寄ったり、睨みを効かせてくる程度だ。
そんなもので怖がるような温い生き方はしていない。所詮は安穏とした生活をしているいいとこ出のウスノロだ。こんな程度なら幾らでも耐えられる。
◇
俺を吐かせる事なんて出来やしないと理解出来たのか、しばらくすると見張りの一人を除いて部屋から出て行った。他の奴らと入れ替えるつもりだろうか。
そうだとしてもあいつ等だってこんな甘っちょろい尋問で吐いたりはしない。今は椅子に手足を拘束されて身動き一つできないが、俺は絶対に逃げ出す方法を探してやるつもりだ。
そう思っていると外から声がかかり、扉が開いた。そこにいたのは一度外に出て行った一番大柄な男と、少女が一人だ。
髪は普通の白に近い色だが、目は見た事がない程濃い赤だ。着飾った格好からしてもこいつは貴族だろうか。
その赤い目に朝の火を思い出して一瞬身震いしかけたが、相手はガキだ。おおかた親に我が儘を言って興味本位で覗きに来たのだろう。
「へへ、なんだ? 兵隊さんよぉ、女でも紹介してくれんのか? でもこいつじゃあ俺にはちょっと色気がたんねぇなぁ」
怖気づきかけた事を誤魔化すように俺が挑発すると、兵士は目に見えて怒りの形相を浮かべたが、少女は手をすっと兵士に上げてそれを制すと、にんまりと笑みを浮かべてこちらに近付いて来た。
ゆったりと舞でも踊るような足取りで近付くと、するっと俺の頬に手を当てて口をにぃっと広げた。
「あらぁ、随分と威勢の良い方なのねぇ? ふふっ嬉しいわぁ……でもみんな最初は元気だけれどすぐに壊れちゃうんだもの、今日のは長くもってくれるといいのだけれど……」
その少女らしからぬ目を奪われるような色気のある動きと、無垢なようで邪悪な笑みの不釣り合いさは、俺を人と思っていないような言葉と重なって血の気を奪うには十分だった。
「あらあら……青くなっちゃって可愛らしいわね、でも貴方が悪いのよ。すぐに話してくれなかったんだもの。すぐに話していれば私のおもちゃにならないで済んだのにね」
俺から少し離れてくすくすと笑う少女はまるで花でも愛でている様な愛らしさだが、言っている内容は不穏極まりないものだ。
……どういう事だ? こいつ、一体何を……。
「お嬢様……その」
「ベアノン、黙りなさい」
おずおずと何かを言いかけた兵士を少女は不機嫌そうな冷たい声でぴしゃりと言って黙らせた。それだけで力関係が分かるような容赦のない声だ。
つまり、さっきまで温い尋問をしていた兵士達では、この得体の知れない少女が何をしようとも止める事が出来ないという事だ。
そのぞっとするような状況に顔色を更に悪くしていると、外から兵士が何かを運んできた。
「ありがとう、そこに置いて頂戴」
少女の声に従って兵士が俺の座っている椅子の斜め前に重そうな箱をがたんと置く。すると待ちきれなかったとでも言うように、少女は鼻歌交じりにその箱を開ける。
……なんだありゃ、大工の道具か?
そこに入っていたのは槌やたくさんの釘、木を切る刃物などの道具だ。殆どの物は初めて見るが、見た事があるものから想像すると大工の持つ道具だろう。
一体どうしてこんなものをと思っていると、少女は愛でも説くような甘ったるい声で話し始めた。
「今日はねぇ、こんなところで新しいおもちゃが手に入るなんて思っていなかったから、いつも使っている道具は持ってきていなかったの。だけど、だけどちゃんと面白そうな道具が見つかって良かったわぁ……こういうのを工夫して使うっていうのも普段と違って楽しいと思うの、ねぇ、貴方はどう思うかしらぁ?」
そう言って少女は薄い刃物と杭と言ってもいい程やたらと大きな釘を持ち上げてこちらにぞっとするような微笑みを向けた。心底楽しそうで酷薄な笑みを見て、俺は嫌でも恐ろしい想像をしてしまう。
しかし、まさか貴族のお嬢様がそんな恐ろしい事をとも思ったが、むしろ甘やかされる貴族のお嬢様にとっては俺達平民なんて玩具に過ぎないという事なのかもしれない。
さっきこの少女は俺がすぐに話さなかったからと言っていた。もしかすると拷問して口を割らせるという理由があれば何をしても良いと親から言われているのだろうか。
……つまり、敢えて温い尋問をして口を割らせないようにして、口を割らなかったから何をしてもいいという理由を付けたのか……?
ごくりと恐怖に喉が鳴る、無邪気に玩具で遊ぶようにして拷問されるなんて、兵士に拷問されるよりずっと恐ろしい。何せ、口を割らせる為ではなく拷問する為に拷問されるのだ。俺は目の前で釘を弄ぶ少女を恐怖して見つめた。
「どうやって使おうかしら……あぁそうね、こんなのもいいかも知れないわ」
そう言うと少女が腰のあたりにぶら下げていたでかい銀色のカップのようなものを持ち上げると、カチンとそれが鳴って火を噴いた。
思わず俺はがたたんと驚くが、少女はそのままその火を中に浮かせると、でかい釘を棒で挟んで持ち上げて炙り始めた。
俺がその光景から目を離せずにいると、少女はこちらを向いてまたにんまり笑うと、釘を俺の顔に近付けて来た。
「や、やめろ!」
裏返った声で思わず叫ぶと少女はくすくすと笑いながら釘を下ろし、俺が縛られている椅子の肘置きに釘を押し当てる。ジュウっと音を立てて椅子が焦げた事からその釘が相当に熱くなっていたことが分かった。
「これであなたに相応しい名前を書くのが楽しみだわぁ、貴方も待ち遠しいかも知れないけれど、もうちょっとだけ待って頂戴ね」
コロコロと笑う少女を見て俺は恐怖に喉がひくついた、もうこの場ですぐに吐いてしまうべきか、いや、この場で吐いた所でもう手遅れだろう。何せこの少女は楽しんでこれをやっていて、兵士にも止める事は出来ない。
……いや、まだ諦めるには早えぇ。こいつはなんだかんだ言ってまだ何もして来てねぇんだ、俺が怖がって吐くようにハッタリを掛けやがっているだけかもしれないじゃあないか。
俺はこれでも仲間内では切れ者で通っているし、だからこそ俺が頭をやっているのだ。これだけ勿体ぶらせて何もしないこと自体が不自然だ。そう読み切った俺は恐怖心をぐっと腹の下へと押し込んで唇を引き結んだ。
……どんな脅しを掛けられようが、この俺をそう簡単に担げるなんて考えているようなら――
その瞬間不意に目の前が真っ暗に塞がれた。
「な、なんだ!?」
「あらあら、大丈夫よ。まだ怖がらなくていいの、今は布で塞いだだけだもの。私が今から何をするか見えていたらあんまり怖くないでしょう? 知っているかしら、何をされるかが分からない方がとっても怖いものなのよ?」
あはは、と笑う少女の声が耳障りに響く。言われてみると確かに今から何かをされると思えば覚悟も出来るが、覚悟もなく唐突にやられるのは――
ゴォっと耳元を何か熱いものが耳元を掠め、後ろの壁からジュウっと音が鳴った。
「ヒッ」
「あら、外しちゃったわ。やっぱり投げるのは駄目ね、壁をあまり焦がしても怒られてしまうもの」
何が起きたのかは分からないが、何か猛烈に熱いものが耳のすぐ横をすごい勢いで通過した。先ほどの釘が脳裏に浮かび歯がガチガチと鳴る。
「あらあら、震えているの? 最初の威勢はどこに行ってしまったのかしら、怖がりは壊れるのも早いから嫌なのだけれど、ちゃんと名前を書くまで耐えられるかしら」
そんな小さな声が聞こえるとさっき箱があったあたりから鼻歌とガチャガチャという音が聞こえ、更についさっき聞いたばかりのカチンという音が聞こえた。
……大丈夫だ、これは脅し、脅しだ。脅しに決まっている。
これから自分が何をされるのかが想像ついてしまった俺は荒くなる呼吸を抑えて自分にそう言い聞かせる、実際俺はまだ何かされたわけでは無いのだ、きっと大丈夫に決まってい――
「う、ぐあぁぁぁぁぁああ!!」
次の瞬間俺の腕に刺さるような熱さを持った棒状のものが押し当てられた。それから逃げようと身体を捻らせるが縛り付けられた手足は動かない。俺の絶叫に悪魔のような少女の高い笑い声が混ざる。ぐりぐりと強く押し当てられる部分から血が溢れぼたぼたと腕から椅子をつたって落ちるのが分かる。意思に反して目から涙が流れ、やがて絶叫の息が続かなくなった時にようやく、腕から猛烈な熱さが取り払われた。
「もう、仕方がないわね、ここからが楽しいところなのに……」
荒い息を整えていると遠くから少女の声が聞こえた。そして俺の元へと足音が近づき、耳元で少女は甘く囁いた。
「少しだけ離れるけれど、大丈夫。すぐに戻ってくるわぁ。とぉっても痛かったみたいだけれど、今の痛みなんてすぐに全然痛くないって思えるようにしてあげる、だから安心して頂戴ね」
そう言ってくすりと笑うと悪魔の気配はすっと俺から離れて、少し遠くから冷たい声でこのままにしておきなさいと言う命令が聞こえたのを最後に、部屋から出て行った。
……ちくしょうこんな、こんな筈じゃあ……。
動かない身体で絶望に涙を流す俺の元へと、コツコツと足音が向かってくる。
「お嬢様がこの場を離れたのはお前の幸運だ、急いで知っている事を話してしまえ。俺が口を利いて旦那様に言えばお前も、他の仲間も、もうこんな目に合わなくて済む。今ならまだ間に合う筈だ」
その切羽詰まったような声の主は、最初に俺に甘っちょろい尋問をした兵士だ。俺は絶望に落ちるぎりぎりの場所で見つけた、最後の希望に心の底から感謝して縋った。




