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課題の結末と婚約

 行軍訓練から帰って来た私は、直ぐにリッサに広報について相談していた。

 リッサの家格は下の方だが学園では優秀で補佐に適していた事もあって、実力主義の貴族からは可愛がられていたらしい。


 しかし彼らは例外なく非常に忙しい地位に就いているらしく、温泉自体に来てもらう事は難しい。

 宣伝するとしても現地に行くことなく楽しめる硫黄や湯の花を使った温泉の素が出来てからだ。

 他にもそれほど仲が良いわけでは無いらしいが新しい物好きな人も何人か挙げて貰ったので、温泉が完成し次第話をして貰う事にした。


 ハーブ湯とは違い、温泉自体が私の名のもとに作られているのでどういう広まり方をしても私の功績にはなる。

 温泉の完成までに手紙の作法やその貴族達の交友関係や立場を中心にして、現在の派閥などについてリッサに教えて貰わなければならない。 いざ温泉の準備が出来ても私の対応がぼろぼろでは相手から下に見られてしまう。


 また燃料もベアノンにお願いして鍛冶工房のジェイに渡して貰った、ジェイはだいぶ苦戦しているらしく、まだまだライターの完成は遠いとの事だ。


 ◇


 そうして二カ月程が経ち、ようやく温泉が完成すると連絡が来た次の日の昼食後、お父様からの呼び出しを受けた。


 まだお父様からの課題は達成出来ていない。期限である私の誕生日までまだ時間があるが、それを早めるという要件であった場合詰みに近い。

 勿論その場合でも出来る限り抗議して撤回させるつもりだが、実際に領地経営するのであれば明確な期限などわからないのだから、などと言われそうな気もするのだ。


 ……もし今日が期限だとか言われなければ、ハーブ湯か、ライターの設計図を直ぐに使えるようにしないと。


 私は心の中でそう呟き、唇を引き結ぶとお父様の執務室まで向かった。執務室の扉の前にいた執事が私に気付いて中に声を掛けると、入れ、という声が中から返ってきた。

 私は目を伏せて小さく深呼吸してから、執事が明けてくれた扉をくぐって中に入る。お父様は珍しく手紙などを見ずに私の方を見ていた。


 無感情な目に息苦しさを感じながら私はお父様の執務机の前まで行き、笑顔を作ったまま挨拶をする。


「ごきげんよう、お父様」

「随分と派手に動いているようだな」


 私の挨拶に対してお父様は不機嫌そうにそう言った。恐らくは温泉作りの事だろうが、派手にと言われるほどの事をしているつもりはない。

 確かにお金はライターよりもずっと使ったが、領地の新たな事業としてはかなり安上がりな筈だ、何せ私の予算だけで出来たくらいなのだから。


「課題の為に多少は動きましたが、最低限に抑えております。これ以上予算を絞ればそれこそ働かせる領民の負担となります」


 そういうとお父様は鼻をならして手元に持っていた手紙に目を落とした。何が書いてあるのかは知らないが、後ろめたい事は特にない。


「お前の作った温泉とやらが随分城で噂になっているようではないか」

「……はい?」


 思わず間の抜けた聞き返し方をしてしまった、案の定馬鹿を見る目でお父様はこちらを見ている。しかし本当に意味が分からない、私はまだリッサと広め方の相談をしただけで、実際に広めるのは温泉が完成してからと決めていた。

 まだ広げていないのに温泉の事を知っている人なんて……アルドリック様だけだ。


 そう、アルドリック様しかいない。となれば恐らく彼が私が動く前に広げたのだろう、第二王子がその知り合いに話すとなればリッサの知り合いに話すのとではまるで違う。発言の意味も、効果も、広がる層もだ。


「なるほど、その反応を見るにお前が王子に言って広げさせたわけでは無く、王子自ら広げていたという訳か」


 お父様の発言に私は現実へと引き戻された、放心している場合ではない。予想外とはいえ、アルドリック様のおかげで広報の必要は無くなったようだ。

 戻ってからリッサに調べてもらう必要はあるが、お父様の言う通りお城で噂になっているのなら温泉の成功は間違いない。


「はい。しかしアルドリック様のおかげで温泉が話題になっているのであれば、私の打ち出した温泉事業は間違いなく成功いたします。いえ、むしろアルドリック様の言葉によって話題になった時点で成功と言えるでしょう」


 私は温泉事業の成功をほぼ確信しているが、第二王子が満足する程のものを作り上げ、上位の貴族に広く知られた、という時点で一定の成功を果たしたと言える。

 レーヴェレンツ公爵家のヴァレーリアは領地で新たな事業を作り上げることが出来る発想力と実行力、またそれを第二王子にいち早く伝えて満足させられる伝手と実力を持っているのだと言うに等しいからだ。


 アルドリック様が力を借してくださったのだから、お父様に何と反論されようともこれで課題達成と認めさせる、そう強く心に抱き、私はお父様を真っ直ぐと見た。


「そうだな、お前の課題はこれで達成だ」


 しかし、そんな私の勢いを挫くようにお父様はあっさりと告げた。簡単に認められるとは思いもよらなかった私は拍子抜けして目を瞬いた。


「なんだ、不満なのか。それならもう一つ何か実績を達成する事にするか」

「いえ、不満などありません。お父様からの課題は達成とさせて頂きます」


 淡々とそんな事を言い出したお父様に私は慌てて答えた、まさしく笑えない冗談だ。

 何はともあれこれで課題は完了だ、もう広報の成否を不安に思ったり、保険だった筈のライターが完成しないことにやきもきしたりしなくて済む。


 そう私は胸を撫でおろして安心したが、お父様がこちらを見ている事に気付いて何か背筋が寒くなった。

 果たして、お父様はわざわざ課題が達成出来そうだからといって私を呼び出して教えてくれるような人だろうか。

 本題はここからだ、そうお父様の目が言っている様な気がした。私が緊張して息をのむと、お父様が重い声で問いかけた。


「ヴァレーリア、お前は何をしようとしている?」


 漠然と何を、と聞かれても困ってしまう。お父様は私の何に疑問を持っているのだろうか、温泉の事か、ハーブ湯の事か、ライターの事か、それとも……


「城ではお前が妃の座を望んでいるのではないかと噂になっている」

「き、妃ですか!? それはその、アルドリック様の……」


 突然の話にびっくりして声が少し裏返ってしまう、アルドリック様と一緒に居る時間は長いが、私は一度婚約を断っている。もしかしたらその話が広がっていないからという事だろうか。

 それでもお父様は知っている筈なので私にそんな事を言ってくるなんて思いもしなかった。


「お前は一度第二王子から婚約を受け断ったと聞いている、だがそれを踏まえてもなお、今のお前と第二王子の距離は近すぎる。第二王子は熱心にここに通い続け、長期間の旅を共にし、そしてお前に有利になる情報を進んで広げていた。これを見て何も考えないようでは無能だろう」


 お父様は淡々と告げる、並べ立てられれば確かにその通りだ、実際には私とアルドリック様の間には何もないし、親しい友人以上の関係ではない。それでも周りもそう見るかというと違うだろう。


「それでお前は何をしようとしているか、と言ったのだ」

「私は、妃の座を望んでいるわけではありません。アルドリック様とは、その、恐れ多い話ですが親しい友人として接して頂けておりますので……」


 結婚対象ではない、と続けようとしていたのに言葉が尻しぼみになってしまった。改めて考えると今のアルドリック様はとても接しやすく、努力が出来て、優しい人だ。

 去年初めて会った時とはまるで違って、頼りになるし私の事を大事に思ってくれている。一緒に居て安心出来る今のアルドリック様となら、私は――


「ヴァレーリア、私がお前と第二王子の婚約を許可することは無い」


 私は胸に氷柱を突き刺されたような痛みを感じた、お父様のそれは絶対的な断言だ。

 呼吸すら一瞬忘れてしまった私は、聞くのが恐ろしいような気がしながらも、蔑んだ目で私を見るお父様に問いかける。


「どうして、でしょうか」

「わからないのか? ジギスムントがいなくなった以上、お前がこのレーヴェレンツ公爵家の跡取りだからだ」


 レーヴェレンツ公爵家の後を継ぐ以上、私はどこにも嫁ぐ事は出来ない。確かにその通りだが、ゲームでアルドリック様はレーヴェレンツ家に婿入りするという話になっていた筈だ。


 ……でも、レーヴェレンツ家に来てはアルドリック様の夢は叶わないかもしれない。


 お父様がそんな心情的なところまで考えているかは分からないが、今のアルドリック様はレーヴェレンツ家に来る事は望んでくれないかもしれない。

 私がそう考えていると、お父様は不機嫌そうなまま更に言葉を続けた。


「今城には二つの大きな派閥がある、リリエンクローン公爵家を中心とした第一王子派閥とレーヴェレンツ公爵家、エルツベルガー公爵家を中心とした第二王子派閥だ。どちらも自分の派閥の王子を玉座に据える為に手を回しているが、もしお前と第二王子が婚約すれば、こちらにお前しか跡取りがいない以上第二王子が婿入りする形になる。そうなれば担ぎ上げる対象がいなくなり第二王子派閥は瓦解、レーヴェレンツ家はその原因を作ったとして第二王子派閥だったものからも爪弾きにされる」


 お父様の言葉に私は息をのんだ、あの時の選択にそこまで大きな意味があるとは思っていなかった。しかし、あれは王子側からの誘いだった筈だ。いったいどういうことなのだろうか。その疑問は続くお父様の言葉で解消された。


「去年まで第二王子の周りには第一王子の手の者が多く置かれ、第二王妃も手が出せない状態にあった。そして王妃の監視が薄く、私がここを留守にしている時を狙って第一王子の手先がお前と第二王子の婚約を狙ったわけだ。何がそこであったか知らんが、第二王子はその時を境に自分の環境に疑問を持ち自ら第二王妃と接触し、身の回りにいた第一王子の手の者を排除した。第二王妃はお前にとても感謝しているそうだ」


 私は初めてアルドリック様の置かれていた状況を知った。アルドリック様が以前言っていた、自分を叱ってくれる者を大事にしろという言葉は、きっとその時の経験によるものだったのだ。

 そしておそらくゲームではそのまま第一王子に飼殺されるようにして甘やかされ、その結果があの軟弱王子なのだろう。


「だがそのお前が第二王子と近付き、一度は立ち消えた第一王子の策を自ら復活させるような真似でもすれば、その後のレーヴェレンツ家がどのような扱いになるかくらいは分かるだろう。……お前が婚約を拒んだと聞いて、その程度は理解していたのだと思っていたのだが、今日の反応を見る限り買い被りだったようだな」


 アルドリック様と歩む道が無いとはっきり断言されて初めて、私はアルドリック様をどれだけ大切に思っていて、どれだけ頼もしく思っていたのかを自覚した。

 胸が締め付けられるように苦しい、この場からすぐにでも走り去って、安心出来る場所に逃げ込んでしまいたい。

 強く心を保とうと意識しなければ涙が出てきてしまいそうだ。笑顔の仮面はとっくに剥がれ落ちてしまっている。

 しかしお父様はそんな私の事をまるで気に留める様子も無く、話を勧めた。


「お前には第二王子との婚約の意思が無いと内外に知らしめるため、他の者との婚約を進めて貰う」

「……っ」


 一瞬目の前が暗くなったように感じた、そして言葉がゆっくりと私の中に染み渡る。

 私は公爵家の娘なのだから、政略結婚くらい覚悟しておくべきだったのかもしれない。でも、だけど、私はアンネマリーが幸せなエンディングを迎える事が出来ると知っていて、それにどこか期待してしまっていたのだ。


 だが私はアンネマリーではない、ヒロインでは無く、その意地悪な姉の役なのだ。

 ヒロインですら数多の選択肢を乗り越えなければ到達できない幸福に、ヒロインならざる私が手を伸ばすなんて烏滸がましかったのかもしれない。


「お前の相手はラインハートという者だ。ラインハート・アメルハウザー、アメルハウザー侯爵家の三男でお前のはとこだ。近いうちに席を設けるので、覚えておくように。……要件は以上だ、下がれ」


 そう言ってお父様はもう用は無いとばかりに視線を手元に向けた。暗く沈んだ心のまま私はお父様に挨拶をして執務室を後にする。


 自室に向かう道すがら、私はお父様の告げた婚約者について考えていた。

 ラインハート、その名前には覚えがある。

 彼もまた、アルドリック様と同じく黒ささの攻略キャラの一人なのだ。


 

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