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お父様へのお願い

 ヒロインことアンネマリーを守ると決めたからには、その力を備えなければならない。

 思い立ったが吉日、早速お父様にレーヴェレンツ公爵家の私兵に稽古をつけてもらえるよう頼んでみることにした。



 部屋から出るとドア近くに若いメイドが控えていたので、お父様の都合を聞いてきて貰うようお願いする。


 部屋着のまま向かうわけにもいかないので、戻ってくるまでに他のメイド達にに部屋着から普段着へと着替えさせて貰う。

 日本の楽な服なら一人でも着替えられるのにと思わずにはいられない。


 お父様はいつも何だかんだヴァレーリアに会ってくれなかったが、昨日お見舞いに来てくれようとした事を考えると今回は都合をつけてくれるかもしれない。


 もしも無理そうなら一方的に訓練に参加しますとだけ告げて押しかけてみてもいいだろう、ヴァレーリアがしてきた今までの我が儘な振舞いから考えるとそれくらいは可愛いものだろうし、雇い主の娘のお願いを無下にする事は難しいだろう。


 そんな風に考えながら着替えていると先ほどのメイドがさっと戻ってきた。


「お待たせ致しましたお嬢様、旦那様はいつでも構わないと仰せです」

「それは今からすぐに向かうとしても、という事でいいのかしら? 」

「はい、旦那様はお嬢様を大変心配しておられましたので、その方が喜ばれるかと」

「そう、分かったわ。それなら今から向かいます」


 では旦那様に伝えて参りますと言ってメイドは先にお父様の部屋に向かった。足音一つさせずにあの速度で歩くというのはいったいどういう技術なのか。

 私は失礼にならない程度の速度でゆっくり向かえばいい、早く着きすぎても準備が整わず迷惑だろう。


 時間を取ってもらえてよかったと思いながら、屋敷の内装を眺めつつ自室からお父様の部屋にのんびり向かう。

レーヴェレンツ家は全体に赤が多く使われている。自室はそうでもないが、廊下や応接室など他人が入る事の多い場所には赤い絨毯や赤系のタペストリーがふんだんに使われている。

 今の季節が初夏であることも相まって非常に暑苦しく見えるが、柔らかな絨毯は歩いていても気持ちが良い。

 今が元の世界でいうとどんな年代なのかと頭を抱えたくなりはするが、元々魔法がある世界なのだ、考えるだけ無駄だろう。


 昨日お父様を追い返した負い目もあったので無事面会出来てよかったとほっと息をついたが、よくよく考えるとヴァレーリアも碌に話したことがない父親と下手に接触するより、伝言をお願いする程度の方が私としては気が楽だったのでは、と気付いた。


 とはいえどちらにしてもいつまでも避け続けることは出来なかっただろうし、早いうちに慣れておいた方が良いだろう。

 なにしろ、跡取りとされていたお兄様はもういないのだから――


「……っ! 」


 お兄様の死について考えた瞬間ズキンと胸が痛み、呼吸が一瞬止まる。のどが引きつるような感覚と共に涙がじわりと滲み、視界が歪む。


 呼吸も荒くなり、ふらりと壁に手をついて崩れ落ちてしまった。傍に仕えていたメイドが慌てて駆け寄ってくる。


 ”ヴァレーリア”としては当然の感情なのだが、今の私がお兄様の死についてこれ程ショックを受けていると思っていなかった。


 勿論、別人になったわけではないのだからおかしい事は何もないが、もっと英理としての部分が強いつもりでいた。

これからお父様に会うのにこんな状態で対面するわけにはいかない。


 部屋に戻りますかと尋ねるメイドに大丈夫だからと微笑むと目を瞑って深呼吸をする。

呼吸を整えて立ち上がる。お父様の部屋へと向かう身体はさっきよりもずっと重い気がした。





「旦那様、お嬢様がお着きです」

「入りなさい」



 部屋に入るとお父様が書類に埋もれた執務机で待っていた。

 埃とインクとが混ざったような匂いがするこの部屋の壁際には棚がずらっと並び、その殆どが分厚い本と巻物で埋まっている。

 私物のようなものはまるでないように見える、ここに缶詰めになっているのだからお父様は日夜仕事に追われ続けているのだろう。


 中心には来客用の小さな丸テーブルと椅子があり、私はそこに座るよう促された。 用意された紅茶を一口飲んで置き前を向くと、書類から顔を上げたお父様と目が合う。


「ヴァレーリア、もう体調は大丈夫なのか」

「はい、お父様。ご心配をお掛けし申し訳ありません」


 じっとこちらを見つめるその目に何の感情も見つけられず、私は薄く微笑んだまま内心背筋が凍る思いだった。


……お父様ってこんな冷たそうな人だったっけ……?


 お父様、ハーラルト・レーヴェレンツ公爵は朱鷺色の目と髪をしており、彫が深く均整の取れた顔は歳をとった今でも相当な美形と言える。

 身長の高さもあって若いころは相当モテたのではないだろうか。 正確な年齢は覚えていないが、おそらく現在は50歳くらいだったと思う。


 ゲームでも柔らかそうな髪と垂れた目が優しそうな印象を与える人物だったと記憶しているが、今は目に隈が出来ているせいかかえって恐ろしく見える。

 私の目はお母様譲りの釣り目だが、全体の顔つきで言えばお父様譲りと言えるだろう。


 無言で見られている事に耐え切れず、私はそのまま口火を切る。


「お父様、私お父様にお願いしたいことがあるのです」

「どうした、何か足りないものでもあったのか」

「いいえお父様。私、強くなりたいのです。ですからお父様の私兵に稽古をつけて頂く許可をくださいませ」

「強く……? そんなものは公爵令嬢としてお前に求められていない。何故突然そんなことを言い出したのかは分からないが、そんな事よりも勉強と稽古を進めなさい。お前もそろそろレーヴェレンツ家としての自覚を持たなければならない頃だ」


 お父様はそう言って眉間に皺を寄せると目を伏せた後、ゆっくりとため息をついた。

 もっともな話ではある、何せヴァレーリアは今まで勉強も令嬢としての稽古もほとんどさぼってきたのだ。


 このまま進めば公爵令嬢の癖に落ちこぼれ間違いなしで大恥を掻くだろう。

 だが私としてもこのまま引き下がるわけにはいかない。 これくらいで未来の妹を諦めるのは余りに情けないし寝覚めが悪い。


「ではお父様、私がお勉強とお稽古をこなすのであれば、空いた時間に稽古をつけてもらっても構わないでしょうか」


 そう私が言うとますます訝し気な目になってこちらを見据えてきた。


「それなら構わないが、突然どうしたというのだ」


 アンネマリーを守りたいからなんて言えるわけがない私は微笑みの表情を崩さずに何か適当に誤魔化そうかと考えたが、その前に理由はするりと自分の口から出ていた。


「お兄様が私を守って下さったように、私も誰かを守れる人になりたいのです」


 元から考えていたわけではない。口をついて出てから自分でもあぁそうだったんだと思うような、ヴァレーリアの確かな本心だった。

それを聞いてお父様は目を一瞬大きく見開いた後、そうか、と言って黙ってしまった。


会話が終わった空気を感じた私は失礼しますと礼をして、執務室を後にした。



朱鷺色のはちょっと薄い桃色みたいな色です。


投稿と同時に1~3のサブタイトル変更しました。

色々探り探りなんですけれど、数字だけの方が見やすかったりするのかなーとか変えてからから思ったり。

小説書くの初めてなので、感想とかもし貰えたら小躍りして喜びます!

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