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真夜中の事件

 ジーグルヴィック様に決意を表明した後は、温泉やハーブティー、領地で広げる予定の果樹園などの事についての話をしていた。

 他領を統治する貴族にはまだ伏せておきたい情報ではあるものの、相手はアルドリック様の母親である王妃様だ。

 こちらの信用を見せる為、またこちらの手札が十分にある事を示す為にもある程度情報を出すべきだろう。


 この国でハーブ類は数多くの種類が栽培されているが、全てフレッシュで扱うため貴族は庭の一画にハーブを育てる区間があるのが一般的で、巨大なハーブ園というものは殆ど見られない。ジーグルヴィック様としても、ハーブ園を作るというのは面白い考えに見えたようだ。


 また、ジーグルヴィック様は特に新しいお茶そのものに対しても興味を持ってくれたようで、城に戻ったらグミュール商会から購入してみると言ってくれた。

 ピューズピールやピューズティーに関してはまだ販売していないというと少し残念そうにされていたので、私が個人的に作っているものを幾らか譲るという言葉は大いに喜んで貰えた。


 ピューズはハーブよりも育てるのに時間が掛かるため、食用以外で広めるのはまだまだ先になるが、ジーグルヴィック様一人に少し譲るくらいなら問題ないだろう。

 ケルツェ温泉には三日程滞在するという話なので、その間に他の既に販売中のお茶も飲まれ、そこからも気に入ったものを見つけて貰えれば嬉しい。


 そうしてこの場でのお話は、これからもアルドリックを頼みますねというジーグルヴィック様の言葉と共に締め括られた。

 ジーグルヴィック様としてもアルドリック様の学力を上げられるのは喜ばしい事のようなので、これからもアルドリックに追い抜かれないよう頑張ろうと思う。



 ジーグルヴィック様とのお話が無事終わった後は、泊っている小屋に戻ってリッサと相談だ。

 アルドリック様に関係する部分や私の心得の話などは省かせて貰ったが、最初に言われて良く理解できなかった言い回しについてだけは確認しておきたい。


 リッサが言うには、アルドリック様をジーグルヴィック様の元へと戻らせ、気を引いておきながらも他の者の元へと向かった者がどのような人物かと考えていたが、よくいる平凡な者と変わらないようにしか見えない、こちらが問い訊ねた内容が悪かったのだろうか、などと言われていたのだろうという事だ。

 そこまで苛烈な事を言われていたとは思っていなかった私は今更ながらに冷や汗を掻いた。


 ……気を引いたって程の事はしていないつもりだけど、でも城での噂を考えるとそうなるのかな。


 会話の雰囲気からしてジーグルヴィック様からそれほど悪いイメージを持たれている気はしなかったが、もしかするとポーカーフェイスで誤魔化していただけだったのだろうか。少々不安になってしまったが考えても答えの出ない事だ、ひとまずは頭の端に押しやっておく事にした。


 午後は引き続きリッサと、ジーグルヴィック様と話した内容を元に領地についての話し合いだ。ピューズティーやピューズピールがジーグルヴィック様にとても喜ばれた事から、他の貴族達にも流行らせられる確証を得たと言ってもいいだろう。

 これまでに儲かった分を丸々費やすのはかなり博打となる為躊躇いがあったが、出来るだけ早く進めて利益も早く得るべきと私は決断した。明日は手始めにここのピューズ園を相手に拡大の話をしてみたい。


 ……人手が足りないと言っていたから、求人の話も広げなくてはならないでしょうね。


 情報伝達のすべが少ない上に平民の識字率も低いらしいこの世界では、口頭で広げなくては話が広がらない。行商人や兵士に頼んで幅広く伝えなくてはならないだろう。

 やる事はどちらを向いても山積みだが、前世で大した意味の無い書類を作ったり通らない企画を考え続けていた時に比べれば、自由で目に見えた成果が得られる今の仕事は苦痛にならない。

 その日は窓から入る日の光が無くなるまでリッサと共に話し合いと書類作成に時間を費やした。



 ふと、私は何かの気配を感じて目を覚ました。

 ぼーっとする頭で窓を見るがまだ真っ暗だ、月明かりでほんのりと明るいものの、おそらく今はまだ真夜中ではないだろうか。


「リッサ……?」


 音一つ聞こえない部屋で、目をしぱしぱさせながら呟いて周りと見渡すものの、部屋には私一人しかいないようだ。気のせいと決めて寝直そうかとも考えたが、やはり何か違和感がある。

 こう気になってしまえば寝直しても気分が悪そうだと諦めて、私は重い布団を持ち上げて深呼吸する。冷たい空気によって急激に目が覚め、私は思わず身震いをした。


「うぁさむ……ん? これは……」


 その違和感は私の正面の壁……の先の方から感じる、火の気配だ。ケルツェ山では常に溶岩の気配を地下奥深くからじんわりと感じるが、それとは別で、これはただの火の気配で間違いない。


 ……これは、小さな火がいくつか、位置と動きからして松明かしら? それに地を這う、燃えている……? あれ、この距離はたしか……


「あの場所は果樹園! 大変、果樹園に火がつけられてる!」


 昨日行ったばかりの場所だ、それに気付いた私はすぐさまベッドを飛び降り、裾が長くとても走る事なんて出来ない寝巻の腰を適当に縛って短くし、その寝間着ごと隠せるような大きく分厚いコートを羽織って護身用の剣を取った。

 とても令嬢にあるまじき姿だとは思うが、とりあえず外に出ても誤魔化せる格好へと着替える。


 ……まずはベアノンに言って、兵士を動員して貰わないと。でも今回の少人数で捕まえられるかしら。それに消火するには人数がいるもの。ジーグルヴィック様にも避難を……


 そこまで考えた私は、はたとある事に気が付き、動きを止めた。そしてすっと火の方向を向いて、地を這うようにして燃え広がり始めている火を掌握した。

 これで私が燃やそうとしなければ火は広がらず、消そうとすれば一瞬で消えるだろう。肩から力ががくっと抜けた。そう、私が火について慌てる必要などまるで無かったのだ。


「まったく恥ずかしい話ね、レーヴェレンツ家の令嬢が火災に怯える、だなんてとても人に聞かせられないわ」


 自嘲して溜息を吐いた後、私は早足にリッサが寝ている隣室へと向かった。

 火の心配は無くなったとしても、松明らしきものが感じられるのだ、これは間違いなく放火だ。放火の犯人を捕まえなければならない。部屋の扉に少し強めのノックをしながら、私はリッサに声を掛けた。


「リッサ、リッサ。夜中にごめんなさいね、起きて貰えるかしら」


 私の声に対してすぐ答えになっていないような柔い声が聞こえた後、少ししてお嬢様? という少し驚いたような声と共に扉が少し開けられ、僅かに開いた隙間から光が溢れる。

 電気もないこの世界で部屋の中がしっかり明るかった事に一瞬驚いたが、そういえばリッサは光の属性を持っている。操る事は出来ない筈だが、明るく照らす事なら可能なのだろう。

 髪を下ろしていつもより少し柔らかい眼差しでおずおずと見下ろすリッサがとても新鮮で面白かったが、それをゆっくりと観察している暇はない。私は単刀直入に用件を告げる。


「リッサ、ここの農園に何者かが侵入し放火をしたわ。私は急ぎそちらに向かうので、リッサはベアノンに伝えて兵士を連れて来て頂戴。それと第二王妃様の騎士にも伝えて。火が近くにあるのだから私は大丈夫だけれど、なるべく急いでね」


 リッサは目を瞬いて動きを止めている、実は朝に弱いタイプなのだろうか。今は朝では無いが。しかし今は悠長にリッサの目が覚め切るまで待ってはいられない、私は至急お願いねと念を押すと急いで外に出た。

 後ろからリッサの慌てたようなお待ちくださいと慌てたような声が聞こえたが、細々と説明していては放火犯に逃げられてしまう。


 今はまだ松明の火が燃え広がらない火の周辺でうろうろしているのが分かるが、その場を離れるのは時間の問題だ。

 月明かりの下足元に気を付けながら、私は刺すような寒さの中を走った。


 ……相手の目的は何なのかしら、レーヴェレンツに損害を与える事ならまだいいけれど、ジーグルヴィック様を狙ったものだとしたら面倒ね。でもわざわざ松明を使うなら貴族では無いって事かしら。


 相手が貴族であるなら松明を使わずとも火をその場で作ればいいだろう。しかし誰かが操作している火は、他の火の魔術師が感じ取ればそれと判別出来てしまう。平民によるものと装うために松明を使った可能性も捨てきれない。


 そうこう考えながら走っているうちにピューズなどの木が植わっている場所近くまで来た。一番近い家でもそこそこ離れた位置にある、村人達はまだ誰も火に気付いていない可能性が高い。

 火の気配がかなり近い為そこからは足音を消し、剣を抜いて木に隠れるようにしつつゆっくりと近付く。もう十数メートルほどの距離だろうかというところまで近付くと、複数の男達の声が聞こえてきた。


「んなわけねぇだろうが! っからさっさと油を全部ぶちまけちまえってんだろがよぉ!」

「さっから足しまくってっだろ! 目ん玉ひん剥いてんと見てみろよオイ! ってんだろうが! 火が燃えねぇんだよ!」

「るせぇんだよ! てめぇらの馬鹿声でバレったらどうすんだ! 耳に響くんだよボケがよぉ!」


 ……なんというか、随分と品性に欠けそうな人達が集まっているようね。


 これは流石に貴族ではなく、ただの山賊や夜盗だろう。木の陰から顔をそっと出してみてみると、手入れがなっていなそうな鎧崩れを着た者達が、農園の端に点けた火の前で十数人程口争いをしながら火をあちこちに近付けたり油を地面の火に掛けたりしている。


 ……とりあえず、逃げられないように囲ってしまいましょうか。農園側には集まっていないように見えるし。


 私は地面で燃えている火を高く燃やし、更に丸く広げるようにして、騒ぎ立てる男達を囲った。中から叫ぶような声が聞こえた気がするが、燃えてはいないので大丈夫だろう。火の近くにいた者は熱い思いをしたかも知れないがそこまで気をつかっていられない。


 ……見張りが離れた位置にいるかもしれないし、私はベアノン達が来るまで隠れていた方が無難でしょうね。


 今私が隠れている位置は大きな火の影となって非常に見つけにくくなっている。それに遠目では判別つかなかったが、もしも弓矢を持っている様な者達であればのこのこ出て行くのは危険だ。こちらからも姿が見えるのであれば何とか出来るかもしれないが、真夜中にそれは期待できない。



 程なくしてレーヴェレンツ家の兵士達と、数人の騎士がガシャガシャと音を立てて降りてきた。あまり時間をかけると囲っている人達が酸欠や熱中症になるかもと心配していたので早く来てくれて良かった。

 兵士達が炎の近くまで来たところで私も木の陰から出てベアノンに走り寄ると、さっと兵士達が私を守るようにして取り囲んだ。


「お嬢様ご無事なようで何よりでさぁ、それとこいつぁ……」


 私を見てほっとした様子だったベアノンは、後ろで高く燃える火を見あげて眉を寄せた。


「ここへ放火に来た男達を火で囲んでいるわ。中に十数名はいたかと思うけれど、捕まえられるかしら。この状況だもの、彼らも死ぬ気で抵抗してくる可能性が高いと思うけれど、目的を知る為にも出来れば捕縛して欲しいわ」


 私の言葉に対してベアノンがすっと真剣な目になって他の兵士と騎士達を見回すと、彼らは無言で頷いた。


「問題ありやせん、お嬢様」

「わかったわ、ではこちら側の火を消します。他の部分の火に触れても燃えはしないけれど、火傷にはなりますから気を付けて頂戴」


 そう言って私の周りに数人を残し彼らが陣形を整えるのを見てから円の三分の一程の火を消と、すぐさま兵士と騎士が中に飛び込んでいく。

 かなりの抵抗を予想していたのだが、中にいた男たちは既にかなり憔悴していたのか、あっけなく感じる程にあっさりと捕縛された。


 ……少し火力が強かったのかしら。でもあまり低くして逃げ出されるわけにも行かなかったものね。


 朝日が若干昇りかけて来た頃、全員が無事お縄となった事を確認して、私は全ての火を消した。農園を見ると火に炙られて多少傷んだり焦げたりしてしまった部分が痛ましく見えるが、それも端の方だけで、大半はなんとか無事に済んだようだ。

 私達の泊まる小屋へと護送される放火犯達を見ながら、私はほっと息を吐いた。



 放火犯達を捕まえた後、私は完璧に覚醒してしゃっきりしたリッサから危ない事をしないでくださいと怒られた後、日が中天にかかる頃まで少し仮眠を取った。

 目が覚めて自室で食事を摂り食後のお茶を飲んでいると、取り調べを任せていたベアノンが困り顔で報告にやってきた。


「情けねぇ話なんですが、まだなんも引き出せちゃいなくてですね、少々荒っぽい方法を取らせて貰ってもいいかと確認しにたんです」

「それは……それは拷問、という事かしら」


 ベアノンはやや躊躇いがちに頷いた。一兵士の立場で捕らえた者を勝手に痛めつける事は許されないという事で聞きに来たのだろう。その判断はとても正しいが、私も出来る事なら拷問の許可なんて出したくは無い。


「拷問っていう程の事は出来ませんがね。ここには道具もありやせんし、今いる兵士達じゃあ拷問のやり方も大して知りやせんから」


 そう言ってベアノンは苦笑いする。兵士達の役割分担については詳しくないが、恐らくそういう役目の者もいるのだろう。

 今回連れて来ている兵士はベアノンに信頼出来る者をと選出を任せている。そのせいか皆人の良さそうな溌溂とした者ばかりで、なるほど確かに拷問が得意そうにはとても思えない。


 しかし、かといって放火犯達から情報を今すぐ聞き出さないわけにはいかないのだ。彼らがやってきたのがこのタイミングでなければレーヴェレンツ邸に戻ってからでも良かったが、ジーグルヴィック様を狙ってやって来た可能性がある以上、あちらにも放火犯達の目的を伝えなければならない。


 ……捕まえたけれど、上手く聞き出す事が出来ませんでした。という訳にもいかないものね。


 私も剣を取った以上はいつか襲撃犯を殺す可能性はあると覚悟したつもりだが、それでも捕らえられて無抵抗になった相手を痛めつけるのとは話が別だ。

 なるべく痛めつけずに話を聞き出す方法はないものだろうか……。


「お嬢様」


 ベアノンの声にはっとして顔を上げると、困り眉になった彼がこちらを見降ろしていた。言葉を探すように少し視線を彷徨わせて頭を掻いた後、ベアノンは申し訳なさそうに話し始めた。


「お優しいお嬢様にはちっと厳しい話だとぁ思いますが、気が咎めるようなら私のせいにしてしまって構いやせん。お嬢様が悪者になる必要はないんです」


 どうやらとても気をつかわせてしまったらしい。しかし、だからといってベアノンのせいにするなんて事はそれこそ出来ないだろう、私はそんな風にして罪悪感を誤魔化せるほど器用ではない。


 ……悪役令嬢“ヴァレーリア”が悪者になる必要はない、ね……。


 少し皮肉が効きすぎている言葉につい目を背けると、部屋に置かれた鏡が目に入った。そこに映る私はゲームの“ヴァレーリア”のように太っ……重厚感がある姿でこそないものの、相も変わらず吊り上がった目と整った顔のせいでかえって悪役っぽさは増しているようにすら見える。

 だからこそなるべく人と会う時には笑顔に気を付けているものの、顔で悪役と正義の味方が決まるなら確実に悪役に置かれるだろう。


 ……例え正義の味方に置かれずとも、それならそれで悪役を演じて魅せればいい。私なら、きっと出来るはずだから。


 私は一度目を瞑った後、一呼吸おいてベアノンをまっすぐに見た。

めっちゃ遅れてごめんなさい!

家のルーターさんが……ご機嫌斜めで死んでいました……。

なんとかご機嫌は戻ったみたいなので多分大丈夫だと思います……。

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