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パーペンロート伯爵邸での再会

「はぁ……」

「お嬢様、溜息を吐いていても仕方がありません。旦那様より許可は頂けただけでもよしと考えましょう」

「そうね……」


 私はすっかりお気に入りになったピューズティーを飲みながら、ため息の原因である予算案を睨んだ。

 ピューズ果樹園を増やすと決めた私はリッサと相談して予算案を組み立て、お父様にお願いをした。


 それに対するお父様の答えは、好きにしろ、というものだった。つまりは私の自由に果樹園の増設をしても構わないが、お父様の公爵家としての予算を割く気はないからヴァレーリア用とされている予算から出して行え、という事だ。


「私の予算からじゃまるで足りないから言っているのに。そもそもお父様だって予算案をちらりとでも見たならそんな事はすぐに分かるでしょう?」


 思わずお父様への不満が口をついて出てしまう。果たして領地を発展させるつもりがあの人にはあるのだろうか。

 今始めれば十分利益が出ると色々な観点からまとめて提出したのに、さらっと目を滑らせただけで突っ返されるなんて納得がいかない。


「お嬢様……」

「分かっているわ、ここで何を言っても仕方ないなんて」


 リッサが慰めるような口調で私を呼ぶ。リッサと二人しかいないのに不機嫌になっても仕方がない。もう一口ピューズティーを飲むと、少し深めに呼吸をして心を落ち着かせる。


 今回必要な予算は金貨の中で一番価値の高いプスト金貨一枚分にも及ぶ程の額だ。投資額としてはかなり高いのは間違いない。

 そして、私が元々与えられていた予算がラオ金貨二枚分、つまりは必要額の五分の一程度だ。その上その中から色々な買い物をしたりケルツェ温泉を作ったり、ライターやエッセンシャルオイル用の器具を注文したりで結構減っている。

 ケルツェ温泉が繁盛しているおかげでゆっくりと増えて来てはいるものの、まだ元のラオ金貨二枚にすら届いていない。


「リッサ、温泉の素を商会に卸して売るつもりと前に話したでしょう? どこかあては見つかったかしら。この際だから新しいお茶の販売もしようかとも考えているのだけれど」

「はい、私の知人が商会の主を婿に取ったと聞いております。そちらであればすぐにでも取引が出来るでしょう。ですが……」


 珍しくリッサは口ごもった後、言うか言うまいか悩んだ様子を見せた後、言葉を続けた。


「ですが、商会としてはかなり歴史が浅く、勢いはありますがまだ公爵家の取引相手として見合う格ではありません」


 なるほど、リッサの様子からするとおそらくリッサとしては紹介したい、或いは紹介できると思っている相手なのだろう。

 ただ、私が個人的にではなく領地の特産を扱わせるのであれば、それはレーヴェレンツ公爵家として取引相手として認めたという事になる。その影響は軽いものでは無い。


 他の商会との関係も変わるだろうし、逆に相応しい格を持つ商会が選ばれなかったとして信用を失う可能性もある。

 しかし、今回その相応しい格を持つ相手として挙げられるのはヘルフルト商会なのだ、リッサはおそらく私がそこで遭遇したトラブルを知っていて選択肢から除外している。だからこそ悩んでいるのであろう。


「そう、でもリッサが選択肢として挙げるのであれば、個人店のような規模では無いのでしょう? 取引が可能な規模で、リッサが信用できるなら構わないわ。春になったらその商会に連絡して頂戴」

「かしこまりました」


 私が連絡をすれば雪の中レーヴェレンツ公爵家まで来させることになるかもしれない。もうすぐ冬も終わるとはいえ、魔術も使えない相手にそんな事をさせるのは気の毒だ。

 春に商談を行うまでに、私は温泉の素と他のハーブティーの準備をしておくとしよう。



 寒さが少しずつ和らぎ庭園が華やかになってきた頃、私はリッサと護衛を連れてパーペンロート伯爵邸に向かっていた。

 今回向かうのは本宅では無くクラインシュミット近くにある別邸だ。家格として考えてもこちらが向かう必要は無かったのだが、折角なので私はお出かけがしたかった。そんなわけで温泉の素と数種類のハーブティーを持ってパーペンロート伯爵邸へと向かっている。


 私は揺れる馬車の中でリッサの用意してくれた資料に目を落とす。

 パーペンロート家の当主、オティリア・パーペンロート女伯は両親の死により、若くして落ち目であったパーペンロート伯爵位を継ぐ事となった。

 しかし身内の裏切りや不運も続きパーペンロート家はいよいよもって没落寸前まで追いつめられる。そこで手を差し伸べたのが新進気鋭の商人、グミュール商会の主、コード・グミュールである。

 彼を婿として迎えた事により財政は安定し、経営も持ち直した。今は上向きに進み続けているという話だ。


 これだけ聞けばめでたい話だが、周りからは良くない噂も多く流れている。

 金で伯爵位と愛を売った女、貴族の面汚し、足元を見て貴族の座に押し入った商人、薄汚い盗人などなど、どこまでが事実に基づいているのかわからないが、色々と陰口を叩かれやすい立場のようだ。

 私も、オティリア・パーペンロート女伯がリッサのお世話になった人だと聞いていなければ取引相手として選ばなかっただろう。勿論、自分の目で最終的には判断するつもりでいる。



 ガタゴトとそのまま揺れ続けてしばらくした頃、ようやくパーペンロート伯爵邸へと到着した。

 パーペンロート伯爵邸はレーヴェレンツ公爵邸に比べるとかなり小さい。別邸なのだから本邸はもっと広いのかもしれないが、前世の日本にあってもおかしくは無いレベルの大きさだ。


 メイドに案内された屋敷の中は、全体的に青系の装飾の多い落ち着いた雰囲気だ。レーヴェレンツ公爵家は赤ばかりなので、それと比べると余計涼やかに感じる。

 案内された応接室もやはり青系が多い。青い敷物に、青い布を掛けられた長椅子、青い小さなタペストリーと盾。一つ一つの格はともかく、レーヴェレンツ邸の応接室と似たようなもので飾り付けてある。

 私達が応接室へと入ると、長椅子に座っていた綺麗な群青色の髪と目をした女性がすっと立ちあがり、私が椅子の横まで来たタイミングで跪く。


「ヴァレーリア様、お初にお目にかかります。私はパーペンロート伯爵家当主のオティリア・パーペンロートと申します」

「顔を上げてください、パーペンロート伯爵」


 定型文通りの挨拶に同じく定型の返答をする。パーペンロート女伯はゆっくりと顔を上げて、少し高めの柔らかい声で挨拶を続ける。


「本日は当家に足を運んで頂き有難うございます。レーヴェレンツ公爵令嬢、ヴァレーリア様にお会い出来ましたこと、誠に光栄でございます」

「ごきげんよう、私もパーペンロート伯爵にお会いできて嬉しく存じます」


 パーペンロート女伯はリッサよりも四つ程年上の筈だが、柔らかで可愛らしい雰囲気からかリッサと同い年か年下に見える。ふんわりとした長い髪を自然に流していて、少したれ目気味なのもそう見える要因だろうか。


「ヴァレーリア様、どうか席にお掛けになってください」


 勧められて青い布が張ってある長椅子に腰かける、座った感触からすると布の下は木か何かだろう。

 長椅子に座り紅茶を出されてすぐに、線が細い男性と私と同い年くらいの女の子が入室してきた。おそらくはパーペンロート伯爵の夫とその娘だろう。

 貴族は髪の色が親子で似ている事が多いが、パーペンロート家はややそれに当てはまらないようだ。パーペンロート女伯は綺麗な群青色の髪をしているが、夫は淡い黄色、そして娘は……どこかで見覚えのある紫だ。


 ……どこかで聞き覚えのある商店の名前とは思ったけれど、まさか伯爵令嬢だったなんてね。


 納得いった一方で、この子を一人でお使いに行かせるようなこの商店で大丈夫なのかしらと少し心配にもなる。

 微笑みつつそんな事を考えていると、二人が私の前に跪き男性が定型の挨拶を述べる。


「ヴァレーリア様、お初にお目にかかります。私はパーペンロート伯爵の夫、コード・パーペンロート、こちらは娘のウィノラと申します」

「顔をあげてください。コード様、ウィノラ様」


 私の声に二人は顔を上げ、――その瞬間紫の子がキョトンとした表情をしたが――コードが挨拶を続ける。


「本日は当家に足を運んで頂き有難うございます。レーヴェレンツ公爵令嬢、ヴァレーリア様にお会い出来ましたこと、誠に光栄でございます」

「ごきげんよう、私もお会い出来て嬉しく存じます」


 私はにこやかに二人に挨拶を返して、多分まだ私の事を思い出しきっていなさそうなウィノラ様と再会を果たした。

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