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騎士との交渉

 私はラインハート様と数人のメイド、ラインハート様の従者を連れて、庭園の端にあるテーブルへと向かった。初めてアルドリック様と会った時にも使った場所だ。

 テーブルまで着いた所で私はラインハート様の方を振り返って椅子を勧める。


「どうぞ、ラインハート様。こちらが当家の庭園でございます、今は花の盛りが過ぎてしまいましたので多少寂し気な風情となってはおりますが、この時期であっても楽しめるよう彩りを揃えてあります」


 流石に夏や春に比べると幾分見劣りするものの、レーヴェレンツ邸の庭園は庭師が工夫し、四季折々の美しさが楽しめるようになっている。全体的に小ぶりで可愛らしい花がたくさん咲いていて、私はとても好きだ。

 ラインハート様は表情を変えずにありがとうございますと言って椅子に座ると、メイドが淹れた紅茶を一口飲み、庭園の花を見た。


「見事な庭園です。この季節は庭師が霜か落ち葉を植えたがるものですが、この庭園にはそのようなもの欠片も見当たらない、素晴らしいですね。ヴァレーリア様、もっと近くで見てもよろしいでしょうか」

「はい、構いませんよ」


 ラインハート様が草花を好きとは思っていなかったが、特に断る理由もない。私はそのまま頷いて了承した。


「ありがとうございます、よろしければヴァレーリア様もご一緒に。……お前たちはここで待機していろ」


 すぅっと目を細めながらそうラインハート様が続けたので、私はラインハート様が二人で話し合いをしようとしている事を理解した。それもなるべく流れとして不自然ではないようにして。

 敢えて従者を排するという事は従者にも聞かせられないという事か、或いは信用できないという事か。


 ゲームではラインハート様も家族と確執があった筈なので、今日来ているのが父親付きの従者なのであれば信用できないという事も十分に考えられる。

 その意を汲んで私もリッサ達にその場で待っていて貰うように指示して席を立ち、ラインハート様を連れて従者達に声が聞こえない程度の位置にある花壇まで移動した。



 私はリッサ達を残したテーブルをちらりと確認した後、笑顔を作ったままラインハート様に軽く探りを入れるつもりで話しかける。


「実は私、それ程草花に詳しいわけではありませんが、よろしいでしょうか」

「はい、問題ありません。それよりヴァレーリア様は私よりも位が高いのですから、そう慇懃に接して頂かなくても構わないのですが」

「そう、わかったわ。それなら貴方もかしこまった話し方をしなくて構わないわ。これからは、婚約者になるのでしょう? ラインハート」


 私の問いかけにラインハート様が作った笑顔で返してきたので、予定調和通りそう答える。

 婚約者、という言葉が少し喉につかえてしまったが、ラインハート様はそれほど気にした様子もなかった。

 ラインハート様は花を見るような素振りでリッサ達に背中を向けると、笑顔を顔から消した。


「そうか、ありがとうヴァレーリア。どうにも堅苦しい話し方は苦手だからな」


 そう言って一旦息を大きく吐くと、横目でこちらを見ながら面倒くさそうに言葉を続けた。


「お前は、本当に俺と婚約する気か?」


 いきなり随分な言い方をするものだと驚くが、そういえばラインハート様はゲームでも公的な場でない限りこんな感じだった。

 普通なら嫌味や含みを考えるところだが、彼はいきなり悪意を込めた言い方をする人では無い。変に勘繰らずこちらは素直に返した方が良いだろう。


「えぇ、そうなるでしょうね。何か問題があるのかしら」


 私が笑顔のままそう返すと、ラインハート様は目を少し険しくして言葉を続けた。


「俺に問題はない。父上の思惑通りになるのは腹立たしいが、アメルハウザーの家から出る当てが見つかっただけで十分だ。それよりお前はどうなんだ、さっきから望まない婚約を結ばされる女と題を付けて飾れるような顔をしているくせに、問題ないなどとは言うまいな」


 私は息を飲んで表情が凍り付いた。確かにその通りの心情ではあるが、顔には全く出さないようにしているつもりだったのだ。まさかそのように礼を失した態度を取ってしまっているとは思っていなかった。

 どう返せばいいかと頭を回している所でふとゲームでの彼を思い出した。


 ……そういえば、彼はあまりにも察しが良すぎるからこそ言い方がぶっきらぼうって人だったっけ。


 もし私が周りから見て明らかに失礼であれば、お父様かリッサがそれとなく注意した筈だ。

 ラインハートが私のどういう態度で察していたのかはわからないが、ゲームでアンネマリーも首を傾げていたのだから気付けなくても仕方がない。


 ラインハートの言葉は単に私を心配しての言葉だろう、必要以上に色々なものが見えてしまって、そしてそれを放っておける人では無く、なのに丁寧に声を掛けられるほど器用では無い人なのだ。

 私は少し目を伏せて落ち着けてから、笑顔を浮かべて答えた。それがいつも通りのものであったかは少しわからない。


「そうね。確かに望んでいた婚約では無かったけれど、他に道は無かったもの。それに、納得をしていないわけではないわ」


 私の答えにラインハートはつまらなそうな顔をして、花に視線を移しながら言葉を返した。


「本当にそうか? お前が望めば道を選ぶことも出来たんじゃないのか」


 ……ラインハートはいったいどこまで知っているのかしら。


 単に当て推量かも知れないし、適当な慰めの可能性も無いわけでは無いが、それにしてはどこか確信めいた響きを感じさせる言い方だった。


「……例え道が存在したとしても、私達にとって選ぶことがあり得ないとしたら、それは無いも同然よ」

「それもそうか、悪かった」


 そこで謝るという事は、彼はその選択がどういう意味を持っていて、それを捨てる理由も察したという事だろう。

 もしかして私が思っている以上に話が広がっているのだろうかと考え、ついため息を吐いてしまう。

 ラインハート様はそのまま黙り込み、少ししゃがんで花壇の花にそっと触れている。

 さっきまでとは打って変わって穏やかな顔に、私は胸の痛みを思い出して目を逸らした。成長して彼がお兄様の年齢を超える頃にはだいぶ違う姿になっている筈だが、今の姿は面影を感じすぎる。


「だが、春の大水がもたらす実りもあるだろう?」

 不意にラインハート様が呟くようにそう言った。


 ……春の大水?


 恐らく貴族的な婉曲表現なのだろうが、突然言われてもぱっと答えられない。しかし分からないので意味を教えてと言うのも躊躇われる。

 なんで二人しかいないのにわざわざ面倒な言い方をするのだろうか。


 ……大水は川の氾濫でしょう? 春のってわざわざつけるのは分からないけれど、多分災い転じて福となすって意味かな?


 詩の才能が無い私としては一抹の不安どころかかなり解読に不安が残る。

 しかし恐らくは、私が何もせずとも第一王子が玉座につくかも知れないが、その時はどうするのかと聞かれているのだろう。

 どうするもこうするもない、その選択が今目の前にあるわけではないのだから、とうに手遅れになっているはずだ。


「そうね、でも私がその時実りを得る事は出来ないもの」


 わざわざそんなことを聞いてどうするというのか、ほんのちょっとむっとしながら私は答える。

 ラインハートはそれを聞いてゆっくり立ち上がると、一度周りを確認した後真剣な顔で私の目を見つめた。その顔に私はつい一歩引いてしまうが、それを追いかけるようにしてラインハート様は一歩近づき、囁くようにして私に告げた。


「俺は、お前が第二王子を諦め切れないと言うのなら、その時婚約を破棄しても構わない」


 私は目を見開いて驚いた。ラインハートがそんなことをしても何も良い事は無い筈だ。

 確かに彼は優しい人ではあるが、そこまで私にしてくれる理由が思いつかない。

 ラインハートは私から元の距離くらいまで離れると、不機嫌そうな顔に戻って続けた。


「ただし、婚約期間に限った話で、俺と正式に婚姻を結んだ後は完全に諦めて貰う。それから先もずっと後悔したような顔をされてはたまったもんじゃないからな」

「その、ラインハートはいいの? ……いえ、むしろラインハートには他に思いを寄せる相手がいるのかしら?」


 私は躊躇いがちにそう聞いた。私にとってあまりにも都合が良すぎる話だと思う。ラインハートも実は私との婚約を迷惑に思っていると聞いた方がずっと納得いく。

 しかしラインハートは不機嫌そうな雰囲気を強くして答えた。


「それはさっきも言ったはずだ。だが、婚約をそちらの都合で破棄して貰うのだ、その時には俺をアメルハウザーから出して、ある程度自由の効く立場に置いてくれ。レーヴェレンツ領の端を管理する権利を与えるくらい、お前がレーヴェレンツ公爵となれば出来るだろう?」


 その言葉を聞いてむしろ私はほっとした。無償で何か施される事ほど怖いものは無い。正当に見返りを求められた方がはるかにマシだ。

 第一王子が国王になる事を望むわけでは無いが、アルドリック様を諦めるまでの猶予が出来た分少し私は気が楽になった。


「わかったわ、約束します。でも本当に貴方はそれでいいの? 侯爵家血を引いている貴方なら望めばもっと地位も――」

「俺は地位や権力に興味はない、父上とは違う」


 私の言葉を遮ったラインハートは、怒りを噛み潰すような表情で静かにそう言った。

 知らずに彼の触れて欲しくない場所に触れてしまったようだ。


「ごめんなさい。ラインハート」

「気にしなくていい。それに恩に着て貰う必要もない。そうなるかどうかも今は分からないし、どちらにしても俺に損はないからな……。それよりそろそろ戻ろう、父上達の話もいい加減終わる頃だ」


 私が謝ると少しハッとした様子だったラインハートは、少しきまり悪そうに言葉を濁した後、従者達の方に向けて踵を返して歩き始めてしまった。


「それでも、ありがとうラインハート。その、気をつかってくれたのでしょう?」


 そう声を掛けて後を追い始めると、ラインハートはそれに対してむすっと嫌そうに答えて足を速めた。


「俺は結婚した後もお前の辛気臭い顔を見るのが嫌だっただけだ」


 その憎まれ口に小さく苦笑してから、私はザクザクと前を進んでいってしまう面倒で優しい婚約者様を追いかけた。




体調崩してました……やっとの更新です。


最後の方ラインハート様は「は? わざわざそんな事口に出して言うか?」みたいに思ってたりします。

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