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【閑話ーウィノラ視点ー】私のお父様とお母様

「お嬢様、お嬢様、そろそろ起きてくださいませ」

「んー……」


 ゆさゆさと身体が揺れて、私がゆっくりと目を開くとメイドのジョセニアが私の事を揺らしていました。

 布団から出ていた顔に冷たい隙間風が当たって、私思わず首をすくめます。もう少し暖かい場所に居たくて布団を引き上げました。


「寒いです……」

「寒くても起きてくださいませ、お嬢様。食堂はもう暖まっていますから早く着替えてしまいましょう」


 ジョセニアはそう言って布団を私から剥がされてしまいます。春の早朝はとってもとっても寒いのに。

 それに私の部屋は風通しが良くて、朝換気の為にと窓を開けられてしまうと特に冷えるのです。

 鼻がツーンとして涙目になる程部屋が冷えているのは、きっとジョセニアが窓を開けたからでしょう。ジョセニアは話し方と見た目は優しそうなのにとっても厳しいのです。


 私だって最近は以前に比べてとっても頑張ってお勉強をしていますし、立ち居振る舞いもあの日会った子のように出来るよう努力しているのに。

 私が震えながら睨んで見せても素知らぬふりをして、さぁ着替えましょうなんて言うのですからやっぱりジョセニアは酷いと思います。



 寒さに悲鳴を上げそうになりながら着替えて食堂へと向かうと談笑をする声が聞こえます。まだ弟妹達も起きていないこの時間に、食堂から声が聞こえるのはお父様が返ってきている時だけです。

 いつもお父様が忙しくてたまにしか会えないので私は嬉しくなって足を速めました。


 食堂に入るとお父様とお母様が二人並んで席をくっつけて座っています。肩が触れるような距離ですが、いつもこうなのでメイドから普通は夫婦でも常にぴったり寄り添っているわけではないと聞いて驚きました。


 ◇


 お母様から聞いたのですが、お父様と初めて会ったのはまだ私のお爺様とお婆様がまだ生きておられる頃、お母様が今の私よりも小さい頃です。

 昔はお母様もあまり大人しい人ではなかったらしく、森や花畑に出て平民の子供達と遊んでいたそうです。そしてその時にとっても仲が良かったのがお父様です。

 二人は長い間とても仲良く遊んでいたそうですが、お爺様とお婆様、そして上の叔父様が流行病に罹って亡くなられ、お母様は遊んでいる事なんて出来なくなり、幼いながら領主としての道を歩むこととなりました。


 お父様は別れ際にお母様から聞いて事で、遊んでいた相手が領主だと初めて知り、そしてお父様の両親からパーペンロート家がいずれ没落する可能性が高いと聞かされると、それを助けるために大商人になると心に決めたそうです。

 お父様は数年間他領の貴族の館で働きながら勉強をして、それから実家のグミュール商店を継ぐとパーペンロート領に戻り、他の商店を一つの商会としてまとめ上げながら領地を復興させました。

 そして、若くしてグミュール商会の主となったお父様は、パーペンロート家の負債を完済出来るだけの額を無償で捧げた後、お母様に告白して結ばれました。


 今思い出しても御伽噺かと思ってしまう程とんでもないお話ですが、

 初めて話を聞いた時にも私はお母様は断れなくて仕方なく結婚したのではないでしょうかと心配したのですけれど、お母様は笑って否定していましたし、今の二人のくっつき方とその顔を見ていると少なくとも今幸せなのは間違いないんだと思います。


 ◇


 私が食堂に入っても二人は相手の手を握ったり頬に触れたりしているばかりで私に気付いてくれません。

 ちょっぴり不満ですが、お父様とお母様が二人でいる時はお互いしか目に入っていないので、声を掛けないと気付かないというのもいつもの事です。


「お父さま!」

「ん? あぁウィノラ!」


 私がお父様に声を掛けて駆け寄ると、こちらに気付いたお父様がにっこりと大きく笑って、お母様から手を放して立ち上がります。


「よっ! と」


 そのまま近づいた私をひょいっと持ち上げると、くるんと反転して私をのせたままお父様は椅子に座りなおしました。

 いつまでも小さい子のような扱いをされるとちょっと私も恥ずかしいと思うのですけれど、お父様にはたまにしか会えないですし、弟や妹が起きてくるとこの場所は占拠されてしまうので、今だけは抱っこされたままでいる事にします。

 お父様は私の髪を梳かすようにして頭を撫でながら呟きます。


「ウィノラは昔のオティリアに似てとっても可愛いからオティリアのような美人になるだろうなぁ、成長するのが怖いけど楽しみだよ」

「あら、どうして怖いのかしら?」

「だってオティリア程の美人になれば周りは放っておかないだろう? 君と同じくらい素敵になったウィノラなら絶対誰もがお嫁さんに欲しがる。それを考えると僕は不安だよ」


 私が横目で見るとお父様はからかうような言い方をしながらお母様の柔らかな群青の髪を一房掬って口づけをし、お母様の顔を赤くさせています。

 お父様は私や弟妹達しかいない時は格好いいお父様なのですが、お母様がいるといつもこんな調子で、私の事もそっちのけでお母様を褒めてばかりです。


 ……でもあんまりやりすぎるとお母様は怒ると思います。


 お父様がお母様の事を好きなように、お母様もお父様の事が……いえ、もしかしたらお父様がお母様の事が好きな以上に好きなのだと思っていますけれど、お母様はあまりからかわれると部屋に戻ってしばらくお父様に返事をしなくなってしまいます。

 そしてそうなると普段以上にお父様がお母様を構うので私が弟妹達のお世話をしないといけなくなります。

 そうなっては大変と私は慌てて顔を上げるとお父様に話しかけました。


「お父様、今日は珍しく急なご帰宅でしたけれど、何かあったのですか? いつもは帰られる前にお手紙を下さいますよね」

「ん? あぁ、そうだね。今日はちょっと用事があって戻ってきたんだ。オティリアにはもう話したんだけど、レーヴェレンツ公爵家から商談を持ちかけられてね」


 お父様が少し困ったような笑顔で言った言葉に驚きました。だって、公爵家です。一度没落寸前まで落ちぶれて、平民だったお父様の力で持ち直した我が家は他の伯爵家からも同格に見られず、相手をして貰えない事が多いのです。

 子爵男爵との交渉ですら中々難しい事が多いとお父様は以前話してくれました。それなのに突然公爵家なんてどうしたのでしょう。そんな私の考えを見抜いたのかお父様はそのまま言葉を続けます。


「正確にはレーヴェレンツ公爵家のお嬢様、ヴァレーリア様からだけどね。実はオティリアが学生の頃にとても仲良くしていた後輩がヴァレーリア様に仕えていてね、うちを推薦してくれたらしいんだ」


 お母様は学生の頃からとっても優秀で、同じように優秀な生徒達だけを集めた会の副会長をしていたと聞いています。きっとその時の人なのでしょう。

 そう考えているとお母様も横から穏やかに笑って話に加わります。


「ハーラルト様のご息女と思うと少し不安ですけれど、赤き賢者様のお孫様でもありますし、あのリッサが是非と手紙に書いてきてくれたのだもの。いいお話になると思うわ」

「そうだね。今の情勢を考えると難しい所だろうけれど、そこまで選り好みするのも難しいだろうから」


 お父様の難しい顔とお母様の言葉を考えると、どうにもただ喜んでばかりいられるお話でもないようです。

 私は公爵家の方からのお話なんてとっても光栄な事なのでは無いかと思ったのですが、違うのでしょうか。疑問に思った私はそのまま素直にお父様へ質問します。


「お父様、レーヴェレンツ公爵家は商売相手として良くないのですか? 公爵家の方と縁が出来るのはとってもいい事だと私は思ったのですけれど……」


 私の質問にお父様とお母様は一瞬顔を見合わせてから、少し表情を崩して教えてくれました。


「そうだね、ウィノラ。公爵家と縁が出来るのは確かにとってもいい事だ。ただ、あまり大きな声で言える事ではないけど、今のレーヴェレンツ公爵家は……そうだね、言ってしまえば落ち目なんだ」

「落ち目、ですか」


 私の生まれる数年前までうちも下手したら平民の富豪よりも貧しい生活をしていたらしいのですが、レーヴェレンツ公爵家もそんな状況なのでしょうか。

 公爵家といえばこの国の頂点に程近い場所にいる方々です。ちょっと頭の理解が追いつかないでぐるぐるしてしまいます。


「落ち目と言っても貧乏になっているわけでは無いよ? ただ昔に比べるととても力を落としているんだ。今の情勢はリリエンクローン公爵家が一番力を持っていて、それにエルツベルガー公爵家がレーヴェレンツ公爵家の力を少し借りながら対抗している感じだ。もう一つの公爵家、ブレーメミュラー公爵家は政治不干渉を表向き語っているけど、あそこもエルツベルガーと大して変わらないくらいの力は持っているだろうね」


 お父様が四つの公爵家を並べながらそう語ります。上から順に、リリエンクローン公爵家が一番強くて、次にエルツベルガー公爵家とブレーメミュラー公爵家、そして最後にレーヴェレンツ公爵家となっているようです。

 でも、いくら四つの中で一番下になっていると言っても難しい顔をするほどなのでしょうか。まだ私は少し納得がいきません。


「お父様、公爵家で一番下でも伯爵家などに比べればずっと上なのですよね?」

「もちろん。ただ、僕が気にしているのは昔からこの状態だったわけじゃないからなんだ。今から一世代前まで、レーヴェレンツ公爵家は他の公爵家が束になっても勝てない程の力を持っていた。それが赤き賢者様の時代だね。反乱を起こそうとしていた領主を見つけだして裁き、飢饉を事前に防ぎ、宰相として外交も完璧にこなして、王からこれ以上ない程の信頼を勝ち得ていたらしい」


 私は詳しく知らないですが、レーヴェレンツ公爵家の赤き賢者という人はとんでもない人だったみたいです。

 私も歴史の勉強はしていますが、昔から最近へと向かう形での勉強なので、まだ最近の事は習っていません。もうしばらくしたらその人の事も習うのでしょうか。


「でもその赤き賢者を事故で失ってから数十年で、崖を転がり落ちるような速度でレーヴェレンツ公爵家は落ちている。宰相の座はリリエンクローン公爵家に奪われ、民衆の支持はエルツベルガー公爵家に向かい、王の信頼はブレーメミュラー公爵家が勝ち得た。今のレーヴェレンツ公爵家当主、ハーラルト様は領地と公爵家の財産と地位だけをがっちり守ったまま何も動こうとする気配すら見せない。それで、今レーヴェレンツ公爵家は落ち目という話が流れているわけなんだ」

「それは……」


 溜息を吐いてそう締めくくったお父様に何と返したらいいのか分からず、私も黙ってしまいます。そんな状況で商談を持ちかけられたとなれば、いくら公爵家といえども乗ってしまっていいものかどうか悩むのも分かります。

 励ます言葉を掛けた方がいいのかと口を開き掛けた私に、お母様がちょっと困ったような笑顔で話しかけました。


「それ程悲観しなくていいのよ。今回はハーラルト様からでは無くて、そのご息女のヴァレーリア様からのお話と言ったでしょう? ヴァレーリア様は今お城で話題になっている温泉の発案者で、第二王子のアルドリック様からの信頼も厚いらしいの。もしかしたら赤き賢者様の再来になるかも知れないわ」


 お母様からしてもそうだったらいいな、というくらいの話でしょうけれど、私もその考えに賛成しました。悪い方に考えるよりは良い方に考えた方が気持ちも楽です。

 そう思って私が笑顔になると、ちょうど弟妹達が入って来たので朝食を頂くことにしました。



 朝食を食べ終わって、私が勉強の支度をする為に部屋へ向かおうとすると、お父様から声を掛けられました。


「ウィノラ、今日のヴァレーリア様との商談にはウィノラも来て欲しいから挨拶の復習をしておこうか」

「え!?」


 私が公爵家の方との商談に参加するなんて初耳です。というか嫌です。まだ平民の方との商談も間違って部屋に入ってしまった時以外で参加した事がないのに、いきなり出来ないと思います。

 振り向いた姿勢のままじりじりと後ずさりしてしまう私を見てお父様は笑っていますけれど、笑い事ではありません。


「ヴァレーリア様はウィノラと同い年なんだ。学園でも会うだろうから、今のうちに顔を繋いでおいた方がいい。グミュール商会がレーヴェレンツ公爵家と商売を密にするのであれば、ウィノラはレーヴェレンツ公爵家派閥と思われるだろうからね」


 さっきあれだけ落ち目といわれた公爵家の派閥に私が入ると言われて改めて衝撃を受けました。あんまりだと思います。

 涙目でお父様を見上げましたがお父様は苦笑いをするだけで撤回はしてくれませんでした。



 それからお昼までは公爵家のご息女であるヴァレーリア様に対して失礼の無いよう、挨拶と礼儀作法を復習しました。

 今日はお母様を尋ねに来るという名目でパーペンロート家に来て、それからお父様を紹介されて商談をするらしいので、私は挨拶をしたら後はお茶をとお茶菓子を楽しみながら黙って笑顔で座っていればいいそうです。

 お父様が特別に用意したお茶とお茶菓子を出すと言っていたので、私はそれを楽しみに頑張ります。


 午後になったのでお父様と一緒にヴァレーリア様をお招きする応接室の、隣の応接室でヴァレーリア様の到着を待ちます。


「お父様、今日の商談はどういうお話をするのですか?」

「そうだね、商品についてはまだ聞いていないけど、リッサさんの顔を潰すわけにいかないし公爵家に睨まれるわけにもいかないからね。絶対に契約は結ぶ形になると思う」


 商品がわからないのにというのも不思議ですけれど、平民が運営する商会と貴族の間では理不尽な契約を無理やり結ばされることも少なくはないと習いましたし、そう言う事もあるのだと納得しました。


「では今日は形だけのお話という事ですか?」

「いや。ウィノラ、契約を結ぶとしても結び方自体はたくさんあるだろう? 今日はどれだけ公爵家の方相手に有利な契約を結べるかどうか、優位な状態で契約を結べるかどうかという勝負だ。もし契約を結ぶ事自体が損害に繋がるようなものなら、どれだけその損害を軽微に済ませられるか……リッサさんが絡んでいるのだからこちらにそれ程損害が出る心配はしてないけどね」


 扉の方を見たお父様がいつも優しそうな顔を舌なめずりする獣のように変貌させます。普段の生活でも商談中でも見せない、商談の事を考えている仕事中のお父様の顔です。

 お父様はそういう顔をしている自覚が無いらしいですけれど、お母様はそういうお父様も素敵と言っていましたし、私も実は結構格好いいと思っています。


「今日用意したお茶とお茶菓子もその為なんだ。非常に珍しいもの、中々手に入りにくいものをこちらが軽々と用意出来る事を示せば、あちらもそれを余程上回らない限りは大きく出られないだろう? 尤も、もしそんなものを売りたいと言って持ち込んでくれるのなら僕としても喜んで売らせてもらうけどね」


 そうお父様はいつもの笑顔に戻って笑います。お父様の用意したものがどういう物なのか私は知りませんけれど、それを越えるものが持ち込まれる事は多分無いという事なのでしょう。


 お父様の執事の人が扉を開けて私達を呼びました、とうとうレーヴェレンツ公爵家のヴァレーリア様がやってきたようです。

 私は緊張で歩き方がおかしくならないように注意して、お父様と一緒に控えの応接室から出ました。



 その時私はヴァレーリア様がまさか……だなんて考えもしていなかったのです。

本編と、その次の話まで含めるか悩んだのですけれど、流石に長くなり過ぎるので諦め。


コードが頑張って選んだとっても珍しいお菓子も、日本での記憶があるヴァレーリアにとってはただの脂っこいクッキーぐらいの印象でした。かわいそう。

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