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【閑話ーハーラルト視点ー】神童の影

 レーヴェレンツ公爵家の当主、ハーラルトは執務室に座って城からの手紙を読むと、苛立ちに顔を歪めながら娘のヴァレーリアに遣いを出した。


 ……あの娘もつくづく面倒な事をしてくれる。


 第二王子が婚約を迫り、それを断ったと聞いた時には胸を撫でおろしたが、現状を鑑みるに長く放置するわけにはいかないとハーラルトは思った。


「まさかあの娘が課題を達成するとは、つくづく忌々しい」


 吐き捨てるようにハーラルトは呟いた。彼はヴァレーリアの課題達成などほぼ確実にあり得ないと考えていた。単に、達成出来なかった罰として有無を言わせず命じる為だけに言った事だ。

 思えば彼の人生は思い通りにならない事ばかりだった、学業や魔術に関してはおおよそ自分の思うままの成績は取れていたし、交友関係も領地運営も上手くこなしている。

 だが、彼の人生を左右する家族関係だけは何一つ思い通りにならなかった。


 ◇


 ハーラルトはレーヴェレンツ公爵家に母の死と引き換えて生まれた次男だ。赤き賢者と呼ばれた父レイノルドの子として、そしてその叡智を受け継いだ兄、神童ジークムントのおまけとして、比較される事すらなく育った。


 いずれ公爵家を継ぐジークムントと、いずれ他家に婿入りするハーラルト。ハーラルトが如何に努力しようともジークムントには決して及ばなかった。


 魔術、勉学、武術、性格、そして恋愛。十五歳のハーラルトが初めて恋した女性と次に会ったのは、兄の婚約者として彼女、エミーリアがレーヴェレンツ邸に訪れた時だ。

 足元が崩れるような絶望感だった、自分の元には何も手に入ってこないのだと、世界中の全てがハーラルトを嘲笑しているような気分になった。


 悔しさをぶつけるように勉学を学び続けた、それでも兄には及ばず、お前の思いなどその程度だと言われているような惨めさを味わった。


 ハーラルトがエミーリアへの気持ちを忘れ、惨めで忌々しい思いでしかないレーヴェレンツ邸を早く離れたいと考えるようになった頃、突然父と兄が死んだ。


 落石による事故として片付けられはしたものの、恐らくは父に敵対していたリリエンクローン公爵家によるものだとハーラルトは思っている。


 父と兄の死にハーラルトはまるで悲しいとは思わなかった、むしろ心のどこかで自分は望んでいたのでは無いかと考えてしまった。

 葬式で人相が変わるほど泣き続けているエミーリアの姿を、どこか遠くの出来事のようにハーラルトは感じていた。


 ジークムントの死によってエミーリアの婚約先はそのままハーラルトの元へと転がり込んだ。エミーリア自身がどう考えようと、彼女の実家は公爵家との繋がりをみすみす逃したくなかったのだろう、ハーラルトはその婚約を受けた。


 レーヴェレンツ公爵家の跡取りの地位とエミーリアの婚約者としての座を得て、常に自分の前を歩く目障りな父と兄も死んだ。ハーラルトは何もかもを諦めた途端、何もかもを得たのだ。


 しかし、それからもハーラルトの世界は薄暗く惨めなままだった、兄の隣で見せていたような笑顔を失い浪費ばかりをするようになったエミーリア、父の死と同時に宰相の地位が失われたことで急激に変化していく勢力図、そしてジークムント様がいればと陰口を溢す使用人。


 結婚から長い時間が経ってようやく生まれた子供は、まさしくエミーリアの執念か、或いはジークムントの妄念か、ハーラルトよりもジークムントに似ていると言えるような男の子だった。

 エミーリアは強引にジギスムントと名付け、兄の代わりにするように子を愛した。


 ジギスムントをエミーリアの傀儡にするわけにはいかないとハーラルトもジギスムントを厳しく教育したが、接すれば接するほどジギスムントはジークムントによく似ており、心の中に澱が溜まっていくかのようだった。


 月日が流れてやっと生まれた第二子は、ジークムントにこそ似ていなかったがエミーリアとそっくりの目つきの女の子だった。

 なるべく昼間顔を合わせないようにしているエミーリアを、見る度に思いだしてしまうヴァレーリア。

 我が儘で浪費ばかりのヴァレーリアはジギスムントにだけはとても懐いているようで、兄妹が一緒に居る姿をみたハーラルトは、ジークムントにエミーリアが寄り添う姿そのものに見えて吐き気がした。


 それでもハーラルトはレーヴェレンツ公爵家の当主だ、どれだけ忌々しく思おうと、どれだけ望んでいなかろうと、レーヴェレンツ公爵として領地を維持し、城でも公爵家に恥じない立場を保ち、全てをジギスムントへと引き継げるようにして、感情を殺して重い足を一歩一歩進めるようにして生きてきた。


 そのジギスムントとエミーリアも呆気なく死に、無事に生き残ったのは我が儘なヴァレーリアだけだ。

 こうなってはどうあれレーヴェレンツ家もお終いだと思った矢先、ヴァレーリアが人が変わったように勉強と訓練を始めた。

 教師が言うにはどれも神童と言えるような出来だそうだ、神童と聞いてハーラルトは思い出さずにいられなかった。


 ◇


 ……おのれ、どこまでも付いて回るのか。忌まわしきジークムントの亡霊が。


 ハーラルトは何一つ手に入れてきてなどいなかった、全てが借り物、兄が持つはずだったものを、偶然手に入れただけの人生。

 執務室の外から執事が声を掛けてくる。


 その薄っぺらな人生を取り立てる影、それを纏った者が、ハーラルトの執務室に到着した。

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