ピューズティーの作り方
「ピューズの皮でお茶、ですか」
「えぇ、そうよ。淹れ方は他のお茶と同じようなものね、蒸らす時間や温度は違うでしょうけれど」
リッサは紅茶を注ぎながら不審そうな目で私の方を見る。
「レーヴェレンツ領はブレーメミュラー公爵領のように紅茶の特産はないでしょう? ピューズの皮で美味しいお茶が楽しめるようになれば領地の為にもなると思うの」
「確かに、お嬢様の仰る通りですね」
この先私のお披露目時にはピューズ湯も広めようかと思っているので、少しピューズに需要が集まり過ぎてしまう気もするが、せっかくなのでこれを機に農地を増やせば良い。
仕事が増えれば雇われる者も増え、盗賊に身をやつす者は減る筈だ。治安の悪いこの世界では一番重要な事だ。場合によってはアンネマリーの襲撃イベントが減るかもしれない。
ピューズのハーブティーを思いついた私は、料理長にピューズの皮を一部干して貰うようにお願いしておいた。
お風呂に入れているドライハーブと同じく数日すれば出来上がるだろう。とても楽しみである。
しかし数日後の朝、ウキウキ気分で完成を待っていた私の元に悲報が届く。ピューズの皮がカビたのだ。
そういえばいつもドライハーブを作っていたのはピューズの旬の後、したがって春から夏に掛けてだった。
気温が低く乾きにくい今の季節に天日干しは無理だったらしい。前世ではドライハーブなんて作った事も無いので深く考えていなかった。
「じゃあ結局春まで待たないといけないって事ね……」
「はい、この季節に干して乾かすのは難しいかと」
報告に来たリッサは当然ね、という顔をしている気がする。気付いていたのなら言って欲しかった。
私は少しムスッとしながら他に方法無いかと考え、ふと思いついた。
「ねぇ、リッサ。リッサはピューズの皮から水分だけ取り出すような事は出来ないのかしら?」
「出来ません」
にべもない即答だ。愛想のないリッサをじとっと見ていると、補足として説明をしてくれた。
「私の力では動植物や密閉されている場所から水を出すことは出来ません。私よりもっと力のある水の魔術師に関してはわかりませんが。上位の方は理解を超えた事をされますので。……失礼なもの言いかも知れませんが、むしろお嬢様の魔術の方が乾かすのには適しているのではないでしょうか」
少し迷ったように付け加えられた言葉に私は目を瞬いた。盲点だったが、考えてみればその通りだ。魔術で乾かすのならば私が火で温めるのが一番早い。
「それもそうね、ありがとうリッサ。試してみるわ」
「お役に立てたようでしたら何よりでございます」
リッサはいつものお澄まし顔でそっけなく答えた。
その日の夜、リッサを連れて厨房に向かった私は早速火と削ったピューズの皮を用意して貰って試した。
前世で火を使って乾かそうとすればキャンプファイヤーにマシュマロをかざすように、焦がさないよう注意しながら離れた位置で温める必要がある。
しかし今の私は燃やすものを自分で決められる上に、温度もかなり自由自在なので火に直接入れて乾かせるのだ。マシュマロだって焦がすことなくいい感じに焼けると思う、マシュマロがあれば。
最初の何度かは温度が高すぎたようで失敗したが、最終的に人肌よりも少し熱いくらいの温度の火に入れ続ける事で上手く乾かす事が出来た。
ちなみに私は人肌よりも火の温度を下げる事は出来ない、冷たいと感じる火のイメージが付かないからだろう。温度を上げる方は危険なのでそんなに試していないが、鉄を焼き切れるくらいは出来る。
私は出来たドライピューズピールに満足すると、リッサの方を振り向いた。
「リッサ、これでお茶を入れて貰えるかしら」
「かしこまりました」
リッサはやっぱりどこか呆れているような雰囲気がある気がするが、迷う事無く動き出してくれた。
無駄の無い動きでお茶の準備をしているリッサを眺めていると、ドライピューズピール作りを興味深そうに見ていた料理長から声を掛けられた。
「いやはや、まさかピューズがお茶にまで使えるとは思いませんでしたよ。先日お嬢様から教えて頂きました汚れ落としとしても非常に役に立っておりましたが、長年使っておきながら今更ピューズの真価を教えられたような気がします」
どうやらピューズは無事洗剤としても使えていたらしい、こうなるといよいよもってピューズ農園の増加が必要となりそうだ。
そうなればお父様に相談しなければならないだろう、出来る事なら避けたいものだが。そんな事を考えつつ料理長には笑顔を返す。
「貴方にも手伝って貰ったのが無駄にならなくて良かったわ」
そうこうしているうちにリッサの準備は終わったようだ、私はリッサから自室に戻るよう促され、料理長に挨拶をして厨房を出る。
リッサより一足先に部屋に戻って椅子に座っていると、少し間をおいてリッサがお茶を持ってきた。
恐らくは毒味兼味見をしていたのだろう、比較的すぐに戻ってきたという事は特におかしな味にはなっていないという事だ。
手早く丁寧な仕草でカップに注がれた透明感のある緋色の液体は、爽やかで仄かに甘い柑橘系の香りを立ち昇らせている。
私はゆっくりとカップを持ち上げると、香りを楽しみながら口をつけ、こくりと飲んだ。
口をつけた瞬間にその香りがふわりと広がり、柑橘類らしい僅かな酸味とピューズの爽やかな甘みを感じる。後味にはドライオレンジピールのような苦みが残るも、それがちょうどよく後味を締めている。
前世でハーブティーを飲んだ事なんて数える程しか無い私でも、とても美味しいと思える味だ。
「これは、大成功ね」
思わず頬がほころんで、ほっと息を吐く。これなら紅茶と並べても見劣りしない。むしろ紅茶よりもこちらの方が好きという人も多いのではないだろうか、少なくとも私はとても気に入った。
そういえば何故リッサは初見でここまで上手く見た事も無いハーブティーを上手く淹れられるのだろうか、リッサも本当に良く分からない優秀さだ。
「ありがとうリッサ、とても美味しいわ。リッサは味見したかと思うけれど、これは売り出したら流行すると思うかしら」
「はい、他の紅茶とはまるで違った香りですので、好まれる方も多いかと存じます」
リッサは聞かれる事が分かっていたように淡々とそう言った。リッサが太鼓判を押してくれるなら問題ないだろう。私はピューズティーを飲みながら考える。
ピューズは国で利用されている中の殆どがレーヴェレンツ領で生産されている。レーヴェレンツ領は他の領地に比べて夏が熱い事でやや気温差が大きく、風害は少ない事が理由らしい。
他の地域でも作れない事は無いのだろうが現状量が圧倒的だ。果樹なのだから後から追いすがろうとした所で最低数年はかかる。育てるノウハウもこちらが上と考えるとアドバンテージは十分だ。
ただ、一つ心配なのはやはり突然需要が圧倒的に増える事でピューズが高騰してしまう事だ。
安価でたくさんレーヴェレンツ領にあるピューズは庶民にも親しまれている。こちらで舵の切り方を誤って、それを取り上げてしまわないようにしたい。
……やっぱりどうしてもお父様との交渉が必要ね。消極的な動きでは迷惑が領民に降りかかるもの。
いつもお父様にあった時には精神がすり減るような事になっている気がする。いやそもそもお父様と会う事自体がどこか精神をすり減らせるのだ。
溜息が出て、眉間に皺が寄ってしまう。面倒でも嫌でも逃げるわけには行かないのだ。
私は空になったティーカップを片付けるリッサに声を掛ける。
「リッサ、お父様にピューズの果樹園を増設したいと相談するわ。色々お願いしてしまって悪いのだけれど、必要な量を計算したいから資料を集めておいて頂戴、それほど急がなくてもいいから」
「かしこまりました」
リッサは嫌な顔一つせずに応じてくれる。果樹園の増設は急務ではない、私がお披露目をする時までに十分な量増えていればいいのだ。
しかし、先述のように果樹だからこそ数年はかかる。早く十分な供給を用意するに越したことは無い。
供給が十分に集まりそうであればピューズティーや掃除用品としての活用方法は先に広めてしまってもいいのだから。
何にせよ、先んじて行うべきはお父様への交渉、その説得の為の資料作りだ。私は説得の為に何が必要かと頭の中で考えながら、その日は布団に入った。
リッサの仕事がどんどん増えます。