表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/60

公爵家の娘

 ヘルフルト商会を出た私とベアノンは、その日の買い物を諦めてレーヴェレンツ邸へと引き返した。

 この辺りで一番大きな商会であるヘルフルト商会でいい感触を得られなかった以上、一旦情報収集を行った方が効率的だ。


 私としてはせっかく早めに終えたのだからもう少し町を探索したかったのだが、それとなく見て回りたいと仄めかせたらベアノンに笑ってない目で笑い飛ばされてしまい、私は内心しょぼくれながらも大人しく帰宅した。



「燃料、ですか」

「えぇ、リッサには何か良いものが思いつくかしら」


 夜お風呂も終えた私は、着替えながらリッサに今日の事を話していた。

 ヘルフルト商会であったトラブルについては、特に話す必要もないだろうし割愛させて貰った。断じて怒られるからというわけでは無い。

 ちなみに眼鏡はお礼を言ってちゃんと返してある。とても便利だったので、もし同じようなものが売っていれば私も欲しいと思う。


「いくつかありますが、いずれも通常は流通していないものですので扱っている商店を探すのは難しいでしょう」

「リッサは燃料が思いつくのね」


 当たり前のように答えたリッサに驚いた、何せ鍛冶工房の親方は心当たりが無いと言い、ヘルフルト商会の従業員が首を捻っていたようなものだ。何故そんなものにまで詳しいのだろうか。


「はい、今市場に出回っている高級な燃料はグリュゼンの内臓を加工したものが多いですが、ヴルイデクセやラオッタァの体液であれば恐らくお嬢様がお求めの物に近いかと」


 多分何かの動物なのだろうが、私はグリュゼンもヴルイデクセでもラオッタァも何なのか分からない。そう言われてもさっぱりだ。


「……リッサ、その生き物の事が詳しく分かる図鑑かを持ってきて貰う事は出来るかしら」

「私が学生の頃読んでいた本ですのでここにはございません。すぐに見つかるかはわかりませんが、それでもよろしければ探させて頂きます」

「構わないわ、お願いね。それで、そのヴルイデクセやラオッタァというのはどんな生き物なのかしら。捕るのが難しい生き物なの?」


 着替えを終えてナイトウェアで椅子に掛けながら話を続ける。

 もしもあまり日の目を浴びることが無い生き物というだけであれば、養殖するなどして燃料を確保したいものだ。野生生物を狩り過ぎて生態系を崩すような真似はしたくない。


「捕獲の難しさに関しては存じませんが、どちらも火山付近に生息し、またどちらも有効的に利用できる部位が少ない上に危険な為害獣として扱われております。簡単に申しますと、ラオッタァは噛まれた部位が内側から燃焼する蛇、ヴルイデクセは迂闊に殺せば爆発するトカゲです」

「それは、随分と危ないわね……」


 リッサは淡々と言うが、はっきり言って怖すぎる。養殖なんてとても出来ないだろう。

 燃料に関して一気に解決するかと思ったが、そう事は上手くいかないようだ。


「そんな危険な生き物では体液を採取なんて出来ないのではないかしら」

「いいえ、ラオッタァは口さえ閉じてしまえば問題ないらしいですし、ヴルイデクセも体内の発火体を死骸からすぐに切り離せば爆発しないそうです。それ自体の難しさは分かりませんが、不可能ではないのでしょう」

「本当に、随分と詳しいのね?」

「学校にはその手の書物もたくさんありましたので。お嬢様も入学された際には読まれると良いでしょう」


 なるほど、その手がどの手なのかいまいちわからないが、学校の図書館にあった本の内容らしい。

 それで鍛冶工房の親方や町の商人が知らなかった事にも少し納得がいった。一部の本にしか書いていない情報なのだろう。

 学校の図書館はゲームで背景として見た限りでもかなり広そうに見えた、ゆっくり籠って読んでいられるかは分からないが、入学後の楽しみの一つとして覚えておこう。


「そうね、楽しみにしておくわ。……それで、その危険生物の体液を入手するにはどうすればいいのかしら、それ専門の退治屋のような仕事があるの?」

「申し訳ございませんがそこまではわかりません。私の方で調べさせて頂きますので暫くはお待ちいただけますか」

「分かったわ。ありがとう、リッサ。お願いね」


 リッサが調べてくれるのであればとりあえず安心だ。徐々に眠気が出てきた私は少し目をしばしばさせながら答えてベッドに向かった。


 

 四日後、リッサからラオッタァとヴルイデクセ狩りについてある程度調べ終わったらしく、報告してもらった。

 リッサによると、まず今から冬の間はしばらく見かけなくなるため、狩るなら春まで待つ必要があるそうだ。

 春になればどちらも狩れないわけではないようだが、やはり危険性が高い為にかなり良い装備を整えて向かう必要があるらしい。


 その上一体からとれる体液もそれほど多くないので私が求める量を集めた場合かなり高額になるそうだ。

 私は先日のライター作りでそこそこお金を使ってしまっているので、燃料にそれ以上のお金を掛けるのは出来れば避けたい。どうしたものかと悩みながら過ごしていると、お父様から唐突に呼び出しを受けた。



 お父様からの呼び出しなんて今までに無かった、何を言われるのか非常に不安だ。

 朝食を終えた後、重い足取りでお父様の部屋へと向かう。

 執事に扉を開けて貰って中に入ると、執務机で書類と向き合っているお父様がいた。


「お父様、おはようございます。私にご用と伺いましたが、何かございましたか」


 そう私が笑顔を作りつつ話しかけると、お父様はゆっくりと目を書類から私に向けた。

 相変わらず私の事を見ているのかどうか分からない目だ。


「あぁ、来たか。ヴァレーリアそこに座れ」

「ありがとうございます」


 執務机の正面に置かれた椅子に座り、笑顔のままお父様をまっすぐ見る。


「ヴァレーリア、最近は随分と高い買い物をしようとしているようだな」


 どうやら今日は危険生物燃料を買おうとしていた事がバレて、それについてのお説教が目的だったらしい。そうでは無いかと何となく私も気付いてていたが。

 私はお父様の無感情な顔ににこりと笑顔を向けながら口を開く。


「えぇ、まだ買うかどうか悩んではいたのです、お父様の言う通り少々高額ですので」

「それだけではない、既にお前の自由にしていい予算の中から良い額が抜けているだろう。これは既使っているのではないか」


 ぎくりとした、恐らくそれはライターの分だ。手付金と完成分を合わせてエルン金貨一枚分を既に抜いていたのを知っていたらしい。

 お父様が私に裁量を任された後の予算についても細かく把握しているとは思っていなかった。

 焦りを悟らせないように笑顔は保っているが、お父様に内緒で行っていた事の為、内心はかなりドキドキだ。


「お前が今までも少しずつ金を使って色々していたことは知っている。だが草花を弄る程度なら外聞が悪くなる事も無く、また使用人からの評判を聞く限り無意味な事をしているわけでは無いと思い見逃していた。だが、今回はそれとは額が違う」


 淡々と話すお父様の口調は、怒っているのか呆れているのか、はたまた馬鹿にしているのかもわからない。

 お父様はそのまま続けて私に聞いた。


「ヴァレーリア、お前は何の為に金を使った」

「……有事の際に、即座に火を出すことの出来る道具を作る為です」


 ここで隠し事をするのはお父様と決別するに等しい、私は正直に答えた。

 ライター自体が非常に便利な道具であるのは間違いない。この世界でマッチや火打石の需要がある以上、無駄にはならない筈だ。


「それをお前は何に使う」

「魔術の火種として、誰かを守る為に使います」


 生み出す魔術が使えない私では、他の方法で火を作らなければ碌に魔術が使えない。

 ライターさえ完成すれば、私でも誰かを守る事が出来る。私はお父様の目をみて主張した。

 それに対してお父様は目を眇めて更に問いかけた。


「誰か、というのはお前の身の回りの者か?」

「はい、私の周りの大切な人達を守る為に使いたいと思っています」


 その答えに、お父様は無表情を崩し、馬鹿を見るような蔑んだような目で私を見つめ静かに続けた。


「ヴァレーリア、お前が守るべき者はお前の身の回りの者ではない。お前が守るべきものは領民とお前自身だ」

「……っ!」


 それはあまりに当たり前すぎる言葉だった。私は公爵令嬢で、ただのお金持ちの娘ではない。

 自分の勘違いに顔が熱くなって俯いてしまう。私は何の為にお金を使わなければいけなかったのか、何の為にお金を使ってしまったのか。アルドリック様に責任だのと偉そうにのたまっておきながら、私自身はどうだったのか。

 私はゲームでの我が儘なヴァレーリアとは違う道を歩んでいるなどと思っていたが、実際は我が儘の方向が少し違っただけで何も変わってはいなかった。

 レーヴェレンツ家の娘としての責任を考えもせず、自分勝手に過ごしてきただけだ。

 自己嫌悪に手を強く握りしめていると、正面からお父様の声がした。


「恥じる気持ちはあるようで何よりだ」


 その言葉に顔を上げると、お父様はこちらではなく手元の書類を見ていた。

 書類から目を離すことなく、そのままお父様は話続ける。


「お前が調べさせていたあの高額な買い物をするのは禁止する。その上で、お前には罰として課題を与える」

「……課題、ですか」

「そうだ。公爵令嬢として相応しい実績を一つ達成しろ。種類は問わない」


 公爵令嬢として相応しい、と言われても私には全くどういうものか思いつかない。

 だがこの場でそんなことを言えばそれこそ公爵令嬢として相応しくないだろう。


 ……私はレーヴェレンツ家の娘ヴァレーリア。例え今ははったりだとしても、胸を張って本当にするしかない、して見せる。


 私はお父様を見据えてはっきりと啖呵を切った。


「承知いたしましたわ、お父様。必ずやレーヴェレンツ家の一人娘として相応しい実績を手に入れて見せます」

「あぁ、やってみろ。……話は終わりだ、もう行っていいぞ」


 もう用済みとばかりにこちらを見もしないお父様に失礼しますと告げて立ち上がると、私は踵を返してお父様の部屋を出た。


 


リッサはヴァレーリアがライター作る事について、自衛の為に必要と思って賛成してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ