私の選択
ラインハート・アメルハウザーは黒ささの攻略キャラの一人で、ヒロインアンネマリーと同級生だ。
そして、前世で私が一番好みだった攻略キャラでもある。
赤い目で短髪の背が高い騎士、彼はそのぶっきらぼうな態度と気遣いの足りない言い方によって、ゲーム開始直後からアンネマリーと何度も衝突していた。
しかし個別ルートを進むにつれて、最初の印象とは逆に本当は言い方や接し方が不器用なだけで相手の心を気遣える優しさと器量のある、とても大人な男性だと分かっていく。
また、ラインハートは攻略キャラで最も強く、ヒロインを誰よりしっかり守ろうとしてくれる。実家に用事がと言って帰る事も、ヒロインを見捨てる事も、血を見るだけで顔を青くしてしまう事も無い。
相性の上で天敵である“ヴァレーリア”がラインハートルートでは何度も直接襲って来る為、それには敗北していたが、勝てないと分かっていてもヒロインを守ってぼろぼろになりながら立ち向かうラインハートの姿には、心を打たれるものがあった。
ゲームを進める毎に株が下がるアルドリック様と違って、進める毎に株が上がるキャラで、人気投票でも一位を勝ち取っていた。
自室に戻った私は、リッサを通して午後の訓練をキャンセルして貰い、一人で部屋に籠った。アルドリック様の事についても、ラインハート様の事についても、少し考える時間が欲しい。
お行儀が良くないと思いながらも私はぼすんとベッドに倒れ込んだ。
「ラインハート様が婚約者……」
おそらく私が前世の記憶を取り戻して直ぐに打診を受けたのであれば、喜んで飛びついたと思う。
攻略キャラの中で一番好きだったし、特に文句をつける点が不器用なところくらいしか思いつかない人だ。一も二も無く二つ返事で承諾していた筈だ。
しかし、同じ内容でも今の私の心には喜びなんて欠片も見当たらない。あるのは息苦しい程の悲しみと何にとも分からない後悔だけだ。
目を閉じた私の脳裏に浮かぶのは、夕日が差し込んだあの日の応接室だ。婚約者が決まれば、もうあの距離には近付けない。
アルドリック様は私の事を仲の良い友人と思っているだろうから今まで通り接してくれるかもしれないが、私はもう自分の気持ちに気付いてしまった。
決して手が届かないと分かっているのに近づける程私は強くない。
じわりと視界が歪む、泣きたい時には泣いてもいい、その言葉を思い出した私はもう堪える事も出来ず、嗚咽を漏らしながら布団を濡らし続けた。
いつの間にか私は眠りに落ちていたらしい。起き上がって殆ど日が落ちている窓の外を見ながら深呼吸をして、頭をゆっくりと覚醒させた。
多少は心も落ち着いて頭もすっきりした、どれだけ現実が思い通りにならなかろうと、いつまでも泣き続けているわけにはいかない。
「どうしたいのか、どうすればいいのか、ちゃんと考えないと……」
少しでもマシな現実にする為には自分で前を向いて舵を取らなければならない。強引に心を切り替えながら、私はベッドの上で婚約について考え始めた。
「ラインハート様との婚約、断ったりは出来ないものかしら……」
この世界での婚約は一応本人の同意が必要なのだ。しかしそうはいっても親が強引に結ばせることも多いのが現実で、お父様が私とラインハート様との婚約を決定事項としているのであれば、覆すのは困難だろう。
「それに、ラインハート様との婚約を断れてもアルドリック様と婚約出来るわけではないのよね……」
そう、当たり前のことだがラインハート様との婚約はアルドリック様との婚約の道を潰すことにはなるが、ラインハート様との婚約破棄がアルドリック様との婚約に繋がるわけでは無い。
お父様が言っていた跡取り問題をどうにかしなくては、アルドリック様と結ばれる事は出来無い。
いや、そもそも私はアルドリック様からの婚約を申し込まれて置きながら決闘のような真似までして完全に断っているのだ。
今更私の方から婚約を申し込んだところでアルドリック様を困らせるだけではないだろうか。
「よく考えたらアルドリック様は私の事を妹か何かのようにしか思っていないようだし、私の片思いが成就する可能性も低いのかな……」
アルドリック様のあの距離感は親しい友人か家族に対するものだ。もし万が一私を意識していたのなら私を抱きしめたり、頭を撫でたり、胸で寝かせたりなんて出来ないだろう。
何せ私は今思い出すだけで私は顔が熱くなってドキドキしてしまうのだから。
「か、片思いが成就するかどうかは、この際置きましょう。問題なのは私しか後を継げる人が……そういえばアンネマリーが……いえ駄目な気がするわ」
ゲームと同じように進めばアンネマリーが私の妹になる筈で、形式上は私では無くアンネマリーがレーヴェレンツ家を継ぐ事も出来る。
だが、それはおそらくないだろう。お父様がアンネマリーを愛人の子として扱ったとしても、実際は赤の他人で血の繋がりが全くない。
レーヴェレンツ家の跡取りとしてお父様がアンネマリーを選ぶことは無い筈だ。実際、ゲームのどのエンディングでもアンネマリーはレーヴェレンツ公爵家を継ぐ事は無かった。
レーヴェレンツ領を割って出来た新しい領に領主婦人として済むことはあったが、レーヴェレンツ家の跡取りとしては認められなかったのだろう。
そうなるとやはり私にはレーヴェレンツ家を継ぐ以外に道はない。
しかしアルドリック様はレーヴェレンツ家に来てくれるだろうか、そう考えた時ケルツェ山で見たあの真剣な顔を思い出した。
アルドリック様はきっと来ないだろう、彼は皆を守れるようになりたいと言ったのだ、その夢を実現するにはアルドリック様にも王になる以外の道はない。
分かっていた結論を認めたくなくて、私は目を逸らすように可能性を探る。
「もし第一王子が国王になったなら、アルドリック様と結ばれる事も出来る。アルドリック様と結ばれる為なら私は……」
王の座を第一王子に奪わせ、アルドリック様がレーヴェレンツ家へと婿入りして私と結ばれるという可能性。
今二つの派閥が拮抗しているというのであれば、私が社交界に出るまで婚約を先延ばしにし、レーヴェレンツ公爵家として、アルドリック様との結婚を条件に第一王子派閥に手を貸せば天秤は傾くかも知れない。
アルドリック様は自分の夢を実現出来なかったことに傷付くだろうし、私が手を貸した事に気付けば嫌われるかも知れない、でもきっとここで生活しているうちに領主としての生き方も見つけられる筈だ。
好きな人とずっと一緒にいられるのであれば、他の誰から後ろ指をさされても大して気にせずにいられるだろう。二人に溝があったとしても、長い時間があれば何れはそれも癒える筈だ。
それは、一瞬浮かんだとても甘美な毒のような妄想だった、その生活はきっと幸せで、傷を舐め合うような退廃的な愉悦に満ちたものになるだろう。
「……なんてね」
私は自嘲に満ちた呟きを最後に溢して、ベッドから降りる。
それほどに好きになってしまっていたのだから、もうそんな選択をする事なんて出来るはずが無いのだ。
闇夜が降りきった窓の外を一瞥して、私は一つの選択をした。
日が空いちゃってごめんなさい!
ワードさん買い替えたりとかしてたら時間かかってしまって……




