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ヘルフルト商会での出会い

 鍛冶工房を後にした私達はヘルフルト商会を目指した。


 ベアノンの話によるとヘルフルト商会はこの辺りで一番幅を利かせているらしく、特殊なものでなければ大体手に入るらしい。


「まぁ一方で権力にものを言わせて阿漕な真似をしているなんて噂もあるがなぁ」

「そうなの? 権力って貴族と繋がっているって事?」

「そりゃあ貴族ともおそらく繋がってんだろうが、そもそもあの規模の商会に睨まれちゃ普通の工房や商会じゃあ潰されてもおかしくないからなぁ。ってことなんで、ヘルフルト商会でのお話は俺に任せて貰えますかね」


 なるほど、それなら確かに私があまり矢面に立たない方がいいだろう。ただのお客として行くのであればさほど気にしなくてもいいかもしれないが、鍛冶工房の親方であるジェイと話したときのようにこちらの情報をポンポン出すわけにはいかない。

 あくまで叔父に連れられて歩いている子供役に徹するべきだ。


「そうね、分かったわ。欲しいものは揮発性が高い……常温で蒸発してしまう燃料で、なるべく引火しやすいものよ、お願いね」

「改めて聞くと随分と危ないもんですね」


 そう言ってベアノンは顎髭をなぞりながら神妙な顔をする。ごつい大男なのに妙に愛嬌があるから不思議だ。

 ついくすりと笑ってしまうと、それに気付いたベアノンも、少し目を瞬いた後に殊更ワザとらしくニヤッと笑って見せてきた。


 

 そうこうしているうちにヘルフルト商会まで着いた。内側は二階分が商会になっているようで、一階にはたくさんの商品や見本と会計があり、二階は契約や一階に無い商品を相談する場所となっている。

 私が求めているような危険物が一階にぽんとあるわけもなく、私とベアノンは二階へと上がった。


 二階ではカウンターのような長細いテーブルに、お店の人が四人ならんでそれぞれお客の対応をしていた。

 壁際とそこから少し離れたところに待機用の固い長椅子があり、順番が来たらカウンターへと向かうようだ。まるで市役所か何かのようだと思う。

 長椅子には数人座って待っている、呼ばれるまで少し待つことになりそうだ。


 ふとカウンター側を見ると、行きに見かけた紫髪の少女が長く真っ直ぐな髪を少し弄りながら立っていた。

 私達が鍛冶工房に行く前についたはずなのに、随分と時間がかかっているようだ。これは私達も長期戦を覚悟しなければならない。


 あまりベアノンと話してボロが出るといけないので、何となく商会の中を見回して時間を潰す。二階にはクラインシュミットの地図や何代か前の当主が貰った高位の貴族からの感謝状が貼られていた。

 一階で待っていれば商品をなんとなく見ているだけで時間を潰せただろうけれど、二階にはそれほど面白いものはない。しかし一階に一人で行って待つことは護衛であるベアノンが許さないだろう。

 本でもあればいいのにと思っていると、私達の順番になった。案外待たなかったなと思いながら紫の子の隣のカウンターへと向かう。



「燃料ですか、それも蒸発しやすい……なるほど、少し確認して参ります」

「あぁ、頼む」


 ベアノンが話しているが、店員の表情からすると難しそうな気がする。見つかってくれるといいな、思っていると、隣から大きな声が聞こえた。


「いいえ! そんなわけはありません! お父様は確かに――」

「ですから、どこにそんな出鱈目が書いてあるんですかね? こちらの記帳にはラオ金貨五枚の貸し出し、期限内の返済が認められなかった場合更にラオ金貨三枚を利子として足すとございます。お嬢さんはどこかを読み違えてしまったのでしょうねぇ。ですから、今回の返済は利子にしかなりませんよ」


 どうやら紫の子の所で揉めているらしい、ちらりと見ると、少女は涙目で契約書らしき紙を睨んでいる。


「でも、お父様がラオ金貨三枚分だと……」

「でしたらお父様が言い間違えたのでしょうねぇ。さぁ、こちらに署名を頂ければ利子は完済したと証明できますよ。……あぁ、それとも、先程のお金は日ごろの感謝という事でしょうか。それでしたら署名は必要ありませんので、後日ラオ金貨八枚をお持ちになって下されば結構ですよ」


 そういって従業員は嗜虐的な笑みを浮かべながらペンと書類をずいっと押し出し、紫の子は絶望したような目でそれを見つめる。

 恐らくこの子はこの契約書が読めていないのだろう、契約書に使われる言い回しはただでさえややこしい上に、古くからの伝統として一部古語が混ざっていて、その上英語で言うところの筆記体のような続け文字で書かれてたりするのだ。

 契約書が読めない子が一人で借金の返済に来るのも無謀だと思うが、こんな小さい子を騙す方も騙す方だ。


 他の人は何も気にしないのかと思わず周りを見るが、皆が無関心どころか、口元に暗い笑みを浮かべている者すらいる。その表情が意味するものに気付いて、私は苛立ちを抑えきれなかった。

 隣の紫の子は誰が見ても貴族という格好をしている、彼らは普段であれば自分たちに辛酸を舐めさせる側の貴族が酷い目にあっているのを見て、仄暗い喜びを得ているのだろう。


 ……相手はまだ子供だというのに随分と大人気ない事。


 本当はあまり私も目立ちたくないが、ベアノンに口を出させれば事が大きくなるかもしれない。それにベアノンが面倒な書式の契約書まで読めるかどうか私は知らない。

 ベアノンの方を見ると、ベアノンも私を見ていた。どうします? と目が語っている。


 ……私が何も考えていない自己主張の激しい子供を演じた方が良さそうね。


 心の中で溜息を吐きつつ、覚悟を決めて紫の子に近づいて話しかける。


「ねぇ貴方、その紙私にも見せてくれない?」

「え……?」

「私、叔父様に習っているから難しい文字も読めるのよ、ねぇ少しくらいいいでしょう?」


 自信満々な顔を作りながらそう言って手を差し出す。ここで遠慮されたら結構面倒だ、何も考えず出してくれるか、起死回生のチャンスと見て出してくれるかするのを祈るしかない。

 幸い紫の子は前者だったようで、ぽかんとしたまま紙を渡してくれた。それに焦ったのは従業員の方だ。


「こ、こらそれは大切な契約書だ、子供の玩具じゃない!」

「いいじゃない、ちょっとくらい。読んだからって内容が変わるわけじゃないもの」


 そう言って紫の子の後ろに入ってしまえばカウンターの向こうからは届かない。

 紫の子が不安そうにこちらを見る中、借用書と利子の返済証明書と言われていた物を読む。


 結果から言うと、この従業員が言っていたことは全て出鱈目だった。借用書はラオ金貨二枚とエルン金貨七枚、利子としてエルン金貨三枚を足して、ラオ金貨三枚を返済するという内容で、もう一枚の紙は利子の返済証明書どころか、ヘルフルト商会への賠償としてラオ金貨一枚を期日までに弁償するという内容だ。

 よくもまぁ私と同じくらいだろう歳の子にここまでするものだと呆れてしまう。


 ちなみにここの通貨は銅銀金にそれぞれエルン、ラオ、プストという単位があり、十エルンで一ラオ、十ラオで一プスト、十プストで上の通貨の一エルンとなる。


「ふぅん、これによるとグミュール商会は利子含めてラオ金貨三枚をヘルフルト商会に返済するって書いてあるみたいだけど?」

「で、出鱈目を!」


 ほらここに、というように私が示して見せると、反射的に従業員が反論しかけるが、私が契約書の内容を肯定したことで勇気が出たのか、紫の子がそれをさせなかった。


「いいえ! 出鱈目は貴方です! 確かに契約書にはラオ金貨三枚と書いてあったのです。約束通り返済は為されました、さぁ返済が完了したと署名してくださいませ!」


 二の句が継げず苦々しい様子だった従業員だったが、不意に表情を変え、嫌らしい笑みを浮かべだした。


「いいえ、お嬢さんはまだそのお金を払っていないじゃないか。返済するというのなら金を出してもらわないと」

「え? 何を、私は先ほど……」

「お嬢さんが金を出したって? 私はそんなの知らないなぁ。そっちの妙にさかしい子も見てないだろう? 出したと勘違いしたんじゃないか?」


 紫の子もだが、私も絶句してしまった。この子が契約書にサインを貰う前に渡したお金が仕舞われるのをよしとしてしまったのも本当に迂闊だと思うが、この従業員は何が何でも損害を与えたらしい。

 ちなみにラオ金貨一枚は平民の平均的な年収二年分くらいである、商会としては小さい数字でも冗談では済まない額の筈だ。


 確かにこの世界には監視カメラなんてないだろうし、周りにいる人間が全員口をそろえてしまえばどうしようもないかも知れない。だがこれはもはや暴力を振るわない強盗だ。放っておくわけにはいかない。

 私は静かな声で従業員に話しかける。もう頭の軽い子供を演じる必要はない。


「ねぇ貴方。名前は何て仰るのかしら」

「なんですかいきなり。君には関係ないでしょう」

「あら、名乗れないのかしら。他の従業員から聞くのでも私はいいけれど」


 黙っていても無駄だからさっさと答えろと言外に言うと、従業員は嫌そうに答えた。


「スティヌです、スティヌ・ジンメル」

「そう、スティヌさんね」


 そう名前を復唱した私は、意味ありげににっこりと笑って言葉を続ける。


「明日も貴方の席がヘルフルト商会にあるとよろしいですわね」


 私が叔父から教わったと言って難しい文字を読めた事、妙に自信満々な事などから色々と考えたのだろう、スティヌの不満げな顔は一瞬で恐怖に変わった。

 ちなみにこれはただの脅しではない、普通はやらないが、やろうと思えば私の名前で商会に正式な抗議文を入れて、ただの平民の従業員くらいなら路頭に迷わせてやることが出来るのだ。


「グミュール商会からの返済は完了し、ヘルフルト商会は間違いなくそれを受け取った。お間違いありませんね?」


 そう駄目押しして契約書を差し出せば、スティヌは悔し気なまま無言で署名をした。紫の子はそれを呆然と見ていたが、署名されたのを確認した私がどうぞと言って契約書を渡すとしばし契約書を見つめた後、私を見て顔を赤くしながら口を開いた。


「ありがとうございます、その、私……」

「お礼はいいわ、したくてしただけだもの。それより、貴方も契約書すら読めないのに一人で商会になんて来るものでは無いわ。次からはちゃんと知識のある人と一緒に来なさい、せめて今の私と同じくらいの事が出来るまではね」


 今回の事は相手が悪質だったのが一番の原因だが、この子があまりにも無防備だったのも要因だ。今回は運よく私がいたが、そうでなければ酷い損害を出していたのだ。

 ショックを受けたような顔をされるとちょっぴり罪悪感が沸くが、自衛くらいは考えて欲しい。


 私はそのままベアノンに目配せすると階段へ向かう。流石にここまでやって買い物を続けるのは無理だ。

 ベアノンは少し肩をすくめつつも、とても嬉しそうな笑顔で付いて来てくれた。


 

誤字報告ありがとうございます!我ながら何故投稿時に見つけられないのか謎です。


お金についてやっぱり前々回?に書けばよかったってめっちゃ思いました。

11/23 22:10 若干最後のヴァレーリアの言葉を修正しました。

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